変態触手星人
「――そうだ! 妹ちゃんにも宇宙アイテムの便利さを体感してもらおうじゃないの」
不服そうな琴音を前にしてリリーが提案すると、さっそく旧型スクール水着の胸元を引っ張って片方の手を胸の谷間に突っ込んだ。
「こ、こいつ何してるの!?」
旧型スクール水着の胸布を突き上げているリリーの双丘を琴音は怪訝そうに見つめる。
「ジャジャーン! 【着衣剥奪光線銃】」
リリーは胸元から大きなドライヤーみたいな形の宇宙アイテムを取り出した。
「えっ!? そんなデカイの、どこに入れてたの!?」
琴音が驚くのも無理はない。リリーが取り出した宇宙アイテムを旧型スクール水着の中に隠そうにもサイズ的に無理があるのだ。もちろん胸に挟んで隠しきるのも不可能だ。
リリーは取り出した光線銃を手に構えると、テーブルを挟んでソファーに座る琴音に向けた。
「ちょ、ちょっと!? そんなもの向けないでよ!」
「妹ちゃん、落ち着いて。これは武器じゃないから痛くも痒くもないわ。ついでにゆかりも一緒に浴びてもらうから照射範囲を広げてっと――」
「り、リリー! そんな物騒なもの向けないで!」
わたしが制止しようとした時、リリーはわたしと琴音に向かって光線銃を発射した。放たれた光線はわたしと琴音の体を包み込んでしまうが、体に痛みや熱さなどは感じない。
光線銃から照射されていた光線が止み、一体何だったのかと思っていると妙に体がスースーしていることに気付く。
「キャーッ! な、何これ!?」
琴音が悲鳴を上げ、何事かと思って隣を見ると、そこには下着姿になった琴音が両手をクロスして体を隠すように前屈みになっていた。
「琴音!? 何で下着姿に――って、わたしも!? えっ、何で!? 制服はどこにいったの!?」
そう――、わたしがさっきまで着ていた制服はきれいに消え失せており、わたしはブラジャーとパンツだけの下着姿になっていた。制服が消えてしまったのは琴音も同様である。
「フフッ、すごいでしょ? この
得意げに解説をしていたリリーの顔面に琴音が投げつけたクッションがヒットし、思わずリリーは後ろに仰け反った。
「あいたたた……妹ちゃん、急に物を投げるなんて酷いじゃない!」
「う、うっさい! アンタ馬鹿じゃないの!? この変態! 早く制服を返して!」
「まあまあ、妹ちゃん落ち着いて――んっ? ゆかり達って服の下に水着を着ているの?服なんて着ないでそのビキニ水着でバフッ!?」
琴音が思いっきり投げつけたクッションが、再びリリーの顔面を捉えた。
「もうー! 妹ちゃん、酷いわ!」
「酷いのはどっちよ!? 早く制服を返さないと――」
琴音は何を思ったのか目の前にあるテーブルを両手で掴んで片側を浮かせると、鋭い眼光でリリーを睨みつける。
「わ、分かった! 今すぐ服を戻すからそれだけは止めて!」
リリーは手に持っていた着衣剥奪光線銃の側面を指先で何度かなぞると、わたしと琴音に向かって光線銃を構え、すぐに光線を発射する。
先程と同じようにわたしと琴音の体を包み込んでいた光線が消え失せると、わたし達は元の制服を着た状態に戻っていた。制服が戻って安心したのか、琴音もホッとしたように胸を撫で下す。
「リリーどういうこと!? 急にあんなことをして――……あ、あれ? 制服がきれいになってる?」
「ほ、本当だ!? ヌルヌルしたやつが消えてる……」
わたしと琴音は着ている制服をお互いに何度も見直し、不思議そうに首を傾げた。
「――ウフフ、驚いた? それは着衣剥奪光線銃のおかげよ。剥奪した服は量子データに変換して保存されるんだけど、服に付着した触手の粘液をノイズとして取り除き、服のみを元通りに復元したの」
リリーの説明を聞いて理解できたのか不明だけど、お母さんは納得して頷いている。
「クリーニングする手間が省けてよかったわ。リリーちゃんが持っている機械って便利なのね」
「お母さん、感心している場合じゃないよ! 私とお姉ちゃん、下着姿にされちゃったんだよ!?」
「でも女の子同士だし、別に恥ずかしがる必要はないんじゃない? 制服もきれいになったし、結果オーライよ」
無垢な笑顔で答えるお母さんに琴音は頭を抱えた。
「お母さん! もっと深刻に考えてよー!」
一方のわたしはマイペースなお母さんらしいと苦笑いを浮かべた。
呆れた様子の琴音は表情を切り替えると、リリーのことを鋭く睨みつける。
「変態星人! 制服をきれいにしたからって、それで許してもらえると思わないで!」
使い終わった着衣剥奪光線銃を胸元に押し込んでいたリリーに釘を刺す琴音。リリーは琴音の迫力に押されて思わず顔を引きつらせた。
リリーは完全に琴音から嫌われてしまっている。水と油みたいな2人が分かりあえる日は来ないかも知れない。
「あのう……ところで、宇宙船の修理が終わるまでこの家にいてもいいのかしら?」
琴音に睨まれて居心地が悪そうなリリーは、すがるような気持ちでお母さんに尋ねる。口元に手を当ててしばらく考えを巡らせていたお母さんの顔が急にニコッと笑った。
「――ええ、ウチにいても構わないわよ」
「えっ!? お、お母さん何で!? さっき見たでしょ? こいつ、変態星人なんだよ?」
「ちょっと妹ちゃん、それは本物の変態星人に対して失礼よ。私なんて変態星人の足元にも及ばないわ。でも可愛い女の子から〝変態〟と呼ばれるのは悪い気がしないわねぇ。だって変態星人と同様に触手星人にとって〝変態〟という言葉は褒め言葉だもの」
リリーは誇らしげに胸を張るが、リリーの発言に琴音はドン引きしたようで、リリーを蔑んだ目で見つめていた。
「――琴音、リリーちゃんはちょっと行動が軽率なところもあるけど決して悪い人ではないと思うわ。壊した屋根はきちんと元通りに直して、ちょっと手荒だったけど制服もきれいにしてくれたじゃない」
「そ、それは――、そうだけど……」
「それにね、リリーちゃんは宇宙人なんだし、考え方も私達とは違うと思うの」
お母さんの優しい言葉を聞いたリリーは思わず涙ぐむ。
「――ううっ、触手星人である私のことをこんなにも理解してくれた星人はゆかりママが初めてだわ! うわ~ん! なんて慈悲深い星人なの」
リリーはわたしの胸を借りると、感激して泣き始めてしまう。
泣くほどだなんて、普段リリーは周囲からどんな目で見られているんだろう……。まあ、今までの行動を一通り見ていれば、大体の想像はつくけど。
「お、お姉ちゃんはどうなの!? こんな変態、家に泊めるのは反対でしょ!?」
琴音は自分の意見に賛同して欲しいのか懇願するような眼差しでわたしに訴えかけるが、わたしの回答はお母さんと同じだった。
「琴音、わたしも反対する理由はないよ。最初は酷い目に遭っちゃったけどリリーも自分の行動に対して責任は取れるみたいだし、お母さんも言ったように種族が違えば文化や考え方も違う。リリーとはコミュニケーションが取れるんだし、お互いに分かりあえると思うよ」
「で、でも……こいつ頭に膨らませたベレー帽みたいなの被っているし、髪の毛はウネウネと動くし、胸から変な機械を取り出すし、水着でオバニ(オーバーニーソックス)の変態触手星人なんだよ?」
リリーを指差し、ここぞとばかりに畳み掛ける琴音。
「――琴音、人を見た目で判断しちゃいけないわ。リリーちゃんは宇宙人なんだから、外見も私達と違っていて当然よ。それにね、人を見た目で判断するような
お母さんは隣に座っている琴音の両肩に手を置き、ちょっと首を傾げた仕草で微笑みかける。
「ヒイッ!? ご、ごめんなさい! 決してそんなつもりじゃなくて――ううっ……」
「琴音、あなたが家族の心配をしていることは十分に分かっているわ。でも大丈夫、安心して。もし何かあった時は琴音やゆかりのことは私が守ってあげる」
「――お、お母さん……わ、分かった」
琴音はちょっぴり恥ずかしそうに微笑んだ。
琴音の頭を優しく撫でたお母さんはソファーから立ってリリーの前に歩いていく。
「ゆかりママ、ありがとう~!」
思わずリリーは両手を伸ばしてお母さんの胸の中に飛び込むと、ニットセーターをパンパンに膨らませている双丘に顔をうずめた。
「えへへ~、ゆかりママって本当に最高よ」
「あらあら、娘がもうひとり増えたみたいで嬉しいわ」
リリーを胸に抱いたまま、眩しい笑顔を浮かべるお母さん。
しばらく
「――ところでリリーちゃん。ウチに住むのなら我が家のルールには従ってもらうわよ?」
「へっ――?」
急に真面目な口調になったお母さんを見て呆気に取られるリリー。
「あははは……ゆかりママ、もっと気楽にいきましょう。触手星人と地球星人は考え方が違うってさっきゆかりママも言っていたじゃない。私は相手を(触手で)縛るのは好きだけど、誰かから縛られるのは嫌いなの」
その時、リリーの両肩に置かれたお母さんの手がまるで猛禽類が獲物を捕まえたみたいにガッシリとリリーの肩を掴んだ。
「――あのね、リリーちゃん……今はゆかりも琴音も多感な時期なの。だから、いくらリリーちゃんが宇宙人とはいえ、ふしだらな行為だけはしないで欲しいの。リリーちゃんの軽率な行動が2人の人生に悪影響を及ぼす可能性だってあるのよ?」
「ゆ、ゆかりママ! ゆ、指が――、指が肩に食い込んで――」
「あらあら、ごめんね。でも大切なことなの」
「ヒィィィィィッ!?」
優しく微笑みかけながら注意を促すお母さんの姿にゾッとしたリリーの顔がみるみる青ざめていき、両膝もガクガクと震え始めた。
「――リリーちゃん。私の話、分かってくれたかな?」
「は、はひっ! わ、分かりました! 軽率な行動を取らないよう善処いたします!」
「あら、分かってくれたみたいね。よかったわ」
お母さんはリリーの肩をポンポンと叩くと、わたしと琴音の方へ向き直った。
「それじゃあ、今日はリリーちゃんの歓迎パーティーね! お母さん、美味しいものいっぱい作っちゃうわよ」
妙に張り切っているお母さんの姿を不思議そうに眺め、わたしと琴音はお互いに顔を見合わせた。
「あーあ、これから変態触手星人と一緒に生活するとか、マジ無理なんだけど……」
なぜか胸に手を当て、息切れでもしたように荒い呼吸を繰り返すリリーを煙たそうに見つめる琴音。
「でもさ、宇宙船の修理が終わるまでの間なんだし、宇宙人との交流も悪いもんじゃないと思うよ」
ようやく落ち着いたリリーは、疲れ切った顔をしてわたしの元にやって来た。
「はぁ、びっくりした……粛清されるかと思ってヒヤヒヤしたわ。ゆかりママは笑顔という仮面の下に、何かどす黒いものを隠しているんじゃない?」
「お母さんは昔からあんな感じだよ。笑顔でいることが多いから相手を甘やかしちゃうというイメージが強いけど、叱る時にはきちんと叱るし。今回みたいに異星人であるリリーの存在に驚きもせず、すんなりと受け入れちゃうほど寛容だけど、何でも許しちゃうって訳じゃないから」
「よ、よかったぁ~。さっきゆかりママに抱きついた時、触手を絡めなくて本当によかった……」
助かったとばかりにリリーは胸を撫で下ろす。
リリーったら、そんなことを考えていたの?
「でもなぁ……ゆかりと妹ちゃんは味見したから、いつかゆかりママにも触手を絡めて――」
「リリー、自分から向かっていくなんて自殺行為だよ」
わたしは忠告しておいた。もちろんお母さんが怒ると怖いのは本当だけど、お母さんに手を出す――いや、触手を出して欲しくないのが本心だ。
「まっ、その話は置いといて。ゆかり、これからしばらくお世話になるわ。よろしくね」
そう言ってリリーは右手を出す。
わたしは握手をするのかなと思い、同じく右手を出してリリーの手を握った。するとその瞬間、ツーサイドアップにしたピンク色の触手髪が持ち上がって両サイドに広がると、無数の触手髪がわたしに向かって伸びてきた。
「わわっ! り、リリー!? 何なのこれ!?」
リリーが伸ばした触手髪はわたしの体に絡みつき、糸を引く粘液がせっかくきれいになった制服を濡らしていく。
「ごめんごめん! 触手星で握手の意味は相手が自分を受け入れてくれたから触手を絡めてもいい――という解釈なの。つまり、握手=触手ってことね」
「せ、説明はいいから早く触手を戻してよ! きゃっ!? せ、制服の中にも――!?」
こうして、突然わたしの前に現れた触手星人のリリー・テンタクルがしばらくわたしの家に居候することになった。しかし、これまで何気なく過ごしていた日常の日々がリリーの触手によって非日常に変わっていくことを今のわたしはまだ知らない――。
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