第3話 大学生は事件を知る
事件のあらましは非常にシンプルだった。
伊勢海大学に通う2年生がある日突然大学に現れなくなったというもの。
これだけ聞けば、ただサボっているだけだが、何しろ今は学科は試験の真っ最中。
この時期にサボるということは単位をすべて捨てるような行為に他ならない。
しかも、その大学生の知り合いが下宿先を何度か訪ねたけれど、どの時間帯にも部屋にいないらしいのだ。
更に行動力がある人間が部屋の大家に聞いたところ、やはり最近見かけておらず何の連絡もなかったというから不思議だ。
下宿先に帰らずにどこに住んでいるのだろうか?
しかも熱心に取り組んでいたらしいアルバイト先も無断で休んでいるらしく、アルバイト先の店長がブチギレているなんていう話もある。
ここまでくると事件に巻き込まれた可能性も出てくる。
ただ、今のところ誰も警察に届けていないので大事になることなく時間だけ過ぎているのが今の状況らしい。
…まあ、これを異世界転生とつなげるのはミス伊勢海のいるうちの大学の学生くらいだろう。
さっそくこの情報を薫に伝えようとSF研究会に向かうと、ちょうど誰かが出ていくところだったようだ。
意外と言えば意外だが、薫を訪ねてやってくる人間は多い。
あれだけ多才なだけあり周囲に頼りにされている面も少なからずあるらしい。
「今回はなんの相談事だったんだ?」
教室に入りながら、世間話感覚で薫に問いかければ、その手には何やら怪しげな機械が握られている。
大きさも見た目もスマホのようだが、それよりもだいぶ分厚い。
しかもその上部からは何やら長い1本のコードが伸びていて、先っぽに金属のパーツが取り付けられている。
「…なにそれ?」
いや、本当になにそれとしか言いようがない。
どうやら今回は頼まれごとではなかったようだが、満足げに機械を見つめる薫の表情は俺を不安にさせる。
薫がこんなにうれしそうな顔をする原因なんて1つしかないはずだからだ。
「もしかして、異世界を見つける機械だったりー「そうなのよ!」
俺の言葉に被せるほど前のめりに薫は誇らしげに機械を見せびらしてくる。
「この世界と異世界の境目では何かしら空気に変化があるという仮説に立ってみたの!自然の多い異世界なら酸素濃度が高いとか…」
こうなってしまうと薫のマシンガントークが収まるまで待ち続けるしかない。
要するに空気の成分を観測して、周囲と異なる空気の場所を見つけることで異世界を探そうというのだ。
そんな簡単に見つけられるなら、とっくに団体様で異世界転生ツアーでもやってるだろうに。
もちろん、そんな反論をしようものなら5時間は話が終わらなくなるので大人しく待つことにしよう。
待つこと10分、ようやく薫も落ち着いたので事件について伝えることができた。
すると予想外の言葉が返ってきた。
「鳳りんね君のことね。」
なんと既に行方不明の人物の名前を突き止めている!
…まあ、確かに同級生が噂しているくらいだから、薫がこの話を知っている可能性はあるだろうと思っていた。
しかし、まさかその人物について調べていたとは、さすがの行動力の速さに驚かされる。
「教育学部の2年生で、将来は教師志望。中学時代から吹奏楽部に所属していて全国大会に出た実績もあるみたいね。大学ではサークルとかに所属していないし、交友関係も狭いわね。その中でも親友と呼べる同級生が1人いる、と。」
…名前だけでなく、そこまで調査済みですか!
おそらく噂が流れ始めてそこまで時間がたっていないだろうに、ここまでくるとその調査力に内心舌を巻くしかない。
「ただ、行方不明なのは確かだけど、休学届は大学に出ているわね。」
「どこまで調べてるんだよ…。…て、え!じゃあ、行方不明じゃなくないか?休学届を出してる訳だし。」
「そこは捉え方次第だけど、大学の同級生達に何も言わずに下宿先もそのままなのはやっぱり変よね。」
うーん、思っていたより複雑な雰囲気がしてきたような…。
どうやら、ただ大学をサボっているというものではないのは確かなようだ。
そうなると、事故や病気による突然の入院や突発的な事件に巻き込まれた可能性の方が高いか…。
…でも、休学届は親が出していると考えると、本当にふらっとどこかに消えている可能性も…。
考える材料が少なすぎて答えのまとまらない思考に囚われていると薫がニヤリとこちらを見ていることに気づく。
「…なんだよ」
「いや、ついに悟も異世界に興味が出てきたのが嬉しくて」
へ?
「…いやいや!俺は異世界には興味ないよ!」
遠慮するな、と言わんばかりの表情の薫になんとかこちらの言い分を正しく理解してもらう術はないのだろうか…。
いや、ないだろうな…。
そんな一瞬で諦めの境地に達する俺を無視して、薫はどこかに向かって歩き出す。
「どこ行くの?」
俺の疑問にしかし、薫はさも当然と言いたげな表情できっぱりと言い切る。
「行方不明者の親友に会いに」
ついてきなさい、とジェスチャーをする薫の後を渋々ながら追いかける。
事件への多少の興味となんとか、俺が異世界に興味がないことを薫に理解させる目的のために。
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