最強 #2

 言葉を放った瞬間、秋山零士の手には二叉の槍が、頭にはシンンプルな黒の仮面が現れる。そして同時に防御障壁が空亡の打撃によって砕け散ったのであった。

 しかし、そこにはすでに秋山零士の姿は無かった。

 秋山零士が頭に付けていた仮面は冥府神ハデスの道具である隠れ兜であり、姿を消す事の出来るハデス最強の道具でもあった。冠った者の姿は誰であろうと見る事も捉える事も出来ない隠密のアイテム。

「何処に行った」

 空亡は辺りを見回すがどこにも秋山零士の姿は無い。

 林には静寂が訪れ、空亡は全神経を集中させるが秋山零士を見つける事は出来ない。

 そんな中で秋山零士は悠々と空亡の死角に立ち槍を構え、そして空亡に向けて投げた。

 姿が見えない敵が放つ死角からの一撃。本来ならば躱す事が出来ないはずの一撃を、しかし、空亡は躱してみせたのであった。

 秋山零士と空亡との距離は約二十メートルほどであり、槍は秋山零士が槍から手を離した瞬間に姿を現す。だからといって急に出現する槍を避けるのは至難の業であり常人には到底不可能な事であるのだが空亡はそれを平然とやってのけたのだ。

 槍が風を切る音と気配で察知し槍を見ずに避けた空亡は槍の向きを確かめ、飛んで来た方向へ一目散に向かっていく。

 そして拳を地面に向かって叩き付けた。

 それは威嚇の一撃であり、空亡のイラつきの現れでもあった。

 地面に放たれた空亡の拳は大地を割り周り数メートルの地面を歪ませる。

 しかし、隠れ兜により依然として秋山零士の姿は見えないままであり、空亡は追撃に出る事が出来ない。最強の力を持っているにもかかわらずそれを使う事が出来ない事を空亡は歯痒く感じていたのだ。

 だがそれと同時に秋山零士も手に詰まっていた。

 創造魔術は同時発動出来ず、ハデスの槍が当たらないという事は攻撃手段が無いという事でもあった。また別の創造魔術を使うにはハデスの隠れ兜を消さなければならず、一度姿を見せる事となるのである。

 もちろんこのまま姿を隠しその場から逃げ出す事も可能であったが科学技術により強化された空亡を前に逃げ出す事は彼のプライドが許さなかった。

 秋山零士は最強でなければならないのだ。最強である事が彼の、クリスチャン・ローゼンクロイツの理想を叶える為の絶対条件であり譲る事の出来ない称号であった。

「隠れてないで出てきやがれ!」

 空亡の怒声は林に響く。

 それを聞き秋山零士は静かに決意した。

 この怪物を倒すにはさらに危険を侵さねばならないと判断したのであった。

「降臨魔術【アレス憑依】」

 唱えると同時にハデスの隠れ兜が消え秋山零士は姿を現す。

 それを察知しすぐさま攻撃に移った空亡の拳を、秋山零士は創世記を持っていない方の右手だけで止めてみせたのであった。

 衝撃は地面に伝わり大地が割れる。

 しかし、秋山零士は平然とその場に立っていたのであった。秋山零士の体からは赤いオーラのような物が漂っており、立ち姿は明らかに先程までとは違い異様である。

 空亡の拳は秋山零士に掴まれ動かす事が出来ず、その現状に空亡は驚愕する。

 人間離れした力を持つ空亡であっても振りほどく事の出来ない力。それは自らの力を目の前の人間が超えている事を表していたが、事実を受け止める事が出来なかった空亡は困惑してしまう。青龍やミルダと渡り合った自らの力を過信し最強の魔術師となった秋山零士を甘く見すぎていた結果であり、それこそが空亡の弱点でもあった。

 空亡は腕を掴まれたまま苦し紛れに秋山零士の腹に力任せな蹴りを入れる。

 しかし、秋山零士はそれも物ともしない。顔を歪ませる事も無く、自然に受けてみせたのだ。

 そして空亡の腕を掴みそのまま投げ捨てる。

 受け身を取った空亡は顔をしかめた。衝撃が体を伝わり、痛みの感じない体が軋む。

「なんだその力は」

 そう言う空亡の声はどこか震えていた。

「降臨魔術。神をこの身に降ろす魔術であり、今の僕の身には荒ぶる戦の神アレスの力が宿っている。お前がどれだけの力を持っていたとしても神の、それも戦を司るアレスの力には敵わない」

「そんなもの……そんなもの認めるものか」

 叫びながら空亡は再び攻撃を仕掛けるが、秋山零士はその全てを受け切った。

 そして空亡の腹に蹴りを入れる。吹き飛ぶ空亡に飛び寄り地面に打ちつけられたその体にさらに拳を叩き込むと空亡の体は地面に深くめり込み、その口から血が吐き出た。

 空亡の哀れな弱さ。彼は強さを求める人間であったが戦闘のプロでは無く、元は無名の殺し屋である。そのため本来ならば距離を取り引くべきところであるこの局面でも向かって行く事しか出来なかったのだ。

「終わりだ」

 秋山零士は空亡の胸に向かって手刀を差し込んだ。

 手刀は空亡の心臓を貫き、抜くと同時に血が吹き出る。

 そうして秋山零士は動かなくなった空亡を見つめながらその場に膝を着いたのであった。

 創世記からは光りが消え、秋山零士の額からは汗が吹き出る。

 降臨魔術は神をその身に降ろす魔術であるが、人の体は神の力に耐えられるほど頑丈では無い。荒ぶる戦の神、絶対の破壊を目的としたアレスの能力はその場で最も強い力を持つ人物を圧倒して倒せるだけの力を得るという物である。

 神であったアレスの肉体はどれほどの力を得ようとも耐える事が出来たが人間はそうはいかない。敵が薬物と機械により強化された怪物となれば尚更であり、空亡を圧倒できる力は秋山零士の肉体には有り余るものであったのだ。

 力の反動が秋山零士の体を襲い、咳と同時に吐血する。

「これで三人は行動不能となった。……終わりだ」

 体に走る激痛を我慢しながら秋山零士は立ち上がり、よろめきながらもホームズ達の元へ戻って辺りを見回す。

 今ならば、仮面の男や執事飼いは秋山零士を殺す事が出来たかもしれない。しかし、彼らは恐怖を感じていたのだ。秋山零士という得体の知れない魔術師に恐怖を抱き、動く事が出来なかったのである。

 それほどまでに神の魔術を扱う秋山零士という存在は強大で、禍々しいものとなっていたのだ。

「リトル、C、薔薇十字団に戻ろうか。やる事が溢れかえっている。まずは幽邑と話をしないといけないからね」

 秋山零士はボロボロになりながらも毅然とした態度で立ち言葉を発する。その姿は今しがた激戦を繰り広げた人物とは思えないほどであった。

「仰せの侭に」

「私はローゼンクロイツ様と共に」

 Cとリトルは頷き、秋山零士の前に跪く。

「青龍達の魔術は僕が居なくなったら数分で解ける。君たちも早くこの場を去るといいよ。生きていればまたどこかで会うだろう。それじゃあ、またいずれ」

 創世記は光り、秋山零士達の周りを青の光りが包む。

 そして秋山零士達はその場から消えていったのであった。



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