4年の軌跡、大切なもの。



「はぁ……」


 もうなんならずっとこうしてたい。砂に、水滴で水玉模様を描くのって案外楽しいんだな。


「あのー、すみません。お尋ねしてもいいですか?」


え?


「は、はいっ!」


「あ、すみません。驚かしちゃいましたね……ごめんなさい」


「いえ……」


 俯いて地面を眺めていた私は、ちょうど眼鏡をかけ直した所で、死角から聞こえた声に驚いてしまい、とっさに反応した声がうわずってしまった。


「あの、そこのベンチに学生証落ちてませんでしたか?昼にここを使ったんですが、なくしたみたいで……」


「えと、多分なかったと思います……」


「そうですか……ありがとうございました!少しの間そこら辺を探してもいいですか?」


 青年はそう言って、近くの草が生い茂った場所を指差す。私はそれに無言で頷くと、彼は落としたという学生証を探しにいった。


 パーカーを被っててよかった。流石に夜の公園で一人で泣いてる人なんか、訳ありすぎて少し怖いもん。


 




 それから10分あまりが経過したが、まだ見つからないらしく、彼はずっと草をかき分け探している。私の目線も次第に、地面のアートから彼の方へと移り変わっていった。


 すごいなぁ。なんであんなに真剣に探すんだろう。確かに学生証は大切なものだろうけど、再発行とか他にもやりようはあるでしょ。なのに、なんであんなに真剣に……


「ん?どうかしましたか?」


「え……?」


 気づくと私はベンチを離れ、彼の近くへときて作業風景をジッと見ていた。


「もしかして、手伝ってくれる、とか……いや、すんません」


「あ、いえ、手伝います!」


「え、本当ですか!助かります……ありがとう!」


 彼のその時の笑顔を、私はずっと忘れないだろう。電灯の明かりもあまり届かないような場所だったのにもかかわらず、彼の笑顔は今まで見てきたどの笑顔よりも、キラキラと眩しく輝いて見えたのだから。




 全然見つからない。私が参加して10分ほど経っただろうか、本当に落としたのか疑うレベルで見つからない。


「……さっきはなんで泣いてらしたんですか?」


「……へ?」


「気のせいだったなら、その、すみません……頬のあたりが光ってたもんだから」 


 だー。気づかれてたよ……パーカーだからって油断した。恥ずかしい。


「いえ、気のせいじゃないので大丈夫ですよ。……少し嫌なことがあったんです。その時にこの公園を見かけたから、暗いし、つい一人だと思って……すみません」


 一体私は何に謝っているんだろう。そして、なんで私はこの見ず知らずの青年に話しているんだろう。わかんないや、もう疲れた。


「大丈夫ですよ。僕もそんな時ありますから。……この公園っていいですよね。昼はあんなにうるさいのに、夜はこんなに静かで逆に怖いくらいに感じる。ま、僕はこっちのが好きですけど」


 ……あんなに眩しい笑顔をできる人でも、私と同じことを考えてるんだ。


 じゃあ、なんであなたはそんな眩しい笑顔ができるの?あなたの笑顔はなぜそこまで印象に、脳裏に深く刻まれるの?一体、私とあなたで何が……


「でも、いつもは好きなこの公園もこう暗くちゃちょっと嫌いになりそうですよ。亜美に怒られちゃう……」


「……亜美?」


「うん、妹です。今中2の。あの中に妹からもらったものが入ってて、なんか今欲しくなったらしくってこんな時間まで探すはめになったんですよね。はぁ、明日探せばいいものを……」


 彼は口では妹の対応に不満を垂れつつも、決して学生証を探す手を緩めることはなかった。


 目的物は自分のものでも、彼は今こんな夜に汗を出しながら妹のために探している。誰かのために。その……違いなの?


 いや、でも私だってファンの方々のために、マネージャーさんのために、そして、大好きな家族のために。私だって誰かのためにやっている、つもりだ。なら、どうして……


「でも、今日俺テンション高いんでこんな作業もへっちゃらなんですよね。理由聞いちゃいます?聞いちゃいます?」


……うざ。なんかいい話の流れになってたのに、色々と台無しだ……けど、すごい聞いて欲しそう。そして、嬉しそう……なんか、少しだけどこっちまで……


「楽しそうですね。教えてください」


 私は笑顔でそう言った。まぁ、この笑顔もあなたみたいに輝いたものではないから、周囲に消されているのだろうけど。


 内では自虐をしながらも彼にそう聞いたのは、まだ諦めていないからなのだろうか、私は一体、何を……


「今日ですね、推しのライブに行ってきたんです。まぁ、推しって言ってもここ最近デビューして、俺もこの頃知ったんですけど。でも、結構彼女のライブに行ってるんですけど、今日の推しが一番でしたね!ま、じ、で最高でした!お姉さんにもまじでおすすめです!歌もダンスも最高ですし、元気がない時元気もらえますよ!」


 ……え。今日って。


「それは、もしや大名の方で……?」


「おっ、そうです!もしかしてお姉さんも『榎本 李梨沙』知ってんですか!?」


「いや、すみません。知らないですね……」


 まさか憧れた笑顔を持つ彼が、私のファンだなんて……しかも、よくみたらこのメガネくんライブハウスの後ろの方でうっすらと見た事あるかも!確か2回目のライブからいたような……てことは、そこからずっと離れずに私を応援してくれてるって事?


「えー、なら、今日知りましたね!是非騙されたと思って行ってみてください。彼女の何がすごいかって、一度も前のライブより質が落ちないんですよ!むしろ上がってる!きっと裏でめちゃくちゃ努力してんすよ、そこに痺れる憧れるっ!ってね」


「ぷ」


「……!?」


「いやなんで、変な事言った本人が驚いてんですか……」


「女子にウけたことがなかったもので……一種のカルチャーショックです。お気になさらず……」


 ……おかしな人だ。知らない人にもハキハキと喋ると思ったら、ただ女子が笑っただけで緊張するし、妹に不満を垂れていると思ったら、今も真剣に探してるし、あんな酷評を受けた私のライブをまるで自らの原動力と言わんばかりの勢いで嬉しそうに他人に話す。


 全く整合性もない、本当におかしな人。でも、彼から目が離せない。彼を見てるとなんで私はこんなに気張ってるのか馬鹿らしくなってくる。だけど、それこそが、自由こそが彼の笑顔の秘密なのかもしれない……


「あ、もしかしてこれですか?」


「あ!そう!それです!ありがとうお姉さん!……えーっとめちゃくちゃ遅れたんだけど、俺、千堂大地です」


「あー、私は梨沙です。……ふふ、こちらこそありがとうね、大地くん」


「ん?なんのことです?」


「教えなーい。でも、少し軽くなったし、自信がついたの。明日も頑張れそう」


「そうですか?ならよかったです……あの、今度、一緒に李梨沙のライブに行きませんか?その、お礼も兼ねて」


「あー……それは、ごめんね、できないかも」


「そう、ですか」


「…… 一つ聞いてもいい?」


「なんです?」



「その、李梨沙って子が前のライブより、悪いパフォーマンスをしたら、あなたは李梨沙を嫌いになるの?」


「いえ、それはないですね。彼女だって人なんですから調子が悪い日だってありますから。


 ……僕は彼女に元気を貰いました。彼女のダンスを見ると、歌を聞くと、悲しい事があった日も、辛い事があった日もがんばれました。私も頑張ってるよ!って言われてる気がしたんです。僕は彼女のそんな滲み出る人間性に惚れたんです。それに、推しを支えるのがファンの醍醐味ってやつでしょう?」







「……そう、ね。ふふ、君とはまた会えそうな気がする。それまではお互いに、頑張ろうね!」


「はい!俺も李梨沙を彼女の夢である、武道館公演が出来るまで押し上げるために頑張ります!」


「はははっ、ま、程々にね〜じゃ、おやすみ。妹ちゃんによろしく」


「はい!おやすみなさい」



◇◇◇◇◇


 ……それからの私は、今までよりも肩の力を抜いて活動を行うことができた。マネージャーさんは表情が豊かになったと言っていたが、正直何を心がけたからとか、何が変わったとか明確なものは一つもない。


 だけどあの夜、あの人だけは離れないと知れたから、あの人だけは見ていてくれると気づいたから、今こんなにも自由にのびのびとやれてるの、かな?


 ……あの日から彼への気持ちが恋心へと変わるのに、そう時間はかからなかった。




 大地くんに会いたい。会ってありがとうと伝えたい。


 だけど、彼は私の夢である武道館に私を連れて行ってくれると言っていた。


 今すぐ会いに行きたいけれど、貴方なら必ず待っていてくれるって知ってるから。一緒にその景色をみてからでも遅くはないよね、大地くん ——



——————————————


⭐︎あと少し続きます、暫しお待ちを。評価も宜しくお願いします(^^)☆


新作短編


『誤作動から始まる隣人お姉さんとの同棲生活』


を掲載しました!お時間がありましたら是非とも御一読お願いたします!!

▼URL

https://kakuyomu.jp/works/16816700427713931088


続きが早く見たい!面白い!と思っていただけたら是非評価、お気に入り、レビュー、ブックマーク等をしていただけると助かります!創作意欲がさらに高まります!

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