純粋+酔客=尊死…?




「……おじゃまします」


「あ、どぞ……」


 先ほどまでの勢いはどこへいったのか、戻ってきた李梨沙はどこか辿々しく、借りてきた猫と例えても特段おかしくはない程だった。


 きっと、部屋に戻り冷静に自身の言動を考えたのだろうな。あれは確実に内心テンパっているような顔だ。もう流石にわかるど。


「あれ、ダイチ〜。お友達ですか〜?」


「あ、あぁ、今日この娘も泊まる事になったから、よろしくな」


「へーーー。そうデスカー」


 リビングへとやってきた俺たちに、エリーは笑顔を保ったままそう言うが、いつものエリーとは確実に違う。


 そう感じたのも、まるで彼女から微かに黒いオーラが発せられているような、そんな雰囲気を彼女が纏っているからだろう。


 だが、俺にはわかる。あれは少しキレている時のエリーだ。


 前に俺が立て続けにミスをしまくった時の、エリーと同じような威圧感を全身に感じるからだ。今もなお俺の中の草食動物的野生の勘が、某太鼓ゲームの連打のように警鐘をガンガン鳴らしている。俺なんかしたか!?


「ん?アナタ……」


「えっと、なにかな……?」


 エリーは李梨沙の目の前まで行くと、彼女の顔を何か考えながらジロジロと見つめる。


 実のところ水族館の時にこの二人は一度会っており、共にいた優里には早々にバレてしまっていた。


 対するエリーに関しては顔を隠し、必要最小限の会話のみに留めたこともあったのか、あれからも李梨沙の事を完全に、俺の大学の友人である梨沙として認識していた。


 その後のバイトの際にも、また会いたいだの、一緒にいて楽しかっただの言っていたので、きっと李梨沙=梨沙とはなっていないだろう。


 それに彼女は俺が李梨沙を推していること知っているが、まだこちらへ来て一年程しか経っていないこともあり、こちらのエンタメには基本的に疎く、『李梨沙』という名は知っていても田舎のご老人のように、顔と名前が一致していないと感じる言動が今まで多々見受けられた。


 だからこそ、先程の李梨沙の提案に一応OKを出した訳なのだが……


 この奇天烈留学生は一体彼女の顔を見て何を考えているんだ?


 もしや、彼女が梨沙と言うことに気づきアイドル『李梨沙』と繋げている最中なのか?それとも既に李梨沙の素顔を知っており、俺との関係性を怪しんでいるのか?


 ……とにかくエリーの中で、梨沙が李梨沙と同一人物となっていなければ吉だ。それ以外は……


 時間が引き延ばされたような息を呑む静寂の空間を断ち切るかの如く、金髪の留学生は口を開き


「アナタ、めちゃくちゃ可愛いデスネ……!ダイチが前に言ってた好きな女性の要素を全て詰め込んでマス……」


「……えっ!そうなの!?

 貴方めちゃくちゃいい人やね!?」


 ……なんと、まさかの思考の外にあった第三の答え『李梨沙の天使のような可愛さに見惚れる』を繰り出してくるとは……。エリー、本当に君は分かってんな!!!!!


 あまりに斜め上をいく答えに内心では思わずズコーっとこけてしまう程驚いたが……いや、うわー、いや、うわー、エリーに推しを布教したい……!


 でも、そんな事をしたら梨沙の正体が元アイドルの李梨沙とばれるからできない。うわー。うわー。こりゃヲタクのジレンマだな。悩むまでもないことだけれども。でも、うわー。


「ハイ……まさかこのような女性がダイチの周りにいたとは……ところでお名前は何というのデスカ?」


「え〜忘れたの?

 私よ、水族館の時会ったでしょ?梨沙よ!」


「Oh!なんと!梨沙のお顔はこんなに美人だったのデスカ!まるでお人形さんデス!可愛い!」


「……エリー。好き」


 そう言うと感極まった(?)のか、李梨沙はエリーに抱きついた。


「あれ〜梨沙ぁ、抱いてくれるんデスカ〜?」


「ん?え、ちょ、手つきが気持ち悪いんだけど!?」


 ……いちゃついている。俺の部屋で、俺の目の前で美女達がいちゃついている。眼福。尊い。我が人生に一片の悔いなし、だ。


 まさかここまで二人が馴染むとは……ていうかすんなり梨沙と名をバラしてるけど、エリーは彼女の顔をみても反応がないな。これは、確実に白。間違いなくエリーは『李梨沙』の顔は知らない……!


 ……ん?顔?


 そういえば、心なしかさっきよりエリーの顔が、赤くなってる?いや、確実に顔が赤い!赤井さんになってる!


俺はキョロキョロと部屋を見回すと、テーブルの上には既にある程度は飲んでいるであろう、ビール缶が一つ置いてあった。


 ……あいつ俺が楽しみに取っておいたお酒を勝手にあけてやがる!


 はぁ。てことは、今のあいつ凄い酔ってるんだろうなー。前にバイト先のメンバーでの飲み会でも、優里さんが終始介抱をしないといけないくらい弱いもんなー、酒に。


 ……今回は勝手に飲んだ事に関しては目の前の光景に免じて許してやるとするか。うん。許そう。この光景100点満点。尊死である。


「はぁ。でも、やっぱりリサも泊まるんですかー。うーむ、困りましたネ。それならもう、ダイチとエッチな事できませんナ〜」


「な!?エッチな事!?さっきまで何をしようとしてたのよ!?てか、もうってなに!?まさか既に事後!?」


「え?それは○○○とか○○○とかして、最終的に○○○○デスヨ〜。あと、まだ事後ではないですよ〜あの人ゴミムシみたいな顔してピュアなんですもん〜」


「な…………」


「そうだ!梨沙もしませんカ?絶対楽しいデス……ちょっとー!なにすんデスカ!ダイチ〜」


「はいはい、酔っ払いさんはお水でも飲もうね〜」


 俺は酔っ払いを李梨沙から引き剥がすと、彼女の座っていた場所まで引きずり、目の前に水を置いた。


 はぁ、酔っ払いの世話は国境を越えても変わらず面倒くさいんだな……さて、と。李梨沙は……


 李梨沙の方を見ると、まるでギリシア神話に出てくる怪物に見られたかのように固まってしまっていた。


 どうやら李梨沙はそういう事に関してはひどく免疫がないようだ。これはもしかすると今夜は神展開ではない、のか……?

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