絶世の美女 < 推し
あの衝撃の出来事から1日が経った。
あの引っ越し挨拶からは特に何もなく、俺の手元には彼女からもらったタオルが一晩中握り締められていた。もらったタオルは高いものなのか、とても触り心地がいいものだ。このタオルは是非とも千堂家の家宝にしなければ!
……いやいやいやいや。
え?まじなのか?まじで李梨沙がお隣さんになったっていうのか?
ほっぺをつねってもタオルが消えない!こんなの何億分、いや何兆分の1の確率だよ!宝くじに当たるよりもすごいことやぞこれは!!!
けどなんで李梨沙は東京ではなく福岡にわざわざ帰ってきて、それも高いとも安いともいうことのできないこのアパートを選んだんだ?正直お金は持っているだろうし、福岡にしてもいい場所に住むことも可能だろうに。
ま、俺にとってはいいことだし別にいっか〜♪
本当に素晴らしい日だ。朝からのバイトもルンルン気分で行けるぜ!
俺は身支度を終えバイトに向かう。
ん?もしかしたら朝にばったりあって挨拶を言いあう仲になれたりするのも夢じゃないのでは?なんてことだ神様仏様李梨沙様!本当にありがとう!
千堂 大地 バイトへといっきま〜〜〜す!
そんな客観的に見なくても気持ち悪いことを考えニヤニヤしながら、
大地は意気揚々とバイトへと向かう。
*
「ありがとうございましたー」
「いよーし、お疲れ大地。休憩入っていいぞー」
「うーす」
特に何事もなく休日のランチタイムを切り抜け、
俺はエプロンを脱いで裏にある休憩室へと向かう。
ここは最近新しくできた 『RA–PAN』というカフェで、俺はオープニングスタッフの一人として、ここで働かせてもらっている。『RA–PAN』はSNS映えするランチメニューを売りにしており、その甲斐もあってか若者を中心として人気の店となっている。まぁ、おそらくそれだけが人気の理由とも言え得ないような気もするが……
「……おはよう。白瀬さん、エリーちゃん」
「おはよう大地くん。」
「おはよ〜 ダイチ〜」
この二人は俺と同じくこのカフェのオープニングスタッフで、同時期に入って短い期間だが苦楽を共にしたこともあり、結構仲がいいのだ。多分。
白瀬さんこと
最近までは黒髪だったが、現在は茶髪にしており、彼女曰く
「普通に話ても威圧感を与えるらしくて、
茶髪にすることで硬い雰囲気を無くそうと思って……」
らしい。まぁ、黒も茶もどちらも素晴らしく似合っているのがさすがといったところだ。
エリーちゃんこと
1年前に日本に来たばかりと言うこともあり、まだ日本語が少しおかしいところもある。彼女も綺麗なブロンドの髪と日本人離れした体つきもあり美人ということでこれまた有名だ。性格も活発でいつも
「ダイチー海に行こうよー」
「寿司食べたいよーダイチー」
など社交辞令かはわからないが、遊びによく誘ってくる。海が好きなのか基本的に、海関連のものばかりだが……
そして分かったと思うが『RA–PAN』にはランチを目当てに来る人と、彼女たちを目当てに来る人がおり、彼女たちはこのカフェにとってなくてはならない存在なのである。
「……大地くんあまり気を落とさないようにね。」
「ダイチー、エリーが寿司おごるよ……」
二人とも少し悲しそうな顔をして俺を慰めてくれる。
きっと推しの引退発表を聞き俺が落ち込んでいると思ってくれてのことだろう。
「ありがとう二人とも。まぁ俺は大丈夫だよ」
「? あら、随分とけろっとしてるわね。
あなたの命とも言える人だったからもっと落ち込んでいるものかと」
白瀬さんは首を傾げあり得ないものを見たかのように怪訝そうな顔をしている。
「うん。まぁ、これに関してはしょうがないことだしね」
全くの嘘である。隣に李梨沙がこして来なかったら二人の予想の通りゾンビのような顔で今日を迎えていたことだろう。
「そう。まぁ、それは都合が良いわね」
「ん?都合?」
「こちらの話よ、気にしないで。」
そう言って口元をニヤッとし薄笑みを浮かべる白瀬さん。
いったい何を考えているんだ?
「ヘイヘイ!それなら来週にワタシと水族館に
行きましょうよダイチ!」
白瀬さんと俺の間に割り込んでエリーがそう言う。
「あー……来週は李梨沙のライブDVDを見なきゃ……」
「ダイチー?今回の work いったい誰が変わってあげたんですかネー?」
うっ……確かに今回ライブに行くためにエリーと出勤日を変わってもらった恩がある。
「日本人たるもの
「OKOK。休日は水族館デートと洒落込みましょうかエリー姫」
「うむ!苦しゅうないデス!」
大きな胸の前で腕を組み偉そうにするエリー姫……
まぁ、1日くらいこういう日があってもいいか。
「あら、なら私もご一緒させてもらおうかしら」
俺たちの話を聞き白瀬さんがそう言う。
「え?いいんですか?」
「えぇ。たまにはお出かけしたかったし。
エリーはいいかしら?」
「いいですねユリ!是非3人で行きましょー!」
「ふふ、それじゃあ楽しみにしてるわね。
エリー行きましょ」
「ハーイ!じゃ働いてくるよー」
「おーう、がんばれー」
そう言って二人は休憩室を後にした。
あの二人と水族館に行く約束をするなど、普通は夢のようなことなのだろうが残念なことに俺は生粋の李梨沙オタクなのだ。もうすでに俺の頭は李梨沙のことでいっぱいだった。
とにかく今の俺が行わなければならない事は、彼女にこれ以上嫌われないようにする事だ。
あの時はもしかして寝起きと言うこともあり体臭でも臭かったのだろうか。あまりに彼女に嫌われすぎて引っ越されたら、今度こそ俺は死んじゃうかもしれない。
俺は推しのために今まで以上に身の回りを気に掛けると決めたのだった。
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