最強

「これは……」

 秋山零士は気がつくと真っ白な空間に居た。

 右も左も無い白の空間。そこに彼は存在した。

「やあ、やっと来てくれたね秋山零士くん。僕は君を待ちわびたよ」

 秋山零士の前に一人の男が現れる。短く真っ白な髪とそれに引けを取らない真っ白な肌。しかし、その瞳は青く透き通っていた。

「……クリスチャン・ローゼンクロイツ」

 秋山零士は思わず口から出たその言葉にハッとする。彼はその名を初めて口にし、その時初めて認識した。遥か昔から知っていたはずであったにも関わらずその名を忘れてしまっていた。

「そうそれが僕の名だ。そして君の名でもある」

「そうこれは僕の名前だ。輪廻を越え、生まれ変わったクリスチャン・ローゼンクロイツ、それが僕なんだ。全ては偶然なんかじゃない。必然であった」

 二人は見つめ合い、引かれ合う。

「さあ、全てを知る時だ。世界を変えよう秋山零士」

 男の差し出す手に秋山零士はそっと自らの手を重ね、二人同時に呟いた。

「「僕たちの願いを叶える為に」」






「これは何だ」

 ホームズは目の前の光景に目を見開く。

 創世記を見つめ目を離さない秋山零士の周りには光りが満ち、それにより作り出された異質な空間はまるでそこだけ世界と時空が切り離されているようであった。

「メモリーズハイ。秋山零士の中に居た始祖クリスチャン・ローゼンクロイツ様が自らの魂に施した魔術であり、ローゼンクロイツ様復活の魔術」

 ホームズはリトルの言葉を聞きながら好奇心に満ちた目で秋山零士を見つめていた。

 そう、それは好奇心であった。この後何が起こり、どうなるのか。

 全ての答えが記された創世記。そして伝説の魔術師クリスチャン・ローゼンクロイツ。その二つが交わるこの瞬間は、おそらくこの世界の歴史を動かす瞬間であり、ホームズはそれを見ずには居られなかった。

 そして光りは収束する。

 創世記を持ち立ち上がった秋山零士の肌は白人のように白くなり、髪の半分もストライプが入ったかのように白が混ざる。

「お前は誰だ」

 ホームズは秋山零士に向かって言葉を放つ。

 好奇心と不安の混ざった思いでホームズは彼を見ていた。最強の魔術師であり魔術を作ったとされる薔薇十字団始祖クリスチャン・ローゼンクロイツが本当に甦ったとしたならば、その一挙一動はこの場の全てに影響を与える物であり、彼の行動一つ、考え一つでこの争いの行く末が決まってしまう。

 下手をすればホームズ自らが殺されてしまう可能性も秘めていたのだ。

「僕は秋山零士さ。それと同時にクリスチャン・ローゼンクロイツでもあるけどね」

「それは一体どういう意味なの……」

 その言葉に反応したのはリトルであった。

 リトルは不安を抱いていたのである。万が一にもあり得ないが、もし始祖クリスチャン・ローゼンクロイツの魔術が失敗していたとしたらと考えていたのだ。しかし、その疑問もすぐに消える事となる。

「君はリトルだね。優しい魔女である君のおかげで僕の薔薇十字団は無くならずにすんでいる。ありがとう。そして君の問いに答えるならばクリスチャン・ローゼンクロイツは僕になったんだ。転生というのが最も当てはまる言葉だね」

「転生……」

「そう転生。少し違いがあるけど僕はクリスチャン・ローゼンクロイツで間違いは無いよ。さて、取りあえず僕を取り巻くこの争いを終わりしようか」

 秋山零士は動き出す。

 その先では青龍、ミルダ、空亡の三人が戦っている最中であった。

「動くな」

 秋山零士の声は林に響き三人は同時に動きを止める。いや、止めさせられたのであった。その声に束縛され、動きを封じられたのだ。

「秋山零士……いや違うな、誰だお前は」

 青龍は秋山零士を睨みつける。三人は皆、秋山零士の纏う異常に気がついていたのである。明らかに異常であり、自らの動きを止めているのも彼であると悟った。

「僕は秋山零士であり、悠久の魔術師クリスチャン・ローゼンクロイツの魂を持つ者。争いを止めさせにきたんだ」

「どういうことだ」

「僕が原因となっている争いは全てこの僕が引き受け終わらせる。【勅命】により縛られている君たちには選択権は無いよ」

「黙れ」と、叫び飛び出したのは空亡であった。

 力技で秋山零士の魔術を破り、襲いかかるがその攻撃は秋山零士には届かない。

 創世記が光り秋山零士と空亡の間には青白く光るガラスのような薄い壁が出来ていたのである。壁は見た目とは裏腹に非常に強力であり、空亡の拳をはじき返したのであった。

「創世記頼りの魔術とはいえ、力だけで【勅命】を破るとは大した物だ。しかし、最強の魔術師と言われた僕には届かない」

 秋山零士が右手を上空に掲げると同時に左手に持つ創世記が光り上空に暗雲が立ちこめる。

「創造魔術【ゼウスの審判】」

 そして秋山零士は空亡に向かって腕を振り抜いた瞬間、暗雲から落ちた雷が空亡の体に直撃し空亡はその場に倒れたのであった。

 それを合図に発砲音が三回響く。

 秋山零士が空亡に気を取られた事によって自由になったミルダと青龍が同時に銃弾を放ったのである。銃弾は秋山零士向かって一直線に飛んでいくが、空亡と同じようにそれは壁に阻まれる。

 ミルダは両手に持つベレッタを交互に撃ち弾幕を張った。しかし、全ての銃弾はやはり秋山零士の元までは届かない。

「青龍」

「分かっている」

 二人の考える事は同じであり魔術に対して青龍が持つアンチマジック弾が有効であると判断したのである。そのためミルダは出来る限り時間を稼ぎ、青龍は銃弾を入れ替える事に徹した。

「食らいな」

 装填を終えた青龍が銃弾を放つ。

 銃弾は秋山零士が作る魔術障壁を破り命中するはずであった。しかし、銃弾は障壁に阻まれ勢いを失い地面に落ちたのである。

 驚く青龍とミルダを横目で見ながら秋山零士は不思議そうな表情を浮かべた。

「その、君らがアンチマジック弾と呼んでいるのは正式には否定魔術、ディナイマジック弾と呼ばれるもので遥か昔に僕が作った魔術だ。闇を基本にした魔術であり、全ての魔術を吸収し打ち消す力。しかしながら、面白いね。君たちの反応を見るに魔術を弾丸に施し供給する誰かがいる見たいだけど、このレベルの魔術を弾丸に定着させるとはなかなかの魔術師だ」

「そんな話聞いてないぞ」と、秋山零士の言葉を聞きながら訝しむようにして青龍は言葉を返した。

「それもそのはずだよ。光を司る魔術は僕以外使える人間が居ないからね。考慮する必要がない。だから作った人は言わなかったんだろう。そもそも魔術の仕組みというのは知られてしまうと破られてしまうからね。詳細を教えるという事は僕でもしなかったと思うよ」

 小さく笑う秋山零士を見て青龍は奥歯を噛み、顔をしかめる。

「ここまで頑張って来た君たちにはとっておきの闇魔術を見せて上げるよ」と、秋山零士が言うと同時に創世記の光りがさらに大きくなり、その光りは薄暗い林を照らし出す。

「闇魔術【ナイトメア】」

 秋山零士が呟いた途端、光りは暗転し闇となる。急速に広がった闇はミルダと青龍を包み込み、二人はそのまま眠りに落ちてしまったのであった。

「それは何だ」と、声を発したのは空亡であった。

 空亡の右腕からは火花が散り、剥がれ落ちた人工皮膚の隙間からは機械が覗いている。

「【ナイトメア】。光りを見た対象を眠らせ悪夢に捉える魔術だ。目の良い二人だからこそかかってしまう魔術だよ。しかし、君には驚かされるな。創造魔術を食らって動けるとは、薬物による肉体強化と機械化か……いいだろう、科学と魔術どちらが上か決めようじゃないか」

 言いながら手を広げる秋山零士を見て空亡が思うことはただ1つ。

「お前を倒せば俺は最強か?」

 強さに囚われた亡者。空亡は強い眼差しで秋山零士を見つめていた。

「少なくとも、僕を倒せば最強の魔術師を倒した事になる」

「そうか」

 何かを決意し駆け出した空亡は人とは思えない速さで秋山零士との距離を詰め、強烈な打撃を繰り出す。しかし、その全てが秋山零士の作り出した障壁によって防がれてしまっていた。

「創造魔術【ヘカトンケイルの百手】」

 呟くと同時に創世記が光り、秋山零士の背後からはまるで百式観音のような巨大な無数の光る腕が現れ空亡に襲いかかった。空亡は次々と襲いかかってくる腕を躱し続け再び秋山零士に向かって打撃を繰り出す。

 それを繰り返す中で空亡は願っていた。強さを、相手を圧倒できるだけの力を願い求めていたのであった。

 諦めを知らない空亡は打撃を繰り返し、力を求め続ける。そしてその行為に秋山零士は若干の焦りを感じていた。

 空亡の力が少しずつではあるが強くなってきていたのである。

「俺はまだ強くなる」

 空亡は笑いながら言葉を発したその時であった。

 秋山零士の絶対障壁が歪む。

 防御魔術【遮断障壁】はその名の通り全ての衝撃を遮断する魔術であった。しかし、空亡の力がその遮断の許容範囲を超えつつあったのである。

 許容範囲を超えた力は障壁に蓄積され障壁には歪みが生じる。

「なるほど、本物の化物だと言う事か」と、呟きながら秋山零士は考えていた。

 空亡の力は想像を超えており、最強魔術の一つであった創造魔術を食らいながら立ち上がった事実は秋山零士の心を大きく揺さぶっていたのである。

 神の技を創造する創造魔術はクリスチャン・ローゼンクロイツが開発した魔術であり彼にしか使えない魔術でもあった。

 しかし、魔術という物はそもそも原理を解読し言葉に起こす事で発動する物であるため、魔術を使うにはまず原理を知らなければならず、そのために必要だったのが創世記であったのである。全ての原理が記された創世記を持つ事で魔術師はこの世のありとあらゆる事象や現象を具現化出来るのである。

 そのため最強の力を用いた平和な統一世界を作り上げる事を目的としていたクリスチャン・ローゼンクロイツは創世記を求めたのであった。

 だが、創世記は神の加護で守られ時間と空間を不規則に飛び回っていたために何時この世に現れるのか分からず、不老の術を持っていなかった彼は創世記が現れるであろう未来に転生する事を選んだのである。

 生前のクリスチャン・ローゼンクロイツが使っていた創造魔術はゼウス、ヘカトンケイル、ヘラクレス、ガイアの四つの力を使った物であり、逆に言えば彼であっても創世記無しではその四つの力しか扱う事が出来なかったのであった。

 その内の二つであるゼウスとヘカトンケイルの魔術が通用しなかった今、秋山零士は空亡の性質に合わせ他の魔術を使う必要があった。そして自らの手に持つ創世記を使えば、その他の神の力を扱う事も出来たが、事態はそう簡単では無い。神の力を使うというのは相応のリスクを孕んでおり、彼は初めて使う神の力は一度試してからにしようと考えていたのである。

 しかし、そうも言っていられない状況となっていた。

「仕方が無いか」

 秋山零士は決心する。多少のリスクを犯してでもこの場で空亡を倒してしまう事を選択したのであった。

「創造魔術【ハデスの神器】」

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