4年前、17歳の夜。



◇◇◇◇◇



「ありがとうございましたー!」



 パチパチパチパチ……




 今日はいつもよりうまくできていた気がする。ダンスも、歌も、そして……笑顔も。お客さんの反応もいつもと比べても良かったし、目線もこっちに集まってた筈。大丈夫……大丈夫。







「全っ然、ダメね」


「っ……はい」


「……確かに以前に比べてもダンス、歌、共に本当に良くなってる。だけど、今のあなたはただそれだけ。歌が上手に歌えて踊れる人。それができている人なんて他を見たらいくらでもいるわよ。なら、あなたに、貴方たちアイドルに最も必要な価値とは一体何なの?」


「……笑顔にさせる事です。ファンの方たちを」


「……中に何もないようじゃ、これ以上の成長は望めないわよ」


「……はい」


「ほら、風邪引くから汗拭いてから早く着替えてきなさい。送るわ」


 ……やっぱ、今日もダメかぁ。


 今日も、マネージャーさんに怒られた。14の時にスカウトされてから、17でやっとのデビュー。今まで全てを捧げ、自分なりにずっと頑張ってきたつもりだ。


 ゼロからダンスも歌も……だけど、私は伸びなかった。同時期にデビューをした子たちは方々ほうぼうで何かしらの爪痕を残し、まるで羽化するかのように、地下から這い上がって各地を飛び回っている。


 私だって技術では彼女たちにも負けてはいないだろう。だが、決定的な部分が私にはかけている、アイドルにとって致命的ともいえる欠点。それをマネージャーさんも言っているのだろう。


 楽しくない


 ライブを重ねる度におまじないのようにSNSで呟かれるこの言葉。名を検索したら次いで出てくるこの言葉。


 『あの子の笑顔は張りついたようなもの、あまりアがれず楽しくなかった』『かわいいけど盛り上がれないし、もうないかな』『李梨沙のライブは観ていて楽しくない』『このアイドルは面白みがなかった。なんでアイドルなんてやってんだろ、謎』


 何気ないこの言葉たちに、性別も、顔も、名前もわからないようなこの人たちが発するこの言葉たちを見た時。私のアイドルとしての自信は、完全にへし折られた。


 きっとそこで無自覚にもふるいにかけられていたのだろう。旅立つための羽を手に入れることのできないまま、無情にも月日だけが過ぎ去った哀れな哀れなアイドルのなり損ない。それが私、榎本 李梨沙だ ——



◇◇◇



「じゃあ、気をつけて帰るのよ。……それと、SNSは今は極力見ないこと。私はあなたなら絶対成功するって信じてるから、大丈夫よ……共に、頑張っていきましょうね」


「……はい」


「……ん。それじゃあ、おやすみ」


「おやすみなさい」


 そう言うとマネージャーさんの運転する車は暗闇の中に消えていった。


「……」


 マネージャーさんはいつも厳しい。だが、それは私を思っての事というのは痛いほど理解している。上になんと言われようとも、諦めずにずっと育ててきてくれた、それだけでも頭はあがらない。だからこそ、情けない。


 もう家は見えているというのに、この日は帰りたくなかった。帰ったら、優しい両親と、仲のいい妹が心よく迎えてくれるだろう。だから、今は帰りたくない。こんな顔は、3人には見せられないもの……



◇◇◇


「はぁ……」


 ベンチへ腰を落とすと、私の視線は自然に地面へと向かった。


 家と逆方向へと進み、この時間にしては比較的明るい公園へと辿り着いた。


 私は夜の公園が好きだ。昼はあれほどまでに喧騒に包まれていながら、夜になるとまるで明日のための英気を養うかのように、静寂に包まれる。


 このはっきりとした二面性に、ないものねだりからなのかもしれないが惹かれてしまう。


「疲れたなぁ……」


 ポツリと出た言葉と共に、かけていた眼鏡の上で水滴が踊る。


 同級生は皆、楽しそうに日々を過ごしており、彼らの表情はその時期特有の煌めきに包まれている。


 羨ましくないわけがない。だって、私が自らのために手放したものの中に、喉から手がでるほど欲しているものがあるんだもん。


 本当にそんなのって、ないよね。自然に笑えって言われてもわかんないよ。人を笑顔にさせるって、どうやって、?どうせ、楽しそうに見えても後から私の悪口で盛り上がるんでしょ?


 一生懸命に練習して、歌って、踊って、全てを懸けて、そこまでして手に入ったものは一体何?今の私に残ったものは一体、何?失った物だけを数える日々はもう嫌だよ……


 もうわかんない。私が何をしたいのか、今何をしているのかすらも、もう、わかんないよ ——



——————————————


⭐︎続きます⭐︎


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