火の無い所に煙は立たない。#3
「あの化物どもが付き合ってられねぇぞ」
仮面の男は屋上で響く爆発音を聞きながら言葉を吐いた。そしてスーツの襟を正しながら階段を駆け降りビルの外に出た。
外には未だ太陽が高く上っており、爆発音につられてやって来た人々の喧噪で町は混乱に包まれている。パトカーのサイレンと消防車のサイレン、それと救急車のサイレンも町に響いていた。
「うるせぇ町になってきたじゃないか」
仮面の男は、その仮面の下で不気味に笑う。
「おい、あんた、大丈夫なのか?」
今しがた屋上が爆発したビルから出て来た仮面の男に一般人の男が声をかける。それは側から見れば普通の行動であったと言えるだろう。日本という国は平和で、だからこそ思いやりに溢れていた。しかし、時としてそれは、不幸を呼び込む。
「黙れ」
仮面の男は懐から取り出した銃で男を撃ったのであった。
銃声と悲鳴により混乱はさらに拡大する。
撃たれ倒れた男から流れ出す血が道路を濡らすが、自らが引き起こしたそれに見向きもせず仮面の男は歩き出す。
「何をしているんですか?」
その歩みを女性の声が止めた。
声の主はシェアリーであり、爆発を聞きつけやって来たのであった。シェアリーの隣には執事が三人並んでおり、その中には先日仮面の男と争った執事も含まれていた。
「あ? なんだお前か。俺は今イラついてんだからどっかいってくれ」
「そのようですね。一般人を撃つなんてあなたらしくもない。リスクを管理し無駄を削ぎ落とすのがあなたの強さであるはずなのにそれを忘れるとは。今ならあなたに簡単に勝ててしまうかもしれませんね」
「俺は今最高に機嫌が悪い。だから殺した。普段ならばあり得ないが今は別に何の問題も無いんだよ。分かってねぇのか、祭りはすでに始まっている」
「しかし、見た様子ではあなたは神輿から落ちてしまったようですが」
シェアリーは袖で口を隠しながら声を出さずに笑った。
「安い挑発だな」
「貴族であった私の言葉は平民のあなたには高すぎますからね」
仮面の男の目が、その仮面の奥で細く鋭くなるのをシェアリーは見逃さない。
後ろ手で執事達に合図を送り、悟らせないように臨戦態勢に入ったのであった。
「貴族? お前が? 妾の子供が笑わせる」
高らかに笑いながら仮面の男は自然に銃弾を放った。強い意志を持ってではなく、道端に転がる石を無意識に蹴飛ばすようにして彼は引き金を引いたのである。
シェアリーの隣に立つ執事は瞬時にシェアリーの小さな手を引き銃弾から主人を守る。
「手の早い事ですね。下賎な輩らしい」
銃弾を回避したシェアリーが言うと同時に執事達も攻勢に動き出す。
「ハッ、言ってろ」
執事の動きに呼応して仮面の男も動きを加速させ銃を両手に持ち執事達に向かって乱射した。
新宿の町中とは思えない光景に少し離れた場所に居る人々は一様にスマートフォンを手にする。その場所が危険だとは気付かずに、安全だと思い込み争う彼らを傍観していた。
そして、そんな人々を興味深く見ている男が少しばかり離れたビルの屋上に居る。
「見てみなよミルダ。平和な世界はこうも残酷だ」
「覗き見はあまりいい趣味とは言えないな」
ココはミルダと相対しながら人々を見ていた。
その目は彼らを嘲笑うかのようであり、同時に悲しんでいるようにも見える。しかし、ミルダはそんな事を気にしない。彼女の頭の中にあるのはココを殺す事と創世記の入手のみであり、他の事は二の次であったのだ。
「そう言わずに見てみなよ。平和な世界に生きているからこそ、彼らは自らが行っている行為の残酷性に気がついていない。集団で人を見つめる行為は、そのほとんどが奇異な物を見る時の行為であり、憧れや理想を押し付ける行為でもある。おそらく、あそこで仮面の男と執事飼いを見ている人々は二人を自らとは違う生き物だと認識し、自らが見た事の無い物を見せてくれるのではないかと思っているんだろうね」
「それがどうした」
「僕は嫌いなんだ、あの目が、あの行動が。自分たちが普通であり、お前は異端だと言われているようで殺したくなる。僕は元より能力に優れていたけれど、初めの頃はここまで人から姿を消す事は出来なかったんだ。僕を異端扱いし、近づく努力をしない彼らが嫌いだったから僕は力を磨いたんだよ。見られないようにね」
ココは空を仰ぎ、物悲しげな表情を見せた。
「でも、僕が強くなればなるほど人々は僕をまるで珍しい動物でも見るような目で見て、倒せない存在だと諦めて哀れむんだ」
「お前の勘違いだろそんなもの」
「勘違いかもしれないし、君には分からないかもしれない。でも僕が君を慕う理由はそこでもあるんだよ。君は僕を敵として、倒すべき相手として見つめてくれる。それは、この場に置いては君にしか出来ない事なんだよ。だから僕は積極的に争いに参加し、かき乱し、僕をまっすぐ見つめてくれる人間を探すんだ」
ココのその言葉にミルダは呆れたように笑う。
「気持ち悪いからやめてくれ。あたしにはあんたにそんな感謝をされる筋合いは無い。それに、この前話したように少しでもあたしに恩を感じるなら潔く死んでくれないか」
「僕は殺されないよ。君の視線を独り占めにしたいからね」
「思春期のガキかよあんたは」
「それも正解もしれない。もしかするとこれは恋なのかも知れない。異性にそんな目で見られるのは初めてだったから僕には耐性が無かったのかも」
そう言ってココがミルダに見せた笑顔は酷く疲れているような物であった。
「だから気持ち悪いんだよ」
痺れを切らしミルダはベレッタの引き金を引く。
もちろんそれはココには当たらず、銃の発砲音だけが屋上に虚しく響いた。
「僕の思いは君には届かないかもしれないけど、君の思いは僕には届いているから安心しなよ。早く僕を殺せるまで強くなっておくれ。今日はもう無理そうだから次ぎ会うときまで楽しみに待っているよ」
「逃げるのか?」
「あぁ、君の可能性を見られただけで今回は満足だ。僕は創世記には興味が無いからね。他の人達の実力も把握できたしもうここに居る意味は無い。さよならだミルダ。また会う日まで」
そう言い残し、ココはその場から煙のように消え去ったのであった。
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