名状しがたい触手のようなもの
「あの……ちょっと尋ねてもいいですか?」
「ええ、構わないわよ。私のスリーサイズは上から――」
「そ、そんなことじゃありません! さっきからずっと気になっていたんですけど、あなたの髪……手も触れていないのにウネウネと動いてましたよね? あれはどういう原理ですか?」
わたしの質問を黙って聞いていた宇宙人少女は不思議そうな顔をする。
「――どういう原理って触手は体の一部なんだし、自由に動かせるのは当たり前じゃない」
「職種……職種って、仕事の種類のこと、じゃないですよね……?」
「……何か勘違いしているわね。触手っていうのは伸縮自在で自由に屈曲できる手や腕に相当する器官のことよ。柔軟で弾力もあり、種類によっては相手に絡みついて拘束できるほどのパワーも持っているわ」
宇宙人少女の説明を聞いてもあまりピンとこなかったわたしは、制服のポケットからスマートフォンを取り出すと〝しょくしゅ〟という言葉を画像検索してみた。
「――……えっと、女の子がタコの足やミミズみたいなものに絡みつかれている画像ばかりなんですけど……」
そう言えば、さっきわたしも画像にある女の子と同じような目に遭った気がする……。
〝しょくしゅ〟は〝触手〟と書くと分かったのでわたしは改めて触手を検索する。相変わらず、ミミズやヒルのようなモンスターに襲われている女の子のイラストばかりが出てきたけど、タコやイカ(正確には腕や触腕)、他にもクラゲやイソギンチャクが触手という器官を持っていることが分かった。
「……タコやクラゲの画像で、ようやくイメージが湧いたかも」
スマートフォンから顔を上げると宇宙人少女がわたしの前に立っていた。
「まだ自己紹介をしていなかったわね。私の名前はリリー・テンタクル、触手星人よ」
そう名乗った宇宙人少女は胸に手を添えてニコリと微笑んだ。
「リリー・テンタクル……触手星人?」
「そう、私の生まれは触手星なの。ところで、この惑星は何という名前?」
「ここは、地球ですけど……」
「――なるほど、どうやら座標は間違ってなかったようね。それじゃあなたは地球星人ね。ところで、お名前は?」
「わたしは、九条ゆかりです」
名前を告げると、彼女はわたしの瞳をじっと見つめたまま笑顔を返す。
「ゆかり……いい名前ね。あとお互いフレンドリーにいきましょう。私に敬語とか使わなくてもいいわ。ゆかりとは歳も近そうだし」
「わ、分かりまし――、分かった」
そう言えば……宇宙船から出てきたリリーは初対面で種族も違うわたしに対してやけに馴れ馴れしくフレンドリーだった。わたしが逆の立場だったら、初めて会う異星人に自分からグイグイと話し掛けていく勇気はない。
簡単だが自己紹介も終わったので、わたしは気になっていた疑問をリリーにぶつけてみる。
「――ところで、服は何を着ているの? 宇宙船に乗っていたし、宇宙服とか?」
わたしには紺色をしたレオタードやワンピースタイプの水着にしか見えないけどリリーは異星人であり、宇宙船や胸から取り出す便利な道具を持っているところをみると、きっとすごい機能を備えたハイテク宇宙服なのだろう。
「これは宇宙服じゃなくて、旧型スクール水着よ」
「えっ? す、スクール水着……?」
スクール水着ってプールの授業で着る、あのスクール水着? でもリリーが着ているのは今まで見たことないタイプのスクール水着だった。
「リリー、それって触手星のスクール水着なの?」
「えっ!? ゆかり、この惑星は地球星って言ったわよね? 私が着ている旧型スクール水着はこの地球星で作られた水着だと聞いているわよ?」
「そ、そんなこと言われても……知らないものは知らないし……」
肌にぴったりと密着してボディラインに沿う旧型スクール水着の布地――。胸布はふくよかな双丘によって内側から窮屈そうに押し上げられ、流れるようにくびれた腰のラインから形の良いヒップが続き、その下からスラリとした2本の美脚が伸びて、リリーのスタイルの良さを際立たせていた。
リリーは上手く着こなしているみたいだけど、宇宙服などではなく何でスクール水着? これ以上深くは追求しない方がいいのだろうか……?
わたしが悩んでいると急にリリーが体をグッと近付けてきてきた。わたしは思わず怯んでリリーを見つめる。
「――ウフフッ、相手の詮索はこれくらいにして、もっと別の方法で交遊を深めましょう」
不敵な笑みを浮かべたリリーはまるで
「な、何をするの!? リリーどういうこと!?」
「フフッ、さっきの続きを始めるだけよ。大丈夫、痛くはないわ」
リリーの髪の毛はまるで生き物のように動き、2センチメートルほどの束になるとヘビやウナギを思わせるクネクネとした動きで伸びてきてわたしの胴体に絡みついた。体に巻きついたリリーの髪がギュウギュウと締めつけると、いとも簡単にわたしの体を宙に持ち上げる。
う、嘘でしょ――!? 髪の毛にこんなに力があるの!?
リリーは拘束したわたしを持ち上げて運ぶと、ベッドの上に下ろして仰向けに寝かせた。
「――ウフフ、すごいでしょ? 触手星人の髪に見える部分は細い触手器官が集まったものなの。一本一本は細いけどお互いに触手器官を束ねて太くすれば、簡単にゆかりの体を持ち上げられるほどのパワーを出せるわ」
リリーはベッドの上に這い上がると、触手で拘束したままのわたしを見下ろして妖艶な笑みを浮かべる。
「――私達は〝触手髪〟って呼んでいるけど、触手髪は手先と同じくらい――いや、場合によっては手先よりも器用に使うことができるの」
リリーはわたしの上へ覆い被さるようにベッドの上に両手と両膝をついて四つん這いになった。
「フフッ――、私ったらゆかりのこと気に入っちゃったかも。今から触手責めしちゃうけど、これは触手星人の愛情表現だからゆかりもリラックスして私の触手を受け入れて欲しいわ」
リリーの背後から次々とピンク色の触手髪が伸び、わたしの体に迫ってくる。
「い、いやっ! リリー、何でこんなことするの!?」
両手足と体に巻きつく触手髪によって全く身動きの取れないわたしは不安に襲われる。
――リリーはさっきの続きと言っていた。
リリーがわたしの前に姿を現す前、宇宙船の中から出した触手でわたしを拘束し、無数の触手を制服の中も侵入させてきた。触手達は肌の上を這い回り、ヌルヌルして糸を引く触手の粘液がわたしの体を蝕むように濡らしていった記憶が蘇る――。
わたしは身震いして全身に鳥肌を立たせ、寝ているだけなのに呼吸は荒くなり、口や喉の奥が乾いてきて手には汗がにじむ。
わたしは触手に絡みつかれた時の感覚を思い出し、ガチガチに緊張する。
「――ゆかり、そんなに固くならないで」
リリーはわたしの頬に手を添えると目を細めて微笑んだ。
「ゆかりの強張った体は私の触手でしっかりとほぐしてあげる」
「い、いやーっ!」
「それじゃあ、いただきま~す!」
もうダメだと思ってわたしが目を瞑った瞬間、勢いよく部屋のドアをノックする音が響いた。
「――お姉ちゃん!? 部屋から悲鳴が聞こえたけど大丈夫!? は、入るよ!」
「まずいっ!? ゆかり伏せて!」
リリーはわたしの顔に手をついてベッドに押しつけるとそのまま身を捩り、ドアの方に向かって数十本もの触手髪を伸ばした。
「きゃっ!? な、何なの!? い、いやぁぁぁっ!」
わたしは目だけを動かすとドアの方を見つめた。開いたドアのすぐ側には人影が立っており、リリーが伸ばしたピンク色の触手髪に絡め取られている。
「――こ、琴音!?」
リリーの触手髪が捕らえたのはわたしの妹である琴音だった。
「な、何これ!? や、止めて……いやっ!」
顔を振って押さえつけていたリリーの手から逃れ、わたしは叫ぶ。
「リリー止めて!」
「ゆかり、頭を上げると危険よ! 敵をまだ排除していないわ!」
「て、敵って……リリーは一体何と戦っているの!? あれは、わたしの妹なの!」
「い、妹……?」
リリーが伸ばしていた触手髪の動きが止まるとわたしに絡みついていた触手髪の拘束も緩んだ。わたしはリリーの触手髪を振りほどいてベッドから下りるとすぐに琴音の元へ向かった。
「――琴音、大丈夫!?」
リリーの触手髪からはヌルヌルとした粘液が分泌されており、琴音が着ていた紺色のセーラー服は粘液でベッタリと濡れていた。琴音の体に絡みついているリリーの触手髪を引き剥がし、床の上に座り込んでしまった琴音の体をわたしは支える。
琴音はボブにした黒髪から足の先まで全身が粘液まみれになり、琴音を心配しているとリリーが申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら歩いてきた。
「いや~、間違ってごめんね。私を捕まえようとどこかの秘密機関が送り込んだ特殊部隊が突入してきたのかと思っちゃったわ」
そんな言い訳をしながらリリーは心配そうに琴音の顔を覗き込む。
「ゆかり、妹ちゃんは大丈夫そう? 思いっきり触手で絡みついちゃったけど……」
伸ばした触手髪を戻すリリーを尻目にわたしは琴音の容態を確認した。リリーの触手髪に抵抗して暴れたせいか息が荒くなって少し顔も赤いけど、怪我はしていないようだ。
呼吸が落ち着いてきた琴音はゆっくりと立ち上がると、部屋の中で腕組みをしているリリーを睨みつけた。
「――お姉ちゃん、こいつ誰なの!? いきなりこんなことをして、意味分かんないし!」
すると琴音はわたしが着ている制服にベットリとついている触手の粘液に気付いた。さっきベッドの上で触手髪に絡まれた時、触手から垂れた粘液が制服についてしまったらしい。
「お姉ちゃんの制服にもヌルヌルが……まさか、お姉ちゃんもこいつにやられたの!?」
「そ、そうだけど……」
返事を聞いた琴音はわたしをかばうように腕を横に伸ばし、廊下の方へ下がるよう指示をする。ジリジリと下がる琴音の視線がリリーから逸れることはない。
「お姉ちゃん、警察は? もう通報したの? こいつ不審者だよ!」
琴音はリリーの動きを警戒し、決して視線を外さない。
琴音は部屋のドアを開けた瞬間、いきなりピンク色をしたミミズのような触手髪に絡みつかれたのだ。リリーの素性を知っているわたしと違い、琴音にとってリリーは不審人物にしか見えないだろう。
でも部屋に駆けつけてくれた琴音のおかげで助かった。触手星人であるリリーが本気を出すとわたし達の力ではどうにもならないのだ。
その時、わたしは誰かの気配を感じて部屋から廊下の方を覗き込んだ。廊下の奥からやって来たのは両手に何かを持っている人影だった。
「お、お母さん!? 帰ってたの?」
「ええ、ついさっきね。2階が妙に騒がしいと思って耳を澄ましていたら琴音の声で不審者だって聞こえたから急いで駆けつけたんだけど、部屋にいるピンク髪の子が不審者なの?」
部屋にやって来たのは栗色のロングヘアを一つにまとめてポニーテールにしているお母さんだ。なぜかその手にはスタンガンと催涙スプレー、エプロンのヒモには警棒と木刀が差してある。
「お母さん、そんな物騒なものどこから持ってきたの?」
「ウフフ、これは護身用グッズよ。パパが海外赴任で留守にしているから、いつでも使えるように自宅のあらゆる場所に隠してあるの」
不審者だと思っているリリーの前でも緊張感なく、笑顔のお母さんは得意げに話す。
「ヒィ!? わ、私を捕まえる気!? そ、そうはいかないんだから――」
護身用グッズで武装するお母さんをひと目見たリリーは警戒しながらジリジリと部屋の奥に後退する。
「お母さん! そんなことより警察に電話! お姉ちゃんも襲われたんだよ!?」
「ま、待って! お母さん、彼女は宇宙人なの! さっき空から落ちてきて、それで――」
「お姉ちゃん! お姉ちゃんが
「はいはい、そこまでよ」
その場を鎮めるように、お母さんが手を打ち鳴らす。
「みんな、ちょっと落ち着いて話しましょう。ゆかりやそこのピンク髪の子からも詳しく話を聞きたいわ」
「で、でも……」
「琴音、もしも彼女が不審者なら今すぐにこの場から逃げ出しているはずよ。でも彼女は部屋の中に留まっているし、抵抗してくる様子もないわ。彼女は何か事情があってこの場に残っているんじゃないかしら?」
琴音は何か言いたそうだったけど、その言葉を飲み込んで口を噤んだ。
「大丈夫、あなた達のことは私が守るわ」
わたしと琴音の肩に手を添えたお母さんは優しく微笑むと、護身用グッズをエプロンのポケットにしまう。そして部屋の隅まで逃げていたリリーの方へ向き直った。
「――ゆかりの部屋で話すのは迷惑だろうから、みんな1階に行きましょう。話はそれからよ」
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