第三幕『よはなべてこともあり』6
「鈴璃」
意識外でその名を呼んだ陣平は、眼を開き、緩慢な動作で身体を起こす。全身に積もった雪がちらちらと舞い落ちる。
「あら、起きた? ずっと起きないから死んじゃったかと思って心配したわ」
陣平の眼の前には背を向けた栞菜が、視線だけをこちらに向け、立っていた。
栞菜は陣平に近付くと身体を九十度曲げ、改めて無事を確認するかのように顔を覗き込む。
「逆志磨……さん。ここは?」
陣平は辺りを見回す。そこはある程度の広さのある芝生の上だった。既に日が落ちかけている。なにか夢を見ていた気がするが、頭がぼんやりとして、よく思い出せない。
「ここは四ツ谷の公園。街の状況を見て回っていたら、あなたが大怪我して倒れていたからとりあえずここに運んだの。傷は塞いだけど、随分ひどい怪我だったからあまり動かない方がいいかも」
「そうだったのか。すまない……」
そう言った刹那、陣平はハッとして栞菜を見上げ、訊ねる。
「そうだ、雨耶さんと霧耶さんと管理官は? 無事なのか?」
その問いに栞菜は真剣な表情のままなにも答えなかった。
それがどういう意味か、陣平は痛いほどわかってしまった。
陣平は奥歯を強く噛み締める。
しんしんと降る雪がもたらす、耳が痛くなるほどの静寂の中、栞菜は口を開く。
「ところで陣平くんは、どうしてあんなところにいたの? 鈴璃はどうしたの?」
「ああ……鈴璃は、鳴茶木と………………」
そう言葉に出したとき、陣平は頭の中で何かが弾けるような感覚に襲われる。ついさっき自分が何を観たのかを思い出す。
「栞菜!」
陣平は立ち上がると、栞菜の肩を力任せに掴む。
「どどど、どうしたの? 陣平くん」
栞菜は驚いた表情で陣平を見返す。
「教えてくれ栞菜。オ・レ・は・な・ん・な・ん・だ・?・ オレはずっと昔からお前たちのことを、鈴璃のことを知っている。どうしてだ?」
「陣平くん。も・し・か・し・て・全・部・思・い・出・し・た・の・?・」
「いや、全部じゃない。でも、お前たちのことを知っているという実感だけはあるんだ。この確信めいた感覚はなんだ? お前はなにか知っているのか?」
「へえ。今までそんなこと一度もなかったのに。珍しいこともあるものね。これも人間と魔女の因果絲が絡まった影響かしら?」
栞菜は顎に人差し指を当てて、場の空気感にそぐわない考え込んだ表情になる。
「お前はなにを知っている?」
「私から全ては話せない。私はただの案内役だから」
「案内役? なんだそれは」
「私はあなたと鈴璃を引き合わせる魔女側の案内役。因みに、あなたたち人間側の案内役は岩石九郎」
「なんの話をしているんだ? どうして管理官が出てくる」
栞菜の肩を掴む手に自然と力が入る。
「陣平くんと鈴璃は、特殊な因果と縁で結ばれている。本来、魔女の世界と人間の世界は決して繋がることのない世界。でも、あなたたち二人は違う世界に生きていても、何度別れても、確実に出逢う運命にある。あなたたちの意思とは関係なくね。世界がそう決めているの。魔女と人間の世界を繋いで、あなたたち二人を出逢わせるお手伝いをするのが、私たち案内役に課せられた役目よ。だから今回、大怪我した陣平くんを私が見つけられたのも偶然ではなくて、ある意味必然。あなたはあそこで死ぬべきではないと世界がそう判断した結果よ」
「特殊な因果? 縁? 世界が決めた? 魔女と人間の世界? なんのことだ? さっぱりわからねえ。わかるように説明してくれ」
「私が言えるのはここまで。あとは本人に訊きなさい。行くんでしょ? 鈴璃の所に。あとね、肩がね、痛いよ。痛い」
「おっと、悪かった」
これ以上問い詰めても、なにも訊き出せそうにないと判断した陣平は、栞菜の肩から優しく手を離す。
「あれ? オレの乗っていたバイクは?」
辺りを見回した陣平はバイクがないことに気付き、栞菜へ向き直る
「バイク? ああ、なんか陣平くんの側にグチャグチャになった鉄の塊があったけど、もしかしてあれのこと? なんか霧耶ちゃんが乗っていたバイクに似ているなぁと思ったんだけど、やっぱりあれってそうだったのね」
「おい……マジかよ。じゃあどうやって鈴璃の所に行けばいいんだ。徒歩かよ」
頭を抱える陣平の眼の前に、一枚の紙片が差し出される。
「はいこれ。鈴璃のいる場所につながっている魔法陣。これで彼女の所に行けるわ」
「おお、マジか。ありがとう」
陣平は紙片を受け取るが、直ぐに困惑顔になる。
「これ、どうやって使うんだ?」
「身体の何処かに押し当てれば魔法陣は発動するわ」
「そうか、じゃあ行ってくる。ありがとうな。栞菜」
拳銃を取り出し、弾倉を確認した陣平は、ゆっくり息を吐くと、紙片を胸に押し当て、その場から一瞬で姿を消す。
紙片は黒い炎を上げ、燃え尽きる。辺りに静寂が戻った。
「陣平くん。どうか、鈴璃のことを……恨まないであげて」
栞菜は、いま陣平がいた場所に向け、声をかける。
その顔は酷く悲しそうだった。
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