火の無い所に煙は立たない。#2
「やあ、君が幽島睦くんかい?」
路地を歩いていた幽島睦は背後からの急な呼びかけに驚き、振り返った。
そこに居たのは西条最上である。
「誰だお前は」
「いやぁ、誰という存在でもないんだけど、君は知ってるんじゃないのかい?」
西条最上はそう言って不気味な笑みを浮かべた。
「なあ、幽島睦。いやこう言おうか……ワトスンくん」
その言葉に対し、幽島睦は困惑した顔を見せる。
「何を言っているんだ?」
「とぼけるのも上手いねぇ。さすがホームズの右腕と言った所かな」
「だから何を」
「何を言ってるのか分からないのかい? 可笑しいなぁ、君たちは僕の事を良く知っていると思っていたんだけれど、舐められたもんだな」
言葉と共に西条最上の雰囲気が一変した。
酷く冷たく、まるで狼のような目をしている西条最上を見て幽島睦は溜め息を付く。
「どうして分かったんですか? 私がワトスンであると」
幽島睦、いやワトスンは髪の毛を掻き揚げ懐から取り出した眼鏡をかける。
その姿は先程までとはそれほど変わりないのだが、彼は先程までとは明らかに違っていた。幽島睦という男はその場から気配を消し、まるで二重人格であるかのようにしてワトスンが現れたのだ。
「見つけるのは簡単だったさ。ホームズに仲間が居るのは分かっていたし、仕草からある程度の予想は付けていた。そしてこの本番でその連中を見張っておけば、自然と答えが見つかるって訳だ」
もちろん、ワトスンの成り代わりを見破る事は容易ではない。それどころか、今まで一人としてワトスンを見つけた人物は存在しなかった。
ワトスンの成り代わりは変装で無ければ、変身でもない。それはまさしく成り代わりである。他の人に成り代わる。姿形を変える訳でなく、中身、そして印象を挿げ替えるのだ。髪型が変わると人の印象が変わるように、喋り方から立ち振舞いまであらゆる要素を変える事で別の人間に成り代わる。それがワトスンの能力であるのだ。
そんなワトスンを見つけるにはその人物が起こさない行動、つまりは成り代わりの矛盾を見つけるしか無いが、ホームズがワトスンを使っている限り矛盾が起きる事はまずあり得ず、見つける事は不可能に近いはずである。
それなのに見つかってしまった事実はワトスンを困惑させる。
ホームズは西条最上の力を見誤っていたのだ。
西条最上が人を見る力に長けていたのは知っていたがそれは武器商人をやる上での副産物であり、本質ではないと考えていたのである。
しかし、それは間違っていた。
観察こそが西条最上の本質。西条最上は人を観察し理解する事で人から人へと渡って来ていたのであった。
「やはり、マスターの予想していた通りあなたが一番面倒な相手でしたか」
「面倒だなんてよしてくれよ。ココやホームズに比べたら僕なんて変わった特技があるってだけの一般人さ」
「私を見つける事が出来る一般人とは、ご冗談を」
「何事も相性さ」
西条最上はケタケタと笑いながらワトスンを見ている。
その時であった。ワトスンのスマートフォンが鳴る。
「どうぞ」
促す西条最上を見ながらワトスンは電話に出た。
「……マスター少しばかり問題が発生しています」
電話の相手はホームズであった。
ワトスンは現状の報告を手短に行い、指示を仰ぐ。
「――了解です。分かりました」
そして電話を切り、ワトスンは西条最上に向き直る。
「それでどうするんだい。僕を倒して秋山零士を確保に向かうのかい?」
「ここであなたを倒せるとは思っていませんよ。そんなリスクを背負う人ではないと分かっていますので。しかし、このタイミングで私に姿を見せた事は間違いだったかも知れませんね。これでマスターがあなたを見誤る事が無くなりました」
「見誤る? 違うよ、見誤らせたんだ。ホームズにはいつか一泡吹かせてやろうと考えていたからね。少しずつ誤った情報を刷り込んでおいたんだ」
「あなたがそう言うならそれが正解なのでしょう。しかし、あなたもマスターを舐めすぎているのでは無いでしょうか」
「そんな事は無いさ。僕はいつだって冷静で、いつだって正しいんだ」
傲慢とも取れるその言葉は、本心であった。
ホームズを完全に出し抜いた今回の争いで、西条最上は自らの才能に確信を持つ。情報を駆使し流れを完全に掌握するホームズを内側から崩した事実は西条最上の力の裏付けとなったのである。
しかし、流れは急変する事となった。
「てめぇら面白そうな事やってんな。俺もまぜてくれよ」
一人の男の登場が、場を混乱に貶める。
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