画竜点睛
秋山零士が本を拾う数日前、ホームズと呼ばれる情報屋は日本のとある喫茶店で読書をしていた。平日の昼間のためか客は少なく、少し離れた場所で主婦と思われる女性二人が談笑しているくらいであった。
「今戻りました」
ホームズの前の席に一人の男が座る。
「ワトスンか。お願いした仕事はどうだった?」
読んでいた本を閉じ、ホームズは目の前に座る男ワトスンに目を向けた。
「問題は無いです。今の所は完璧ですよ」
「それならいいんだ。予定通りならな。しかし、予定はあくまで予定であり見込みだ。気を抜くな」
「分かっています。私が足を引っ張るような事はあり得ません」
「本当にお前が居てくれて良かった。助かる」
ホームズはコーヒーを一口飲み静かに笑う。
「もったいないお言葉だ。私はあなたの掲げる思想に賛同した兵士であり、信者でもある。あなたの願いを叶えるまでは、たとえ肉片になろうともあなたの側で働き続けますよ」
「俺の現実離れした理想を聞いて笑わないのはお前ぐらいだ」
「仕方ないですよ。最も平和から離れた場所に居るあなたが、本気で世界平和を実現させようとしているなんて誰であっても疑うでしょう。だってあなたは争いで金を稼いでいるんですから。それに策略と謀略を常に張り巡らせ情報で戦場を掌握するあなたの噂を聞いて、その言葉を信じられる人なんてよほどの馬鹿か、あなた以上に情報戦に長けた天才かのどちらかでしょう」
「つまり、お前は天才だった訳だ」
「いえいえ、私の場合は結果論に過ぎませんよ。あなたが私の存在に気付き、手を差し伸べてくれたからこそ私はあなたに全てを捧げようと思っただけで、もし違う出会い方をしていたならば私はあなたの言葉を信じてはいなかった。私は幸運でしたよ」
「幸運というならば俺の方が幸運だったさ。あの戦場でお前を助けたのはそれこそ結果論でしかない。俺の敵がお前の敵だっただけ、ただそれだけだ。しかし、そのおかげでお前という人間を仲間にする事ができ、創世記を巡る争いに参加する事も出来た。偶然なのか必然なのかは分からないが、何れにしても運が良かったよ」
ホームズが言葉を発したその時であった。テーブルの上に置いてあったスマートフォンが震動する。
ホームズはそれを一瞥し手に取ると、数十秒だけ会話をして電話を切る。
「西条ですか?」と、ワトスンは尋ねる。
「あぁ。そろそろ俺も隠れ家に向かわなければいけない時間のようだ」
コーヒーを飲み干したホームズは腕に巻かれた時計を見た。
「予定より少し早いですね」
「西条最上とはそういう男だ。まあそっちは気にしなくて大丈夫さ。手綱は握っている。それよりもワトスン、君もそろそろ行かなくてはいけないだろう。あのお嬢様も鋭い人間だ。十分に気をつけろ」
「了解ですマスター」
言い残し、ワトスンは店を後にした。そしてホームズも西条最上が訪れるであろう隠れ家に向かって歩き出したのであった。
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