第三幕『よはなべてこともあり』7

 夕闇に覆われた空を、数機のヘリコプターが旋回している。そのどれもがカメラを黒煙が立ち上る、眼下の都市へ向けている。


 男性キャスターが、カメラに向かい叫んでいた。その姿は、普段見せる無機質的な口調からは想像できないほど感情を剥き出しにした姿だった。


「ご覧下さい。現在の東京の様子です。一体なにが起こったのでしょうか。もう五時間以上も都内を中心に謎の爆発が断続的に発生しています。大規模テロが発生したのでしょうか? この爆発により、総理以下官房長官ら複数名が安否不明の状況にあり、いまだに政府からの公式の声明は発表されていません。これは現実なのでしょうか。まるで世界の終末を見ているようです」


 ヘリコプターは、静かに悲鳴を上げ続ける東京を、灯に群がる蝿のように旋回し続け、やがてある高層ビルに接近する。


「ん? あれはなんでしょうか? ビルの屋上になにかが見えます、あれは……人? どうやってあんなところに……」


 普段人が立ち入れないであろうビルの最頂部を鮮明に映し出そうと、ヘリコプターがビルに寄った瞬間、複数のなにかが機体へ突き刺さる。そのなにかは動体、操縦席にいる人間を始め、メインギアボックスやテールロータまでも紙のように容易く貫いた。


 そのなにかに頭部と胸部を貫かれた操縦士が、今際の際に眼にしたのは、建物の構造用材料である異形コイル鉄筋だった。操縦士を喪ったヘリコプターは、きりもみ回転しながら真っ直ぐ地面に向け墜落し、巨大な爆炎を上げる。


 画面が砂嵐に覆われる。


「やっと静かになったね。さて、いま何回目だったっけ? 五百回目くらい?」


 真愛は墜落したヘリコプターを一瞥すると、前へと向き直る。視線の先にあるのは巨木ほどの太さのアンテナに磔にされた鈴璃の姿だった。鈴璃の両の掌は異形コイル鉄筋で固定され、その姿は刑罰を受ける罪人のそれだった。鈴璃は言葉を発さず項垂れていた。


「あれ? こっちも静かになっちゃった。まさかもう死んじゃった⁈」


 真愛は左手を鈴璃に向けると、異形コイル鉄筋を弾丸のようなスピードで射出する。異形コイル鉄筋は鈴璃の胸部を突き抜け、アンテナに突き刺さる。鈍く不愉快な音色の金属音が反響する。


「う……」


 鈴璃は身体を跳ねさせ、口から力なき唸り声を漏らす。


「良かったぁ。まだ生きてたね。本当に死んじゃったかと思ったよ。まあ、死んでもいいんだけどね」


 真愛は無邪気に笑う。鈴璃の全身は異形コイル鉄筋に貫かれていた。


「あはは。まるで大量のピンの刺さったピンクッションみたいだね。面白い」


 そう言うと、真愛はしっかりと狙いを定め、次のコイル鉄筋を鈴璃に向け発射する。それはさながら若者がダーツ遊びをしているような光景だった。


 コイル鉄筋は吸い込まれるように鈴璃の心臓を貫く。鈴璃は口から大量の血を吐き、そして再び項垂れる。


「ひゃくてーん」


 真愛は自らに賞賛の拍手を贈る。


「ふう。それにしても弱すぎだね、まつかひをんな。さっき迄はすごく楽しかったし、貴女もノリノリでわたしを殺しに来てたじゃない。その勢いも何処へやら。なんだかつまらなくなってきちゃったよ」


 左手から三本のコイル鉄筋を出し、それを右手で弄ぶ真愛は、ため息を吐きながら言った。


「こんな奴に東京中の魔女は怯えていたの? こんなのに?」


 ゆっくりと鈴璃に歩み寄る真愛は、三本のコイル鉄筋を束ねると、力任せに鈴璃の胸に突き立てる。噴水のような鮮血が舞降る雪に付着し、地面へと落ちる。掌に刺さった異形コイル鉄筋に癒着した肉がみちみちと裂け、また直ぐに治癒を始める。


「もういいよ。そのままここで東京が壊れていくのを見ていなよ。全部終わったらわたしの右手で食べてあげる。殺し続けるのも結構大変なんだなあ。勉強になったよ」 


 真愛は煙管に火を入れると、鈴璃に向け言った。


「なあ……鳴茶木真愛。お前はなぜ……あいつに、こだわる?」


 鈴璃は途切れ途切れに、真愛に問い掛ける。


「まだ喋れたんだ。こだわるってなんのことかな?」


 真愛は抑揚のない声で、鈴璃からの問い掛けに答える。


「坊やのことさ」


「坊や? ああ、輪炭陣平のこと? 彼がどうかしたの?」


 鈴璃の顔に煙管の煙を吹きかけながら真愛は言う。その態度は、最早、鈴璃を完全に脅威とは見做していなかった。


「隠せていると思っていたのか? お前は奴に執着している。それも異常なほどな」


「それで?」


「私がここまで易々とお前の攻撃を受けるのは、お前がどうして奴に執着するかを知りたかったからだ。だが、もういい」


「なにが言いたいの?」


 ほんの少しだけ気色ばんだ声で応える真愛に、鈴璃は口もとを歪め答える。


「時間切れ。と言うことだ」


 鈴璃の言葉が雪の中に溶けていくのと同時に、一陣の風が、鈴璃と真愛の二人を包み込む。


 刹那、真愛の額に強い衝撃が走る。


 撃たれた。と真愛が理解するまでは一瞬だった。痛みが来た方向に眼を向けると、そこには銃を構えた陣平が立っていた。


 陣平は真愛に向け、五発の銃弾を一気に発射する。それぞれが頭に一発。心臓に二発。首に二発命中する。発砲音が止んで間もなく、真愛の身体は、舞うようにふらつき、仰向けに地面へと倒れる。


「ふう。ギリギリだったか?」


「坊や、お前なかなか容赦ないな」


 倒れた真愛を見て鈴璃は言う。


「こんな程度じゃ魔女は死なないんだろ? 挨拶代わりだ。こちとら奴にはむかっ腹立ちっぱなしなんだよ」


 シリンダーを振り出し、空になった薬莢を地面に落としながら陣平は言う。


「それにしても大分やられたな。まるでサボテンだ。こんなになってもまだ生きてるって魔女って、やっぱすげえんだな」


「なんだその言い方は。少しは心配しろ。血相変えて、大丈夫か⁈ とか言ってみろ」


 膨れっ面の鈴璃は陣平を睨みつける。銃のリロードを終えた陣平は、鈴璃の姿を繁々と眺めると、突然彼女のトラウザーズのポケットに手を突っ込む。


「ちょっ、おいこら。どさくさに紛れて、あっ、何処に、手を入れている。このエロガキが」


 陣平の突然の行動に虚を突かれた鈴璃は、顔を赤面させ身をよじる。しかし異形コイル鉄筋で柱にしっかりと固定された身体はびくともしなかった。


 あったあった。と陣平が取り出したのは鈴璃のシガーケースとライターだった。衝撃で多少変形はしていたが、ケースを開いてみると中身は無事だった。その中の一本を取り出し、火を点けると、陣平は深く煙を吸い込む。


「坊や、お前煙草は吸わなかったのではないのか?」


 陣平の行動の真意が掴めず、鈴璃は呆気に取られる。


「坊やじゃなくて、陣平だろ? 鈴璃」


 陣平は煙を吐き出しながら言う。


「お前……思い出したのか?」


「少しだけな。オレがお前を鈴璃と、お前がオレを陣平と呼んでいたのも、オレがこの煙草を吸っていたのも


「ははっ、成程な。知っている。か」鈴璃は愉快そうに笑う


「逆を言えば、それ以外はなにも知らない。だから、それ以外をお前に訊きに来たんだ」


 陣平は、鈴璃の眼をしっかりと見据える。「さあ、追い付いたぜ。全部話してもらうからな、鈴璃」


「勿論だ。約束だからな。だがその前に、アイツをなんとかしないとな」


 陣平は振り向き、鈴璃は前方を見据える。その視線の先には既に意識の戻った真愛の姿があった。穿たれた穴からヒビが広がり、割れた狐面の欠片がパラパラと地面に落ちる。風で真愛の前髪が持ち上がる度に、彼女の額部分が顕になる。陣平に撃たれた傷はもう消えていた。


「やあやあ、いらっしゃい。輪炭陣平。本当に追い着いてくるとはね。正直無理だと思っていたよ」


 真愛は両手を大きく広げ、陣平を心から歓迎するような仕草をする。


「うるせえ」陣平は再び銃を真愛へと向ける。「東京をめちゃくちゃにしやがって、絶対に許さねえ」


「許さないなら、どうするの?」


 真愛はわざとらしく首を傾げて見せる。その仕草に陣平は心の底からイラッとする。


「こうするのさ」


 鈴璃がそう言うと、彼女の身体中に突き刺さった異形コイル鉄筋が弾け飛び、真愛に向け飛んでゆく。


「あれま。まだそんな力が残ってたんだ」


 真愛は右手を上げ、それらを吸い込もうとする。しかし、陣平の銃がそれを阻止する。


「魔女も身体の構造は人間と同じなんだろ?」


 陣平の放った銃弾は、真愛の右肩の腱を正確に打ち抜く。腱の切れた真愛の右肩は、意思とは無関係に重力を受け、だらりと垂れ下がる。その瞬間、無数の異形コイル鉄筋が真愛に襲い掛かり、その全身を貫く。砂埃と舞雪が辺りを包み、視界を奪う。


「こんな程度で、わたしの動きを止められるとでも思ってるの?」


 鉄筋が貫いた身体を易々と引き千切ると、真愛はその場から離れようとする。全身の治癒は既に始まっており、引き千切った傷口からは骨が生え、筋肉と神経がその上を這うように覆い始める。


「もちろん思っているぞ」


 砂塵の中から鈴璃が姿を表し、手に握った鉄筋を真愛の胸へと突き立てる。胸から噴きだす血の勢いに乗り、鈴璃は真愛を地面に押し倒し、地面に固定する。


「捕まえた」


 鈴璃は真愛に馬乗りになり、狐面を鷲掴んでそう言った。みしりと狐面に大きなヒビが入る。


「ナイスサポートだ陣平」


 鈴璃は真愛に視線を向けたまま陣平に言う。


「うーん。わからないな」


 胸に鉄筋が突き刺さった真愛は、痛みなど感じていないといった様子で、ゆったりと言った。鈴璃は怪訝な顔をする。


「なにがだ?」


「なんで本当はそんなに強いのに、ほぼ無抵抗で私の攻撃を受けていたの? 彼が来るまで手を抜いていたの? なんのために?」


「そのことか」


 鈴璃は真愛に馬乗りになったまま、片手で煙草に火を点ける。


「途方もなく永く生きているとな、生きている実感、実在感が希薄になる。だからたまにこうやって痛みを求める。生を実感する為にな」


「はは、度を超えたマゾヒストなんだね。何故そんなことをしてまで生きてるの? そんなことする位なら死ねばいいのに。死んじゃえばいいのに。その方が世界の為だよ」


 真愛は、心の底から嘲るように、本気で笑う。耳障りな笑い声が鼓膜を震わせる。


「そんなことより、鬼ごっこは私の勝ちだ。約束通りこの爆発を止めてもらうぞ」


 鈴璃は勝ち誇った顔で言う。


「ああ、そんな約束してたね。でも、あなたが死ねば勝負も無効だよね?」


「ほう? 私を殺すのか? その状態のお前が?」


 鈴璃は指先に力を込める。ヒビが面の上に毛細血管の如く広がってゆく。


「ううん。私は殺さないよ。殺すのはこの子」


「この子?」


 パンッ。


 そのとき、鈴璃の頭をなにかが突き抜ける。あまりに唐突な出来事に、自分になにが起きたか気付くまでに数秒かかった。撃たれた。頭から舞い散る鮮血の先に見えた姿は、陣平が自らに銃を向ける姿だった。


「な……」


 鈴璃が声を発するより早く、陣平は全弾を鈴璃の頭部に打ち込んだ。鈴璃の身体はぐらつき、真愛に覆いかぶさるように倒れ込む。


「な、なんだよこれ。左手が、勝手に動きやがった」


 左手に握られた銃を、茫然と眺めながら陣平は言った。


「ほら、まだまだ終わりじゃないよ。まだ、たった一回死んだだけだからね」


 真愛は覆いかぶさる鈴璃を、まるで汚物を扱うように退かした。ゆったりとした動作で立ち上がると、胸に突き刺さったコイルを引き抜きながら言った。


「まだ足りない。最低でも、あと百回は殺してもらわないと」


 左腕を胸の高さまで上げた真愛は、掌を地面に向ける。左手からは大量の銃火器が嘔吐のような勢いで地面に吐き出される。


「これらの弾がなくなるまで、まつかひをんなを撃って撃って、撃ち殺して」


真愛は山のように積み上がった銃火器を指し示し、陣平へ向け命令する。


「ふざけんな。そんなことをやるわけねえ……」


 唐突に鳴り響く銃声が、陣平の言葉を遮った。


 陣平は反射的に銃声のした方向へ眼を向ける。視界に飛び込んできたのは、銃を握っている自らの左手だった。


 左手は、銃口を鈴璃へ向け、再び引き金を引いた。銃弾を撃ち込まれた鈴璃の身体は、ビクビクと痙攣する。


「勝手に動いてんじゃねえよ。左手ぇ」


 自らの意思に反して動く身体に嫌悪感を覚えた陣平は、右の拳で左手を思い切り殴り付ける。しかし、左手の動きは止まらなかった。


「いってえな、クソッ」


 左手に走る鈍い痛みに、陣平は顔を顰める。


「アハハ。自分で自分を殴っているよ。そんなことしても無駄なのに」


 陣平の行動を見た真愛は、腹を抱えて笑い転げる。陣平の左手は本人の意思とは関係なく、弾の切れた銃を投げ捨てては、新しい銃を拾い上げ、再び鈴璃へ向け撃ち始めるという動作を繰り返す。


「畜生、止まれ、止まりやがれ」


 陣平は左手を掴み、少しでも鈴璃から弾道を外そうとするが、数百発の銃弾は、地面に倒れる鈴璃の身体を容赦なく貫いてゆく。


 陣平はなすすべもなく。その光景を眺めているだけだった。自らの手で相棒を撃ち殺し続ける光景を。


「この女、魔女の諱を喰い過ぎてるから死ににくいんだよ。潰し続けても、刺し続けても死なない。思った以上に魔女を殺し続けるのって重労働なんだよ。ま、これもさっき知ったんだけどね。だから少しアプローチを変えてみることにしたよ。肉体だけじゃなく心も一緒に殺そう」


「なにを言ってやがる。心を殺すだと?」


「そう。どんな生き物だって精神があれば自我がある。自我があれば感情がある。感情があれば、心がある。心は壊せる。心は殺せる。それは人間であろうが魔女であろうが変わらない。そして心を殺す方法なんて数多にある。その中でわたしは、信頼している相手に裏切られるという最高のシナリオを用意した。心が死ねば、もうそれは生物ではなく、ただの肉塊。後は肉体を滅ぼすだけ。惰性でね。まあ、これで肉体もぐちゃぐちゃに滅んでくれれば万々歳なんだけどね」


 銃弾は発射され続けている。真愛は甲高い声で笑い出し、鈴璃の頭を思い切り踏みつける。足に銃弾を受けても全く意に介していない。


「ねえ、大事な大事なだぁいじな相棒に裏切られて、殺され続ける気分はどう? 辛い? 苦しい? 悔しい? 幸せ? ねぇほらなんか答えてよ。ねえねえねえねえねえ」


「テメエ、やめろ! その足を退けやがれ」


 陣平はなんとか銃口を真愛へ向けようとするが、銃口は鈴璃を捉え続けたままだった。


「嫌だよ。こんな楽しいことやめられる訳ないじゃん」


 真愛はタバコを踏み消すように鈴璃の頭を踏みつける。銃弾を受け、真愛の足から流れ出る鮮血は、瞬く間に止まってゆく。


「くそがぁぁああぁあ!」


 陣平は右手で銃火器の山から一丁の銃を取り上げると、銃口を自らの左肩に当てて、引き金を引く。銃弾が陣平の左肩を撃ち抜いた。


 鋭い激痛が走り、ようやく陣平の左手から銃が離れる。銃は硬い音を立てて地面に落下する。


「あれま、無茶するねえ。自分で肩の腱を撃ち抜くなんて。痛くないの?」


 陣平の行動に、真愛は呆気に取られたような声を出す。


「鈴璃、おい、鈴璃! 大丈夫か?」


 陣平は跪くと、鈴璃を揺さぶりながら大声で名を叫ぶ。しかし鈴璃はもう動かない。傷が再生している様子もなかった。


 破れたトラウザーズの隙間から見えた大腿部からは、以前眼にした鈴のタトゥーが擦られたように消えていた。


「あれ? 死んだ? 死んじゃった? あはは。残念だったね。せっかく自分を撃ってまで止めたのに。間に合わなかったねえ」


 横たわる鈴璃を無言で眺める陣平は、その場から動かなかった。


 また……まただ……また護れなかった。


 焦点の定まらない虚な視界に映る東京の街は、もう既に自分の知っている東京ではなかった。


 至る所で禍々しい黒煙が上がっている。


 もくもくと重く蠢く黒煙は、まるで意思を持ち、空を丸ごと飲み込もうとしている邪悪な巨竜のように見えた。


 閃光と地鳴りが響き、身体の芯を震わせた数秒後には、轟音が耳をつんざく。


 あたりを見回す。全てが燃えている。そして全てが灰になる。


 警視庁庁舎は跡形もなく、瓦礫と化した外壁からは、容赦なく炎と黒煙が上がり続けている。


 倒壊した建物の中で、東京タワーはメインデッキが吹き飛び、上半分が逆さまに地面へと突き刺さっていた。


 スカイツリーにいたっては、その巨体を根元部分からボッキリと折られ、支えのなくなったその身で、数多くの建物を無残に圧し潰している。


 次いで眼に入ってきたのは、死体だった。死体が道端に転がっている。たくさんの死体が瞬く間に積み上がってゆく。夥しい数の死体が東京を埋め尽くしている。


 こんな数の死体は見たことがなかった。しかし、感情は自分でも驚くほど冷静だった。おそらく脳がそれらを人間と認識するのを拒否しているからだろう。


「これは、現実なのか?」


 茫然とする陣平は、変わり果てた東京の街と、傍に血塗れで倒れている鈴璃を見ながら弱々しく呟いた。


「もちろん。世界のどこにでもありふれている、吐き気がするほど凡庸な現実だよ」


 誰かが耳元で静かに囁いた。痛みと疲労で、その声の主が真愛であることを理解するのに時間がかかった。陣平はまだ右手に握られていた銃を、咄嗟に真愛に向ける。引き金を引こうとするが、人差し指がなくなってしまったかのように動かなかった。


「無駄だよ。もうあなたは完全にわたしの術中だからね。でも、気合で自分の肩を撃つとはね。流石に吃驚びっくりしちゃった。大丈夫?」


 真愛は陣平の隣にしゃがみ込み、左肩の銃槍を撫で付ける。嫌悪感を感じた陣平が振り払う暇もなく、真愛の手は肩を離れる。肩の傷はもう塞がっていた。


「お前オレの……精神を支配したのか?」 


「そうだよ。まさか自分が精神支配されてるなんて思いもしなかった? 貴方に術が効かないと言ったのは、既に術にかかっていたからなのでしたー」


「オレが既に精神支配されていただと? そんなはずはない。まさか、あの取調室でオレに術をかけたのか?」


「いいや、術をかけたのはもっとずっと前だよ」


「ずっと前だと? 馬鹿言うな。オレがお前に会うのは今日が初めてだ」


 陣平の言葉を訊いた真愛は、弾けるように笑い出す。


「あははは。その様子だと、まだ私が誰だか気付いてないみたいだね」


「なんだと?」


 わたしはずっと貴方のことを考えて


 真愛の声色が変わる。その、訊き覚えのある優しい声を訊いたとき、陣平の身体を戦慄が走り抜ける。


「そ、そんな、お前、まさか……」


 面のヒビはさらに広がり、欠片がパラパラと地面に落ちる。やがて、面が剥がれ落ち、奥にある顔が露わになる。


「蓮堂、先生……」






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