第7話 衝撃発言

 一角馬の飛翔ユニコーン・フライト亭に足を踏み入れたヒューは、いつもとわずかに雰囲気が違う店主を見て、おやと目を瞬いた。

 店主も来店したヒューに気づき、歯を見せて笑う。しかしどこか覇気に欠けているような気がした。


「よう、ヒュー。いらっしゃい」

「おやっさん、どうした? 元気なさそうだ」

「なんもねえよ。ちょいと前に厄介な客を相手にしちまってな。出禁にしたが、味がどうこうって言われちまうとやっぱり料理人としては堪えてなァ」

「俺はおやっさんの料理、好きだ。量も多いし」

「がはは、お前はそうだろうよ!」


 店主はそこでやっとヒューの陰に隠れているリジーを見つけた。別に彼女が人見知りで隠れていたのではなく、ヒューと店主の体格が良すぎて死角になっていただけだ。断じてリジーが小さいわけではない。

 店主はヒューとリジーを交互に見遣り、男臭い顔をにやぁっとだらしなく歪めた。


「おいおいおいおい! ヒューお前、恋人が出来たのか! めでてえじゃねえか!」

「違う。リジーとはパーティを組んだんだ。恋人じゃない、仲間だ」

「どっちでも構わねえよ! 嬢ちゃん、リジーってのかい。ヒューに泣かされたらうちに来い。自棄酒にも自棄食いにも付き合ってやるからな!」


 どうやらリジーがフラれること前提らしい。思わず突っ込みたくなったが、先程より元気になった店主に余計なことを言うのも憚られて、リジーは曖昧に頷くことしか出来なかった。


 空いているテーブルに通され、ヒューからメニュー表を手渡される。かなり分厚い。


「リジーはこういったところは初めてか?」

「恥ずかしながら。ヒューは常連なんだね」

「俺がというより、冒険者では馴染みの店だと思う。ギルドから近いし、おやっさんも元冒険者らしくて、新人とか相談に来てたりするから」


 ヒューはそう言うと、慣れた様子でメニューの最初を開いた。所狭しと並ぶ酒名にリジーは感嘆の息を漏らす。


「酒は飲めるか? いや……悪い。そもそも、いくつだ?」

「今年で18歳だから大丈夫。お酒はあんまり飲まないから、強いかどうか分からないかも」

「じゃあ弱めのやつにしとくか。食べられないものは?」

「無いよ。ヒューは……無い、よね。うん、ごめん分かってた」


 ヒューはリジーのために林檎酒シードルと自分用に黒エールを頼み、シャスリックと魚介の塩焼きを大盛りで注文する。


「いくつか大皿で頼んで分けてもいいか?」

「もちろん」

「ありがとう。残ったら俺が全部食べるから安心してくれ」


 ヒューはそう言って、さらにキャベツの酢漬けザワークラウトとチキンの丸焼き、そして揚げ芋を追加で頼んだ。

 しばらくして運ばれてきた酒は、リジーの顔ほどもある大きなジョッキに並々と入っていた。リジーは片手で持てず、右手でジョッキの取っ手を持ち左手は底に添える。


「じゃあ、乾杯」

「乾杯」


 こん、とジョッキ同士を触れ合わせて音を立てると、リジーはそっとジョッキに口をつけた。

 林檎の爽やかな甘い香りが鼻を抜け、炭酸が舌を刺激する。酒の苦みはあるが、それも林檎の柔らかな甘酸っぱさに押し流され、するすると喉を通っていった。

 あまり酒という感じがしない。大人っぽい風味をつけたジュースというフレーズがリジーの脳裏に浮かんだ。


 リジーがシードルを気に入ったのをヒューが満足そうに眺めている。ちなみに乾杯時の一飲みで彼のジョッキは空になっていたが、敢えてリジーは突っ込まなかった。


「それでリジー。これからの予定なんだが、まず君の装備と住環境を整える必要があると思う」

「装備と住環境?」

「ああ。リジーに絶対必要だ」


 リジーの現在の装備はかなりショボい。なにせ最低ランクのアイアン級のときからほとんど変わっていないのだ。そのため装備を整えるというのは理解できるが、後者は何故だろうか。


「リジー。今、どこに住んでる?」

「……東通りの裏手にある宿だけど」

「そこ、この辺りで一番の安宿だよな。治安も良くないし立地も悪い。思うに、前のパーティでろくに報酬貰えてなかったんじゃないか?」

「どうしてそんなことが……」

「簡単だろ。ドラゴンを倒せる高ランクのパーティにいたのに、リジーの装備は簡易すぎる。いくら料理術師とはいえ必ず安全地帯にいるわけじゃないのにだ。追放されたことも考えたら、あまり良い待遇ではなかったんじゃないかと」


 当たっている。そのためリジーは何も言えなかった。

 しかしそんな些細な情報から推測してしまうとは、ヒューは随分と頭が良いらしい。

 呆れ半分、賞賛半分の複雑な気持ちで運ばれてきた揚げ芋を頬張っていると、ヒューは再び頼んだエールのジョッキを傾けながらなんてことないように言い放った。


「今後一緒に住むのに、東通りの宿じゃ手狭だしな」


 その瞬間リジーを襲った衝撃は、これまでの人生でも経験したことのないものであったと、のちに彼女は語る。


 揚げ芋を喉に詰まらせ、死者の花畑が見えたことはリジー一生の不覚であった。

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