4 会議

「一人で歩けるから解放しろ、高橋! 竜胆もだけど!」

「悪いけど断る。お前を解放したら逃げるのは目に見えてるからな」

「ごめんねー、赤城。会長命令は絶対だから」


 抵抗する俺を羽交い締めにする高橋と、俺の両足をがっちりと掴む竜胆の二人は、俺を会議室に強制連行をしている途中である。


 クソッ……。高橋と竜胆の二人から脱出することが出来ねぇ……ってか、俺の両足が一ミリも動かせないんだけど!? 優勝経験がある女子ボクサーの腕力はゴから始まってラで終わる動物並み――


「いだだだだっっ!!」

「今、失礼なことを考えたでしょ?」

「ノ、ノゥコメント……!?」


 ドス黒い笑顔を浮かべながら俺の両足を掴む竜胆に、俺は視線を逸らしながら言い訳をした。


「強制的に運ぶのは可哀想な気がしますが……」

「いやいや。あそこまでしないと逃げるわよ、あの馬鹿は。だから遠慮なく赤点を会議室に運んでね♪」


 二人がかりで運ばれる俺を少々気の毒そうな目で見る井上と、『他人の不幸は蜜の味』と言った視線をする蔵元。その二人も生徒会室の隣にある会議室に向かっていた。


「頼むから今すぐ降ろしてくれ! てか、俺の代わりに高橋が出席すればいいじゃねぇか!!」

「ざけんな。お前一人だけ楽する真似はしたくねぇんだよ、オレは。それにアレを報告するのは赤城の仕事だろ。当事者なんだから――っと、誰でもいいからドアを開けてくれ」

「イエッサー!」


 蔵元は会議室に続く観音開きのドアを勢いよく開けた。

 すると会議室の中からザワザワと人の声が聞こえてくる。『どうやら沢山の生徒達が会議室の中にいるようだ』そんなことを考えた瞬間、


「「いっせーの……!!」」


 俺の身柄を拘束している二人――高橋と竜胆が、受け身を取れるような体勢とは言い難い俺を、声を合わせる形で会議室の中に放り込んだ。

 そして会議室内の床に目掛けて俺は自由落下し、俺の腰や後頭部が床に叩き付けた音が会議室内を響かせる。


「うぐおおおおぉぉぉぉぉ……!!」


 ほこりが一つない床に衝突した俺は、あまりの痛みに苦悶の声を漏らしてしまった。

 そんな無様過ぎる俺が会議室に乱入してしまった結果、会議室内にいる生徒達の視線が俺に突き刺さってくる。


「な、何事だ……!?」

「俺らと同じ執行委員……だよな?」

「床に転げ回るって、ふざけてる……のかしら?」


 どこからどう見ても友好的とは言えない言葉が俺の耳に入ってくる。

 部外者は会議室から早急に出ていけ、そんな視線を向ける生徒達の顔が俺の目に入ってくる。

 なので俺はおとなしく会議室から出ようとするが。


「どこに行くつもりだ、赤城?」

「どこに行くつもりよ、赤城?」


 高橋と竜胆が俺の両脇を挟む形で会議室の中に連行されてしまった。

 それも既に会議室内にいる生徒達からの痛い視線と声を受けながら、会議の主催者でもある生徒会役員の顔が良く見える席に、高橋と竜胆に挟まれる形で着席させらせられたのである。


「何でよりにもよってこの席なんだよ……。せめて目立たない席にしてくれ」


 刑事ドラマに出てくるような広々とした会議室内。壁に掛けられた100インチオーバーのディスプレイと、スクール形式に置かれたミーティングテーブルと、ミーティングチェアに座る生徒達を見渡しながら苦言を口にした。


 それにしてもかなり広いな、ここ……。教室の二つ分か、三つ分はあるんじゃね?

 もっとも生徒会役員と執行委員の生徒を合わせると60人を超えるから、会議室はかなり広くないと不便だろうな。生徒会役員どころか執行委員の生徒でもない俺にとってはどうでもいいことなんだけどさ。


「ちょっと赤点。会議室が珍しいからってジロジロ見ないでよ。恥ずかしいんだけど」


 後ろの席に座る蔵元の声が聞こえてきた。


「いい加減、俺のことを『赤点』と呼ぶのはやめてくれないか、ヒナっち。あとちびっ子のお前が後ろの席に座って大丈夫なのかよ?」


 140センチ超えてるかどうかも怪しいヒナっちが、180センチオーバーの俺の真後ろに座るって、どう考えてもおかしいんだけど……席、替わってやろうか?


「赤点の背後に座る私に『ちびっ子』なんてセリフを良く吐けるわね……。無防備な背中をシャーペンで突き刺してほしいの?」

「小学生レベルのちびっ子のヒナっちを助けてやろうとする俺を刺すとは随分とひど――痛いッ!?」


 背中からの激痛に思わず声を出してしまった。


 本気で刺しやがったな、テメェ……。会議が終わったら顔面をボコボコにしてやる――っと言いたいんだけど、唯一の長所でもある可愛い顔を殴るのはやめておいてやろう。てか、小学生レベルの背丈を持つヒナっちに手をあげる構図は、あまりにも危険すぎるしな。


「蔵元さん……。流石にそれはちょっと……。赤城さんが怒りますよ」

「心配しなくても大丈夫よ、井上さん。赤点が私に手をあげるなんて度胸はないから」


 背後から井上と蔵元の会話が聞こえてきた――うん、あとで必ずビンタ以上の制裁をヒナっちに与えてやろう。必ずだ!

 そんなどうでもいいことを考えている俺の耳に、誰かの話し声が後ろから聞こえてくる。


「あの男子、赤点と呼ばれていなかったか?」

「さあな。ってか、噂の赤点がここにいるわけないだろ」

「そうそう。いくら噂の万年赤点の大馬鹿野郎とは言え、会議室に乱入するほど馬鹿ではないってば」


 ここに居ますが、何か? つーか、噂になってんのかよ……。


「噂の赤点と言えばさ。生徒会長と付き合ってるとか、変な噂があったよな。ぶっちゃけその辺はどうなんだ?」

「今朝聞いた噂のやつか……。あれはどうみても誤報じゃね? てか、誤報じゃなかったら俺がカッターで赤点の脇腹を刺してるぜ」


 全くの誤報だから俺の脇腹を刺しにくるんじゃねぇぞ。それでもやってきたら返り討ちにしてやるから覚悟しておけ。


「……お前、SPFC団体に入っているのか?」

「そうだけど。お前もSPFC団体に興味があるのか? 良かったら俺が口利きしてやってもいいぞ。そんで俺達と一緒に生徒会長を守ろうぜ」

「いや、僕はヒイラギ騎士団に入っているからぜんぜん興味がない。ってか、生徒会長より柊クラウディア様の方が至高の存在だろ」

「だよねー。私も生徒会長より柊様に命を捧げたいわ」

「なん、だと……!?」


 狂気が孕んだ言動をする男女と、絶望と言った感情が込められた男子との会話が、俺の耳に入ってきた。


 元生徒会長の柊クラウディアを頂点とした組織『ヒイラギ騎士団』か……。ある意味生徒会長の神崎遥を崇拝するSPFC団体より危険な組織なんだよな――ってか、元生徒会長は何をしているんだろう?

 かなりの美人だったから少々気にはなるのだが、執行委員にでもなったのだろうか?

 もっとも一般生徒の俺にとってはどうでもいいことなんだけどさ――――っと、そろそろ会議が始まりそうだ。


「あー、あー、テステス……ごほん。書記長の柏木ですー。生徒会長の神崎遥さんが会議室に来ましたので~、今から緊急会議を始めたいと思いますー」


 大型のディスプレイを背景にする形で置かれたチェアとテーブル。その中央に座る生徒会長の神崎から右隣にいる女子――書記長の腕章を着けた柏木が、会議室に集まった生徒達を見渡しながら口にした。

 そして中央に座る神崎が鋭い目付きをしながら立ち上がる。


「既に知っている生徒もいますが、最初は緊急会議を開くことになった経緯を話します。本日の10時15分頃、大きな揺れを感じた直後に先生方が行方不明になりました。それも教室で授業をしているにも関わらず、生徒達の目前で先生方が消失したのです。それだけでも大事件ではありますが、更に厄介な問題が判明いたしました」


 マイクを片手に持ちながら立つ神崎の透き通った声が、60人近くいる会議室内を響き渡らせ続ける。


 生徒会長になってからまだ1ヶ月しか経ってないというのに、随分と堂に入った佇まいだな……。遥の目前に座る俺にとっては少々――いや、かなり居心地が悪い。

 遥が嫌いとかそう言うわけじゃないけど、この場から静かに消え去りたいぐらいだ。


「その厄介な問題とは私達がいる場所――ハルモニア学園が見知らぬ場所に漂流、あるいは転移したことです。荒唐無稽な妄想を口走っているように思われますが、少なくとも現在のハルモニア学園は東京都内にはありません。異世界、もしくは別の惑星に漂流したと判断しています」


 神崎の発言に会議室内がざわつく。


「異世界……って、冗談ですよね……?」

「外を見てないのか、お前? 二つの月が見えているから、ここが異世界だとしてもおかしくはないぞ。あるいは違う惑星とか」

「そちらの先生も忽然と消えたって、本当なんですか?」

「ええ。ウチは数学の授業をしている途中、黒板前に先生がいたんだけど、地震が起きた後はどこにもいなかったわ」


 会議室に集まった生徒達。執行委員同士の会話が聞こえてきた。その会話は『困惑』と言った感情が込められているようである。


 信じられない、そんな表情を浮かべているな。もっとも異世界モノのラノベや漫画みたいな展開に巻き込まれてしまった以上、その表情を浮かべるのはおかしくはないだろう――てか、先生方が行方不明なの初耳なんですけど……。


「ハルモニア学園が異世界に漂流したことと、年長者の先生方が行方不明になったこと。その二つの異常事態が発生したことを知った私は、今後についての緊急会議を開くことにしました。今のところで何か質問はありますか? 質問がなければ今後についての話し合いを始めたいと思いますが……」


 そこで神崎は一旦区切る形で息を止めた。

 すると俺の背後から「質問があります!」と女子らしき声と共に立ち上がる音が聞こえてきた。俺はその方向に目を向けると、


「看護科の一年生女子代表の平泉です! 先生方が行方不明だとお聞きしましたが、教職員以外の方はいますか?」


 上下白コーデの実習服を着用する女子の顔が視界に入ってきた。元気が取り柄の雰囲気を持つ女子である。


「学園の全てを探し回ったわけではないので、今のところはまだ分かっていません。なので今は学園の生徒しかいないと判断した上で会議を進めたいと思います。他に質問はありますか?」

「あのっ! 調理科の一年生男子代表の飯島です! 異世界に漂流したと判断したと会長が言いましたが、それは本当なんですか? もし異世界に漂流したことが本当ならば、電気がストップしてもおかしくはないのですが……」


 先ほどの女子から少し離れた場所に立つ男子。白いコックコートを着用する男子が、天井にある蛍光灯に指差ししながら声を出している。

 そのことに俺は『言われてみれば確かに変だな』そう思いながら神崎の言葉を待っていると、神崎ではない誰かの声「知らねーのかよ、お前は?」が聞こえてきた。

 そんなふてふてしい言葉を口にした生徒の顔を見ようとする。

 そこには上下灰色の作業着を着こなす男子がいた。黒と白のスカルバンダナを頭に巻いた不良にも見える。


「工業科の二年生男子代表の黒渕虎太朗くろぶちこたろうさんです。工業科の中心メンバーの一人でもあるので、色々と気を付けた方がいいと思います。特に赤城さんは」


 俺の右後の席に座る井上のひそひそ話が耳に入った――って、どういう意味だ?


「黒渕さんは例の団体、SPFC団体に加盟しているとか……。それも幹部の一人だと噂があります」

「幹部の一人って、マジかよ……。従兄妹同士だとバレたらどんな目に遭わされるやら……」


 くわばら、くわばら。そんな心境を抱きながら聞き耳を立てようとする。


「俺達が通うハルモニア学園は『特別指定緊急避難場所』の一つでもあるんだぜ。それも日本一の規模で作られた収容避難場所でもある。だから建物の上にはソーラーパネルの屋根がびっしりと張られ、空き倉庫には非常食がたんまりと保管され、地下には生活用水がぎょうさん眠ってるんだ」


 ミーティングテーブルに足を置きながら喋り続ける黒渕。


「つまり天井にある蛍光灯が光るのはそんなにおかしくはねーんだよ、おわかり? ちなみに蓄電池設備も完備してるから太陽が出てなくても問題ないねーぞ」

「そ、そうなんですか……」

「ええ。黒渕さんの言うとおりです。私達が通うハルモニア学園は避難施設の一つでもありますので、今のところは電気の使用は問題ありません。それとここが異世界かどうかを議論する必要はないでしょう。のんびりと議論する余裕はないので。他に何か質問はありますか?」


 神崎はミーティングチュアに座る執行委員達を見渡しながら質問の催促をしたが、誰かの声や立ち上がる音は聞こえてこなかった。


「質問がないみたいなので、異世界に漂流した私達の今後についての会議をしたいと思います。特に今すぐにやるべきことについてなんですが、何かいいアイデアはありますか? 良さそうなアイデアを思い浮かべたらどんどん言ってください。柏木先輩、議事録をお願いします」

「うん。まかせてね~」


 神崎の言葉を受け取った柏木は、手慣れた様子でノートパソコンを起動している。

 すると神崎達の背後にあるディスプレイが起動した。どうやらノートパソコンと連動するように設定してあるようだ。

 そして次の瞬間。

 執行委員達のアイデアが飛び交う。


「最初はやはり学園の中を調べた方がいいんじゃないか?」

「生徒達の無事を確認するべきかと」

「食料や飲料水がいくつあるかを把握した方がよろしいと思います」

「運動部や他の生徒達にも協力を募るのはどうでしょうか?」

「生徒達の不安を取り除く為の全校集会を開くのはどうですか?」


 執行委員達の様々な案が会議室内の飛び交わうと同時に、執行委員達の様々な案がディスプレイに表示されてゆく。

 そして執行委員達の案が20を超えたところで会議室内が静かになり始める。そんな時だった。

 目前にいる神崎の目が合ってしまったのである。


「そう言えば御手洗先輩の代理人が私達に報告することがあったわね……。ちょうどタイミングがいいので、この場で報告してくれますか?」


 いつも見慣れた鋭い目付きをする神崎だが、俺の目にはニヤリと浮かべているように見えた。


 何で大勢の生徒達の前で報告しなきゃならないんだよ……。聞こえなかったフリでもしようかな? でも後が怖いんだよな。従妹の遥もそうなんだけど、SPFC団体に目を付けられるとヤバいんだよなぁ…………仕方がない。ちゃっちゃと報告を済ませておこう。


「えっと、御手洗先輩の代理人の赤城です」


 俺は立ち上がりながら言った。

 そしてそのまま御手洗の頼みごと、モンスターについての報告を果たそうとする。


「異世界に漂流した直後なんだけど。南にある正門でゲーム出てくるようなモンスター『ゴブリン』を見かけたんだ」

「「「ゴブリン、だと……!?」」」


 俺の言葉に会議室がざわついた。

 異世界に漂流するだけでもお腹いっぱいなのに、外敵の存在があることに戸惑っているようにも見えた。

 そんな生徒達に配慮する事なく俺は報告を続ける。


「一体のゴブリンではなく複数のゴブリンが学園の中に入ろうとしたんだ。それで直ぐに正門の門扉を閉めたんだけど、三体のゴブリンが学園の敷地内に乗り込んできた。だからその三体のゴブリンを倒してきたんだが……」


 隣に座る高橋に視線を送る。

『お前も御手洗先輩の頼みごとを引き受けたんだろ』そんな視線を高橋にぶつけたのである。

 すると面倒そうな顔をしながら立ち上がる高橋の様子が目に入ってきた。


「スポーツ科の2-Aに所属する高橋です。オレも赤城と一緒に正門にいたんだけど、赤城が三体のゴブリンを倒したのは事実だ。それも撃退ではなく三体とも仕留めた」

「「「し、仕留めただと……!?」」」


 目撃者でもある高橋の言葉に驚く生徒達。生徒会長の神崎も驚きの表情を出しているようだ。


「……確かですか?」

「ああ。赤城が三体目のゴブリンを仕留める時、オレも野球のボールで援護したからな」

「そうですか……。それでゴブリンの特徴を教えてくれますか」

「もちろんだ――っと言いたいんだけど、それは赤城に任せるぜ。ゴブリンを初めて倒した赤城にな」

「ファ!?」


『後はお前の役目だ』そんなアイコンタクトを俺に送りながら席につく高橋に、俺は思わず変な声を上げてしまった。


 高橋のやつ、俺に面倒ごとを押し付けやがったな!


「赤城さん。ゴブリンの特徴や詳しい経緯について教えてくれますか?」

「あ、ああ……」


 俺は神崎の顔を見ながらゴブリンについて説明した。

 ゴブリンの見た目は異世界モノのラノベに出てくるゴブリンとほぼ同じ姿であることや、ゴブリンを仕留めることになった経緯や、ゴブリンと仲良く出来そうに見えないことや、ゴブリンの強さを詳しく教えたのである。


「だから二対一、あるいは三対一の状況に持ち込めば簡単に勝てるだろうな。それと最後に御手洗先輩が複数の男子と一緒に正門の護りを務めているから、少しの間は心配しなくても大丈夫だと思うぞ――っと、それで終わりだ」

「そうですか……。色々と情報提供、ありがとうございます。それと赤城さん、席についてください」

「分かった」


 俺は神崎の指示に従った。

 そして直ぐに深刻そうな表情を浮かばせる神崎の顔が、席についたばかりの俺の目に入ってきた。


「ハルモニア学園が異世界に漂流。先生方などの大人が失踪。そして私達人間を襲うモンスターの存在。かなり厄介な状況のようね……。他に何か情報を持っている人はいないかしら? 気になったことでも何でもいいんだけど……」


 神崎は更なる情報を求めているようだ。同時に事態を好転させる情報を願っているようでもある。

 しかし誰も手を上げることや、誰かが立ち上がる音は聞こえてこなかった。それどころか重苦しい空気が蔓延しているように感じてきた。

 そんな葬式のような雰囲気が充満した会議室に、『ずしんずしん』という足音が響き渡ってくる。

『誰の足音だろう?』そんなことを思った瞬間、


「し、失礼しまヒュ!!」


 一人の男子が会議室に乗り込んできた。

 それも巨漢と言っても差し支えのない男子が、勢い良く会議室に入ってきたのである。


 で、でけぇ……!?

 横綱のお相撲さんレベルの大きさなんだけど……が、学生なんだよな? 俺達と同じ生徒なんだよな?


「農業科の三年生男子代表の大久保博之おおくぼひろゆきさんです。見た目通り大柄の男子ですが、性格はかなり大人しい方です。それと少々滑舌が悪いですけど、あまり気にしないでください。ちょっと気にしているみたいなので……」


 右後ろにいる井上の声が聞こえてきた。


 説明ありがとよ。つーか、大柄と言うよりデブじゃないのか? 面と向かってデブを言うつもりはないんだけど、かなり心配になるような体型をしているんだが……大丈夫なのか? 糖尿病とか、生活習慣病とか……。


「遅くなってゴメンでフュ! でも僕の友達からチュんごい情報を仕入れたでシュ!」


 どしんどしんと言った足音を立てながら神崎の前にやってくる大久保。まるで歩くボンレスハムのようである。


「すんごい情報……ですか。今ここで報告してもらってもいいでしょうか?」

「構わないでシュ」

「そうですか。ではよろしくお願いします」


 神崎は大久保にマイクを手渡した。

 そして大久保は俺達がいる方向に顔を向ける。


「えっと、農業科の三年生男子代表の大久保でシュ。僕の友達からチュんごい情報を教えてもらったので、それを報告しまヒュ。皆さん、チュテータスと口に出してくれまシュか?」

「「「…………は?」」」


 大久保以外の全員が呆気に取られた。

 特に俺のような生徒達。ゲームや漫画が好きそうな生徒達が、驚きの表情で呆気に取られたのである。


 チュテータスって、ステータスのことか? HPやMP、攻撃力とか防御力などが数値化したシステムのことだよな?

 もしロールプレイングゲームや異世界モノのラノベに良く登場するシステムを指しているのだとしたら、とんでもない情報なんだけど……取り敢えずステータスを口に出してみるか。


「「「ステータス」」」


 生徒達の一斉唱和が会議室を響かせた。

 すると生徒達の目前に見慣れぬウィンドウが現れたのである。

 それも半透明の青いウィンドウであり、そのウィンドウには日本語と数字が表示されていた。


名称:赤城涼介あかぎりょうすけ 年齢:17歳

種族:人間

職業:学生

状態:正常

レベル:2

HP:60 MP:30 腕力:35 頑丈:30 俊敏:25 魔力:21 器用:23

スキル

戦士の心得:Lv1

装備

金属バット、ハルモニア学園指定の運動ジャージ、スニーカー


 どこからどう見てもゲームのステータスなんだけど……幻覚じゃないよな? 取り敢えず隣の高橋のステータスでものぞいてみるか――って、文法どころか文字が滅茶苦茶なんですけど!?


「皆さん、チュテータスを出しましたか? そのチュテータスは同意なしで他人のチュテータスを見ること出来ないんでシュが、お互いの同意があれば見ることが出来るんでシュよ。それも指定したところだけと言ったことも出来るんでシュ」


 大久保は得意気にステータスについて説明をしている。


 ふむふむ。高橋のステータスの文字が滅茶苦茶になっていたのは無断で見たからか。ならキチンと同意した上で見せてもらおうかな。検証するのは大事だし。


「高橋。お前のステータスを見せてもらってもいいか?」

「赤城のステータスを見せてくれるなら構わないぞ」

「OKだ」

「じゃあ、オレもOKだ」


 俺と高橋はお互いにステータスを開示するのに同意した。

 すると文字化けを起こしていた高橋のステータスが大きく変化し始める。


名称:高橋修二 年齢:17歳

種族:人間

職業:学生

状態:正常

レベル:1

HP:53 MP:28 腕力:31 頑丈:25 俊敏:25 魔力:22 器用:25

スキル

投擲:Lv1

装備

野球のボール、ハルモニア学園指定の運動ジャージ、スニーカー


「おっ、ちゃんと見れるようになったぞ。そっちはどうだ?」

「オレのほうも見れるようになった。ってか、お前のレベルは1じゃないのな」

「えっ……!?」


 大久保の驚く声が唐突に聞こえてきた。同時に大久保がこちらにやってくるのが分かった。


「チュみません! レベルが1じゃないって、ホントなんでシュか?」

「ホントだけど……なにか問題でも?」

「チュテータスのことを色々と調べたんでシュけど、全員のレベルは1だったので……。それと必ずチュキルが1つ持っているのでシュが、ひょっとして――」

「いや、スキルは1つだけだ。ちなみにスキルのレベルは1だけどな」

「そうでチュか。でもなんでレベルが1じゃないんでシュか?」

「たぶんだけど。ゴブリンを倒したからじゃないか?」

「ゴブリン……って、マジでチュか?」


 神崎の顔を見ながら疑問を口にする大久保。


「大久保先輩がここにくる前のことなんですけど、赤城さんがゴブリンを三体倒したことを報告しました。ちなみに目撃者がいるから嘘ではないでしょう。それよりステータスについての説明は終わりですか?」

「そうでチュね……。全員のレベルは1からであることと、何らかのチュキルが必ず1つ所持していること。他にも色々と機能がある可能性が有りまシュが、僕が知り得る情報はここまででチュね」

「分かりました。大久保先輩、貴重な情報をありがとうございます。それと適当な席についてくれますか?」

「はいでチュ」


 大久保はドカドカと足音を立てながら空いている席に向かった。

 そして大久保が適当な席についてから30分ぐらい経過した頃、緊急会議は佳境を迎えようとしていた。


「最後に二つの班――学園の内側についてのA班と、外部の脅威に対してのB班を作りたいと思います。それと副会長を今ここで任命します」


 神崎の言葉に会議室内が大きくどよめいた。

 ハルモニア学園一の美少女でもある生徒会長『神崎遥』の右腕。副会長を指名すると言ったからだ。


「副会長って誰だろう? ひょっとして僕かな?」

「バーカ。お前なんて眼中にねーだろ。俺だ、俺!」

「寝言は寝てから言いなさいよ。副会長は柊様にピッタリなんだから。そして再び生徒会長の座に……」

「いやいや。柊さんは確かに優秀ではあるが、この三軒茶屋道一さんげんぢゃやみちかずこそが副会長に相応しいさ……フッ」


 三者三様の声があちこちから聞こえてきた。どうやら副会長の席に座りたい生徒は沢山いるようだ。


 身内の俺が言うのもなんだけど、美少女の遥の近くに座りたいのかねぇ……。

『才色兼備』でもある遥の近くはいばらの道だと言うのに――てか、このタイミングで副会長を発表するのって、かなりヤバ過ぎる状況なんですけど!!


「どうしたんだ、赤城? トイレに駆け込みたいような顔色になっているが……大の方か?」

「んなわけ――じゃない。良く分かったな、高橋。ちょっと腹の調子が悪いから席を離れ――」

「どこにいくつもりなのかしら……?」


 こっそり会議室から抜けようとする俺の耳に、神崎の底冷えするような声が入ってきた。


 勘弁してくれ。

 従兄妹のお前との約束があるとは言え、頭の悪い俺が副会長なんて務まるわけないっての。


「では副会長を紹介したいと思います。赤城涼介、こちらに来なさい」


 神崎は俺の顔を真っ直ぐ見た。

 それと同時に「アカギリョウスケって誰だ?」そんな疑問に満ちた複数の声が聞こえてきた。

 ただし俺のことを知る高橋や竜胆。それから井上と蔵本は驚きの表情で俺を見ているようだ。生徒会役員のメンバーも驚いているようである。


 ここから逃げたい。知らんぷりを決め込めたい。でもそれをやったら遥のメンツが立たないだろうな。

 それに今の状況。モンスターが存在する異世界に漂流してまった以上、冗談やわがままを口にするのは許されないだろう。

 とは言え遥の足元にも及ばない俺が副会長になるのは如何なものだろうか?

 幼少どころか赤ん坊からの付き合いがある従兄妹同士とは言え、副会長になるのに相応しい俺ではないはずだ。

『俺がお前を守ってやる。寂しい思いはさせない』そんな威勢の良い約束を交わしたことがあったとは言え、『天才』の遥と一緒に歩く資格はないはずだ。

 だから「お断りします」そう口にしたい俺であるが、場の空気を濁す勇気はない…………ちくしょう! 後で話があるからな!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る