画竜点睛 #4
「怠いな」
幽島睦は新宿の町中を歩きながら一人呟く。
先日、仮面の男からシェアリーに助けられて以来、幽島睦は秋山零士の近くをうろつき続けていた。
シェアリーが幽島睦にお願いしたのは秋山零士の動向を見張り報告する事であるため、幽島睦は一定の距離を保ちながら秋山零士を見張っていたのである。
駅前の繁華街を歩く幽島睦は人混みに溶け込んでおり、その姿はさながら大学生のようであった。
幽島睦は今、秋山零士の少し後ろを歩いていた。
それは幽島睦が近づける限界の距離であると同時に見失わないギリギリの距離でもあった。これ以上近づけば間違いなく何らかのアクシデントが起こり、秋山零士の姿を見失ってしまう。そして、一度見失ってしまうと再び見つける事が困難となり、一時間ほど時間をロスしてしまうだろう。そうなってしまわぬように幽島睦は注意を払いつつ、秋山零士を見張らなければならない。
正直な所、彼はそれが面倒で仕方が無かった。
神経を使う仕事であり、その仕事には報酬が出ない。
言うならば助けてもらったお礼と言うことでシェアリーに協力しているのだが、ここも安全ではないというのが問題であった。秋山零士という少年を狙っている者は少なくはなく、その中には世界一の殺し屋と名高いココや、謎に包まれた情報屋ホームズも居るというのだ。
秋山零士を尾行しているとその人々の争いに巻き込まれてしまう可能性もある。
命を救われたのは確かだが、命の危険のある仕事を頼まれては意味が無い。
幽島睦は考える。
どうにかしてこの場から逃げ出す事は出来ないかと。
しかし、それには問題がある。幽島睦自身もシェアリーに仕える執事により見張られていたのだ。秋山零士を見張る幽島睦を見張れば間接的に秋山零士を見張っている事となり、秋山零士のおおよその位置が掴めるという事だ。
「本当に何でこんなことになっちまったんだろうなあ」
事の始まりは幽島睦が受けた依頼である。
秋山零士を拉致して欲しいと言う依頼を受けなければ、幽島睦が秋山零士と関わりを持つ事も、幽島睦の特技が知れ渡る事も無かったのだ。
幽島睦は後悔した。
しかし、後悔先に立たずとはこの事であり、すでに幽島睦は創世記を巡る争いに巻き込まれてしまっている。この事実は変えられず、彼が出来る事と言えば如何にして立ち回るかということだけであった。
誰に取り入り、どれだけ姿を消せるか。
そうして、幽島睦は考えながら、争いの中心に向かってゆっくりと歩いて行くのだった。
「今の所、怪しい動きはありません」
「そう。私の予想では無理に動き出す事は無いと思うけど、もしもがあるから気を付けて監視を続けて下さい」
シェアリーはホテルの一室で幽島睦を監視している執事からの連絡を受ける。
通信を切ってイヤホンマイクを外したシェアリーは小さく息を吐き、紅茶をその小さな口で一口啜った。
「お疲れのようですね」
隣に立つ執事はシェアリーの顔を覗き込む。
「天冥(てんめい)、あなたは不死身だけれど疲れは感じる?」
「体の疲れはありませんが、心の疲れは感じるときがありますよ。特にお嬢様がお疲れの時なんかは私が不甲斐ない為に負担を掛けさせてしまっていると思ってしまうものです」
「あなたらしいわね。でもあなたが責任を感じる必要なんか一つも無い。むしろ私にずっと着いて来てくれて感謝しているわ。あなたが居なければ私は他の殺し屋にすでに殺されていただろうから」
「お嬢様を守るのが私の役目ですから当然ですよ。お嬢様の願いを叶える為なら、例え国が相手でも戦って見せましょう」
「ありがとう。子供達が笑って暮らせる世界の為に、もう少しだけ力を貸してね天冥」
「もちろんですお嬢様」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます