第9話

 庭に知らない人がいた。縁側から見ている伯生さんの視線の先で気付いた。ベンチを持ち上げて、脚の土を掌やタオルで払っている。木製のベンチ、白いペンキが塗ってある、ロバートさんのお手製のやつだ。

「あの人誰ですか」

「知らんのか、ロバートのアベック」

「アベック?」

「ハニーだよ」

 伯生さんが古い言葉を使ったんだとわかった。それと同時に、肩から力が抜ける心地がした。

「いたんだ…………」

「いるだろうよ。面が良いからな」

「良いけど、ですよ。なんでここに?」

「引っ越すんだって」

「え?」

「こんにちわ」

 ロバートさんが横からヒョイっと出てきた。金髪のイケメンは目の保養だ。

 私は驚く。

「あ、ロバートさん、お仕事から戻ってきたんですか」

「そうです。ひさし、しぶりです」

「早すぎるよ」と伯生さん。

「急にです。私もびっくり、私の家に帰ります」

「まぁ、危険な仕事だったからな」

 ウンウンと伯夫さんは頷いている。

「びっくりですよ本当に」

 私が言うと、ロバートさんはひらめいたように私を見た。

「あら、恵美理さんもこっちきますか」

「やめろ」

 急に伯生さんが怒った。マジっぽい。

 何で怒るんだろう? びっくりして私は声が出なかった。

「ははは、ジョークですジョーク。グッバイ」

 ロバートさんは動揺した様子はなかった。

 ハニーの車に戻ったらしく、そのまま帰ってこなかった。

 見送った後、伯夫さんを見ると、彼もこっちを見ていた。

 睨んでいる。怒っているように見えるけど、少し違うようにも見える。

 何か話したほうがいいのかも。

 そう思ったけど、彼は無言で家に戻ってしまった。

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