それぞれは願いを胸に押し通す。#2

 執事の名は高佐賀佑二こうさがゆうじという名の日本人であった。

 シェアリーは全世界、あらゆる場所に執事を持っており、それは日本も例外ではない。

 高佐賀佑二は日本の東京都に生まれ、高校生の時に空手で全国大会優勝を果たした猛者であった。しかし、両親を事故で無くし孤児となってしまった彼はアメリカに住む叔父に拾われ日本を去る事となる。

 そこで高佐賀祐二はシェアリーに出会うこととなる。

 叔父は大学の教授でありその叔父が昔教えていた生徒の中にシェアリーは居たのだ。

 希代の天才と知られていたシェアリーは、しかし、大学三年の頃に世間から姿を消す事となった。その理由は誰にも分からず、シェアリーの存在は闇に包まれる事となったが、叔父はシェアリーと定期的に連絡を取っていたのである。

 叔父は元殺し屋であったのだ。殺し屋を引退し元々得意であった語学を生かし大学教授となった過去を知ったシェアリーは叔父と連絡を取り、叔父の古馴染みの殺し屋を紹介してもらっていたのである。

 そうして叔父の家で偶然出会った2人だったが、シェアリーは直ぐに高佐賀佑二に興味を持った。自らの仕事を彼に教え、創世記を手に入れる為の仲間に引き入れようと試み、そして成功した。戦場となる予定の日本に精通した執事の確保。それが彼女の目的であったのだ。

 そんなシェアリーに対して高佐賀佑二は彼女に1つだけ協力の対価としてお願いをしていた。

 全てを知る事が出来る創世記、それを求める戦争に参加し創世記を手に入れる事が出来たのならば両親を生き返らせて欲しいと願ったのである。シェアリーはそれを快く了承する事で高佐賀佑二を仲間に引き入れたのであった。

 シェアリーは高佐賀佑二のその願いを冷やかしでも何でも無く本当に叶えて上げるつもりであり、それがシェアリーという人間の性であった。人間が出来ているという訳ではなく、その人間に対して何が最適なのかを見極める事が出来たのだ。

 どうすればその人間が心を開き自らを信用してくれるのか。シェアリーにはそれが分かってしまう。

 それは学問的に天才である故の副産物でもあった。

 心理学を学び、それを応用しただけでシェアリーにとってそれは容易い物であったのだ。

 そうして高佐賀佑二はシェアリーの元で殺し屋として仕える事となり、今この場に居るのである。




「よう、何やってんだお前ら」と、シェアリーがその場を後にした数分後、路地に広がる静寂を破るようにして一人の男がその場に入り込んで来た。

 秋山零士はその男の纏う異様な雰囲気に直ぐに気付く。

 ハットをかぶったカジュアルな服装は一般人のようであるが、男の腰に下がっている銃が男の異常を物語っており、それどころか、この執事飼いが居る新宿で何かが起こっているのは間違い無く、男も殺し屋であるのではないのだろうかという思いが浮かぶ。

 そして、その思いは正解であった。

「……青龍せいりゅう

 執事、高佐賀佑二は短い沈黙の後、呟いた。

「俺を知っているか小僧。つまりはお前も殺し屋という訳だ」

 青龍と呼ばれた男は中国の殺し屋四神の一人であった。

 四神のメンバーは全部で四人。それぞれが青龍、白虎びゃっこ朱雀すざく玄武げんぶと名乗る彼らは、ココに匹敵する力を持っている指名手配特殊Aランク指定の殺し屋であり、中国最強と言われる殺し屋であった。

 コルト・シングル・アクション・アーミー、通称ピースメーカーと呼ばれる回転式銃を愛銃としている早撃ちのスペシャリストであった青龍は優れた感覚も持ちココを見る事が出来た人物の一人である。また、中国政府の重要人物暗殺の任務を行っていたココを止めた人物でもあり、初めてココの任務を失敗させた人物でもあった。

 圧倒的強者を前にして執事高佐賀祐二は集中するために小さく息を吐く。

「秋山零士さん、私が時間を稼ぎますので今すぐ逃げて下さい」

 執事は乾く喉から声を絞り出す。彼は青龍の強さを知りすぎていた。自らが敵う相手ではないという事を知っていたがここで秋山零士を死なせる訳にはいかず、青龍を止められるのは彼だけであったのである。

 そのため執事は勝てないと分かっていながらも青龍の前に立ち塞がったのだ。

「何だ、お前が俺を止めるのか?」

「早く!」

 執事が叫ぶと同時に秋山零士は走り出す。

 秋山零士も知っていたのだ。青龍が誰であり何であるかを。

 駆けた秋山零士が路地を抜けた瞬間、銃声が路地に響き渡り執事は倒れる。

 音を聞いて首だけ振り返った秋山零士は青龍の目を見て恐怖に震える。

 暗く重い目。全てを見透かされるようなその目に恐怖し、彼は執事に申し訳なさを感じながらもその場から一目散に逃げ出したのであった。

 青龍は秋山零士の後を追う為にゆっくりと歩き出す。しかし、その足を執事が掴んだ。

「すまないが、お前を行かす訳にはいかないんでな。願いの為に、ここで共に死んでくれ」

 血溜まりの中で最後の力を振り絞る執事。だが無情にもその頭に銃弾が突き刺さる。

「その心意気は認めるがお前は弱すぎる。力なき物は願いを叶える事は出来ないんだ」

 すでに死体となった執事に青龍は悲しげな表情を浮かべ、再び歩みを進めたのであった。

 一方、秋山零士は混乱の広がる新宿の町を走る。

 どこを目指すでも無くただひたすら走った。それほどまでに青龍という男に恐怖を感じていたのだ。

「待て秋山零士」

 数メートル走った所で秋山零士は何者かに腕を引かれ路地に連れ込まれた。

「誰だあんたは、俺は忙しいんだ」

「情報屋ホームズ。それで分かるか?」

 聞き覚えのあるその名前に秋山零士の動きが止まる。

「本物だと思うと思っているのか」

「なら証明しようか。今この新宿には殺し屋執事飼いと仮面の男、武器商人西条最上、暗殺者ココ、デュアルハンターがおり、君と君の持っているその本を狙っている。そして君は今四神の青龍に狙われている。これでいいか。それとももっと個人的な情報を提示した方がいいのか」

 その情報の正しさは秋山零士には分からないが彼は男がホームズであるという事を信じた。青龍に追われているという焦りと、ホームズの自信に満ちた態度からそう思わざるをえなかったのだ。

 しかし、秋山零士には引っかかる場所があった。

「俺とこの本を狙っているって言うのはどういうことだ」

「説明している時間はない。青龍が割り込んでくるのは俺にも想定外だったからな。お前を逃がす事が今は……」

 言いながらホームズは思い留まる。

 なぜ青龍がこのタイミングでこの場所に入り込んで来たのか。

 初めに青龍が殺そうとしたのはワトスンと西条最上であった。その二人はホームズの計画には必要不可欠な人物であり、二人が居なくては創世記を奪取する事は難しい。

 そして次に青龍が殺したのは執事飼いの執事だ。

 ホームズは丁度執事が撃たれ倒れる辺りからその様子を見ていたが、状況から察するにシェアリーは爆発音に釣られ近くのビルへ向かったのであろう。

 つまり、青龍が現れるまで創世記に最も近かったのはシェアリーであったのだ。しかし、青龍が執事を殺した事でシェアリーの戦力は減少、彼女が創世記を手に入れる事は難しくなった。

 創世記を狙う人物が次々に排除されていっているこの状況。青龍の一連の行動で得をするのは目の前の少年秋山零士であった。

 そして今、ホームズは秋山零士を守ろうと考え青龍から共に逃げようとしている。

「これは死の選択だ」と、ホームズは無意識に呟く。

「どうしたんですか」

 顔を覗き込む秋山零士を見て、ホームズはさらに考えた。

 いまだに薔薇十字団のリトルとCが現れていないという事がそもそもおかしい話である。創世記、そして秋山零士を守る事こそが役目である彼らがこの騒ぎの中で二人で争い続けているというのもあり得ない。それならば青龍の登場は彼らの仕業と考えていいのではないのだろうか。

 そう、元々リトルとCのみでこの争いから秋山零士を守ろうとしている事がおかしかったのだ。

 先程もそうだ。あの青龍が執事に邪魔されたとはいえこんな少年の足すら打ち抜けないはずが無い。秋山零士に逃げさせてそこに関わった人物を青龍が殺していく。それが狙いであるのではないのだろうか。

 ホームズは一瞬でそう思い至る。

 そして、それを踏まえた上でホームズが創世記を手にするには青龍の標的を誰かに移さなくてはならない。

 ホームズは秋山零士の手を引き走った。

 向かう先は日本庭園、仮面の男とシェアリーが争っていると思われる場所であった。





 そして路地を走り抜ける二人を監視する者が居る。

「青龍、ホームズは日本庭園に向かっている」

 青龍とスマートフォンを使いコンタクトを取っていたのはリトルであった。

「まさか青龍を呼んでいたとはな」

 リトルとCの2人はホームズと秋山零士の少し後ろをビルからビルへ飛び移りながら追跡していた。

「青龍とは以前に同じ仕事をした事があったのよ」

「しかし、よりにもよって四神とは危険な賭けに出た物だ」

「青龍は信念を持つ男なの。刺激しなければ何て事無いわ。それにあなた達にはもう関係がない事よ」

 そう言いながら駆ける二人の後ろで、さらにそれを追いかける人物がいた。

 タバコを咥え地上を悠然と闊歩するミルダは、その目でしっかりと屋上を行く二つの影を捉え続けているのであった。


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