苦い苦い

「··········」


 かれこれお客と数十分ぐらいだろうか、黙って見つめ合っている。

 このお店の主は無表情で顔に出てない。

 対してお客·····少年は何かを言いたいけどいいずらいと言ったようななんとも言えない表情をしている。


「アカリ、お前やめてやれよお客さん怖がってるぞ」

「·····私なりに笑っているつもりだったけど、笑ってなかった?」

「全然笑ってないけど?」

「そっか·····すみません」

「あ、いえいえそんな!」


 アカリが謝ると少年は慌てて口をパクパクさせる。

 その様子をツヅルは面白そうに見ている。


「お客さんはどんな御用でここに?」


 ツヅルの言葉でようやく本題に入れる。


「彼女を好きな気持ちを忘れたいんです」

「·····申し訳ございませんが、うちは心を探す場所であって「ツヅル」


 アカリはツヅルの言葉を遮る。

 ツヅルは何かを察したのか一歩後ろに下がる。


「·····本来は彼の言った通り感情の忘却は行っておりませんが、できない事では無いのでその依頼引き受けましょう」

「本当ですか?!ありがとうございます!」


 少年はパァっと顔を輝かせる。

 反対にツヅルの顔は険しくなっている。


「それでは準備があるので少しお待ちください」


 アカリは地下に向かう。

 ツヅルは無言で後ろをついてくる。


「本当にやるのか」

「うん。出来ない事は無いよ感情を形にして抜き取るのが疲れるだけで」

「そういう心配してるんじゃ無くて」


 そう言ってアカリは透明な金平糖の入っている瓶を取り出す。


「俺が持つよ」

「自分で持てるよ」

「何のために俺が来たと思ってるんだ」

「本当にやるか聞くためじゃないの?」

「·····」


 呆れた顔したツヅルはアカリから瓶を取り上げた。


「私が持つよ·····重いでしょ?」

「俺の方が力あるっつーの」

「ツヅル、怒ってる?」

「·····視えてるんなら分かるだろ」


 アカリの目には赤…怒りの感情が映る。


「ごめんなさい」

「謝ってほしい訳じゃ無い俺はもっと自分を大事にしてほしいだけだ」

「私は十分私の事を大事にしてるよ」

「それ本気で言ってるのか」


 ツヅルの胸にある赤が強くなる。

 しかし今は依頼を達成する事が最優先だ。

 アカリはツヅルに背を向ける。


「·····行こう」


 これほど静かな地下は初めてかもしれないとアカリは考えていた。

 いつもならツヅルが何か話してくれるからだ。


「お待たせしました」


 アカリは少年に金平糖を数粒渡す。

 それをまじまじと少年は見てる。


「貴方が移したいと思っている感情を思い浮かべてください」

「はい」


 すると少年持つ金平糖が光始める。

 強く強くアカリたちのいる部屋を包み込む。

 アカリは少年に手をかざす。


「移ろえ」


 アカリの言葉に反応して頭上に天使の輪らしきものが出現する。

 天使の祝福。感情を取り去り新たな人生を歩ませるための力。

 感情は光となり持ち主の変わりになる器に移して、感情とそれにまつわる記憶を消す事ができる。


「色付け」


 透明な金平糖に青い光を放つ。

 アカリはそれを確認すると手を下ろした。

 それと同時に光が消えた。


「終わりましたよ」

「へあ?!」


 少年は目を開ける。


「いつの間にか寝てましたか?」

「はい」

「うわぁ~。すみません」


 なぜ少年が恥ずかしくなるのかアカリには理解できない。

 どうして恥ずかしくなるか聞くのは今はちがう気がするのでアカリは聞くつもりはない。


「依頼は完了いたしました」


 淡々とアカリは依頼を終えた事を報告する。


「ありがとうございます」

「·····次は良い人見つかると良いですね」


 アカリの言葉にツヅルは目を見開いている。

 アカリは今まで客に対してそういった言葉をかけるのを一度もした事が無い。


「何であんな事言ったんだろう」


 少年が帰ってから、アカリは呟く。

 ツヅルはどこかへ行ってしまい今は一人だ。

 青い金平糖に自然に目がいく。


「·····ごめんなさい」


 頭上にまた輪が現れる。

 右手は金平糖に向けられていた。


「私の一部になってもらう」


 そう言うと金平糖から青い光の粒が浮かぶ。


「·····心が無いからって他人の心をもらうなんて、バカみたい」


 アカリは右手を下ろした。

 すると光は元の場所に戻る。


「·····!何やってるんだよ!」


 ツヅルが慌ててアカリの元に来て手首を掴まれた。


「何も」

「もう絶対に輪を出すなこれ以上はお前がなくなるぞ」

「私なんて無いに等しいんだから、無くなっても分からないと思うけど」


 これほどの現実味の無い力に代償が無い訳がない。

 使う度アカリの人格がずれていくのだ。

 先ほどの少年に向けた言葉もそのせいだ。

 アカリは感情が表に出ず変化が遅く感じるが、ツヅルには分かる。


「今までのアカリなら、感情を取り込もうなんて考えなかった·····言ったろ探すのどんだけかかっても手伝うって、焦ってるのか」

「焦ってる訳じゃ無い」

「じゃあ何で!」

「私が感情が無いせいでツヅルが嫌な思いをしてるから」


 呆然とした顔をツヅルはする。

 ツヅルの胸は赤、青と感情が混じりあっているのがアカリには見える。


「ツヅルごめん·····日付が変わるまでには帰るから」

「·····あ」


 ツヅルの声を無視してアカリは部屋から出た。


 



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