第4話 大学生の事情聴取

見知らぬ男子の前にニコニコと普段浮かべない笑顔を振りまく薫。

一方、その笑顔を向けられる男子は明らかに警戒をしたような目つきでこちらを観察している。

そりゃそうだ。


ことのあらましは非常にシンプルだ。

話を聞きに行こうと言った薫はすぐに食堂に直行。

そこにいたこの男子の目の前に突然陣取ったのだ。

食事中に初対面の人間がニコニコと目の前に座ってくれば誰だって警戒はするだろう。

ましてや、それが学内で有名な変人であるミス伊勢海なのだから、彼の警戒の様子は当然も当然なのだ。


「…なにか僕に用事でもあるんですか?」


沈黙に耐えかねたのか、男子の方が先に声をかける。


「鳳りんね君のことについて聞きたいの。」


単刀直入すぎる質問に男子の方が目を丸くしてしまう。

どうやら、この男子が行方不明の学生の親友らしい。

しかし、警戒している相手に突然すぎる質問を投げかけてもまともな回答は望めないだろうに…。

薫を咎める意味で肘で軽く小突いてみるが、完全に無視された。


「最近、学内で見かけている人がいないみたいで、行方を捜しているんだけど。」


「あいつとどういった関係なんですか?」


やはり警戒感を強めてしまったのか、疑うような視線を俺たちに向けてくる。

…まあ、どっちみち何で行方不明者を捜しているのか質問されるのは当然のことだったのかもしれない。

同じサークルや同じバイト先、または普段よく話す友達とでもごまかせればいいのだろうが、親友相手に騙しきれる可能性は薄いだろう。

そういう意味では確かにストレートに質問した方がよかったのかも?


「鳳りんね君が異世界に行ってないかを知りたいの。」


いや、それはストレートすぎるだろ!


「…は?」


相手も想像していなかっただろう回答に思わずあっけに取られている様子だ。

しかし、薫だけは一切動揺などせず変わらずニコニコと相手を見つめている。

そんな薫の様子に本気なのか冗談なのか測りかねる相手はしどろもどろに答え始める。


「異世界とか何を言っているのか分からないけど…僕もりんねとはしばらく会っていないんです…。…行方が分からなくなる前日に会ったのが最後で…。」


「あなたに連絡は来ていないの?」


「…来てたらそもそも行方不明なんて言われてないと思いますよ。」


おそらく何人かから同じ質問を受けているのだろうと想像できるほど、きっぱりと言われてしまった。

先ほどの動揺を感じさせない強い口調に薫も少し驚いたのか目を丸くしている。


「…じゃあ、りんね君が行きそうなところとかは分かる?」


「さあ?僕の思いつく限りの場所では見つかりませんでしたよ。…昼休みも終わりますし、もういいですかね?」


すっかりと落ち着いた様子からはこれ以上の質問は無駄だろうと察せられる。

しかし、薫は人差し指を1本だけ立てる。


「…じゃあ、あと1つだけ質問をさせて。」


「どうぞ。…ただ、異世界がどうとか不真面目な質問はやめてくださいね。」


意図的ではないにしろ、先ほど動揺を誘った話題を避けようとしているようだ。

薫は不真面目と異世界を断じられたことに何か言いたそうにしていたが、ひとまず質問を優先させることにしたのか咳払いをひとつした。


「あなたは…りんね君は行方不明だと思う?」


「え」


予想外の質問に俺まで唖然としてしまった。

…薫の意図が読めない。

鳳りんねが行方不明になったことから、この調査を始めたはずだし、事実薫も鳳りんねのことをかなり調べている様子だった。

なのに、行方不明かどうかを尋ねるなんてどうしてしまったのか。


「……行方不明…だと思いますよ。」


何かを思案するように溜めてから、これまでで一番歯切れの悪い答え。

そして、これ以上質問は受けないというように食器を持って立ち上がってしまう。


「君たちもあんまり面白半分にりんねのことを調べない方がいいと思うよ。」


きっぱりとした言葉を最後に今度こそ立ち去ってしまった。

結局、今回の事情聴取でなにが分かったのか俺にはよく分からなかった。

たしかに、異世界という単語を出した時点でふざけた奴らが親友の行方不明をネタに遊んでいると捉えられたかもしれない。

けれど、それにしても親友であるはずの鳳りんねを捜すことにあまり積極的に見えないように感じたのは俺だけだろうか?





昼の後に講義のなかった俺と薫は少し遅めの昼食を取りながら、先ほどの会話をまとめてみる。


「結局、よく分からないことが分かっただけじゃない?」


俺の何ともいえない総括に対して、薫は口にしていたうどんをツルンと飲み込むと少し考え込む。


「うーん、そんなこともないかな。」


「と、いうと薫なりには何かしら予想がたっていると?」


先ほどの会話からは何も得られなかったと思っていた俺にとっては予想外の回答だ。

ぜひ、薫の考えを聞いてみたい。


「…気になったのは、彼が鳳りんね君が行方不明だと断言しないことよ。」


「…まぁ、確かに行方不明だと思うとしか言わなかったな。」


「連絡がないことも断言しなかったわ。嘘に慣れていない人は嘘をつくことを忌避するもの。」


つまり、嘘をはっきりつくのを避けるために断言をしなかったというのが薫の見立てらしい。

…でも、なんでわざわざそんなことを?


「おそらくは、彼はこの行方不明が大事になるのを避ける意図があるように思えたの。行方不明だとなると事件性が高まるし、連絡があったことを言えば行方を知りたがる人が出てくるはずだもの。」


なんとなく薫の言いたいことが理解できてきた。

つまりは、彼は鳳りんねの行方を知っているものの、それを他人に知られたくないらしい。

鳳りんねに近付こうという人間を遠ざけたい意図については分からないが、少し答えが見えてきた。


「ようは、鳳りんねは自らの意思で行方をくらませて、それを追いかける人間を遠ざけたいと親友に頼んだのか?」


「もしくは、何らかの事故で後遺症があって、面白半分で近付く人間を彼が近付けないようにしている可能性もあるわ。」


「もし、事件に巻き込まれたなら、彼が連絡を受けてるはずはないし、捜すことを拒否する理由もないから可能性はほぼなしか…。」


「そもそも事件ならば、大学周辺で警察の聞き込みが少なからずあるはずだから、やはり可能性は外していいでしょうね。」


ふむふむ、意外と先が見えてきたぞ。

行方不明の鳳りんねは事故にあって入院をしているか、自ら姿を消した可能性が高いようだ。

…ただ、もし自ら姿を消した場合には、俺たちに見つけることはほぼ不可能に近いだろう。

赤の他人が姿を隠す場所に心当たりがあるはずがない。


と、真剣な顔をした薫とふと目が合う。

やはり見た目が綺麗だな、という考えが浮かびドキドキと胸が高鳴ってしまう。

そんな美人の薫のまた細く綺麗な指がピンと天を指す。


「そして、もうひとつの可能性。」


まだ思いついていないような可能性があることに少し驚きながら、薫へ注目する。

にこりと笑う薫はもったいつけるように口を開いた。


「異世界に行っているかもしれない。」


思わず椅子から転げ落ちそうになった。

その可能性をまだあきらめていなかったのか!?

言いっぱなしで食事に戻ってしまった薫に一瞬反論を考えるが、やっぱり無駄なことだとあきらめる。

異世界転生がないことを証明するのは悪魔の証明だ。

ないということはどうやっても証明することはできない。


と、なると5時間の薫の異世界講義コースにまっしぐらなので、ここは黙っておくのが正解だろう。

俺も自分の食事に戻りながら、これからの調査の方向性でも考えておくことにした。




「…ミス異世界が捜しに来てた。」


薫たちの事情聴取から逃れた男子が電話で誰かと話している。

その口調はどこか焦っているようにも聞こえる。


「そう、たぶん仲間なんじゃないかと思うよ。」


自身の考えを伝えながら、周りに人がいないことを注意深く確認する。

ただでさえ、行方不明騒ぎで注目を集めているのだ、誰かと電話している姿でも見られたら怪しまれるかもしれない。


「それでもそっちに行く心配はないだろうから、安心していいよ。誰だろうとたどり着ける訳ないんだし。」


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異世界へ転生したい 水原吉絵 @aquablue311

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