第2話 大学生は無気力でいたい

学科の試験が終わった開放感は何にも代え難い。

努力という努力をしている訳ではないのに、何でこんなにすっきりとした気持ちになるのだろう。


「過去問を先輩から貰ってたおかげで助かったぜー」


「本当、本当。あれがなかったら落第もあり得たね、マジで」


隣を歩く友人達の足取りも心なしか軽く見えるのは気のせいではないだろう。

実は部員が2人しかいないSF研究会に所属しているせいで、先輩からの試験の情報がまるでない俺にとっては、この2人の友人は何よりもありがたい。

もし、過去問を貰ってなければと考えると寒気がする…。


「俺も先輩いる部活に入っていたら、過去問集めに協力できるんだけどなぁ」


「いやいや、悟はミス伊勢海のお相手で忙しいだろうし、過去問くらい集めてやるよー」


「マジでそれだけは尊敬するわ!俺なら1日であの奇行についてけない自信がある、いや本当マジで。」


薫の評価は俺の友人から見てもこんなもの。

確かに突然草むらに飛び込む女子と街中を歩く勇気はなかなか持てるものではない。

だからこそ、あんな美人の薫が所属するSF研究会に新規会員が入ることはないのだ。


「…しっかし、悟は今回は落第なしでいけそうなのかー?」


「前回の試験みたいに、悟だけ追試にまわされるとかはなしだぜ、マジで」


「いやいや、あれはギリギリを攻めすぎただけで今回はD評価は固いって!」


「「…」」


自信ありげに語ったつもりが、友人達は口をつぐんでしまった。

…何か変なこと言ったかな?


「D判定なんてギリギリもいいところだろー、ちょっと間違えてたらE判定で落第じゃないかー」


「俺らが必死に集めた過去問があってなんでそんなギリギリなんだよ、マジで」


どうやら俺のギリギリな成績に文句があるらしい。

そりゃ、せっかく過去問集めてきてもらってギリギリなのは申し訳ないのかもしれない。

しかし、特待生狙っている訳でもないのにA評価を狙う意味を俺には見つけられないのだ。


「最低限の勉強で最低限の評価を得られるこのコスパの良さが俺の売りなんだよ。必死こいてB判定取るくらいなら、俺はギリギリD判定を狙うね!」


…A判定取れるくらいの頭があるなら話は別なのかもしれないが俺にはそんな才能はない。


「まったく、そんなだから前回全員B判定以上確定の楽な学科で追試にまわされるんだぜー」


「そうそう、ミス伊勢海ほどじゃないにしろ、あれは学内でちょっとした伝説みたいになってるよ、マジで」


「…そんなことで薫と比較されるのは何か嫌だな…」


まさか、あの追試がそんな話題性にとんでいたとは…。

確かに追試を告げられたとき、室内が異様な空気に感じられたがそこまでとは思わなかった。

それでも、学祭中に学内の池に飛び込んだ薫と比較されるのはやっぱり何だか納得がいかない。


「さすがは、悟り世代の申し子と言うべきなのかなー」


「悟だって頭が悪いわけじゃないんだから、たまには本気で頑張れば周りの目も変わると思うけどな、マジで」


「いやいや、俺の頭じゃ無理無理。そんなことに努力するくらいならその時間を睡眠時間にあてるね、俺は。」


呆れる友人達に、しかし俺は笑って答える。

そう、人間にはそれぞれ決まった限界値があるというのが俺の持論だ。

才能がない人間がどんなに努力しても、一定以上の成果なんて出せない。

だからこそ、分相応な努力で分相応な結果を得ることが最も素晴らしいことなのだ。


…それこそが今までの人生で嫌というほど感じてきた経験則なのだから。


「…どうしたー?足でも痛いのかー?」


「え?」


「いや、足を押さえて難しい顔してるからさー」


どうやら気付かぬ間に、過去のことを思い出していたようだ。

今は痛みもない右足に添えていた手をどけると、治ったはずの傷が痛んだような気がした。


「まぁ、試験も終わったんだし暗い話は止めようぜ、マジで」


「そうだなー、過去問を集めた俺らに悟が昼飯くらい奢ってくれるだろうしなー」


「…いやいや!俺、今月ピンチなの知ってるだろ!」


過去を振り払うように首を振ると、俺は友人達と笑い合う。

そう、薫みたいな才能の塊みたいなやつを見続けたせいか最近の俺は若干ナイーブ気味なのかもしれない。

こんなときには友人達とパーッと昼飯を喰うに限る!…奢りは勘弁たけど。


「じゃあ、もう一個情報やるからそれで昼飯代を奢ってくれよ、マジで金ないんだよ。」


何やら意味ありげな笑みを浮かべた謎の発言に俺は興味を惹かれた。

なかなか昼飯代奢るような情報を提示されることなんてないだろう。

友人がそこまで言うからには、何かしら意味のある情報なのだろう。


「…まぁ、その情報次第では奢ってやってもよかろう。」


「お前が熱心に追いかけてるミス伊勢海が喜ぶネタだと思うぜ、マジで。」


…いや、別に薫のことを熱心に追っているつもりはないのだが…。

まぁ、2人きりの部室に通っている時点で否定しようもないだろう。

そして、薫が喜ぶだろうネタということは思い付くのはただ1つだけだ。


「異世界に消えた2年生の話なんだけど、マジもんだぜ。」

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