それぞれは願いを胸に押し通す。#3
「そろそろ諦めたらどうだいお嬢さん」
日本庭園の林の中、そこには仮面の男とシェアリーが居た。
シェアリーの執事は二人。そのうち一人は体半分が消し飛んだ姿で横たわっており、もう一人の執事も満身創痍といった雰囲気である。
「不死ってのは分かっていたが再生能力まで持っていたとはなぁ。もはや怪物だ。しかし、このルーキフェルの前ではそれもいつまで持つか……」
仮面の男が持つルーキフェルは一回り大きくなりさらに禍々しい見た目へと変貌していた。
ルーキフェルの真の姿。真の形態となったルーキフェルは結果を書き換えるだけでなく、銃弾の威力も書き換えるのであった。
当たった場所が消し飛んでしまうほどの威力の銃弾。それが必ず当たるとなるとその力は指名手配特殊Aランク指定にも匹敵する。しかしそれは、使用者の寿命を使って放つ銃弾であり、まさに諸刃の剣であった。
「私にはあなたのその力の方が驚きです。それだけの力を隠していたなんてその仮面同様秘密主義なんですね」
シェアリーはルーキフェルの初めて見る姿に戸惑いながら、しかし、だからこそ何らかの制約があるのだろうと考える。
「秘密が好きなのはお前の方だろう。シェアリーという本名を使いながら、行方不明になった後は全く情報が無い。ホームズですら詳しい事は分かっていないだろう。どこでそんな怪物を手に入れたんだ」
「あら、女性は少しミステリアスなくらいが丁度いいのよ」
「それは俺も同感だが、お前はミステリアスというよりも謎そのものだ」と、二人の話に唐突に別の声が割り込んでくる。
声の正体はホームズであった。そしてその後ろに着いて来ている人物を見て二人は驚く。
「秋山零士、何故ここに。一体何があったのですかホームズ」
まずその名を口にしたのはシェアリーであった。
秋山零士にはシェアリーの執事を一人着けてあったはずだったが、今、秋山零士を連れて来たのはホームズである。執事が任務を放棄するはずが無く、それならば執事は何らかの原因によって動けない状態となっていると思うのが当たり前であった。
しかし、執事がシェアリーに何の連絡も出来ないほどに一方的に負けるとなるとホームズでは不可能に近い。
「説明している時間は無い。とにかく青龍が来るから気を付けろ」
その言葉に仮面の男とシェアリーは反応する。
「青龍がなぜこんな所に居るのですか」
「居ちゃ悪いか?」
その瞬間、言葉と共に林の奥から青龍が現れ全員が沈黙した。
各々が驚きながらも青龍の行動を探っていたのである。
流石一流の殺し屋と言ったとこだろう。青龍がどうするか、何を目的としているのかを確かめなければ動く事も侭ならず、全てが死につながる可能性を孕んでいるという事を理解していたのだ。
それほどまでに青龍は力を持っていたのである。
ココの力は全てをすり抜け無意味としてしまう力であるのに対し、青龍の力は全てをねじ伏せる物であった。
「それで、見た事のある顔が並んでいるが全員そこの少年と本を狙っているって事でいいんだな」
「待て青龍。お前の目的何だ」と、声をだしたのはホームズである。
「目的? 俺に目的を聞くかホームズ。お前なら知っているんだろう」
「ならば質問を変える。なぜ薔薇十字団に加担する」
「俺が力を貸しているのはリトル個人にだ。薔薇十字団なぞどうでもいい」
ホームズは秋山零士を抱き寄せ、その頭に持っていた銃を突き付ける。
「これならどうする青龍。お前が頼まれた任務がどうであり秋山零士を殺されるのは好ましくないだろう」
青龍に対する脅し。もちろんホームズは青龍にそんなものが通用するとは思っていなかったが、創世記を手にする為にリスクを負うならばここだと彼は判断したのだ。
「いい顔をするようになったじゃないかホームズ。だがお前はまだ力が足りない。どれだけ情報を集めようとも力の前には全てが無力だ」
青龍の言葉とともにホームズはその場に崩れ落ちた。
その場の全員がその意味を理解するのに時間がかかるが、最も早くその現状を理解したのはその場から一番離れていたミルダであった。
リトルとCを追い、青龍のすぐ後にその場に着いたミルダは青龍に気付かれないギリギリの位置から争う六人と傍観する二人を監視していたのである。
ミルダが見たのは他の誰にも気付かれない早さでホームズの足を打ち抜いた青龍の動き。
ミルダの人間離れした動体視を持ってしても捉えるのはやっとであり、他の七人にはホームズが唐突に倒れたように見えていた。
ホームズの太ももからは血がにじみ出ており立つ事もままならない。
激痛に支配されそうになる頭の中で、しかし、ホームズは笑っていた。
青龍の実力をホームズは把握しており、青龍の性格も理解していた。そのためホームズが秋山零士を人質に取った際、青龍は動きを封じる為に自らの足を撃ってくるとホームズは予想していたのである。自らの足を撃たせ身動きの取れない離脱者としてその場に残る事を彼は目的としていたのだ。
ホームズの武器は情報とそれを生かした場の支配である。だが、今この場に置いて最も力を持っているのは青龍であり、青龍にはその性質上ミルダと同じくホームズの武器が通用しないに等しい。そのためホームズは致命傷を受ける前に争いを最低限の負傷で離脱し傍観者となる事を決めたのだ。
傍観者となり、争わせた上で傷ついた青龍を言いくるめる。それが最適な手段であると判断したのであった。
「さて、お前らはどうする。俺を前にしてどのような手段を取るのか見せてみろ」
青龍は愛銃ピースメーカーをホルスターに仕舞い執事飼いと仮面の男を見る。
張り詰めた空気の中で仮面の男は考えていた。
この場で青龍にダメージを与える事が出来るのはおそらく自らが持つルーキフェルのみだが、早撃ちの名手である青龍よりも早く銃を撃つという行為が不可能であるため結果として青龍にダメージを与える事は出来ない。
一方シェアリーは不死身の執事という最強の盾を持っていた。どんなダメージも通用しない盾であるが、その傷の再生には数秒のタイムロスがあるため青龍を前にして近づく事は出来ず、青龍にダメージを与える事は出来ないのであった。
仮面の男は横目でシェアリーを見る。
おそらく、シェアリーならば同じ考えに至っているだろうと判断しての目配せであり、シェアリーもそれを理解していた。
目を合わせた2人は最強の男に立ち向かう事を決意する。
「行きなさい」と、シェアリーが呟くと同時に執事が仮面の男の方へ向かって走りだす。また一方でシェアリーは仮面の男とは反対方向、執事とは真逆の向きに向かって走りだしたのであった。
シェアリーの目的は選択肢の提示である。それぞれ別方向に走り出すシェアリーと執事、
もちろんシェアリーたちにとっての本命は執事と仮面の男の共闘であるが、それを知らない青龍はどちらが本命なのかを一瞬で判断し選択しなければならないのだ。
そして優れた殺し屋であるほどその一瞬で完璧な判断、つまりはこの場において最も重要な存在であるシェアリーを狙うことになると彼女は予想していたのだ。
次の瞬間、発砲音が響きシェアリーの両足の太腿をピースメーカーの銃弾が捉える。
撃たれ倒れこむシェアリーとその様子に一切の動揺を見せず走り抜けた執事。そうして見事シェアリーは仮面の男の元に無傷の執事を送り届けたのであった。
最強の盾と最強の矛。執事と仮面の男という奇妙な組み合わせに青龍は目を向ける。
「やれるか執事」
「もちろんです。命をかけてあなたをお守りします」
仮面の男は執事の背後に身を隠しながらルーキフェルを構え、その思惑を察知した青龍は執事に向かって銃弾を放つ。
執事を襲う4発の銃弾。頭に1発、胸に3発と的確に急所を撃ち抜く青龍だが、執事は倒れない。
不死といっても人間。痛覚は存在し、恐怖も存在する。にも関わらず銃弾を急所に受けながらも倒れる事なく相手の銃口を睨み続けるその様は恐ろしくも威容であった。
その執事の背後で仮面の男は静かに動く。
青龍の拳銃は装弾数6発であり、既にシェアリーに2発放っていることからもう球は残っていないと判断し決意を決める。
「頼むぜルーキフェル」と、執事の後ろで仮面の男が呟きながら銃を構えたその瞬間、歪な発砲音が庭園に響いたのであった。
次の瞬間、仮面の男が地面に倒れたのであった。
腹部から大量の血を流す仮面の男。それは明らかな致命傷であり、しかし何故俺がと仮面の男は朦朧とする頭の中で疑問に思った。
射線は執事で完全に切れていた為に腹を打ち抜く事は物理的に不可能であった。だが、現実に仮面の男は腹部を撃ち抜かれている。
一体なぜ。その疑問の答えは執事の腹部から流れる血にあった。仮面の男と同じようにして腹部から血を流す執事だが、執事のその腹部の穴は背中まで貫通していたのである。
青龍はものの2秒で拳銃のリロードを終わらせ執事の腹部に向かって4発の銃弾を放ったのだ。放たれた銃弾はその全てが同じ軌道を描きながら縦に連なって並び、寸分の狂いもなく次から次に執事の右腹に食いこんだのである。執事の体内で止まった最初の銃弾は連なった3発の銃弾に押されることで貫通し、結果として最後の1発が勢いを保ったまま仮面の男の腹部に到達したのであった。
全く同じ位置に速射した4発の銃弾を命中させる神業。自動小銃が主流となった現代ではそのような芸当が行える人物は指で数える程しかいないだろう。
青龍を甘く見過ぎた事を後悔する仮面の男は数秒後出血により意識を失った。
「残念だが、不合格だ。最強の命と最強の銃があろうと最強の技が無ければ意味が無い。だがまあ、その強さに免じて命だけは取らないでやるよ」
気を失った仮面の男とその前で立ち尽くす執事を見ながら青龍は銃弾を込める。
睨み合う執事と青龍。緊張感が張り詰める中で「動かないで」と、執事に向かって言葉を発したのはシェアリーであった。
賢すぎるが故の合理性。仮面の男を失い、自身も足を失った現状では青龍には勝ち目がないと彼女は判断したのである。
「その女の言う通りだ、動かない方がいいぞ。せっかく助かった命を無駄にするな。ご主人様を守ってやれ」
弾込めを終えた青龍は拳銃を腰のホルスターに戻し、それを見て警戒しながら執事はシェアリーの元に駆け寄った。
執事飼い&仮面の男vs青龍の戦いはこうして呆気ない終わりを迎えたのであった。
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