碧奉館の真実 前編

「かしこまりました」

シーラは丁寧にそう返答をした。その反応に彼女は苦笑しつつも称賛した。


「すばらしい、とてもあなたらしいわ」

密かに自分の後継者として期待していたクレーディすらをも淡々と解任した鉄の女である。大きな話とはいえ戸惑いなどは見せなかった。


「もちろん、すぐにという話ではありません」

彼女側の都合からも、現実的な事情からも、今日の明日のとは行かない。最低でも数年、いや10年は見積もらなくては難しいだろう。そしてそれを見越してのシーラの返答だという事も判っていた。


「最初の件は如何致しましょう」

シーラはそう確認した。彼女がシーラに申し付けたことはふたつあり、最初の件は後の件の前提となるものだった。


「そちらは早く実現したいと思います」

彼女はそう言った。難しい話だという事は判っていたが、その難しさは時間が解決するものではない。


「かしこまりました」

シーラは再びそう返答をした。


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碧奉様との朝食には新しい顔があった。その顔は白と黒と赤に彩られていた。


生真面目なファイは、主人の食事時に給仕がいないなんてあり得ないと息巻き、また碧奉様の芳香に早く慣れたいという理由から、三重のマスクで武装して決死の覚悟で傍に侍っているのだ。


「ファイちゃん、無理しなくていいからね」

碧奉様は苦笑しながらそう言った。なにせ初日は奮闘虚しく3分で失神したのだ。


「大丈夫です!」

ファイはもごもごとそう言った。が、いきなり大きな声を出したせいか呼吸が激しくなり一瞬ふらりと倒れそうになる。


いやもう本当に無理しないでよ。ソフィアは心の中でそう言った。部下がオーガスムに達してる横で食欲なんて出るわけがない。


生真面目な子というのも面白い。碧奉様は労りつつもそう思うのであった。


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ファイは予想以上の戦力となった。決して居丈高にならず、かつ粘り強くアイリやイヴに適切な指導を行った。アイリの煎豆茶もまあちょっと豆の質が落ちたかな程度にまで向上させ、イヴに買い出しでの値切りの極意を授けた。


もちろん彼女自身の能力も素晴らしく、清掃や整頓はもちろん、デスクワークではソフィアは僅か数日で上がってくる数字をただ諸表に書き込むだけの係となった。しかし、だからこそ、碧奉様の体香への慣れは何よりも最重要課題となった。


とはいえそれは数ヶ月くらいで慣れてくれればいいや、というゆるい気持ちであり、ファイにもそう言ったのだが、生真面目な彼女は


「主人に不自由を感じさせない事が私達の存在意義だと思います!」


と誠に立派な正論をのたまい、結果として最初の10日で20回の失神を経験した。これは好きでそうしていたミシュアに次ぐ記録である。不感症になるよ。


まあ気持ちは分からないでもない。ファイの就業直後の主人はあのエヴァンゼリである。あんなしょうもない寵姫に6年も献身的に仕えたのだ。それに比べれば侍女にも優しく心遣いがある碧奉様は女神に等しいだろう。


また彼女は決して突っ張っている訳でもない。ソフィアとの信頼関係はさらに増したし、アイリやイヴとも上司というより先輩として友好関係を築いていた。むしろこの館の居心地の良さに感激して頑張っているのであった。


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南の池のそばの邸メゾンデサウスポンドってそんなにひどかったんですか?」

侍女たちだけの朝食でイヴはファイそう訊いた。


「他の邸や館のことは分からないけど、こことは全然違ってた」

ファイは苦笑しながらそう言った。


「上級侍女が主人みたいだったしね」

ここ碧奉館がゆるい事は分かっているし、一般侍女が館長と会話なんてしないことはアイリやイヴも知っていたがそこまでとは。


「私だって充分ゆるくなったよ。前は邸館長に意見なんてあり得なかった」

ファイが笑いながらそう言った。意見どころか話しかけただけで後で叱られるのは目に見えていたという。おお怖わ怖わ。


「でもあの寵姫に必死に反意を促したって聞きましたよ?」

降格の上に事実上軟禁となったエヴァンゼリは、もう名前を言ってはいけない存在となっていた。正確には現在は愛妾なのだが、そのあまりにも衝撃的な事件から、侍女たちは口を揃えて「あの寵姫」と呼んでいた。


「本当に殺される覚悟だった」

ひええ、怖すぎ真面目すぎ!


「今考えたらバカみたい。やっぱり最初の主人だったしおかしくなってたのかな」

2人のおののきを察してファイは笑いながらそう付け加えた。


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午前中だけで2つの御前会議を終わらせ、執務室に戻って6件の報告を受けてそれぞれに指示を授け、その間に積み上がっていく書類を下から埋まる前に決済して、ようやく僅かな休憩時間を迎えたウェルナー2世の昼食は、バターロールのサンドイッチ2個にオレンジジュースと煎豆茶という極めて質素なものだった。


歴代国王の中でもこれほどつましく忙しい人物はそうそういない。比肩しうるのは元公爵であり旧主エレアに下剋上を果たした初代アルフォンソ大王だけだろう。


元々地盤など全くないウェルナー2世には寵臣や懐刀などほとんどいない。従って国王という法律上の権限を最大限に駆使して統治せざるを得ないのだ。幸いにして健康かつ体力に優れるウェルナー2世はその激務に押し潰されることはなかった。


5分もかからず昼食を終わらすとウェルナー2世はようやく一息つく。煎豆茶をすすりながらしばし呆然と窓から王宮を見渡すのが普段のメンタルケアだった。


「午後からの予定は?」

窓から外を見つつウェルナー2世はそう言った。エミュールは予定を読み上げる。


「13時30分より1時間ほど財務大臣との会談が予定されております。その後15時から2時間ほど貴族税導入に関する御前会議が、17時30分より退職する王宮職員の送別式典でスピーチの予定が、18時からは南宮でジークフリード様の子爵位10周年パーティがありそちらでもスピーチの予定となっております。それらとは別に国土省から北エレア公路の拡張工事に関する御意見が、法務省から旧エレア人の人権問題に関する御意見がそれぞれ急かされております」


「ダイエットには丁度いいね」


ウェルナー2世は苦笑すらせずそう答えた。読み上げたのはあくまで予定であり、実際には僅かな隙間時間に上がってくる問題への指示や、この積み上がった書類と、これからまた積み上がる書類に目を通し決済しなくてはいけない。


幸いなのは拡張工事や人権問題はまだ「御意見」の段階だということだ。これはまだ後でなんとでも訂正ができるし、場合によっては大臣に責任をなすりつけることも一応は可能である。これが「御判断」になると国王の責任が重くなり、「御聖断」に至ってはそれだけのために数日は会議が必要となる。


しかし今、ウェルナー2世はそれらの政務より遥かに憂鬱な問題を抱えているのだ。


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「本当に素晴らしい財務状況ね」

ファイは目に涙を浮かべて爆笑しながらそう言った。


月に一度の棚卸の日と聞いて朝から気合を入れていたファイは、何故か他の侍女達が普段と変わらないのを不思議に思っていたのだが、酒蔵に入ってその理由を知った。地下の小さな酒蔵にはワインが6本あるだけだった。


「ああ、やっぱりヘンなんですね」

イヴがなんとなく申し訳なさそうにそう言った。


「まあこれは少ないとは思ってたけどね」

アイリも実家にある酒蔵と比較しても少ないとは思っていたのだ。


ソフィアは碧奉様のように微妙なにへらとした顔で改めて酒蔵を見渡した。まあ、南の池のそばの邸の酒蔵しか知らないなら、そりゃ笑っちゃうよね。


酒蔵というのは意外と厳重に管理されるものである。なにせ主人や邸館長は普段こんなところには来ないし、誰だってお酒くらい飲みたい時もあるので、こっそりと味見をするのは、まあ上級侍女の嗜みだったり役得だったり。それにクレーディじゃなくても売ればお金になるので割と問題の温床でもあるのだ。


従って普通は酒蔵に入るのは班長以上の上級侍女だけとなっている。とはいえ碧奉様もウェルナー2世もお酒には何もこだわりがなく、それどころか「もったいない」と敢えて高級なお酒を置くことを避けるように指示していた。


ちなみにこの6本のうち2本はソフィアが自腹で買ったナイトキャップである。ソフィアも別に清廉潔白ではなく、南の池のそばの邸で働いている時にミスしたり叱られた時は、これが飲まずにやってられるか、と「たまに」味見をしたものだ。しかし館長になり賃金も上がり、財務への責任も考えると、むしろ味見をするほうが面倒なので自分の分くらいは買ったほうが気楽なのだった。


「ああその2本は私のだからね」

ソフィアの発言は至極当然のもので、あるはずの在庫より多くても困るのでそう言ったのだが、まるで酒を強奪してるように聞こえて3人の侍女は笑いだした。


5分で酒蔵の棚卸が終わり、食料や煎豆は既に棚卸済だったので、あとは浴室やトイレの消耗品だけだ。これまたこれで楽なのであとは3人に任せてソフィアは事務室に向かった。一応は棚卸をまとめるという体裁だったが要するに休憩である。と、思ったら遠くに馬車と白い旗が見えた。



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「…あれは、国王の使者の旗じゃないですね」

視力のいいファイはまだ遠くの馬車を見てそう言った。言われてみれば確かにいつもの馬車と違う気がする。なんか光を反射してキラキラしてる。


「なんだろ?なんか見たことあるな」

本務と聞いて慌ててミランダを呼びに行こうとしたアイリは、立ち止まって窓から馬車を確認してそう言った。


やっとソフィアはその馬車に思い当たった。あれは確か後宮事務次官の公用馬車じゃなかったかな?


後宮事務次官の公用馬車は、当然ながら事務次官の公用時に使用されるものなので、事務次官の職掌内にある宮殿邸館に使者を出す時は使用されない。じゃあ一体あれはなに?となるとまるで分からなかった。そもそもウチじゃないんじゃないかな?


しかし馬車は道を曲がりもせず、まっすぐこの館に向かってきていた。一体誰が何の用だかは分からないが、少なくともミランダやミシュアを呼ぶ必要はなさそうだ。


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「久しぶりね、ソフィア」

何と馬車から降りてきたのはクレーディだった。現在は事務次官秘書室付という立場なのは知っていたがまさか使者になるなんて。つい先日までの邸長をなんとまあ。


「事務次官からの通達がありました」

言葉を改めてクレーディはそう言った。何と碧奉様も呼んで欲しいとのことだ。


「これはどういうものなのですか?」

ファイが碧奉様を呼びに行くとソフィアはクレーディそう質問した。今まで来駕以外で碧奉様に会う使者は居なかった。居るわけがなかった。恩賜を受け取ることができない碧奉様には国王自身以外誰も何も用がないはずなのだ。


クレーディは黙って首を横に降る。今は答えられないという風でもあり、自分もよく分からないという風にも見えた。


碧奉様を中央にして4人の侍女は左右に並んで頭を垂れた。どういうものだかよく分からないので来駕時よりは簡略化した形で言葉を待つ。


5人が揃うのを確認してクレーディは通達を暗唱した。これもまた異例のことだ。


「10月7日午後16時、碧奉の職責を担う者を貂の間に招待する」

意味がよく分からない。貂の間? 招待?


碧奉様だけに通じる秘密の通牒かと思ってちらりと目を向けたが、ご本人もきょとんとしている。こほんと軽く咳をしてクレーディは説明してくれた。


「…これは事務次官を通しての王妃様からの召喚命令なの」

なんとなんと!? 何と質問していいか分からない。


「ごめんなさい、私もこれ以上の事は本当に分からないの」

クレーディは申し訳なさそうにそう言った。どうもとんでもない話のようだった。


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「謀殺かもね」

夕方になって出勤してきたミシュアは事情を聞くと恐ろしいことを口にした。なんでですか!?と3人の侍女は異口同音にそう言った。


「わからないよ、だからそう思っただけ」

ミシュアは残り物の煎豆茶を温めて口にする。


「それにしても謀殺は飛躍しすぎじゃない?」

ソフィアもそう言ったが完全には否定できない。王妃の人格云々ではなく、余りにも情報がなく、指示の根拠すらも不明確だった。


いつもの性欲をそのまま書きなぐってくるような国王の勅書は、しかしそれでも公式文書なのだ。あれがあるから国王の行動も、使者の来訪も、碧奉館の対応も公式なものとして記録される。それがなければ権威を笠に着た越権行為ではないのか。


一応、王妃は太宮長という立場なのだが、それを言うなら太宮長とはいえ侍女なのだから寵姫に命令などはできない。寵姫は国王の准家族として扱われるからだ。


しかしこれまたややこしいのだが、そもそも碧奉様は厳密には寵姫ではない。形式的には王宮指導員の一人ということになっている。となるとこれは一体なんなの?


「だから招待なんでしょ」

ミシュアは煎豆茶を一口すすってからそう言った。王妃には碧奉様に命令する権限はない。しかし招待なら話は別だという。


「じゃあ断ればいいんですかね?」

イヴはおずおずとそう言った。一応はそうなるけど現実問題として難しいだろう。


「自分が一緒にいきます!」

元王宮警備兵見習いのアイリは元気よくそう言った。気合が入ったのか一人称も変わっている。確かにこれはアイリにも一緒に行ってもらったほうがいいかも知れない。


「私もお願いします!」

ファイもそう言った。どういう事になるかは分からないが、交渉などがあればそれはソフィアが担当するしかないし、物騒な事になればアイリに頼るしかない。なので侍女として碧奉様の身辺のお世話は自分がするという。


「うんいってら」

ミシュアはあっさりとアイリとファイの志願を後押しした。いいんだけどさあ、あなた確か護身術も有段者だったよね? まあ万が一の事があれば唯一の上級侍女として後のことを頼むしかないか。


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「君はいったい何を考えているんだ」

ウェルナー2世は感情を抑えてそう言った。


一日の激務が終わり、ようやく太宮の自室に戻ったウェルナー2世は、しかし侍女からとんでもない話を聞いて着替えもせずに王妃の部屋に飛んでいったのだ。


「なんのことでしょう」

王妃オリビアは夫と顔も合わせずにそう返事をした。


「"西の者"を王宮に招待したと聞いた」

国王とその周辺で碧奉様はそう呼ばれていた。


「彼女にはいつも世話になっております故、せめて茶でもと」

王妃オリビアは取り付く島もなくそう言った。世話になってる、とは厳しい皮肉だ。


「オリビア、君には本当に申し訳なく思っている」

ウェルナー2世はやや口調を改めてそう言った。王妃オリビアはそれに返答せず、次ぐ言葉を待った。


「だから先日の話は了解した。それでは気が済まないか、それほど私が憎いか」

王妃オリビアは初めて夫に顔を向けた。その顔は美しかったが、しかし瞳に激怒の炎が宿っていた。


「姫が目を覚まします故これにて」

つまり王妃オリビアはもう帰れと言ったのだ。左右から王妃オリビア付きのいかつい女性警備兵が現れ、国王に退室を促した。


「オリビア、これだけは約束して欲しい」

ウェルナー2世は部屋を出る前にそう言った。


「彼女は被害者なのだ。王家の名誉のためにも早まったことは謹んで欲しい」

ウェルナー2世の必死の懇願は、しかし否応の返答を得られなかった。


「お休みなさりませ、陛下」

王妃オリビアはにべもなくそう言っただけだった。


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「これはこれはお珍しい」

ロランド博士は驚きつつも笑顔でその来訪者を迎えた。


「おひさしぶりですねえ」

彼女もにこにこと微笑みながら挨拶を返した。


「相変わらずお耳が早い」

何も言う前からロランド博士は彼女の来訪の理由を察していた。


「さて、どうしたものでしょうねえ」

彼女は椅子に腰掛けながらそう言った。


「あなたはどうなさるおつもりですか?」

煎豆茶を供しつつ、ロランド博士はそう訊いた。


「私はもちろんお助けいたしますよ」

それは誰を?と言いかけてロランド博士は止めた。この人が助けるというのなら、それはこの件に関わった全員を無事に助けるという意味だろう。


「博士は?」

彼女は逆に訊いてきた。ロランド博士は苦笑して訊き返した。


「私が?なにを?」

それはロランド博士の本音だった。自分には関わりのないことだ。


「関係はあるでしょう」

彼女はにこにこと微笑んだままそう言った。


「むしろ博士こそこの話の根源の一人ではありませんか」

事実を確認するような言い方だった。ロランド博士は少し押し黙る。


「あなたは大変立派な研究者ですが」

彼女はそう言って少し口を閉じた。


「なにか?」

ロランド博士は次の言葉を促した。


「いささか、実証実験が少ないのではと」

一瞬ロランド博士の顔にはっきり怒気が浮かび、そして次の瞬間、彼は大笑いをした。もしこの場に侍従エミュールがいれば思わず後ずさるような笑い方だった。


安全な場所で評論家気取りだけかえ? つまり彼女はそう言ったのだ。


「大した方だよあなたは」

ロランド博士は敗北を認めた。心理学の権威である自分が感情を引きずり出された事に気づき、しかもその指摘は自身すら気が付かなかった弱点を正確に突いたのだ。


「で、私の役割は?」

こうなると知性の高いロランド博士は話が早い。


「まずは同窓会にご出席を頂きましょうかねえ」

彼女はにこにこと微笑みをうかべたままそう言った。なるほど、同窓会ね。


「次いで姫を導いて頂きたく」

これはこれは、また難問を押し付けてくるものだ。


「ほかには?」

ロランド博士はそう確認した。


「いえいえ、大変うれしく思います」

彼女は微笑みを崩さずにそう言った。


「それでは、夜分にお邪魔しました」

そう言って彼女は立ち上がり、一礼してその特徴的な歩き方で部屋を後にした。彼女が去った後、ロランド博士はまた別の事に気がついて再び密かに笑った。


謎がないのが一番の謎、か。


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「近衛兵を」

エミュールは思わずそう聞き返した。


王妃の部屋から戻り、風呂に入ってからローブに着替え、ようやくソファに座るとウェルナー2世はエミュールに当日は密かに近衛兵を待機させよと言ったのだ。


「万が一だ」

龍顔は麗しさを欠き、眉根に深い皺が寄っている。


「その万が一が起きた場合、兵はどうすれば?」

エミュールの確認は反意を促すものだった。最悪の場合とはなにがそうなのか。


「その万が一を事前に食い止めて欲しい」

無理難題である。そもそも近衛兵にどう説明をすればいいのか。


しかしエミュールはこれ以上は何も言えなかった。エミュールに全ての責任があるわけではないが、一端はエミュールにもあったのだ。


エミュールはちらりとウェルナー2世の顔を伺った。その顔つきは最初に会った頃の面影を強く残していたが、その表情から受ける印象は大きく変わっていた。


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ウェルナー2世はリングフォード王家の眷属としては傍系も傍系、なんと2代国王アルター1世の三男をその祖する家系のさらに傍系だった。辛うじて父が准男爵位を保持していただけで、恐らくそのままなら爵位を継承することはなかっただろう。


そんな傍系は何も珍しくない。仮に初代が伯爵位を持っていたとしても、何も功績がなければ曾孫の代にはただの王国騎士となる。そんな眷属など星の数ほどもおり、そういう眷属は狭義では王族とは見なされない。


ウェルナー青年の一族がかろうじて王族と見なされていたのは、彼の父アンドレアが近衛師団の士官として5代国王アルター2世の危機を救った功績によるものだった。ウェルナー青年一家は父の功績と業務上の理由により王宮内で居住しており、厳しい躾と生来の真面目さで王宮内の学校で優秀な成績を修めていた。


その頃のエミュールは近衛兵としてアンドレアに仕えていた。真面目で忠義者ではあるが今ひとつ頼りないエミュールは、家族の護衛という名目で半ば居候のようにウェルナー青年やその母と一緒に暮らしていたのだ。


「気にすることないよ。父上もほとんど帰ってこないんだし」

ウェルナー青年は痩せっぽっちの頼りない年上の近衛兵を励ましてくれた。


そんな平和な生活はある時を境に激変するのであった。


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王宮ザ・キャッスル。それは広義ではこの城塞に囲まれた地域全体を指す言葉だが、狭義では独立前の旧リングフォード公爵城を指す言葉である。


元々は約300年前にエレア帝国の南征のために建造された前線基地であり、以後100年以上に渡ってリングフォード家の家長によって運営された南征軍総司令部にして、リングフォード公爵家の居城であった。


300年の歴史の中で時代によりその内部は大幅に変わり、現在では政庁および記念式典場としての機能が充実している。


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ここが貂の間か。

ソフィアは小さな判断が正解だったことが逆に怖くなった。


服すら買いに行く時間がないので管理者会議でもいつも上級侍女の制服を着ているのだが、そんな格好をしているのはソフィアだけである。


ソフィアだって多少は格好つけたいとは思っており、いつかアリオ・サリオのスーツを買おうと考えているが、生来の倹しさからどうしても購入に踏み切れなかった。


今回は王宮への招待なのでこれを機に買ってしまおうと思ったのだが、あいにくとこの時期にはバーゲンなどなく、正規店に行ったら想定の3割り増しの値段の前に2時間の熟考の末ついに諦めたのだ。


そして綺麗に洗った上級侍女の制服を着てこの広間に通された時、ソフィアは自分の判断が正しく、また浮かれていたことを悟らざるを得なかった。


そこは記念式典用の会場であり、詰めれば200人は入りそうな広間だった。奥は足首ほどの高さの壇があり、壁には王国旗が飾られている。その壇から10mほど離れた所に椅子が四脚ぽつんと置いてあるだけで他にはテーブルすらない。


さらに部屋の左側には後宮事務次官シーラを筆頭に北宮長アーシャ、南宮長イデアといった顕職たちが上級侍女の制服で直立しており、右側には会ったこともない男性の顕職らしき人々がこれまた直立している。これ謁見じゃないですかね。


一行は事務次官秘書室長のグレタに無言で誘われてその椅子に座る。全然落ち着かないんですけど。グレタは何の説明もしてくれず左側の列に直ってしまった。しばらくすると静かなハーブの音が鳴り始め、招待主がしずしずと現れた。


王妃オリビアは正装だった。つまり絹の白いドレスをまとい、腕には恐らく同じ絹の長手袋をはめ、頭にはティアラを飾り、首にはリングフォード宗家を示すメダルを飾っていた。王妃は壇の中央で止まりまっすぐこちらを見ると宣った。


「ようこそ。碧奉の責を担う者とその従者たちよ」


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誰に何を言われたわけではないが、4人は一斉に頭を下げた。横目でちらりと左右を見るとどうやらそれで正解だったらしい。そしてそのまま頭を上げられなかった。


「楽に」


王妃オリビアはそう言った。再び左右を見ると顕職たちは少しだけ頭を上げていたのでソフィアもそれに倣った。ファイやアイリはソフィアを見て同じようにしているようだった。しかし碧奉様はまっすぐと頭を戻し王妃を直視していた。ダメダメ。


しかしそれを咎める声はない。どうやら楽に、とは主賓たる碧奉様に向かって言った言葉であるらしかった。


ソフィアも上級侍女として謁見の作法は知っているが、それは歓待役としての知識であり、まさか自分が謁見の名誉を賜るなどと考えてすらなく、またこの場は正式な謁見なのかもよく分からずで、どう振る舞えばいいか分からなかった。


しばらくの間、王妃と碧奉様は無言でまっすぐと見つめ合っているようだった。これは一体どうなってしまうのか。ふと王妃が笑ったように感じた。


「ここでは落ち着きませんね」

ええもう全く。汗が止まりません。


「場所を変えましょう」

王妃がそう言うと左右から無言のどよめきが巻き上がった。どうやらこれはシナリオ通りの展開ではないらしい。


「そこなる従者にリングフォードの家名を持つ者がいると聞きました」

え?誰だろう?私はディア・リングフォードだから違うしひょっとしてアイリかな?しかし左側の列と背後から物理的な刺殺力を伴う視線が集中するのを感じた。


たれか」

王妃がそう促したら返事をしないわけにはいかない。ソフィアは30度ほど伏せていた顔を50度ほどまで持ち上げて名を名乗った。


「ソフィア・ディア・リングフォードと申します。西の離れの館ファーウェストハウスにて館長の任を担っております」


勲爵士ダイムソフィア、近侍としての同行を認めます」

あイヤどうなんですかねまだパパいや父は生きてますし弟もいるんで私が王国騎士ってちょっと違うんじゃないかなって。


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「動いたな」

近衛兵隊小隊長テリー中尉は小声で部下にそう言った。部下の5人は頷きつつも、さてどうすればいいんでしょう、と困惑しているようだった。


「慌てるな。王妃が行くとすれば太宮の自室近くに決まってる」

テリーは普段と違って自信たっぷりにそう言った。


「本当に害意があってもすぐに実行するはずがない。落ち着いて尾行しろ」

彼女の予想通りだ。こういう時は本当に頼もしい。テリーはそう思った。


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王妃付きの侍女に通されたのは太宮にある王族の居住空間のひとつだった。ここは太宮付きの侍女の中でも国王一家専属に選ばれたものしか入れないエリアで、当然ソフィアも来るのは初めてだった。


通された部屋はとても豪華ではあったがずいぶん変わっていた。部屋の趣味が変わっているのではなく、おそらく本来の状態から「変わって」いた。


部屋は目一杯窓が開け放たれ、無数の消臭剤が設置されていた。中央にある応接もテーブルからソファが目一杯離されており、恐らくそこに煎豆茶が置かれても立って歩かなければ取ることはできないだろう。10月の夕方でそんなに窓を開け放たれてはさすがに肌寒いのだが、それを補うように暖炉には火が灯っていた。


「こりゃあもう、最初っから私と対談するつもりだったんだね」

碧奉様は内側に消臭剤を入れた厚手のローブを脱ぎつつそう感想を述べた。確かにこれはそういう事だったのだろう。


ソファに座ってしばらく待つと王妃が現れた。先程とは違ってスーツ姿だった。


「改めてはじめまして。ここからは虚礼は必要ないわ」

王妃は対のソファに座ってそう言った。それは親和を表すものではなく、腹を割って本音で話そうという王妃の宣戦布告に思えた。


「さて、まずあなたをどう呼ぶかを決めなくてはいけないわね」

王妃はそう言った。


「私はあなたを碧奉とは呼びたくない」

王妃は碧奉様をまっすぐと見ながらそう言った。


「あなたの事を随分と調べさせてもらったわ」

なにか、ものすごい敵意を感じる。やっぱりアイリにリングフォードを名乗ってもらったほうが良かったんじゃないかな。


「あなたには、いくつかあなたを言い表す言葉がある」

碧奉様は表情を消したまま王妃の言葉を聞き続けた。


「まず、あなたはこの国ではエマと呼ばれていた」

エマ。それが碧奉様の本名なの?でもこの国でとは?


「それ以前の名前は分からなかった。いや、なかったのかも知れない」

王妃は禁忌である碧奉の真実を次々と述べていた。


「エマが気に入らないなら、慈尼じにと呼べばいいかしらね」

慈尼。それはこの前、碧奉様自身がそう教えてくれた謎の言葉だった。


急に外が騒がしくなった。誰かが誰かを止めるているようだった。


「いいから離し給え。私はこの同窓会に招かれているんだ」

聞いたことのない男の声だった。だれだれ?


扉が開き、見覚えのない禿頭の男が現れた。いや、禿げているのではなくあれはわざと剃っているのかな?なんかテカテカのおっさんだ。


「久しぶりだね、エマ」

男は碧奉様に向かってそう言った。


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「久しぶりだねえ」

碧奉様は男にそう言った。碧奉様はいつも通りのにへら顔なので一体このおっさんとどういう関係なのかは分からなかった。


「…ロランド博士?なぜ?」

王妃は予想外の人物の登場に眉をひそめつつそう質問した。


「いえ大したことではありませんよ。ちょっとこの同窓会に招かれまして」

同窓会?どういう意味?それは王妃も同じだったらしくひそめた眉は戻らなかった。


「私はあなたを呼んだ覚えはありません」

王妃は冷静にそう言ったが、直後にまた誰かが来る気配がした。


「私がお呼びしました」

そう言ってもう1人、いや2人がまた入室してきた。


「ミランダさん!?」

思わずソフィアは声を上げた。なんでここに!?


「ミランダ?どうしてここに?」

王妃もソフィアと同じ疑問を投げかけた。


「エミュールまで!一体どういう事なの!?」

王妃の言葉に頭を下げつつ、侍従エミュールは実に申し訳なさそうに入室してきた。


「あともう1人いらっしゃいます」

ミランダは王妃の言葉を無視してそう言った。


「…ここでいいのかな? 侍従殿に言われて来たのだが…?」

なんと画家のアレクサンドロ・ジェシノだった。一体これは何なの?


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「これは一体どういう事なの!」

王妃は困惑したまま声を荒げた。ですよね。


「同窓会でございますよ。王妃様」

ミランダはいつものにこにこ微笑でそう答えた。


「同窓会…?」

その言葉を計りかねているうちに別の声が重なった。


「…あなたは、サー・セルゲイ?」

ジェシノはテカテカ頭のおっさんにそう訊いていた。


「久しぶりだねジェシノ君。ただ今の名前はロランドだ」

ロランドと名乗った男は悪魔を連想させる笑顔でにやりとした。


「…それに、君は確かセルゲイ氏の娘さん…?」

ジェシノは碧奉様に向かってそう質問した。


「久しぶりだねおっちゃん。絵が売れたんだってね。良かったね」

碧奉様は変わらないにへら顔でそう言った。


「ミランダ」

王妃は苛立ちを感じさせる声で最年長侍女に声をかけた。


「ここまで話を大きくしたのならちゃんと説明してもらいますよ」

王妃はかろうじて怒りを抑え込んでいる、という感じでミランダを睨みつけた。


「いえ、まず私からお話をしましょう」

侍従エミュールは痛ましい顔でそう言った。


「全ての始まりは私なのですから」


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エミュールが近衛兵として任官された頃はまだ東エレアとの戦争が終わっておらず、新任少尉であった彼もまた戦地に赴いた。


その頃の戦況は膠着しており、また当時の6代国王ヘンリー1世は先代のアルター2世が始めたこの戦をなんとか終息させたかった。しかし国内にはまだ主戦派が多く、明確な戦果がなければ彼らを黙らせる事はできなかったという。


「そんな時に戦地で妙な噂を聞きました」

東エレアよりさらに東から来たという謎の巫女集団の噂だった。具体的な事は分からなかったがその巫女たちは何か不思議な力があるという。


当時のエミュールは輸送隊の班長の一人だった。未熟な新米少尉ではあったが近衛兵として国王への忠誠心は高く、宸襟を察して早く戦を終息させたいと考えていたのでこの噂を注目した。この巫女たちを連れて帰ればある程度は戦果となるのでは。


「若さ故の過ちでした」

結果としてエミュールはこの巫女たちの一部を保護し、本国への護送隊を出発させることには成功した。しかし保護できたのはたったの2名で、内ひとりは老婆、ひとりは年場もいかない少女だった。また彼女たちはナリア語をよく解せず、意思疎通は極めて困難だったという。


老婆は護送を始めた最初の夜には体調を崩し、看病虚しく2日後には亡くなった。残ったのはまだ10歳にも満たないであろう少女ひとりだった。


「その子は名前すら分からなかった」

仕方がないので暫定的にエマと名付けたが、実際問題として彼女を持て余してしまったという。この子をその巫女と言い繕っても誰も信じないし何の戦果にもならない。


「そこからは私が話そう」

ロランド、またはセルゲイという謎の男は話を継いだ。


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当時のセルゲイ医師は第4次東エレア戦争に従軍医師として参加し、件の護送隊にも同行していた。


「ウジル熱の亜種だと思うが、当時の状況ではどうしようもなかった」

熱病に冒された老婆をまだ30代だった当時のセルゲイは、専門外のことではあったが必死に看病したという。しかし彼の奮闘は報われなかった。


護送の途中で埋葬し、皆が自らの無力噛み締めつつも、さて残った少女をどうするか、という話になると誰もが困り果てた。


「内密にエマを保護しようとを言ったのは私だ」

ロランド博士はそう言った。もはやエマには何の価値もないが、だからといって放置はできない。リングフォード王家の名誉のためにも保護した民間人を暴行するなどあってはならない。


「なにせ護送隊のメンバーはみんな若かったしね」

当時のセルゲイ医師は護送隊の最年長であり、また既婚者だったので、獣欲に駆られて少女を暴行などはしないだろうという事で話はまとまった。


「おお怖わ怖わ」

碧奉様はにへら顔のままロランド医師を茶化した。


---


帰国した当時のセルゲイ医師は、護送隊のメンバーとの約束通りエマを養女として認知した。セルゲイ医師には子供がおらず、当時の妻もエマを受け入れてくれた。


「あれほど人間らしく幸福な時間はなかったよ」

ロランド博士は当時を懐かしくそう振り返った。しかしその幸福な時間はエマが初潮を迎えた時に終わりを告げた。それを機にあの体香が発現したという。


尾籠びろうな話なので具体的なことは言いたくないのだがね」

とにかくその時は大変だったという。ああはい分かります。


当時の妻とは別居状態になり、残されたセルゲイ医師は男手ひとつでなんとか彼女の生活を保持したという。


「幸いなことに、当時の私の住居は父から受け継いだ診療所を兼ねた家でね」

そのため家内で最大限の距離を保てばなんとか同居はできたという、しかし。


「しかし患者を受け入れる事はできなくなった」

そのため当時のセルゲイ医師は、往診専門の医師とならざるを得なかったという。


「経済的にはとても苦しかった。なにせ私もまだ若かったしね」

入院患者がいればまだしも、往診だけとなると収入は激減した。さらにエマにより刺激された性欲を解消するためにも、それまでは訪れたこともない色街に行かなくてはならなくなったという。


「しかし、人の運命など分からないものでね」

セルゲイ医師は酔漢を嫌っていた。いや憎んでいたといってもいい。彼の叔父がひどい酔漢で、セルゲイ医師は非常に大きな迷惑を被っていたという。


「ここだけの話だが、酔っ払って路上で寝ていた男を蹴っ飛ばした事もあるよ」

ああなんか似合いますね。ソフィアは一連の話を一字一句聞きながらもそう思った。


しかしある時セルゲイ医師は自分の中で何かが変わったことに気がついたという。


---


「往診の帰り道にまた酔漢がいたのだが」

その時は以前ほどの憎悪を感じなかった。それによりに自分の中で何かが変わっている可能性に気がついたという。


思い返せば定例の学会や研究会でも、以前ほどに人と悶着を起こさなくなっていなかったか。面と向かって「最近は随分と穏やかになった」と言ってくるものもいた。


そのひとつひとつを思い返すと、どうもエマとの同居の頃からと結びついている。そして忘れかけてたことだが、彼女は慈尼という巫女一族の末裔ではなかったか。


「つまり、慈尼の一族は周囲の人間の負感情を緩和させる力があると考えた」

ロランド博士はそう言った。負感情を緩和させる?


「それについてはまたあとに」

ロランド博士はにやりとした。


「しかし、そこで私はひとつの疑問に思い至ったのだ」

吸引器を例にすれば、まわりのゴミを吸い込めば内部に溜まる。それと同じように周囲の負感情を吸い込むとするならば、エマ自身に悪影響があるのでは、と。


そう思ってエマを観察したが、従前とあまり変わっていないように見えた。しかしそれは養女に対する贔屓目が混入しているかも知れない。


「そこで私は学会での仮説を臨床実験することにした」

南洋芸術は心理テストとして非常に有効であるという説だった。


「そこで、とある売れない南洋芸術画家に彼女の絵を描いてもらった」

ロランド博士はジェシノを見ながら軽くウィンクした。


「…あなたは、私の芸術を理解していたのではなかったのか?」

ジェシノは驚き呻きながらロランド博士にそう訊いた。


「申し訳ないが私は芸術には何の興味もなくてね」

ロランド博士は悪びれずそう言った。


「それに私は嘘などついていないよ。ジェシノ君」

セルゲイ医師は芸術作品が欲しいと言ったわけではない。あくまでエマの内心を見たいとジェシノに依頼したのだ。ただし意思疎通を円滑にするために芸術家に通じやすい言葉を選んだことは確かだった。例えばパッションとか。


「当時は本当にセルゲイという名前だったしね」

ロランド博士はそう付け加えた。ジェシノは怒りに震えだした。それを見てロランド博士はさらに付け加える。


「しかし、南洋芸術は写実画に貢献したのは確かではないかね?」

ロランド博士はジェシノにそう言った。ジェシノは驚いた顔をした。


「いい加減に目を覚まし給え。感じたものをそのまま描くなど芸術ではないだろう」

それは子供の落書きと一緒だ、とロランド博士は断じた。


「むしろ君はその卓越した才能に対して失礼過ぎるのではないか?」

ロランド博士は逆に問い質した。


「芸術学会すら認める絵画がイラストだって?思い上がるのもいい加減にし給え!」

うっわ怖っわ、でも確かにそうだよね。


「話が逸れてしまいましたな」

ジェシノの困惑を一顧だにせずロランド博士は話を戻した。


---


ジェシノとの契約が終われば話はそこで終わっていたはずだった。ロランド博士はあくまで研究としてそれを依頼しただけであり、その結果をどうこうしようとは考えていなかったという。


「しかし、この男はとんでもない才能を隠し持っていましてね」

最後の日に素晴らしい写実画を描いて持ってきたという。


「芸術に興味のない私ですら心を奪われましたよ」

ロランド博士は懐かしそうにそう言った。


「私はジェシノ君にあまり大した報酬を払えなかったのだが」

これほどの絵画を売り出せば充分報酬の代わりになるだろうと考えた。そしてその絵を預かり、知り合いの画商を訪ねたところ


「懐かしい少尉殿と偶然再会しましてね」

ロランド博士はエミュールににやりと悪魔的な笑顔を向けた。


「では、また私から」

エミュールは同時期の彼側の事情を話し始めた。

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