真っ赤な桜

ポンポン帝国

真っ赤な桜

 それは三月のある日、高校の部活の帰り道でのこと。


 その日は翌月に行われる大会の準備で、学校ではなく近くの会館での作業開始日。会館から自宅までは遠く、いつもとは全く異なる道を自転車で通っていた。


 あ、広場。


 少し気になったので、自転車を漕ぐ足を止めて眺めてみる。


 高校入ってから色々忙しくて、こういう所は来ることがなかったなぁ…。


 そして、ふと目についたのは


『何本かの桜の木』


 ここの桜が綺麗にまとめて咲けば、皆でお花見するのに良さそうだなぁ。今度、ミキ達に話してみよう。


 そう思いながら自転車を漕ぐのを再開して自宅に向かった。








 それから、しばらくの間、何度かその広場の前を通っても気にならなかった。桜の花が咲くには暫くかかりそうだったし。それに、部活の準備が大会に近づけば近づく程、忙しさは増して行き、気にしてる余裕が無かったのかもしれない。








 三月下旬になり大会一週間前。


 同じ部活所属の女友達のミキと男友達のコウと、たまたま帰る時間が重なったから広場の前に来た。


「あ、ちょっとここで止まって」


 ミキもコウも慌てて止まる。


「ねぇ、この広場の桜の木、多いじゃん? 大会が終わったらさ、ここで皆集まって花見でもしようよ!」


「いいね!」


 ミキはノリよく反応するが、コウは


「ここはちょっと、止めておいた方がいいかも……」


「え? なんで? ここなら広くて皆で座れそうだなって思ったんだけど?」


 止められた理由が分からず、コウになんで? と聞こうとした。


「まぁ、そうなんだけどさ……」


 『何か』を言いづらそうにしていた。


「まぁいいじゃん。大会の前々日くらいに花見の下見をすれば。うちら三人は帰り道だからどうせここ通るし、時間だけ……合わせる形で」


 ミキは帰りを急いでいたことを思い出し、仕方なくその場をまとめると


「うん、分かった。そうしよう」


 その場では、コウへの疑問を持ちつつもミキの慌てた様子に言葉を呑んだ。


 そしてその日は帰りながら、『しばらく花見の話は他の部員にせず、下見を終わってから提案する』ということで話がまとまったのだった。





 大会前々日。


 予定通り三人で待ち合わせして、帰りに広場へ下見に行くことした。


「うん、だいたい綺麗に咲いたな、これなら花見もできそうだね」


 咲いたのを見て、これなら出来そうだと思い嬉しくなって、大袈裟に喜んでいた。


 一方、ミキは「折角やるなら、ちゃんと見ておかないと」と周りを見て歩く。


「ねぇ、咲いたのはいいんだけど、あそこの木だけ、花……と言うべきか、全体的に赤いよ?」


 その声に反応して、どれどれ? とミキに近づいて木を見てみると


 一本だけ『赤く』なっている。


「本当だぁ! けど、ソメイヨシノって赤いのもあったっけ?」


 ミキと揃って首を傾げて唸っていると。


「ならないよ。ソメイヨシノは普通、木ごと赤くなんてならない。なっても花の真ん中が散る前に赤くなるだけで……。ただあそこが『違う』だけ」


 今までただ黙って一緒に歩いていたコウが突然博識になって、そして何か『他』を知っているかの様に言う。


「そういえば前に、ここで花見は止めておいた方がいいって言ってたっけ? 何か言いづらそうにしてたし、何か知ってるなら教えて?」


 前にした話も気になって、前回はミキの止むをえない用事で中断したので、続きを聞こうと問いただした。最初、コウは嫌そうな素振りを見せたけど、観念したのか静かに語り始めた。


「ここの桜の木は綺麗なんだけどね。そこの一本の木だけは所謂『イワクツキ』の木で、数年に一度誰かが首を吊るらしいんだ……」


 その話に驚いた様子でミキは


「え、そんなヤバイ木なら切っちゃえばいいじゃん!!」


「切っちゃうの!? それってホントにヤバイかわからないじゃん? 確かに首吊りって怖いけど、偶然かもしれないし。こんなに綺麗な桜の咲く木を切るなんて勿体ないよ」


 怖い、不気味な感じはあったけど、勿体ない気持ちの方が勝っていた。


「そう、今の二人みたいに色んな意見が出たんだ、昔もね……」


 コウは二人の反応を見ながら話を続ける。


「この辺に昔から住んでる人なら知っている話なんだけど、この広場には持ち主がいて、最初の首吊りからその木にだけ“異変”が起きるようになって、漸く騒ぎ始める人が増えて……。それで地域で話し合いになったんだって」


「異変って?」


 興味津々に聞いていると、横ではミキが不安そうに聞いている。コウはそんな二人を横目に淡々と話を続けた。


「見ての通り、『赤くなる』んだよ。人が亡くなった次の年から何故か赤くなるようになって……。その時もこれは偶然で、切るには勿体ないって人達と、不気味だからその木だけ切ってほしいって人達で、意見が対立したらしいんだ。結局最後にこの広場の持ち主が切らないって言ってそのままに。そして、翌年持ち主が『そこ』で亡くなったんだって……」


「そんな……」


 ミキは既にその木を見ないようにしているのに、気が付いた。顔色も悪くなっていて、今にも倒れそうだ。


「ミキ、顔色悪いけど、話続けて大丈夫?」


 コウもミキの様子に気づいていたのか、どうするかを聞く。


 ミキは聞きたくないと言わんばかりに、首を大きく横に振った。


「その話を聞いて流石にここで花見しようと思えないよね? それとも……?」


 ミキは勢いよく、横に首を振る。


「どうしても花見がしたいなら僕はこの辺のこと詳しいから、他を紹介するけど?」


「そうしてくれると……、助かるかな」


 ミキの元気が明らかに無くなっているので、自転車に乗って移動する。ミキの家は一番遠かったが、心配なのでコウと送り届け、私も怖かったけど、それ以上にその話の続きが気になり、桜の木の話の続きを聞こうと、コンビニに立ちよった。


「結局、あの桜の木は持ち主が亡くなったことで、そのまま放置になったってことだよね?」


「まぁ、見ての通りさ。それに業者の人も嫌がっちゃったみたいでね。切るに切れなくなったんだ」


「そりゃそうだよね。私だって怖くて切れないよ……」


 さっきまではミキの心配をしてたせいか気づかなかったけど、背中から嫌な汗が吹き出ている。


「二人とも気をつけた方がいい。あの桜の木を知った事であの桜の木にも二人を知られた事になる。出来るだけ近づかない方がいいよ」


「あの木はね、待ってるのさ。魅せられたモノを引き寄せる為に……」


「けど、コウは、コウは大丈夫なの?」


 これだけこの話を知ってるコウの事だ。とっくに魅せられていてもおかしくない。


「僕か……。僕は大丈夫。幸いにも嫌われているからね」


「え、それって……?」


「しー……」


 私の唇に人差し指をちょこんと当てる。ちょっと寂しさと、悲しみが混じったような複雑な表情だった。









 その後、コウの言いつけを守った私達は、あの桜の木には近づかないようにした。そして数年後、これは人づてで聞いた話なんだけど、あの桜の木だけがある日、燃えてなくなってしまったそうだ。原因は不明で、その時ちょうど満開だった赤い桜の木は、炎か桜の花びらかわからない位に真っ赤に咲き乱れたらしい。詳しい事をコウに聞いてみたけど、結局、教えてくれなかった。

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