第4話
それから少し、私たちは仲良くなった。散歩に出かけたり、遠出したり。
ハッと目が覚めた。ガタンガタンと体が揺れる。電車に揺られているようだ。うなじに熱を感じる。手を当てながら振り返ると、窓の外には一面の海が広がっていた。
言葉を失う、というのはこういうことかもしれない。きれい。だけどよくわからない、恐ろしいものも感じるような……。
車内は暑かった。エアコンは入っているようだけど。ほかにもまばらに乗客がいる。
隣に伯生さんがいる。腕を組んでいて、眠っているように見えたけど、反対側の窓のほうを見ている。
向こうも一面海だ。どこだろう、ここ。
「伯生さん」
「寝てて良かったんだぞ?」
チラッとこっちを見てそう言う。しかめっ面に見えなくもない。この景色を見せないつもりだったの? と思ったけど、単純に寝ていた私を起こしづらかったのかもしれない。
「ここってどこなんですか?」
「どこでもいいだろ」
「えぇー」
スマホを見ようとしたけど、見つからない。いつもはポケットに入れているはずなんだけど、ポケットが見つからない。
「あれ?」
「降りるぞ」
気が付くと、私たちは駅に着いていた。駅員さんの影が見えるけど、無人駅のように静かだ。降りたのは私たちだけみたいだ。伯生さんの後ろをついて行く。砂利道のようなところを歩く。枯れた芝生のようなものが覆っている小高い丘に、肩幅くらいの狭い道が続いている。
「どこに向かっているんですか」
「そのうちわかるだろ」
はっきり言ってくださいよー。と訴えた気がするけど、声に出したかわからない。何だか急に疲れていた。
砂利道を見ていた視線を、ふと上げると、私たちはコスモス畑に囲まれていた。ピンク色だ。
「ええ? 本当にどこなんですかここ」
感動しながら、声だけあまり喜べていない。
どこでもいいだろ、とでも言いそうだと思ったけど、彼は無言だった。
さわさわ、と風が吹いてコスモスが波のように揺れている。時間帯はわからないけど、夕方のちょっと前くらいだろう。空に薄い雲かかかっていて、景色全体が曖昧にぼやけている。
無言で眺めていると、黒いものが視界の端に見えた。見てはいけないものだと気づいた時には、すでに私は顔を向けていた。
あの黒い女性だ。
「どこ見てんだよ、恵美理」
伯生さんに声をかけられて、少しだけ意識が逸れた。気が付くと、黒い影は居なくなっていた。
「……なんてもないです」
あれは夢のはずだから、思いださないようにしよう。
それからどうしたかあわからないけど、いつのまにか家に帰ってきていた。
旅行に行ったのにどういうわけかお土産も何も持っていない。
「何で急に旅行なんですか?」
着替えようとしていた彼に声をかける。
「現実逃避」
そう返ってくる。とてもわかりやすい。
金持ちなのに逃避したいことがあるんだろうか。人それぞれだというのはわかる。完璧に理解してもらえるわけがない。ちょうど、両親から私の苦しみが理解されなかったように。
「お前、いつかは帰れよ」
背後でそう聞こえた。目の前では相変わらずさわさわとコスモスが揺れている。
その言葉が、とても耳に響く。多分、私が逃避していることだから。
きちんとそう言ってくれる伯生さんは、ある意味優しいのかもしれない。
「――――――」
私は何か返そうとした。「嫌です」とか「考えておきます」とか「今それを言うんですか」とか。返す言葉は思いつくのに、どれも私の内心と合致しなかった。まったく違うわけじゃなくて、どれも私の本心だけど、帰らないといけないとわかっているけど。
何と返したらいいのか、いつまでたっても思いつかなかった。
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