第8話 執着の理由

「待って。落ち着いて」

「俺は落ち着いている」

「落ち着いてないからそんな馬鹿なこと言ってるんでしょ!?」


 噛みつくようにリジーが吠えた。当然である。

 恋人同士ならまだしも、2人は夫婦でも恋人でもない。まだパーティを組んで1日も経たない他人だ。リジーはまだ彼を仲間だとすら胸を張って言えない。


 そんな関係の2人が何故当然のように一緒に暮らすことになるのか。


 恥ずかしさが一周回って怒りに転じたリジーは、じろりと目の前の美丈夫を睨みつけた。リジーが想像以上に怒っていると気づいたヒューはびくりと肩を揺らす。

 ほんの少し後ろめたい表情で、しかしはっきりとヒューは言葉を紡いだ。


「……俺がリジーの料理を食べたいからだ」

「またそれ? それがどうして一緒に暮らす理由になるの?」

「リジーが料理術師だからだ」


 理由になっているようでなっていない答えに、リジーの眉間のしわが深くなる。


「ふざけてるの?」

「ふざけていない。俺は冗談が苦手だ。……リジーの料理は、食べると力が出る。でもそれだけじゃない」

「……どういうこと?」


 料理術師が不思議な料理を作るのは当然だ。リジーは食べた相手の助けになることだけを考えて、これまで料理術師として活動してきた。

 自分の料理の効果は自分が一番知っている。その考えが根幹から揺さぶられる。


「俺もこれまで料理術師の料理を食べたことがないわけじゃない。むしろ保存食は料理術師が作ったものに世話になることが多かった。長時間持ち歩いても効果が続くからな」


 一度ヒューが言葉を区切る。まるで何かを思い出すように。


「本来、料理術師の料理は特定の効果を狙って作るんだろ?」

「うん。疲労回復、鎮痛薬、精神安定とかが多いかな」


 回復系の効果が主なのは、食事という行為が人間の生命維持に欠かせないものだからだろう。攻撃力増加や魔力増加といったバフ効果のある料理を作れる料理術師はほんの一握りだ。


「ああ、俺も今まで食べてきた料理術師の料理はそういった効果がほとんどだった。でもリジーの料理を初めて食べたとき、が出た」

「どういうこと?」

「リジーがあのとき作ってくれたのは鎮痛作用のあるスープだろ?」

「……うん。ヒューの顔に劇物をぶちまけちゃったからね」

「本来なら痛みを軽減してくれるの料理だ。でもあのスープを飲んだあと、俺は確かに体が軽くなって剣のキレが増した」

「疲労回復のスープに手を加えたから、そっちの効果が出ただけじゃなくて?」

「今までで一番、剣を振るうのが楽だった。成長したかのような、自分が自分じゃない何かになったようだった」


 ひたり、とヒューの静かな眼差しがリジーを捉える。

 磨き上げた宝石のように静かな迫力を放つ紫紺の瞳が、今はひどくぎらついているような気がした。


(私の料理にそんな力が?)


 信じられない気持ちと、ヒューを信じたい気持ちが胸の奥でせめぎ合う。

 今までアインスたちからそんな効果があるなど聞いていなかった。彼らにとってリジーの料理はただの節約で、そこに副次効果があるなど思ってもいなかったのだろう。

 じくじくと心が痛んでいるような気がした。一度つけられた傷はまだ治らない。


 ――もういいよ。お前、もういらねえ。

 ――節約のためにお前の料理食わなくて済む。


(……信じられないよ)


 ヒューの言葉より、アインスたちの言葉のほうがリジーには重くのしかかった。

「お前の料理はすごい」と言われて一緒にいたのに、「節約のため」だと切り捨てられたショックと絶望がリジーの心を黒く染めていく。

 ゆるゆると小さく首を振った。惨めで、ちっぽけで、無力な自分と直面したようで、涙がこみ上げる。


「リジー」


 俯いたリジーの顔と心を、引っ張り上げる手があった。


「俺にはお前が必要だ」

「リジーが自分の力を信じられないならそれでいいから」

「せめて俺を信じてほしい」

「俺のために料理を作ってくれないか」

「もう一度だけ信じてほしい」


 一言一言、ヒューはリジーに語りかける。

 料理術師という存在ごと裏切られたリジーを救い出すかのように。


 あんまりにもヒューが真剣で、触れられた手が優しかったから、リジーは思わず、


「……わかった」


 頷いてしまったのだった。

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