ずっと推していたアイドルが引退してお隣さんになったが、俺は彼女にめちゃくちゃ嫌われている
mimc
いや、なーんで?
暗い空間を埋め尽くすように薄く白んだスモークが焚かれ、今この場所はこの場所だけは、まるで現実の世界と隔絶されているかのような雰囲気に包まれている。
今日7月7日は俺、
俺はこの日をどれだけ待ち望んだことか……
この日のために講義→バイト→講義→バイトの生活を3ヶ月ほど続け、無事に福岡から東京までの高い高い旅費を調達することができた。
そんな大変な生活も、たった1日だけのこの空間に足を踏み入れることができただけで報われると言うものだろう。
おっ、気にならない程度に会場に流れていた李梨沙の曲が止まった。
すぐに照明が完全に消え、会場のざわめきが増す。
そしてファンの李梨沙コールと共に、ステージ上に李梨沙が姿を現した!
「みんなー!今日は私の生誕ライブに来てくれてありがとー!
この時間を一緒に楽しもーねー!」
「「「うおぉーーーーーーーー!!!!!!」」」
李梨沙のその一言を皮切りに大盛り上がりの生誕ライブがスタートした。
本当に素晴らしいライブだ。李梨沙の天性のリズム感から織り成されるメロディは、アップテンポな曲でも切ないバラード調の曲でも俺らの心を離すことはなかった。
「みんなー!本当にありがとー!
……それでは、これが最後の曲です。」
……気づけばこの楽しいひと時も終盤を迎えていたらしい。
まだ来て10分も経ってない気分だ。
「……みんなに報告があります。」
ん?あぁ、これは……
「私の歌手としての日々は福岡のライブハウスから始まりました。
それからイベントや路上での活動などを通して歌っていく中で目標としていたことがあります。それが今、私が歌わせていただいているこの武道館でのライブです。こんな夢のような時間を過ごすことができたのも、ひとえに私を応援してくれたファンの方々のおかげです!本当にありがとう!!!」
「「「うおぉーーーーーーーー!!!!!!」」」
会場中から 李梨沙ー! やら、 おめでとー! などの声が聞こえる。
本当に自分のことのように嬉しい。彼女に出会った高2の時から彼女を追っかけ続けてきた甲斐がった。気づくと俺の頬を涙がつたっていた。
「えへへ、本当にありがとう!!!
……そして、もう一つ報告しなきゃいけないことがあります……」
ん?なんだ?もしかして新曲か?それともコラボ?まさかドラマ出演とか!?
「私、榎本 李梨沙は本日をもちまして……芸能界を引退します!」
え?
「急な発表になってしまい申し訳あrまsnnn…………」
……俺のこの日の明確な記憶はここで、この瞬間で途絶えていた。
次に俺が気を取り戻したのは、福岡にある自分のアパートでだった。
お、俺はいったい何を……?
あぁ、そうか、これは夢だ。そうだよ!東京にいたはずなのに、ここは福岡だし!これからが本番ともいえる李梨沙が俺の、俺らの前から消える訳がないじゃないか!夢だったんだーよかったー……
そんな淡い期待を抱くことすらも、俺の携帯の中にある数多の情報は許してはくれなかった。
『アイドル 榎本 李梨沙 生誕ライブにて芸能界引退発表!!!』
ネットニュースのトレンド一覧はほとんどがこの内容となっていた。
俺は泣いた。今年で21になるってのにわんわん泣いた。
なんでだよ……いったい彼女に何があったっていうんだ……
一夜にして気分がどん底まで落ちてしまった俺は、まだ13時だが寝ることにした。このままでは明日入れておいたバイトにも支障が出ると考えたからだ。
*
……ンポーン ピーンポーン
……ん?チャイムが鳴っている。
窓から外を覗くと辺りは真っ暗になっていた。
はぁ、自分で寝たとはいえ1日を無駄にしちゃったな……
ピーンポーン
……なんだ?出ない俺が悪いのだが全然諦めることなく鳴らしてくる。
はぁ、分かった分かった出ますよ……
俺は重すぎる腰を上げ玄関へとむかい、ドアを開けた。
「はー…………いっ!?」
気怠そうにドアを開けた俺の態度は、チャイムを鳴らし続けた人物の顔を補足すると驚愕へと変わっていた。
「……隣に越してきました。榎本です。
…………よろしく。」
……え????? いくら弱っていたとしてもこの俺が
見間違うはずが無い。今、隣に越してきたと言った彼女は紛れもなく
先日生誕ライブにて芸能界を突如として引退した我が推し
『榎本 李梨沙』じゃないか!!!
「え……」
俺は自分の容量を遥かに超えた情報を処理することができなかったパソコンのように、茫然とその場に固まってしまった。
「……これ、じゃあ。」
「ぶっ!?」
固まっていると引越しの手土産だろうかタオルを俺の顔面目掛けて投げ、彼女は隣の部屋へと去っていった。
い、いったいなんだったのだろうか。夢なのか?
いや、もし夢では無いと仮定したとすると、一つはっきりしていたことがあった。
それはさっきの会話の最中、彼女の俺を見る目線はヤンキーがメンチを切るように睨んだものだったということだ……
あんな表情、アイドル時代には一度として見たことがない。
彼女をもう一度この目で見れたのは正直天に登るほど嬉しい。
嬉しい、がどうしてだ……?
なんで……どうして俺は、李梨沙に嫌われているんだぁぁぁあ!!!!!
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