それぞれは願いを胸に押し通す。#4

 そうして一息ついた後に「さて」と、呟いた青龍は鷹のような鋭い目で辺りを見回した。

「この際だ、全てを確認しようか。隠れている三人も出て来い」

 林に向かって放たれた青龍の言葉は反響し、それぞれの耳に届くが誰も動く事は無い。三人、Cとリトル、そしてミルダは様子を窺っていたのだ。

 自らが優位に立てる要素がなければ青龍の目の前に出るという事はそれ自体が死を意味する。

 誰よりも早く銃を撃てるというのはそれほどまでに強力な技であり、たとえ圧倒的な眼と身体能力を持つミルダであってもそれは変わらない。

「……おいリトル。出てこないと秋山零士を殺す。……三秒だけ待つから出て来い」と、言いながら痺れを切らした青龍は秋山零士に向かって銃口を向けた。

 倒れるホームズの隣で、目まぐるしく展開される状況について行けずに座り込んでしまっていた秋山零士。その姿を見かねてリトルは直ぐに姿を見せた。

「裏切るのか青龍」

「裏切る訳ではないさ。しかし、そこに倒れている奴らは願いの為に力を振るった。ならばお前達も願いの為に力を振るうべきだと判断したまでだ。俺の信条は知っているだろう」

「力が無ければ何も無い。全てを可能にするのは力であり、力なき物は願う権利も無い」

 青龍に促されリトルは喉の奥から小さく声を出した。

「そう。願いは力によって叶えられる。力が無いのに幸せを願う者の多くは、ただ怠けているだけだ。力なんて努力すれば手に入る物であり、強さは努力の結果だ。努力もせず楽に幸せを手に入れようとする人間が俺は大嫌いでな。だから俺は試すんだ。願いと強さを天秤にかけ、その強さが十分かどうかを計る」

 喋りながら青龍はゆっくりとピースメーカーの銃弾を別の銃弾に交換し始めた。青龍が魔法使いや魔術師と戦う時に用いる有名な特殊弾薬。

 俗にアンチマジック弾と呼ばれるそれは、青龍と同じ四神である朱雀が作る銃弾であり、世界で朱雀にしか作れない銃弾でもあった。

 魔の力を打ち消す四神にのみ許された銃弾。まさにリトルにとっては最悪な相手である。

「さて、お前らの願いは強さに見合っているのか計ってやろう。俺に力を示してみろリトルよ」

 リトルの額に汗が浮かぶ。

「アンチマジック弾をあなたが持っている限り、私たちは無力に近いのよ」

「そうは思っていないのだろうに」と、言いながら青龍は静かに笑った。

「リトル、あいつにブラフは通じない。力で押し破るぞ」

 Cは小さな声でリトルに耳打ちをした。

「いや、しかし」

「この原因を作ったのはあなただリトル、ここは私の言う事に従ってもらう」

 そしてCは青龍に向かって走り出す。

 同時に発砲音が鳴るが、銃弾はCの体を捉えてはいなかった。Cは青龍がピースメーカーを抜く事を予測しその前に上空に飛び上がったのである。

 実際にはCが飛び上がる行動と発砲は同時であり、銃弾はCの足をかすめた。

 それを見て青龍はさらに銃弾を重ねる。

 それが青龍の強さでもあった。

 本来、早撃ちを得意とするガンマンという物はそれのみに特化した場合が多い。しかし、青龍にとって早撃ちは数ある技の一つでしかなく、それを躱せるものが少ないためその技が青龍の最強の技であると思われてしまっているが彼を最強としているのは銃の腕そのものであった。

 どんな銃でも扱う事ができ、早撃ちから精密射撃、狙撃までこなす銃のスペシャリスト。それが青龍であるのだ。

 青龍は四発の銃弾を放ち、それぞれが正確にCを捉えていた。

 Cに襲い掛かる面での攻撃。初弾を躱すために宙に飛んでいたCにそれを躱すすべはなく、彼の腕を銃弾が貫通した。

「時間は稼いだぞリトル」

 Cが青龍とあらそっていた時間は三十秒程度であるが、青龍相手にそれは重要な意味を為す時間であった。

 リトルと青龍は似ている。

 青龍は早撃ちの名手であり、リトルは高速詠唱の名手であった。

 誰よりも早く銃を撃つガンマンと誰よりも早く魔法を放つ魔女。魔法の最速詠唱速度は約三十秒であり、本来ならば一秒とかからない最速射撃には敵わない。しかし、今回は青龍を相手に三十秒を稼ぐ事の出来るCがそこにいた。

 リトルの足下には魔法陣が広がっており、彼女の手には白く光る弓が握られている。

「さよなら青龍」

 そしてリトルは矢を放つ。

 矢はまるで龍のようにうねりながら青龍に向かって飛んでいく。

 青龍が持つピースメーカーの弾倉に残っている弾は一発であり、たとえアンチマジック弾であっても一発ではリトルの魔法は打ち消せない。

 リトルがそう思った時であった。

 青龍が撃った銃弾は飛ばずにその場で弾け青い壁を作ったのである。

 リトルの放った光りの矢はその青い壁にぶつかり霧散する。

 一体何が起こったのか。先程の仮面の男と同じ様にして急に起こった予想外の展開にリトルは混乱した。それは初めて見る種類の銃弾であり、リトルが勝利を確信した状況で使う辺りが青龍のいやらしい所である。

 完全なる後出し。

 圧倒的な力を持つからこそ相手の行動を見てから行動を起こし、押しつぶす。そうやって相手の心を折るのである。

「常に相手の上を行く事が戦闘の基本だ。覚えとけリトル」

 青龍はすぐに銃弾を装填しリトルに向けて放った。

 銃弾はリトルの防護魔法障壁を破り彼女の肩に命中する。

「どうして……」

 血の滴る肩を押さえながらリトルは青龍を見た。

「どうしてもこうしてもないさ。保険として最後の一発だけ防御魔法の施された銃弾を入れておいたのさ。アンチマジック弾ではなく魔術式の施された簡易魔術弾であり、朱雀の新作魔術道具。状況に合わせて銃弾を調整してお前の魔法を止めたまでだ。例えお前の魔法であっても朱雀の調整した魔法防御壁を突破するには簡易詠唱の魔法じゃ無理――」

 青龍の言葉は突然飛んで来た一人の女性、ミルダによって遮られた。

 何かに吹き飛ばされ青龍の前に倒れるミルダ。その口からは血が垂れ戦闘の跡が見える。

「やあ青龍初めましてだ。ちょっとお邪魔するよ」

 言いながら青龍に背を向け林の奥を睨むミルダの視線の先から現れたのは上半身裸の一人の男であった。

 ミルダを吹き飛ばしたのはその男である。

「誰だお前は」

 青龍は男を睨んだ。

「俺は空亡だが……ココはどこだ。俺は最強に用があるんだが」

「ココはもうどっかにいっちまったよ」

 空亡に向かってベレッタを構えるミルダと、ミルダを睨む空亡。

「そうか、ならお前達でいい。俺の強さを証明してはくれないか」と、空亡が呟いた瞬間、発砲音が鳴る。

 引き金を引いたのは青龍であった。

 青龍は空亡の底知れぬ異様な雰囲気を感じ取っており、力試しにと空亡の眉間に向けて弾丸を放ったのである。しかし、空亡はそれを最小限の頭の動きだけで躱してみせたのであった。

 ミルダと青龍。2人に睨まれながらも空亡は意にも介さぬ様子で二人の前に立つ。

「聞かせろ。お前は何を願い俺の前に立つんだ」と、青龍はゆっくりと口を開く。

「願い? 俺の願いは強さだ。強く、強く、誰よりも強くなること。誰も寄せ付けず挑む事が無謀であるような強さ、それが俺の願いだ。ココを倒しそれを証明しようかとも思ったがココがいない今、青龍お前がいたのは幸運だった。お前を倒し俺は最強となる」

「俺を鏡にするか小僧。だが、最強はそう簡単に手に出来る物じゃ無いぞ」

 言うと同時に青龍は後ろに飛んで距離を取りながら銃弾を三発放ち、合わせる様にしてミルダも動き出した。

 ミルダは青龍の銃口の動きを見て着弾点を予測し、それを踏まえた上で空亡の回避後の位置を予測する。

 本来の二人は協力する様な戦闘スタイルではない。むしろそれを嫌うタイプの二人であったが、今回のような敵に対しては別であった。二人は空亡の強さを指名手配特殊Aランク指定の殺し屋と同等であると判断したのだ。

 初めて聞く名前の敵であるのに指名手配特殊Aランク指定レベルの強さを持っている可能性を秘めた空亡を相手に1人で真っ向から挑むのは愚の骨頂。こういった場面でこそ強者としての本質が現れるのである。

 そして空亡は二人の想像を遥かに越えた力を見せつける事となる。

 空亡は青龍が発砲した三発の弾丸の内一発を避け二発をそれぞれの手で掴んだのであった。腕全体を機械化している空亡だからこそ出来る芸当であり、普通の人間ならば手のひらを銃弾が貫通してしまうだろう。

 ミルダと青龍は驚愕しながら空亡と距離を置く。

「デュアルハンター、お前の事は知っている。お前はあいつをどう見る」

 声を掛けられたミルダは横目で青龍を見て小さく溜め息を吐いた。

「どうもこうもねぇさ。化物だ。おそらく体を弄ってあるんだろうな。身体能力が人間のそれじゃ無い」

「やはりそう思うか。奴の底を見る協力しろ」

「……仕方が無い。あんたに合わせるよ」

 そして二人は再び銃口を空亡に向けた。

 ミルダと青龍は戦闘のプロであり、だからこそ自らの力を過信したりはしない。

 自らが強いと言う事を知りながら、相手も強いと認める事が出来るというのは考えているほど簡単な物ではなく、プライドなどが邪魔してしまう事が多い。しかし、それは戦場において自らの命を危険にする物だと彼らは分かっているのだ。強者を前に二人は協力する事に迷いなど持たず、無名の相手に対し二対一という状況を恥じる事なく作って見せる。

 青龍は腰に隠し持っていたグレネード二つを空亡に向かって投げ、一つを打ち抜いた。

 空亡の眼前で打ち抜かれ爆発したグレネードとそのまま空亡の後ろに転がったグレネードが爆発し爆煙が空亡を包み込む。

 爆煙から姿を現した空亡は上空に居た。

 空亡は人間ではあり得ないような跳躍力で上空に向かってジャンプしたのである。

 二人はそれに素早く反応し、空中で身動きの取れない空亡に向かって銃弾を打ち込むが、空亡は銃弾を物ともせず二人の元へ突っ込んで来たのであった。空亡に当たった銃弾は潰れて弾かれたのだ。

 青龍とミルダはそれぞれ逆の方向へ飛び、空亡の拳を躱して再び距離を取る。

「銃弾が弾かれるのは怠いな」と、ミルダは誰にも聞こえないような声でぽつりと呟いた。

 空亡の人口皮膚の下には金属が仕込まれているため、まさに甲冑を着ているようなものでありミルダと青龍にとって空亡は非常に相性の悪い相手であった。

 しかし、ミルダに相性は関係なかった。

 弾かれるなら弾かれないようにすれば良い。

 ミルダは空亡の間接に向かって銃弾を放ったのだった。銃弾は見事に命中し、空亡の右肘から火花が散る。だが、それだけであった。

 空亡は撃たれた間接を一瞥するだけで一切のダメージを受けていない様であった。

 その時である。

 銃声が三回響き、空亡の脇腹から血が流れたのであった。

 青龍は仮面の男に対してした様に、空亡の脇腹の全く同じ場所に向かって三発の銃弾を打ち込んだのである。銃弾は銃弾を押し込み、空亡の体を覆う鉄の鎧を貫通したのだ。

 だが空亡は平然とした様子で傷を眺め、青龍を視界に捉える。

 空亡の体は言わばリミッターが外れた状態であった。

 薬物により脳のリミッターを取り払い、体の機械化により力を最大限に出せるようになった空亡は、人が出せる限界の力を出す事が出来るようになっていた。そして同時に、その影響で痛みを感じなくもなっていたのであった。

 戦闘に特化した人間であり、まさに最強の戦士であった。

「もう終わりか? なら俺からいくぞ」

 空亡は跳躍して青龍との距離を一瞬で詰め打撃を繰り出す。次々と放たれる空亡の拳を青龍は全て避けて見せた。

 空亡は最強の戦士であり、最強の男であったが戦闘のプロである青龍とは場数が違う。

 こと戦いに限定して言えば空亡は素人であり、力自慢とボクサーが戦うようなものである。

 そんな戦闘のプロ青龍もまたミルダと同じように優れた眼を持っていた。

 ミルダが物を捉える目だとすれば青龍は物を追う目である。ミルダは敵の筋肉の動きや視線の動き、重心の動きなどを目で完璧に捉え相手の行動を予測し戦うのに対し、青龍は相手の動きそのものを目で捉え続けながら戦うのである。

 拳を撃つ事を予測して避けるミルダと拳の動きを見切って避ける青龍。似ているようで全く違うその二つの力は、二人だけの力であり、二人だからこそ扱える能力でもあった。

 しかし、青龍には人間離れした反射神経は存在しない。そのためどれだけ動きが見えたとしても動きとして自らの体に反映させるのは難しい。百五十キロで飛んでくる玉は見えていたとしても、グローブでキャッチするのは難しいという話だ。

 ではなぜ青龍は空亡の人間離れした動きに対応出来たのか。

 それこそが経験の差であり、青龍が戦闘のプロ、指名手配特殊Aランク指定の殺し屋である所以であった。

 青龍は敵の動き出しを捉えるのである。

 今回の場合、青龍は空亡が足を踏み出した瞬間に自らも動く事を考え、自らの体にその命令が行き届いた時の自らの位置と空亡の位置を見比べ、空亡がそこから繰り出せるであろう技を出来る限り頭に思い浮かべた上で、最悪の状況に対処できるように再び自らの体に命令を出すのだ。

 敵の動きが全て見えているからこそ選択肢を極限まで狭くする事ができ、対応する事が出来る。

 しかし、だからといってそれだけの事を考えながら戦闘を行うなんて事は普通の人間には出来ない。数百回、数千回、数万回と戦闘を行って来た青龍だからこそ出来る戦い方であり、経験によって体に染み付いた芸当であった。

 青龍はそうして空亡の攻撃を避け続ける。

 動く物であるのならば青龍に避けられない物は存在しない。

 それがたと銃弾であろうとも、目で動きを追う事の出来る物であるならば避ける事が出来てしまう。そして、同様に銃弾を当てる事が出来てしまう。青龍はスナイパーライフルの銃弾であっても横からその銃弾を打ち抜く事が出来てしまうのであった。

 最強の一角である青龍という存在はそれほどまでに強大であり、しかし、その青龍の力を持ってしても空亡に致命傷を与える事は出来ないのであった。

 銃弾の通らない機械の体と薬物による肉体強化によって出来た空亡の体は、その存在だけで言えば世界最強であることは間違いなく、青龍の今の装備では銃弾を体に通すのが限界である。本来ならば銃弾が貫通すればそれは致命傷と呼べるが、空亡にとってそれは蚊に刺された程度の物であった。

 そのため青龍は空亡の攻撃を躱し続ける事に徹した。そうして時間を稼ぎ、空亡を倒す術を考えていたのである。

 同時にミルダも考える。

 その能力上、彼女にも空亡の動きははっきり見えており予測出来ていた。重心の位置や目線により行動を完璧に読む事が出来るミルダは、空亡が自身に意識を向けた瞬間に距離を取るという人間離れした回避方法を行っていた。しかし、ミルダも空亡に対する有効打を見つけられずにいたのである。

 限界まで強化されたベレッタを持ってすれば、貫通は出来るだろうがその反動故に連射は出来ず、たとえ二人が協力し空亡の体に銃弾を打ち込んだとしても致命傷足りえないだろう事を二人とも理解していたのであった。

 空亡の攻撃は二人には当たらず、二人の攻撃は空亡には効かない。

 硬直状態が訪れたのであった。

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