第8話


 ――――……、…………――――


 誰かが、喋っている。目を開けようと思ったけど、ハッとしてそのままジッとする。

 今は夜だ。目蓋越しが暗いからわかる。

 つまり、私は寝ているんだけど、枕もとに誰かがいるみたい。

 伯生さんかなと思ったけど、この声、女の人っぽい。


 黒い女の人を思い出した。


 汗が一気にあふれ出す感覚。その人だったらどうする?

 というか誰?

 誰が私の部屋に入っているの?


 ――――……ちゃ……、えみ、…………――――


 私の名前を呼んでいる?

 心なしか、声は優しい。

 黒い人じゃなさそうだ。でも油断はできない。

 もしかして、大家さんかと思ったけど、夜なのに。

 退院するとは聞いてない。

 夜に枕元にいる大家さん?

 ありえなくはないけど、怖くて目を開ける気になれない。

「恵美理ちゃん、今日はね――――




 ――――

「っ?」

 目が覚めた、今度こそ朝だ。

 枕もとには誰も居ない。起き上がってキョロキョロ見回す。

 耳を澄ませると、リビングのほうでカップ麺をすする音が聞こえた。

 伯生さんだろう。

 その日常音に安心する。

 けど、

 だとしたら、あの声は何だろう?


 私はリビングに下りた。

 カレーカップ麺を啜る音、匂い。

 私もお腹が空いてくる。

「ん」

 伯生さんが私に気付いて手を上げてあいさつをしてきた。

 私は声が出なかったから、軽く頷いた。

 その様子に疑問を持つかと思ったけど、そうでもないみたい。

 ………大家さんは、いない。

 そもそも、彼女が帰ってきたなら、朝ごはんができているはずだから。


 だったら、昨日枕元にいたのは?

 私は考えないようにして、窓を開けて、朝の空気を吸い込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る