推しの方言は無条件で萌える



「いらっしゃいませ!」


「あの、サラダを一つください」


「かしこまりました!『RU–PANサラダ』がお一つですね!」


 今、俺のバイト先は未曾有の賑わいを見せていた。そしてもう一つ異例なのが、今までのお客さんは全員『RU–PANサラダ』を頼んでいることだ。


 え?なんでそんなことになっているのかって?


「あの!サラダをください!」


 さっきからお客さんはこのサラダといって、携帯の画面を見せて注文を行っている。その画面にはクーポンや、電子マネーがうつっている訳ではなく、あるインフルエンサーの・・・

 もう勿体ぶるのめんどうくさいわ。我が推し!李梨沙の!SNSの画面を見せているのだ!!!


 昨日、こっそり来店した李梨沙はその日の夜に「『RA–PAN』のサラダが美味しかった」と、サラダの画像とカフェの位置情報をつけて投稿した。


 李梨沙の引退後、久しぶりの投稿だったからか、この投稿が大バズり。『謎のサラダ』としてトレンドに上がったぐらいだ。そして『RU–PANサラダ』は名前も知られぬまま一躍、時のサラダとなったのだった。




「大地よ、ついにきたなサラダの時代が……!」


「李梨沙の時代なだけですよ。李梨沙の!」


「……お前本当に李梨沙ちゃんが絡むと人が変わるよなー。ていうか、いつきたの?気づいてた?」


「……いや、気づかなかったっすね。全く。(うっそぴょ〜ん!俺だけが気づいてたもんね〜〜)」


「あーあ。惜しいことしたな。お、もう時間か。家に帰ってライブDVDでも観て己の運のなさでも泣いてこい」


「泣かないっすよ!お疲れ様でしたー!うわーーーーん!」


「……いや、秒じゃん」


 もはや恒例になった店長との絡みを終え、一短休憩室へと目指す。休憩室のドアを開けると、やはりと言っては何だが優里さんが一人座っていた。


「おはよう、優里さん」


「えぇ、おはよう大地くん。

 昨日李梨沙さんがうちに来たってね。会えた?」


「んーや、会えなかったよ流石に」


「そう……それは残念だったわね。

 ところで明日は水族館の日よ。忘れてない?」


「もちろん。そのために早めに寝ます!」


「ふふ、意気込みは良いね。

 じゃあ私はいくわ。寄り道せずに帰るのよ」


 じゃあね と手をヒラヒラ振り、優里さんはバイトへと向かった。


 さ、俺も愛する李梨沙が隣に住むマイホームへとかーえろ。


 *





「……んあ」


 ん、んー!よく寝た〜

 どうやら自分が思っているより疲れていたらしく、帰って即寝てしまった。窓から見える外の景色は暗くなっておりそれなりに時間が経過したようだ。


 目をシパシパとさせているとドンドン!と玄関から叩くような音がなった。

 いや怖、いったい何事だ?


「はー ぶへぇ!?」


 俺は玄関へ向かい、ドアを開けると共に何者かにタックルを喰らわされ、綺麗に後ろへ倒れ込んだ。いたた……誰だ……え?り、李梨沙!?!?

 そう。俺に見事なタックルを決め込んだのは我が推し李梨沙だったのだ。いや、それよりみ、み、密着しすぎで……し、し、死にそうでやんす……


「……けて。」


「へ?」


「虫がいたの……助けて」


 李梨沙はしっかりと睨みながらも、プルプル震えて少し涙ぐみ、俺にそう言った。おい、虫コラ、テメコラ、李梨沙を泣かせてんじゃねぇぞ!!!


 ……けどなぁ虫よ。この状況を作ってくれた点では個人的にグッジョブだ!


「は、はい!僕におまかせを!」


「……じゃあ、来て」


 そう言うと、李梨沙が俺の袖を引っ張り自室へと連行する。あ、そっか、俺が退治するてことは


 合法的に李梨沙の部屋に上がり込むってこと!?!?


 ごめん優里さん、エリー。明日の水族館は多分いけないよ……

 だって明日俺は運を使い果たして、この世にはいないだろうから……やめとけって?いや、例えそうだとしても、俺は行くよ!桃源郷へ!!!


「お、お、お邪魔しmamamama……」


「……大丈夫?」


 噛み続けて MA量産機 に成り果て、推しに睨まれるなんて人生初体験だ。初体験が李梨沙でよかった!……おい、男子。変な妄想すんなよ李梨沙では!


「と、ところで何がいたんですか?」


「……ゴキブリ」


「Oh George……」


 李梨沙よ、なんて可哀想なんだ……


 以前雑誌で虫が苦手と言っていて中でもゴキブリが一番苦手と話していたのを覚えている。だが、もう大丈夫だ!俺が隣に住むからには、お前らだけは逃してはおかんぞ!!!


「ヒッ……!」


 そんなことを考えていたら、ゴキレウスが目の前に飛来。こいつどこぞの空の王者みたいに飛んで登場しやがって……


 お前の紅玉を入手してやるぜ!


 俺は持ってきた新聞紙を丸め、ゴキレウスに叩きつける。


 ミス!


 もういちど叩きつける!


 ミス!


 もういちど!


 ミス!


 むきーーーーー!何こいつ!めちゃくちゃ飛ぶじゃん!まじで空の王者じゃん!こ、こうなったらしっかり近づいて今度こそ一撃で……


 そう。

 ここで少しでも頭に血が上ったのが俺の敗因だった。


「「あ……!」」


 グシャ……


 俺はゴキレウスに近づくことに集中しすぎて、足元のコードでつまずいてしまった。そして受け身のために出した手がちょうどゴキレウスに痛恨のいちげき!クエストクリア!なのだが……まぁ掌は悲惨なことになっていた。


 どうやら試合に勝って勝負に負けてしまったようだ……これは格好が悪い。

 李梨沙に嫌われて……


 そう思いかけていたが我が推しはやはり天使だった。


「どうもありがとね、はい……」


 そういってティッシュペーパーを差し出してくれたのだ。何て、何て尊いんだ……


「……ありがとうございます」


「あの……もう、ご飯食べたと?」


 ………………へ?

 今、今なんつった?


 ご飯た・べ・た・と!?!?


 か、か、かんわいいいいいいいいいいいいいい!!!


 いつも標準語で話していた李梨沙のナチュラルな博多弁が聞ける日が来るなんて……ごめんなゴキレウス。やっぱ俺の完全勝利だったわ……録音しとけば良かった……

 君らはスクショするんだぞ?お兄さんとの約束だ!


「た、食べてなかよ」


 いや、なんで俺も方言で対抗してんの!?


「! ふふ、じゃあ、ここ座っとって? 今から作るけんさ」


 そう彼女はいうと、パタパタとキッチンへと向かった。


 あ、ま、まじか……


 俺は心の底から驚いていた。

 彼女が先ほど見せた顔には眉間のしわや、睨みなど一切なく。俺が憧れ、尊んでいた彼女の眩しい太陽のような笑顔が、他でもない俺へと向けられていた事に。


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