日本語


「――……なるほどねぇ、大体の事情は分かったわ」


 1階のリビングに置いてあるソファーに座ったお母さんはわたしの話を聞いて納得したように頷いた。わたしが家に帰宅したところからリリーとの出会い、そしてリリーが間違って琴音に襲い掛かってしまった経緯など包み隠さずに話したけど、琴音はどこか半信半疑な様子だ。


 リビングのソファーにはわたし、琴音、お母さんの順で座り、テーブルを挟んだ向こうには胸の下で腕組みしたリリーが立っている。


 わたしの妹である九条琴音くじょうことねは中学2年生。黒髪で髪の長さはボブ。性格は前向きで責任感が強く、わたしのことを気にかけてくれる姉思いの妹だ。琴音は体を動かすことが好きなようで前に引き締まったスレンダーな体のことを褒めたら、なぜか胸あたりをにらまれながら怒られてしまったことがある。何か気にさわったのかな?


 母の名前は九条恭子くじょうきょうこ。栗色のロングヘアはうなじのあたりで一つ結びにしたポニーテールにしていることが多い。性格はマイペースで少し天然なところもあり、きもが座っているのか何があっても動じないことが多い。


 母性と包容力にあふれる柔和な顔のイメージ通りお母さんは笑顔でいることが多いけど、怒っている時でも笑顔でいる場合は娘のわたしでも心情は読めない。だけど、料理上手で誰にも気兼ねせず接し、家族のことを一番に考えているお母さんは自慢である。


 ついでみたいで申し訳ないけど、お父さんは海外赴任中で家をずっと留守にしているから、世帯主不在の九条家を守っているのはお母さんなのだ。


「――名前はリリーちゃん、だったかしら?」


「触手星人のリリー・テンタクルよ」


「宇宙船が壊れてウチの2階に墜落しちゃったけど、壊れた屋根と天井は直してくれたのよね?」


「ええ、元通りに修復済みよ。家を壊しちゃったのはこちらの不備だったから」


 リリーの返事を聞いたお母さんは、ホッとしたように笑みを溢した。


「それで、リリーはこれからどうするの?」


「どうするも何も宇宙に帰るんでしょ? さっさと出ていってくれない?」


 わたしの隣に座っている琴音は眉間にシワを寄せて不機嫌そうだ。


 琴音のきつい言葉に焦りを感じながら、リリーはどこか気まずそうに目を泳がせる。


「あのう……実は墜落の衝撃で宇宙船が壊れちゃったみたいなの。このままだと宇宙に飛び立つこともできないから宇宙船の修理が終わるまでの間、この家に泊めてくれないかしら?」


「はぁ!? 冗談じゃないし! 不審者をウチに泊めるわけないじゃん!」


 真っ先に噛みついたのは琴音だった。リリーの触手髪に絡まれて制服を粘液でベトベトにされて、不快な思いをした琴音が反対するのは当然だった。


「大体、何で宇宙人なのに日本語を喋ってるの? 触手星の言葉も日本語なわけ!? 宇宙人っていうのは言い逃れするための妄言じゃないの?」


 そう言えば、初めて遭遇した時からリリーは普通に日本語を喋っている。


「言葉? それはこの宇宙アイテムを使っているからよ」


 リリーは自分の首元にある白色のチョーカーのようなものを指差した。


「ジャジャーン! 【万能言語翻訳機】」


「ほ、翻訳機? 首につけているのが翻訳機なの?」


「見た目はチョーカーみたいでしょ? 万能言語翻訳機ばんのうげんごほんやくきは知的生命体の脳と瞬時に同期して相手側の言語を自動で解析・翻訳してくれる宇宙アイテムなの。声帯部分に装着することで自分が喋った言葉を相手の言語に翻訳して伝えたり、同時通訳で相手の言葉も翻訳してくれるわ。それに視覚から得た(文字などの)情報も翻訳して読むことが可能よ」


「あらあら、すごい技術なのねぇ」


「お母さん感心しないで! 翻訳機ぐらい、今はスマホのアプリにも入ってるし!」


 どうやら琴音はリリーが宇宙人であることを認めたくないらしい。


「妹ちゃんったら、私が異星人だと信じていないみたいね。さっき身を持って知ったと思うけど地球星人はこんな芸当できないでしょ?」


 リリーはツーサイドアップにしたピンク色の触手髪を数本の触手に束ねると、クネクネと動かして天井近くまで伸ばしたり、お互いに触手同士を絡ませて結んで見せる。


「本当にすごいわ。まるで髪の毛が生きているみたい。何だか触手って便利そうね」


「お、お母さん! こいつのペースに乗せられちゃダメ! あんなの手品か何かだよ」


 どうしても琴音はリリーを宇宙人とは信じたくないらしい。


「お姉ちゃんは、こいつが宇宙人だって信じてるの?」


 琴音の質問にわたしは頷いてみせた。


「わたしも最初は信じられなかったけど、生き物のように動く髪だったり、壊れた屋根や天井が元通りに直っていく様子を目の前で見せられたら、嫌でも信じちゃうよ」


 困惑した表情を見せる琴音を横目に、わたしは言葉を続ける。


「――それにね、宇宙にはたくさんの星があるでしょ? だから、地球以外にも生命体が存在してもおかしくはないの。まさかこんな形で地球外生命体と遭遇するなんて思ってもみなかったけど、この出会いは奇跡のような出来事だとわたしは思う」


「最初の出会いは最悪だったけど、私もこうしてゆかりと巡り会えたのは幸運だったと思うわ」


 琴音は何か言いたそうにお母さんの顔を見たが、お母さんはわたし達のやり取りを笑顔で見守っているだけだった。


 琴音は現実を受け入れがたいようだが、わたしとお母さんはリリーの存在を認めていることを悟り、それ以上は意見を口にすることはなかった。


 わたしが異星人であるリリーの存在を割と簡単に受け入れることができたのには理由があった。それはわたしが未確認飛行物体UFO未確認動物UMA、超常現象などを始めとする、いわゆるオカルトものが好きだったからだ。小さい頃から超常現象などを取り扱った番組や動画が好きで、特に好きなのはネッシーやビッグフットなど世界中で目撃されている未確認動物である。


 実在するorしないは別として、不思議なものや奇妙なものを見ると心がワクワクしてしまうわたしはリリーの触手髪や地球の技術では考えられない高度なテクノロジーが詰まった宇宙アイテムなど実際にこの目で見て体感しているので、リリーを地球外知的生命体だと認めるのに時間は掛からなかった。

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