ここから世界は動き出す。#2

「あっちーな」

 依頼から一週間後、ミルダはメキシコにいた。

 照りつける太陽が高原を乾かし、草木は殆ど生えていない。そんな乾涸びた土地をミルダは軍用ジープに乗り滑走している。ジープのエンジン音が響く高原ではほぼ真上に太陽が昇っており、気温は三十度を超えていた。

 目的地に一番近い町から一時間ほど走った所でミルダは車を止めた。

「本当にここが遺跡に繋がってんだろうな」

 そこにあったのはこれまた乾涸びた井戸であった。

 ミルダが先日受けた依頼は地底遺跡に存在する創世記を回収する事であり、後日使いの物から渡された資料によると、この井戸は依頼主が入り口として秘密裏に作っておいたものであるらしい。

 しかし、井戸は一見しただけではただの井戸にしか見えず、知らされている情報も数少ない物であるため、依頼主がどれほど信用できる人物であったとしても自らが嵌められているのではないのかという疑心をミルダが持つのは当然の事であった。しかし、ここで考えていても仕方が無いと思いミルダは疑心を一蹴する。

 そして車から百メートル程の長さのロープを取り出した。

 山登りなどでも使われる命綱。その片端を杭で地面に打ち付けもう片端を井戸の中に垂らす。

 ロープは勢い良く落下していき、数秒後全てが井戸に飲み込まれる。音はしないが資料が正しいのならば地面にはついている筈であり、今はそれを信じて行くしかない。

 ロープが外れない事を確認したミルダはライトを付けながらゆっくりと井戸の中を下って行く。先の見えない未知の地下。ミルダに恐怖心がないと言ったら嘘になるが、彼女にとってその程度の恐怖は冒険を盛り上げるスパイスであり恐怖の対象にはならなかった。

 数分後、ミルダは底と思わしい洞窟に辿り着く。ライトによって照らされる岩肌は舗装されておらず、今にも崩れだしそうである。そんな洞窟の先には光りが見えており、ミルダはそこに向かって迷いなく歩き出した。

 そして洞窟を抜けた先でミルダは驚愕する。

 そこには地上の世界が広がっていたのだ。

 ミルダがついた場所は例えるならば崖の上のような場所であり、下には草原が広がっていた。草原には木々が生い茂り、奥の方には湖のような物も見える。そして何よりも驚きだったのは空がある事だった。頭上には空があり、小さな太陽が浮かんでいるのだ。

「何の冗談だよこれは」

 ミルダは辺りを見回し、笑い出した。

「いいねぇ。嫌いじゃないよこういうのは」

 その時だった、視線の端で動く人影をミルダは見逃さなかった。遠くの方に見える建造物らしきものの前にその影は居た。影は普通の人間であったならばまず気が付かないだろうという程に遠く小さかったが、彼女からしてみれば気づいて当然のものである。

 視力がいいという次元ではなく、ミルダの目は明らかに特殊であったのだ。

 ミルダは身を屈め息を殺しながら様子を伺う。

「あそこが目的地か? ……取りあえず行ってみるか」

 ハーフパンツのポケットからタバコを取り出し咥え、それとは逆のポケットから銀のジッポを取り出し火をつける。タバコからは細く煙が上がり、上空へ消えていった。フィルターを甘噛みし、卑しく笑う彼女の目は細く、若干の冷たさを感じさせる。

 崖を降り、辺りを警戒しながら草原を歩いて行くミルダは両腰につけてあるホルスターに入っている二丁の銃ベレッタのみしか武器を持っていない。

 ミルダの持つベレッタM92は、片方はミルダ自身がカスタムした物であり、もう片方はミルダの父親が使っていた物であった。改造を施された二丁の銃。特に父の使っていた物は反動も威力も正規品とは桁違いである。

 ミルダはそのベレッタを優しく人差し指でなぞる。

 銃の持ち主であった父はその強力なカスタムベレッタを使う殺し屋として出身地である南アフリカで有名であったが、ある日その銃を残して姿を消してしまったのである。何もかもが謎の突然の失踪。訳も分からずに途方にくれた彼女は、その父を探す為にミルダはトレジャーハンターとなり世界中を飛び回ることを選んだのである。

 それが、ミルダが今の仕事をしている理由であった。

 十四歳の時にトレジャーハンターとなり、現在は二十三歳。

 十年近くの歳月は彼女を強くさせ、父の遺伝なのかミルダは殺しの才能を開花させた。そしてデュアルハンターという二つ名が付いたミルダは南アフリカを中心として世界中へ飛び回り、名を広める事となったが、どれだけその名を轟かせても父の情報は一向に入ってくる事は無かったのである。

 そんな中、今回の創世記入手の任務が舞い込んで来た為、ミルダはこの依頼を危険と知りながら受けたのであった。

 草原を歩きながらタバコを吸うミルダは、おそらくまだ誰も汚した事の無いであろう草原に燃え尽きたタバコを捨て、歩いて来た道に煙を吐き捨てていく。

 どこからか風が吹き、草原を歩くミルダの髪が空に泳ぐ。

 そして小さな草の丘を越えた所で、ミルダの前に先程人影のあった建造物が現れた。

 それは石で出来ており、例えるならばピラミッドの上だけが地面から見えているような物であった。建物の真ん中には入り口と思わしき穴が見え、そこからは微かに風が流れ出て来ている。

「ここが入り口か」

 ミルダは入り口の前に立ち中をライトで照らす。

 奥へ伸びる石造りの階段は緩やかにカーブをえがいている為に先は見えず、光源はミルダの持っているライトの光のみであった。

 その中をミルダは躊躇いなく降りていった。

 ミルダは考える事をしない。出来ないのではなくしないのだ。彼女は仕事上のあらゆる行動に対して感情を持たないのである。感情を持たず、見せない。そのため引き金を引くのに迷いが無く、殺した相手の顔も殆ど覚えていなかった。それが彼女の強さであったのだが、それ故に、ミルダが心を許す相手も少なく彼女を理解している人間も少なかった。

 しかし、ミルダはそれでも良いと思っていた。

 自分を知る人間が増えればそれだけリスクが大きくなると分かっているのだ。その為、今ではもうミルダの生まれが南アフリカである事や、彼女の父親が殺し屋だった事を知っている人はほとんど居ない。

「長いな」

 ミルダは小さく呟いた。

 階段を下り始めて既に三十分ほどが経っていたが未だに出口は見当たらず、それどころか、先を歩いて行ったであろうと思われる人間の痕跡もどこにも無かった。

 はたして自分は本当に前に進めているのだろうか。ミルダはその疑問に襲われた。

 代わり映えの無い道を歩き続けるというのは思っているよりも難しく、強い精神力が必要となってくる。それが知らない場所となれば尚更のことであり、普通ならば様々な不安が頭を過る。

 しかし、ミルダは違う。

 ミルダにとってあらゆる事柄は飲み込み受け入れるものであり、受け入れてしまう事で全てに対応してしまうのである。

 たった一言呟くだけで、今回もミルダはこの階段を長いものだと受け入れ考察する事をやめた。後はただひたすらに歩くだけであり、結果を待つだけであったのだ。

 そしてミルダが受け入れたと同時に、目の前に扉が現れたのであった。

 続いていたはずの階段は跡形もなく消え去り、まるで幻を見せられていたかのようにして目の前の風景が移り変わったのである。

 驚きながらも彼女はゆっくりとその扉を開け中を窺った。

 扉の先にある部屋は石畳の床となっており人の気配はない。それを確認しミルダはゆっくりと中へ入って行った。

 その時であった。

「やあ、いらっしゃい。といっても僕もついさっきここに来た所なんだけどね」と、不意に声がしたのでる。

 声がしたのはミルダの後方であり彼女の入ってきた扉の横である。

 そこには一人の男が立っていた。

 細身で長身の男は、黒のスラックスと白のポロシャツを着ておりこの場所には似合わない。

「誰だお前」

 言うと同時にミルダは右手でベレッタを引き抜き、銃弾を放った。しかし、銃弾は男を捉えられず後ろの壁にめり込む。

 それを見てミルダは男に向かってさらに引き金を引いた。考えるよりも先に撃つ。敵しかいないはずの場所でのミルダの基本行動であり、大抵の敵ならばその行動の速さに対処はできないだろう。しかし、銃弾は再び空を切り、壁を打ち抜いたのである。

 次々と壁に戦闘の痕跡が残っていくが、男はそんな事も気にせず悠然と部屋を歩いていた。

 銃声の後に薬莢が床に落ちる音が響き、銃弾が尽きたミルダはベレッタの弾倉をウエストポーチから取り出した。

「少し落ち着きなよ」

 男はそれを見てゆっくりとミルダに近づく。

「見た所、君はデュアルハンターのミルダかな? 初めまして、僕はココ、よろしく」

「止まれクソ野郎。あたしに近寄るな」

 ミルダは銃弾の込められた弾倉をベレッタの中に入れ、再び銃口をココの額に向けた。

「噂通りに話の通じない女性だなぁ。優れた目による状況判断力と射撃の正確性で相手を圧倒するトレジャーハンターミルダ。僕も君の名前はよく知っているよ。でも少しは話を聞いてもらってもいいかな」

 ココは笑いながら首を傾げる。

「てめぇから聞く話なんてあるかよココ。私もお前の名前は良く知ってるぜ。世界一の暗殺者、誰からも気付かれず、誰であっても触れる事が出来ない存在。そんな奴がなんでここにいる」

 裏世界の伝説。犯罪者指名手配特殊Aランクに指定されている最強の男。それがココという名の男である。

 ミルダの額には珍しく汗がにじむ。彼女は直感で男が本物のココであると認識していたのである。一流の持つ危険察知の能力が目の前の男を異常だと判断したのだ。

 そんなミルダとは裏腹にココは澄まし顔で笑う。

「仕事さ。君と同じ依頼を僕も頂いていてね。でも僕以外にここまで辿り着いたのは君が初めてだよ」

「どういうことだ?」と、言いながらミルダは目を細める。

 ここまで辿り着く。その言葉の意味を彼女は理解出来なかった訳ではない。

 だが、道中が過酷な道のりならまだしも、どちらかと言えば簡単な道のりと言えるここまでの道を自分と彼以外にここまで辿り着いた物が居ない訳がない。

 ミルダの頭に違和感が生まれる。

「ここまで来る時、どこを通って来たかは知らないけど道がとても長くは無かったかい? それは試練なんだよ。本に辿り着けるものなのかどうかを試す試練。迷いを持ったまま進んだ者は永遠とその空間を迷い続けてしまうんだ」

「なんでそれをお前が知っている」

「それは僕が既に本を手にしているからさ」

 そう言ったココの右手には一冊の、古ぼけた茶色く分厚い本が握られていたが、ミルダはそれを見ずにココだけを見続けていた。

「その本を持っていれば全てが分かるとでもいいたいのか?」

「少し違うかな。この本は自分が知りたい事を考えて開く事で能力を発揮するのさ。持っていればそれだけで全知になれる訳ではないんだよ。知ろうとすれば知れるだけ」

 にわかには信じられない話であったが、ミルダは彼が嘘を言っていないと直感で理解する。

 神が作ったこの世の全てが記された本。ココという裏世界の伝説が登場した事でその信憑性が増したのであった。

「そんな代物が、こんなに簡単に手に入ると言われて信じると思ってんのか」

「簡単と感じるのは君だからだよ。ほとんどの人間は入り口でつまずき、仮にここまで辿り着けてもこの本を手にした時に本の魔力に囚われてしまうんだ。この本があった奥の方の部屋に人骨と腐った死体が幾つか落ちているから確認するといい。おそらく遥か昔にここまで辿り着いたハンターの死体だろうからね」

 ココが指差す方向には扉が存在していた。

 しかし、ミルダは銃口を逸らさない。ココから視線を逸らさず捉え続けていた。そうしなければいけなかったのだ。

 誰からも気付かれず、誰であっても触れる事が出来ない存在。それは誇張でもなんでもなく、実際にココは誰であっても触れる事の出来ない存在であったのだ。

 大観衆の中での大頭領暗殺、世界一のセキュリティを誇る刑務所での重犯罪者の暗殺、戦争中の双方指揮官の暗殺など、上げだすと切りがないほどにココにはあらゆる人物を実に簡単に殺し回っていた実績がる。

 もちろん、殺しを生業にする人物の中にはココと同等の成果をあげている人物も存在するが、ココを語る上で特筆すべきはその殺し方であった。

 彼は姿を隠さないのである。例えそれが何処であろうと姿を隠さず真正面から入り、目標を殺して出て来るのである。

 一体どうやってそれを可能にしているのか。本気を出した彼を見つけ出し止めることは誰にも出来ないのだ。

 事実、全世界で指名手配されているにも関わらずこうして今も悠々と生きている。

 まさに生きる伝説であった。

 しかし、そんなココを目の前にしても、ミルダは物怖じしてはいなかった。

「さすがだね。何があっても僕から目を離す気がないのだろうけど、ここまで僕を見続けられた人はそう多くないよ。みんな視線や仕草に反応して目を離してしまうんだ」

「そりゃどうも。あたしもこんな疲れる相手は初めてだ」

「それは申し訳ない。でも、ここからもっと疲れる事になるよ」

 その瞬間、ミルダはココの姿を見失ってしまう。

 まばたきの一瞬。その一瞬目を離しただけでココはミルダの視界から姿を消したのであった。その瞬間ミルダは目線を泳がせ部屋中に気を配る。

 そして「逃がすかよ」と、言いながら左手でもう一丁のベレッタを取り出し、階段に向けて銃弾を放ったのであった。

 一見すると当てずっぽうに見える射撃だがミルダの目には確かにそこに何かが見えていたのだ。

 誰からも気づかれず、誰にも触れられない存在。しかしながら、ココの存在は気づかれないだけでこの世界から完全に消える訳ではなかった。見えず触れられないだけでココは確かにそこに存在し、存在すれば必ず何かが残る。

 ミルダが捉えていたのはそんなココの痕跡である。

 発砲の衝撃でミルダの体は少し反れるがその射撃に狂いは生じない。放たれた銃弾はココの眼前を通り階段のすぐ横の壁に穴を開けた。

「素晴らしい。ここまで僕を捉えたのは君で六人目だ。でも悲しいかな。僕にはまだ届かないよ」

 言い残してココは再び目の前から消える。

「クソが、待ちやがれ」

 ミルダは自らの放った銃弾が外れた事実を飲み込み、状況を整理しながらすぐさまココを追って階段へ向かった。

 階段を駆け上がる間もミルダは集中を切らさない。ココと対峙するには集中し続ける事が絶対条件であったのだ。

 来た時にはとてつもなく長かった階段は何故か五十段ほどのものとなっており、ミルダはすぐに外に出た。そして外の景色にさらに驚く事となる。来たときは美しかった高原や太陽は影も形もなく、階段の先はただの広い洞窟となっていたのであった。

 辺りにはランタンが下がっており洞窟内をほのかに照らしていたが、どこにもココの姿が見当たらない。

「いろいろ起き過ぎなんだよクソッタレ」

 それでもミルダは動揺しなかった。

 文句を吐き出して現状に順応し、ココの姿を探す。そして少し離れた場所に見つけた違和感に向かって左手に持っているベレッタを構え銃弾を放った。

 銃弾は歩き去ろうとしていたココの鼻先をかすめ、ココは足を止め睨みつけるようにしてミルダの方へ視線を向けた。

 またしてもミルダはココを捉えた。

 二回目があればそれは偶然ではなく、彼女には自身の姿を捉える力があるとココは理解する。

「君には本当に驚かされるが、さすがに面倒だ。面と向かっての戦闘が僕は好きじゃないんだよね。だからさ、見逃してくれないかな?」

 穏やかな口調だが先程とは違いそこにはほんの少しの苛立ちがある。

「あんたが持っているそれを置いていくなら考えてやるよ」

 言いながらミルダはベレッタを構えゆっくりとココに向かって近づく。

「分かっているのかい? この提案は君のためでもあるんだよ。僕は極力同業者を殺さない主義だから素直に身を引いてくれると助かるんだけど」

「あたしを舐めんじゃねーよ」

 言うと同時にミルダは引き金を引いた。

 発砲音は洞窟内に反響し、ランタンの火を揺らす。しかし、どれだけ撃っても銃弾はココには当たらない。ゆらゆらと、それこそ風に揺られる火のように動きながらココは銃弾を避け続けたのであった。

「ところで君は僕の力がどのようなものなのか知っているかい?」

 ミルダの銃弾が切れそうなのを見て、ココが話を始めた。

 その声はまるで朗読を行う青年のように優しく、殺伐とした洞窟に似合わない安穏とした空気を作り出す。

「そんなもん知るかよ」

 ミルダはまだ銃弾の残っている左手のベレッタの銃口をココに向けながら、空になった右手のベレッタを口に咥え、器用にマガジンを交換する。

「まあそうだよね。おそらく僕の力を真に理解しているのは、自らにホームズとかいう変な名前を付ける情報屋と、君と同様に僕を見つける事が出来た他の五人くらいだろうからね。だから今回は特別に、僕の能力を少しだけ教えて上げるよ。……僕はとある一族の生き残りなんだけど、その一族は脳を操る一族なんだ。まあ操ると言っても、相手に触れなければ洗脳したりなんかは出来ないくらいの弱い力で、でも認識をずらしたり、見えなくしたりというのは触れなくても出来てしまうんだよ。それが僕の能力の詳細さ」

「……それを話してどうしたいんだ」

 ミルダは二丁のベレッタを構えながら訝しむようにココを見ていた。

「そこなんだよ。この能力は認識されることで相手が僕とその能力を意識しやすくなり、かかりやすくなるんだ。まるで催眠術のようにね」

 ココがそう言った瞬間、再びミルダの前から彼の姿が消えた。

「クソッ」

 すぐさまココのいた場所に銃弾を撃ち込むがそこにはもうココの反応はない。

 それを確認し、ミルダは壁に向かって走り出した。そして壁を背にして意識を洞窟内全体に集中させる。しかし、ココの姿は発見できない。

「やはり、君は素晴らしい人間であり戦闘の天才だ。その対処法は正解だよ」

 声は洞窟に反響し発生源は掴めない。

 声を出しているにも関わらずその姿を特定させないその力はやはり驚異的である。

「例え僕であっても人を殺す瞬間には殺気が漏れてしまう。その一瞬を狙って殺す為に壁を背にして攻撃範囲を絞ったんだろうけど、それを即座に思いつき行動出来るのは指で数えるほどしか居ないだろうね。おそらく、このまま戦っていたら僕も無事では済まないだろうから、ここは逃げさせてもらうよ。そして、僕を見つける事が出来た君に、特別に一つ良い事を教えてあげよう。僕の依頼主は日本人で、これから日本はこの創世記を巡った戦場となる。創世記が欲しいのなら日本に来るといい。この本を依頼主に渡した後であれば、僕には関係のない事だからね。そして、その場であれば君との鬼ごっこにも付き合ってあげるよ。それじゃまた日本で会える事を楽しみに願ってるよ」

「待て!」と、姿の見えない相手に向かってミルダは言葉を投げるが、ココはその場から姿を消した。

 残ったのは洞窟に漂う硝煙の臭いだけであり、静寂がミルダを包み込んでいる。

 もうこの洞窟にはミルダ以外の人間は存在しなかった。

 ミルダはベレッタをホルスターに仕舞ってタバコを取り出し火を付けた。

 壁にもたれかかりながら天井に向かって煙を吐くと、煙はすぐに霧散し彼女はそれを見つめる。

 タバコの灰が真っ逆さまに地面に落ちる。

「日本……か……」

 ミルダの声が洞窟に響きこだまする。

 そして数日後、彼女は日本の地に降り立つ事となった。


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