授業参観のお時間です。




「大地、2番さんにランチ運んで!」


「うす!」


 現在は土曜の14時。

 ランチタイムのピークを少し過ぎ、客足も少し落ち着いてきたがまだ休憩に入れそうにない。


 普段ならホールは大体2人程度なのだが、どうやら今日は予想以上に忙しいみたいで、助っ人として俺もキッチン作業をしながらホールの業務を行なっている。




「大地ー。3番さんもできたから頼んでもいいかー?」


「へい、了解でーす」


 キッチンへと帰ってきたら、すぐさま次の注文を届けに行くことになった。

 ほう。この人『RU–PANサラダ』を頼んだのか。珍しいが良い選択だ。

 この店はランチを全面的におしていることもあり、店の人気ランキング第一位は当たり前にランチなのだが、俺的人気ランキング第一位はこの『RU–PANサラダ』である。


 この『RU–PANサラダ』は普通のサラダチキン入りのサラダなのだが、野菜とサラダチキンの比率が普通とは少しおかしい。なんとびっくり野菜 3 サラダチキン 7 なのだ。そう、この『RU–PANサラダ』はサラダとは名ばかりの詐欺メニュー。製作者の店長曰く


「奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの野菜です。」


 らしい。名前を少し変えてまでこれが言いたいとは、さすがのとっつぁんも涙目である。


 だがドレッシングを含め、味はとてつもなく美味しいのだ!


 ……てかこのたった何行かにサラダって何回言ってんだよ俺は。


 俺はこのサラダを普及するため、SNSの海にサラダの美味しさを発信しているのだが、なにぶん俺はSNS弱者。フォロワー数は驚異の5人。

 内訳としては同じ大学の奴が二人、エリーと優里。そして恋愛のノウハウbotみたいなアカウントのツイートをいいねしまくってる変なアカウントの人である。


 こんなんじゃ、このサラダは広まんねぇってばよ……

 オタク垢ならいっぱいいるのに……

 身バレ、ダメ、絶対でアルヨ……


「お待たせいたしました。RU–PANサラダでございます。ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」


「……はい。」



 …………………ん?


 サラダを頼んだ、お一人様の黒髪ボブでサングラスをかけている女性から、推しのような声が聞こえた。聞き間違いか?いや俺が李梨沙の声を聞き間違うことなんて……あるのか?


 周りの人たちはこの異常事態に気づいてないのか、こちらを気にせずおしゃべりを楽しんでいる。


 いや、俺の考えすぎか。流石に李梨沙がここに来るとは思えな……


 そんなことを考えていると、黒髪ボブの李梨沙のそっくりさんはサングラスを外した。その時、俺は疑惑が一瞬にして確信へと変わった。


 ……や、やっぱり李梨沙だ!だってこの人、俺をすごく睨んでるんだもん!!!


 この眉間のシワ、殺意がこもっていると言ってもいいほどの眼力。この女性は、いやこの天使は、確実に我が推し 榎本 李梨沙 だ!!!


 ……いや、悲しっ!この見分け方流石に悲しっ!


 けど待てよ、ってことは今俺って、最前列で李梨沙のコスプレ姿見れてるってことじゃん!


 そ、それは至福……このまま目の前の席に着席してこの空間を楽しみたい……けど


「ヘーイ、ダイチー!ここどーするんデスカー!」


 レジでエリーがそう言っている。どうやら押し間違えてしまったらしい。

 くっ……名残惜しすぎるが流石に店には迷惑はかけれない。


「お、お〜う……」


「……悪いものでも食べましたかダイチ。

 鼻の下が伸びきって、顔がまるで『ゴミムシ』デス……」


「お、おいおいエリーさんや、そんな言葉はどこで覚えてきたんだい……」


「私の愛読書『小○館の図鑑 NEO』デース」


「あ、まさかのガチのゴミムシ!?」


 いや、ゴミムシって可愛いし褒めてるよね……あの丸身を帯びたボディ好きだよ俺は……エリーはどっちなんだろうか……いや、みなまではいうまいよ……


 *


「「ありがとうございましたー」」


 エリーにレジの操作を教え終わり、並んでいた列を捌き終えた。


「もう、どうしたですダイチ。いつものダイチと違いマス……

 ……はっ!もしやオシを失ったとかいうヤツのセイです!?優里から聞いたデス。その悲しみは momdad を失うのと同じくらいと……ダイチ!私の胸に飛び込んでこいデス!!!」


「ん?どゆこと……だぁっ!?」


 エリーが謎に涙ぐんでいると思ったら、いきなり俺の腕を引いた。

 そして俺はその豊満な胸へと頭からダイブしたのだった。


 な、なんで!?でも、う〜〜〜わ、やんわらけぇ〜〜〜…………はっ!?


 いきなり俺の背後から凄まじい殺気を帯びた視線を感じた。

 な、なんだこの圧倒的な迫力は……

 スカウターはないが、おおよその戦闘力は53万はありそうだ……

 俺はエリーの胸から顔を離し、後ろを振り向くと視線を浴びせていたのは、やはり李梨沙だった。


 い、いつもの比じゃないくらい睨まれてる。

 手に持ってるコップの中の水が震え過ぎて踊り狂っているぞ!?


 ま、まぁ、今回も俺が全面的に悪いな。ただでさえ俺のことを嫌っている李梨沙には公衆の面前でおっぱいダイブを決め込んだ俺なんて、ゴミムシどころではなく、露出狂レベルの変質者にでも見えているのだろう。


 ……いやそこまでじゃねーだろw って思っただろお前ら!ここ立ってみろよ!緊張感と悲しさでとぶぞ!?

 いや、落ちるぞ!?色々と!垂直にな!!!


「ダイチどうしたデス?もっと胸に飛び込んできてもいいんデスヨ?」


「何言ってんのエリー……こんなところでしちゃダメです!」


「じゃあ、裏行くデスカ?」


「イキマセンデス!!!」


 こ、この美女……いや痴女の欧米の血が暴走している。

 ひぃ……背中に感じる戦闘力が身勝手さんレベルに上がった気がする。心なしか黒髪のカツラまで、地毛である銀色に戻ってきた気がするよぉ……(そんなことはない)


「あのー……注文してもいいですか?」


「あ、す、すみません!」


 レジ前で俺らが騒いでいるから話しかけづらかったのか、女子大生くらいのお客さんがそう聞いてきた。


「いえいえ……ところでお二人は付き合ってるんですか?さっきの見てたら気になってしまって……」


「ん?付き合う?なんです?ソレ」


「んー……お姉さんはお兄さんのことを好きなんですか?ってことです!」


「なるほどデス!ソレなら私はダイチと付き合ってマス!」


「わぁ!やっぱり!!!」


「いや、違うだろ!!!」


 ガタっ!


 ひ、ひぃ!ついに李梨沙が……李梨沙が立った!!!

 なんでだ!?今回は何をしたんだ俺!!!



 はっ!そういえば3年前の大アイドル博の握手会の時に確か……





 ***


「あ、今日もきてくれたんだね!ありがとー!♡」


「もちろんだよ!李梨沙のためならどこにでも行くよ!」


「へ〜?……今日は他の子たちもいるけどさ〜

 もしかして、私じゃなくて違う子を見にきたんじゃないの〜?」


「そんなことあるわけないだろ!?

 俺はいつまでも李梨沙のファンだよ!」


「本当に?じゃあこれからも浮気はダメだよ!大地クン!」


「!? 李梨沙!?俺のなま……


「はい、時間でーーーーーーす」


 ***



 忘れもしない、推しに認知をされた最高の日。

 へへ、あの日は心の底から浮かれてたな。もう李梨沙は俺のことも忘れてたから、そのことも忘れたと思ってたけど、もし、もしも覚えているのなら……



「……お、俺は李梨沙が好きなんです!李梨沙一筋です!推しが一番! I LOVE 李梨沙 ですよ!!!」







「…………あ、あぁそうですか……が、ガンバッテーー。では……」


 そう言ってお客さんはこいつとだけは関わってはならないと思ったのか、空いている席の方へとそそくさと立ち去った。


 ……完全に目が引いていたな。いいよ。いいんだこれで……

 だって、李梨沙が席に着いたもん。ちょっとニヤってしてるし、いつもの李梨沙に戻ったからいいもん……


 でも、キッチンからの視線も俺にドン引きしてる感じで戻り辛いもん……

 ドラ○もん……俺に透明マント持ってきてだもん……




 ん?ニヤっ?なんで李梨沙は喜んでんだ……?



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