察してくれよ。頼むから。



 ……ちょっと、大地くん。顔色悪いけど、大丈夫なの?」


「あぁ、大丈夫だよ。ありがと……」


「うーん、元気ないデスネェ。今日は ダイオウグソクムシ みたいデスヨ?」


「うーん、また虫だけど、可愛いから許す!」


「イェーイ!かわいいは正義デス!」


 そうやって俺にピースを決めるエリー。彼女は本当に妹みがあるな、ボディは全く妹ではなく大人のお姉さんだが。


 俺は予定通り二人と水族館に来ていた。

 うん、ここは相変わらずいいところだな。周りも自然豊かで、いるだけで心地がいい……昨日あんなことさえなければもっとな。


 あのあと固まった李梨沙に何度謝っても、返事が返ってくる事はなかった。


 おそらくあまりにも嫌だったのだろう。うぅ、あんなに握手会に足を運んだのに彼女にとっては固まるほど嫌な事だったなんて……今度菓子折を持って謝り行こうか……いや、それすらも嫌かも……


 俺がイケメン俳優ならなぁ……


 まぁこんなことを考えてもしょうがない。所詮俺はゴミムシでダイオウグソクムシ。例え表紙を飾ったとしてもメンノンではなくジャポニカ学習帳なのだ。(馬鹿にしてないよ☺︎)



 *



「Oh……なんと美しい……!」


 エリーがこの水族館の一番の人気スポットである大水槽を前に目をキラキラさせている。


 確かに視界いっぱいに広がる水槽は暗い照明も相まって、まるで自分が本当に水中世界にいて、魚たちと同じ暮らしをしていると錯覚させてくれるほどだ。


 エリーは大水槽に夢中で水槽の目の前にあるベンチで、うっとりと静かに魚たちを眺めている。彼女のその姿はまるでクロード・モネの作品のように、見とれてしまう美しいものだった。ちなみに俺はラッセンが好き。


 俺はふらーっと大水槽の前から抜け出し、一人で一番大好きな場所である近くのクラゲ水槽に向かった。


 クラゲ水槽は、彼らの透明な体をパレットとし、ネオンライトにより色鮮やかな着色と、水中での光の乱反射。そして、クラゲの緩急のついた動きの組み合わせにより幻想的な空間を作り出しており、時間の進むスピードがゆっくりと感じるような癒しの空間を創り出している。


 いつもならここにくる度に心がリフレッシュできるのだが、今俺の心を癒すことができるのは李梨沙のみなようだ……


 周りにはこの幻想的な雰囲気からか、カップルがたくさん水槽を見ている。


 いいなぁカップル。俺だって彼女が欲しくないわけじゃ、ないんだからね!でもさー相手がいないんだよぉ。俺には推ししか……李梨沙と水族館デートかぁ……


「大地くん!見て!クラゲがぷかぷかしとーよ!可愛かねぇ……」


 とか?恋愛経験が乏しすぎて……いや盛ったわ。無すぎて会話が思いつかん。

 

 …………でもこんなこと言われたら、にやける超えて、笑顔も超えて破顔だよな?異論は認めん。


「ねぇ」


「……うわっ!」


 妄想に浸っていたら目の前に、美女もとい優里さんが顔を近づけこちらを見ていた。現在の美人界隈では顔を近づけるのが流行ってんのか?


 顔を近づけるといえば昨日の李梨沙はやばかったな。紙面や画面越しよりも可愛いなんてもう奇跡だろ。はぁ、手じゃなくってコップとっとけばなー……


「こんなところにいたのね、どうしたの?

 今日の大地くんやっぱりなんか変よ。昨日までとはまるで別人みたい。

 もしかして、現実を今になって理解したとか……?」


 そう言いながら優里さんは少し困った顔をする。確かにはたから見たら、まさか隣に李梨沙が住んでて、しかも接点があることなんて想像もできないよなぁ。ワンチャン嫌われてるのは想像できるかもだけど。


「違うよ……まぁ、心配してくれてありがとう。優里さんはエリーと大水槽を見てこなくていいの?」


「あの子は今、魚に夢中だからいいのよ。電話してって言ったし。それよりも今はあなたが心配。もしよかったら私に聞かせて?」


 優里さんがめちゃくちゃ心配してくれる……何故だ?


 失礼だが何か裏があるとしか思えない。何でって?こうして話している間にも、すれ違う人々が全員優里さんをチラ見していくからだよ!立っているだけで周りがザワザワしている。ここは地下労働施設じゃないんだぞ!!!


 とにかく、そんな人が彼女いない歴=年齢っていう非リアのテンプレみたいな説明を多用するような、非リアの中の非リアである俺を心配して、家にまでお弁当(絶品)を作って来てくれるんだぞ? 


 怖いだろ!いや嬉しいぞ?でも怖いだろ!


「……心配してくれるのは嬉しいんだけど。ごめん!言えないんだ、どうか理解してくれたら嬉しい……」


「……そう」


 そう聞いて心なしか優里さんは肩を落としてシュンとしている。李梨沙でなくても流石に、心が痛むな……



 そう考えていたら、なんか見覚えのある銀髪が奥の壁のところでぴょこぴょこしている。ま、まさか!……いや、気のせいか……幻覚まで見るとは……




「それじゃあ、話さなくてもいいわ。その代わり今日は楽しむわよ」


「うん、もちろん!」


「……なら、写真をとってもいい?クラゲをバックにさ」


「そんなことお安い御用です!お嬢様!」


「お嬢様て……ん?」


 そう言いながら優里さんは俺に携帯を差し出す。俺はそれを受けとり彼女の要望通りクラゲが背景に来るように写真を撮ろうとする。いやー最新の携帯でよかった、暗闇でもよく写るぞ。


 カシャ


 ……うん、やっぱり被写体がいいから俺の下手なセンスでも映えでござる。

 ……いやもし下手だったら困るから、もう一枚撮っておこっと。


 ん?シャッター越しの彼女が少し不満そうにしている。どうしたんだ?



「どうかしました?」


「……そういう意味ではなかったのだけど。はぁ……まぁいいわ。」


 そう言ってため息を吐きながらこちらに近づいて来た優里さんは、俺の腕を掴んで先程まで彼女がいた位置まで俺を連れていく。


「ほら、大地くん?笑って?」


 カシャ!


 彼女は自分の携帯を俺から取り返すと、カメラを内側にし前へ掲げ俺とツーショット写真を撮ったのだった。え?まさか不満そうだったのも一緒に撮りたかったからなのか?優里さんが?そんな。まっさか〜……え?


「うん、ぎこちないけどいい笑顔ね。

 じゃあ、次行こうか」


「えっ、ちょ……」


 そう言って戸惑う俺を置いて優里さんはどんどん進んでいく。


 いったいどういうことなんだろうか。単に友達と撮りたかっただけなのか、一人で撮るのが恥ずかしかったのか、はたまた違う意図があったのか……


 彼女の真意はわからないが、非常灯に照らされた明るい場所を通った時に見えた優里さんの耳は、後ろからでも分かるくらいに真っ赤だった。



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