3 生徒会

『現在、ハルモニア学園は緊急事態に見舞われています。繰り返します。現在、ハルモニア学園は緊急事態に見舞われています』


 生徒会長らしきアナウンスがハルモニア学園全体を響き渡らせる最中、緊急放送に狼狽える生徒達の様子がチラホラ見かけたが、俺と高橋は気にすることなく正門から第一校舎に真っ直ぐ向かった。


「シュウ、赤城!」


 目的地の生徒会室がある第一校舎の玄関口に辿り着いた直後、制服の上にジャージを羽織った一人の女子を連れた竜胆が俺達の前にやってくる。


「竜胆か。学園に侵入した三体のゴブリンは俺が倒したぞ」

「赤城一人で倒したの!?」

「そうだ。三体目のゴブリンは高橋のお陰でもあるけどな」

「えっ、シュウもゴブリンと戦ったの?」

「いやいや、野球のボールを投げただけだ。それより七海はどうしてここに……って、聞くまでもないか」


 俺の隣にいる高橋は『七海は生徒会執行委員の一人だったな』そんな表情を浮かべているようだ。


「アタシ達は生徒会室に向かっているところなんだけど、シュウはどうしてここに? ここは第四校舎じゃないんだけど」

「いや、なんつうかな……。執行委員の御手洗先輩から頼みごとを受けたんだよ。モンスターを初めて倒した赤城と、目撃者でもあるオレと一緒に生徒会室に行ってほしい、とさ」

「執行委員の御手洗先輩って、男子剣道部の御手洗先輩のこと?」

「ああ。そんで御手洗先輩の代理として生徒会室に向かってるところだ」

「ふ~ん……。だったらアタシ達も一緒に行ってもいい? ちょうど目的地が同じみたいだし」

「オレは構わねぇぞ。赤城はどうなんだ?」

「もちろん俺も構わない。つーか、断る理由がねぇだろ」


 目的地が同じなのにわざわざ別れて行動するのもおかしいしな。


「ありがとー、二人とも。あとこの子を紹介するね」


 俺と高橋に感謝の言葉を口にした竜胆は、ジャージを羽織った女子の背を軽く押しす形で俺達の前に出した。


「ちょっ、ちょっと押さないでくださいよ、七海さん! 自己紹介ぐらい一人で出来ますから!」

「はいはい。じゃあ自己紹介をよろしく♪」


 竜胆はジャージを羽織った女子――小動物を連想させるような小柄な体格と、サラサラの茶髪のストレートヘアと、大きな眼鏡が特徴的な女子にウインクを送っている……って、あれ? あの女子はひょっとして……。


「芸術科の2ーAに所属している井上久瑠海いのうえくるみです。先ほどは助けてくれてありがとうございます」

「ああ、やっぱりさっきの女子か。それで怪我はなかったか?」

「はい! お陰さまで! それでその――」


 貴方の名前は何ですか、そんな表情を出す井上の顔が目に入ってきた。


「俺は普通科の2ーBに所属している赤城涼介だ。よろしくな。んで、コイツは高橋……なんだっけ?」

「修二だ、修二。スポーツ科の2ーAに所属している高橋修二だ。よろしく」

「あっ、はい! こちらこそよろしくお願いします!」


 井上は勢い良く深々~っと、頭を下げた。


 礼儀正しい女子だな。でも芸術科の井上がなんで第一校舎の中にいるんだろう? 芸術科の生徒の教室は高橋と同じ第四校舎の中にあるはずなのだが……ひょっとして生徒会の関係者なのだろうか?


「ちなみに久瑠海ちゃんもアタシと同じ執行委員の一人なの。ねぇ、久瑠海ちゃん」

「あっ、はい。若輩者ですが、芸術科の二年生女子代表を務めています。それより御手洗先輩は来れないと聞きましたが、御手洗先輩は何をしているのですか?」

「部活動で使う防具などを装備した人達と一緒に正門の警備をしてる」

「だ、大丈夫なのですか……?」

「たぶん問題ないんじゃね。ゴブリンはそれほど強くなかったから、同数までならほぼ無傷で勝てるんじゃないかな? だからそんなに心配しなくても大丈夫だと思うぞ」

「そうですか……」


 不安そうな面持ちをする井上。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。久瑠海ちゃんの御手洗先輩は男子剣道部の部長兼主将だから、そう簡単にやられはしないって」

「そうですよね――って、御手洗先輩とはそんなんじゃないですってば!!」

「またまた~。いつも御手洗先輩に熱い眼差しを送っているじゃない」

「それは、その……。とても強そうで格好いいなぁ、なんて思っただけ――じゃなくて! えっと……何て言うか、他の男子より落ち着いてるなぁっと、思っただけですから!」

「いやいや、それが恋の始まりだから。それでいつ告白す「ちょっといいか?」うん? どうしたの、赤城?」

「『どうしたの』じゃねーよ。ガールズトークは俺や高橋がいないところでしてくれ」


 男子の俺が女子のコイバナを聞くのはちょっと背中が痒くなるから止めてくれると助かるんだが。


「赤城の言うとおりだな。人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られると言うだろうし。もっとも七海なら返り討ちに出来るだろうけどな」

「出来るわけないでしょ! 馬に勝てるほどアタシは強くないっての!!」


 高橋の軽口を聞いた竜胆は、心外だと言わんばかりの表情をしている。


「いやいや、七海ならきっと勝てる。そんで『霊長類最強の女子』の称号を手にするんだ!」

「そんないかつい称号は願い下げよ! せめて『美少女ファイター』にしなさい!!」

「び、美少女……」

「何よ、その顔は! 言いたいことがあるならハッキリ言いなさい!! はっ倒してあげるから!!」

「お~怖っ」


 鬼気迫る竜胆の様子をおちょくる高橋。そんな二人のやり取りを目にしていると、井上の口から「あのっ、そろそろ生徒会室に向かいませんか?」とやや大きめの声が聞こえてきた。


「おっと、忘れるところだった。赤城を生徒会室に連行しなきゃいけないんだったな」

「おい。勝手に俺を犯罪者みたいな扱いをすんじゃねぇ。でも井上の言う通りサッサと生徒会室に向かおうぜ」


 俺は玄関口から階段がある方向に足を向けた。

 すると俺の背後から三人分――高橋、竜胆、井上の足音が耳に入ってくる。ローファーで歩く音と、運動靴で歩く音である。


「土足で校内を歩けるって、地味に嬉しいよな?」


 一階から三階に上がる途中、真横にいる高橋が俺に話しかけてきた。


「確かにな。履き替えたりする手間がないのは嬉しい。特にクソダサい上履きを履かずに済むのがメッチャ嬉しいわな」

「だよね! 小学生とか中学生なら特に意識はしなかったけど、お洒落に気を使う女子高生のアタシには耐えがたいわね!! 久瑠海ちゃんもそう思うでしょ!!」

「まぁ、確かに……。古臭いイメージは拭えないと思いますね」

「でしょ!! 地味過ぎる上履きなんて時代遅れの産物といっても差し支えないわよ!!」

「七海、それは言い過ぎだ。話を振ったオレが言うのもなんだけど、『時代遅れの産物』は流石に言い過ぎだ。上履きを採用している学校に通う生徒に謝っておけ」

「イヤよ! むしろクソダサい上履きに甘んじている生徒に喝を送りたい気分なんだけど!!」

「だから喧嘩を売るなっての。ってか、七海の声がうるさい。今は非常時なんだから静かに移動しろよ」


 パニックが起きたら面倒なんだからさ。そんな高橋の呟きを耳に入れていると、ちょうど生徒会室がある三階に辿り着いた。

 そして直ぐにでも生徒会室に向かおうとするが、


「あれ? 赤点じゃないのよ。どうして三階にいるの?」


 俺を不名誉なあだ名で呼ぶ一人の女子に阻まれた。

 小柄な体格を持つ井上より背が小さい女子であり、中学生どころか小学生に間違われそうな童顔を持つ女子であり、肩に垂らしたサイドテールが似合う女子――蔵元日菜子くらもとひなこに。


「俺を赤点と呼ぶんじゃねぇよ、ヒナっち。見た目が小学生ロリでも容赦なくぶっ飛ばすぞ、俺は」

「誰がロリよ! あと私を『ヒナっち』と呼ぶな!!」


 蔵元は小学生が怒ったような表情、頬をプクーと膨らませている。


「怒りの表現が幼いなぁ、ヒナっち」

「だからヒナっちと呼ぶな、万年赤点!! さもないと蹴りを食らわせるわよ!!」

「ヒヨコの蹴りなんてじゃれ合い以下だから、ヒナっちのことは今まで通りヒナっちと呼ばせてもらうぜ」

「成敗!!」


 怒りの色を表す蔵元の声が聞こえた瞬間、俺のふくらはぎから歯切れ良い音が耳に入ってきた。蔵元が俺のふくらはぎを狙う形でローキックを放ってきたのである――のだが、


「いっ、たいんですけど……」


 涙目を浮かべる蔵元の顔が目に入ってきた。


「慣れないことすんじゃねぇよ、ヒナっち」

「うっさいわよ、赤点大魔王!!」

「誰が赤点大魔王だ。本気でヒナっちの腹にグーパンするぞ……っと言いたいんだけど、取り敢えず落ち着け。今はヒナっちとじゃれ合ってる余裕はないんだからさ」

「それはこっちのセリフよ! 今は非常事態なのに教室に戻らずブラブラしてる赤点が言うセリフじゃない! あとヒナっちと呼ぶな!!」

「俺が何の目的もなく三階にいるわけじゃねぇんだよ。執行委員の御手洗先輩の代理として生徒会室に向かっているところだ。そっちこそ何の用で三階にいるんだよ? 教室2-Bは二階にあるはずだろ。あと赤点と呼ぶな」


 一年生の教室は一階、二年生の教室は二階、三年生の教室は三階にあるので、クラスメイトでもある蔵元ヒナっちがここにいるのは不自然なのだ。


「御手洗先輩の代理――って、男子剣道部の御手洗先輩のこと?」

「そうだ。御手洗先輩のことを知っているのか?」

「知っているのかって、私は御手洗先輩と同じ執行委員の一人よ。普通科の二年生女子代表、それが私なんだけど。知らなかったの?」

「全く。ってか、ヒナっちが執行委員の一人ってマジなのか?」


 俺は執行委員の生徒でもある井上と竜胆の顔を視界に入れながら言った。


「蔵元さんは私達と同じ執行委員ですよ。ちょうど蔵元さんと同じ学年なので、良く一緒に仕事をしていますから」

「うんうん。久瑠海ちゃんの言う通りヒナちゃんは間違いなく執行委員の一人だよ。ってことで、ヒナちゃ~~ん!!(ぐわし)」

「えっ、ちょ、止め、わ、私に抱き着くな! うぷっ、く、苦しい! む、胸の……胸の脂肪を私の顔に押し付けるなぁぁぁぁぁぁ!!」


 竜胆にガッチリと抱き着かれた蔵元は、両手をばたつくなどの抵抗をしているが、格闘経験者の竜胆を振り払える力はないようだ。ある意味ご愁傷様である。


「やっぱり小さくて可愛いヒナちゃんは抱き枕にピッタリだね~。久瑠海ちゃんの抱き心地も捨てがたいけど、ヒナちゃんのは凄く落ち着くわー」

「落ち着くな! 小さいって、言うな!! それとヒナちゃんって言わないでよぉぉぉぉ!!」

「やだー。ヒナちゃんはヒナちゃんって呼びたい。ヒヨコみたいに可愛いヒナちゃんにピッタリでしょ」

「可愛いのは褒め言葉だけど、私にとっては『ヒヨコ』は禁句アウトだよ!! ってか、小さい物を連想する言葉を言うな!! 七海は私に喧嘩売ってんの!!」

「そんなつもりはないわよ。ただヒナちゃんを愛でたいの! だから抱き枕として家に持ち帰りたいんだけど…………ダメかな?」

「いいぞ。存分に可愛がってやれ」

「いやいや、何で赤点が許可出してんのよ!! それより早く助けなさよ!!」

「俺を赤点と呼ぶヒナっちを助けたくないからイヤだ。それに姉妹の仲を引き裂く真似はしたくない」

「誰と誰が姉妹よ! いいから早く助けて!!」

「断固拒否する。慌てふためくヒナっちの様子を見続けたいからな。それとついでにスマホに記録でもしてやろう」

「おのれぇぇぇぇー!!」


 蔵元は女子にあるまじき言葉を吐きながら手足をジタバタと暴れ続けている。そんな蔵元の様子をスマホに記録しようとする俺は、ジャージのポケットからスマホを取り出そうとする――が。


「教室に置きっぱなしだった……」

「馬鹿め!! ばーか! ぶぁ~~~~か!!」


 ここぞとばかりに俺を罵倒する蔵元。その表情は実に生き生きしているように見えてしまった。


「竜胆、ヒナ枕を家に持ち帰ってもいいぞ。そんで飯を食っている時も、風呂に入る時も、寝る時も一緒に過ごしてやれ。きっといい悲鳴――じゃなかった。ヒナっちは泣いて喜ぶぞ」

「うん、分かった!! ヒナちゃんの幸せはアタシが責任をもぐぶぇっ!!」


 蔵元を抱きしめる竜胆から鈍い音と共に女子とは思えないような悲鳴が聞こえてきた。竜胆の幼馴染でもある高橋が、竜胆の後頭部にチョップを食らわせたのである。


「そのぐらいにしておけ、七海。相手が困っているだろ。それとオレ達は生徒会室に向かっている途中だろうが」

「そ、そうだったわね……。でもか弱い乙女の頭を殴るのはどうなのよ?」


 竜胆は頭をさすりながら口を尖らせている。


「お前はか弱くないから全く問題ないだろ。つーか、異世界に漂流した学園からどうやってヒナ枕を家に持ち帰んだよ? 無理だろ。だから家に帰る手段を見つけるまで我慢した方が良くね?」

「た、確かに……!!」

「確かに、じゃない! 家に帰る手段を見つけても七海の家にだけは絶対に行かないわよ!! あと『ヒナ枕』って呼ぶな、金猿!! 赤点もだけど!!」

「……金猿って、オレのことか?」


 不快そうな表情を浮かべながら俺の顔を見る高橋。


「たぶんな。てか、お前の名前を知らないから『金猿』と呼ばざるを得ないんじゃね? 俺も金猿と呼ぼうか? ゴールデンモンキーとか」

「却下に決まってるだろ、赤点。それよりサッサと生徒会室に向かうぞ。ヒナ枕も生徒会室に向かってるんだろ?」

「だからヒナ枕と呼ぶな、金猿! 私は蔵元日菜子、赤点のクラスメイトの蔵元日菜子よ!!」

「あーそうかよ。オレはスポーツ科の2ーAに所属している高橋修二だ。一応よろしくな、ヒナ枕」

「天誅!!」


 蔵元をからかう高橋の声が聞こえた瞬間、高橋のふくらはぎから心地いい音が耳に入ってきた。蔵元が高橋のふくらはぎを狙う形でローキックを放ってきたのである――のだが、


「うっ、ぐぅぅぅぅ……」


 泣きべそ一歩手前の蔵元の顔が目に入ってきた。


「学習しろよ、ヒナっち。赤点の俺より頭がいいんだろ?」

「うっ、さいわよ、この万年赤点が……」

「だから赤点と呼ぶなってば。でもあまりにも可哀想なんでスルーしてやろう。そんでそろそろ生徒会室に行きたいんだけど、ヒナっちも生徒会室に用があんだろ? 一緒に行くか?」

「誰がアンタなんかと! と言いたいんだけど、私も生徒会室に用があるのよね。だから私についてきなさいよ!」


 蔵元は生徒会室がある場所に向かって歩き始めた。

 当然俺達も生徒会室に用事があるので、蔵元の後ろ姿を見ながら生徒会室まで移動する。そして数十秒後には生徒会室に続くドア――重厚な雰囲気を醸し出す木製の観音扉が目に入り、


「邪魔するぞ」


 やや大き目の声を出しながら生徒会室の中に踏み入れた。

 すると俺の視界に飛び込んできた最初の光景は、青空が見える窓ガラスをバックに置かれた執務机と、その隣に立つ一人の女子――生徒会長の腕章を着けた女子が大声で指示する姿であった。

 また、生徒会室の中央に配置されてある複数のデスクと、その周囲を忙しなく動き回る生徒達の様子も目に入ってきた。


「やはりダメです、会長! ネット回線と電話回線が繋がりません!!」

「すみません、会長! 全ての構内を捜索したわけではありませんが、生徒以外の人間――先生方の姿が見当たりませんでした!!」

「あのっ、少しよろしいですか? 一部の生徒達が取っ組み合いをしていますけど、どうすればいいのでしょうか?」


 困惑と言った空気を孕んだ言葉が聞こえてくる。


「色々と問題が発生しているのは理解していますが、取り敢えず生徒会役員と執行委員の生徒を召集させるのを最優先にしなさい! それと柏木先輩、現在集まった人数はいくつですか?」


 毅然とした態度で右往左往する生徒達に指示を出す生徒会長。今年の6月に生徒会長に就任したばかりなのに、生徒会長に相応しい振る舞いに見えた。


 どうやら取り込み中のようだ。

 なので出直すことにしよう――と思ったけど、もう少しだけ待ってみようかな? 御手洗先輩の頼みごとをできるだけ早めに片づけておきたいから、この場で生徒会の仕事ぶりを観察しながら待ってみるか。


「今のところは53人よ~、ハルちゃん。生徒会役員は先程全員集まったけど~、執行委員の方は七割から八割といったところね~。もう一度アナウンスでもしますか~?」


 生徒会長から『柏木先輩』と呼ばれた女子。書記長の腕章を着けた優しそうな雰囲気を出す女子が、生徒会長の顔を真っ直ぐ見ながら言った。


 ゆるふわのストレートヘアの女子か。それも美人なタイプの女子でありながらセクシー系の女子、ぶっちゃけ目の保養になるな……。


「いえ、のんびり出来る状況じゃないからアナウンスをするつもりはないわ。それに七割も集まれば充分だから、このまま会議の準備を始めてくれるかしら?」

「分かったわ~、ハルちゃん。ジン君も一緒に連れて行ってもいい~?」

「ええ。構わないわよ。むしろ全員連れて行っても問題ないわ。陣川先輩、柏木先輩と一緒に会議の準備をしてくれるかしら?」

「チッ……しゃーへんな。ここにおってもやることあらへんし、柏木って一緒にやったるで。ただここを空かせるわけにはいかんから、一年のボウズどもを置いとくわ」


 陣川先輩と呼ばれた男子。会計長の腕章とサングラスと金ネックレスを身に付けた強面系の陣川は、見た目がショタ……ではなくて、背の低い童顔の男子がいる方向に顔を動かした。


 サングラスと金ネックレスって、生徒の見本でもある生徒会役員が身に着けてはいけないモノなんじゃねぇの? つーか、俺と同じ学生なんだよな? オールバックの髪型にいかつい顔って、どこからどう見てもヤクザなんだけど……。


「オイ、山田! 会議中にここに誰か来よったら、お前が対処せえ。執行委員の生徒やったら隣の会議室に、それ以外の生徒はお前の判断に任せる。分かったな?」

「は、はい! ただ、先生方など大人の人がお見えになった場合はどうしますか?」

「そん時は直ぐに報告しに来い。ええな」

「分かりました!」

「ええ返事や。ほんで鈴本、ワレは山田の手伝いをしてもろてもええか?」

「えー」


 ヤクザの友達がいそうな陣川から『鈴本』と呼ばれたショートヘアの女子は、不服そうな表情を全面に出しているようだ。


 勇気あんな、あの女子は。

 井上とそんなに変わらない背丈なのに、暴力の臭いがしそうな先輩に逆らうなんて、あの女子の心臓には剛毛が生えてんだろうな。ある意味尊敬するぞ。

 逆に童顔の男子は…………特にないかな? それでも強いて言うとしたら、セクシーなお姉さんからHな悪戯をされそうなイメージが真っ先に浮かぶぐらいだ。


「『えー』やへん、やれ! てか、三年の先輩に口答えするとはええ度胸やな?」

「私の上司は書記長の柏木先輩なので、会計長の命令は聞きたくな「みぅちゃん、ジン君の頼みごとをきいてくれないかしら~?」分かりました。誠心誠意、やらせてもらいます」


 鈴本は不平不満の表情から一瞬でやる気モードに切り替わった。どうやら鈴本の中にある力関係ヒエラルキーは、会計長<書記長のようである。


「俺と柏木は同じ地位におるんやけどな……まぁええ。そろそろ隣の会議室に行くで。二年の小僧ども、俺と柏木に付いて来いや」

「了解です、陣川先輩」

「分かりました、陣川先輩」


 男女二人分の返事が聞こえた直後、会計長の腕章を着けた陣川と、書記長の腕章を着けた柏木が、先程返事した二年生を引き連れる形で生徒会室から出ようとする――が、


「誰や、おどれ?」

「えっと、どちら様ですか~?」


 生徒会室の出入り口に立つ俺に誰何された。

 終始関西弁を話す陣川と、柔和な笑みを出す柏木にである。

 そんな生徒会役員の二人に誰何された俺は、直ぐに名乗りを上げようと口を開きかけるが、それより早く生徒会長の腕章を着けた女子の声が聞こえてくる。


「涼介、何で貴方がここに……?」


 俺のファーストネームを口にした生徒会長は、俺の顔を見ながら驚きの表情を出していた。

 いつもは鋭い目付きを浮かべる生徒会長なのだが、俺が生徒会室に訪れたことに目を丸くしているようだ。ちょっと珍しいモノを見た気分である。


 キョトンとしたアイツの表情を見れただけでも、生徒会室にやってきたかいがあったかな――なんて馬鹿なことを考えている場合じゃねぇな。せっかく御手洗先輩の頼みごとをクリアするチャンスなんだしさ。


「ちょっと遥に報告したいことがあったからここに来たんだけど、取り込み中か?」


 俺は生徒会室の奥にある執務机の隣に立つアイツ、生徒会長の神崎遥かんざきはるかに向かって声を出した。

 目鼻立ちの整った美人であり、やや控え目な胸を持つスレンダー体形の美少女。また、普通科の2-Aに所属する生徒であり、和服が良く似合いそうな日本美女でもある神崎に、幼い頃からの知り合いに話し掛けるかのように声を出したのである。


「いえ、ちょうど空いたところよ。それで私に報告したいことって何かしら? くだらない内容だったら涼介でも怒るからね」


 生徒会室の奥にある執務机から俺の前まで歩きながら話す神崎は、ウエストラインまで伸ばした黒髪――櫛目の通った美しい黒髪を揺らしている。

 そんな神崎の声音はややトゲを感じるものの、どこかとなく親しみを感じてきた。当然である。

 何故なら俺と生徒会長の神崎遥の関係は、ある意味幼馴染み以上の関係だからだ。


「赤城さん、生徒会長とはお知り合いなのですか?」

「ハルちゃん、目の前にいる男子のことを知っているの~?」


 俺の背後に立つ井上の質問と、神崎の隣に立つ柏木の質問が、俺と神崎の耳に聞こえてきた。二人(俺と神崎)の間に漂わせる空気に疑問を感じたのだろう。


「知り合いっつうか――」

「知り合いと言うより――」


 俺と神崎の目が合う。

 そして俺と神崎の関係を口に出そうとする。


「従兄妹だ」

「従兄妹よ」


 二人分の言葉がピタリと重なった。

 すると一瞬だけ生徒会室内の音が完全に無音になり、


「「「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」

「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」


 全方向から驚きの叫び声が飛び込んできた。

 同時に驚愕といった表情を浮かべる生徒達の様子が、チラホラと視界に入ってくる。


「いくらなんでも驚き過ぎじゃね? 俺に従兄妹がいてもそんなに不思議じゃないだろ」

「涼介の言う通りよ。私にも親戚がいてもおかしくはないでしょ」


 未だに浮足立つ生徒達に語りかける俺と神崎は、『それほど驚くことだろうか?』そんな表情を浮かべている。


「赤点に従兄妹がいるのは一万歩譲ったとしても、会長の従兄妹が赤点なんて有り得ないでしょ!! 月とスッポンどころのレベルじゃないわよ!!」

「会長に従兄妹がおるのは確かにおかしくはへんけど、パッとしない小僧が会長の従兄妹なのは流石に信じられへんぞ!!」


 後ろにいる蔵元は俺に大声を出し、前にいる陣川は神崎に大声を出した。


「月とスッポンは流石に言い過ぎだろ、ヒナっち。言い得て妙だけど、俺と遥は間違いなく従兄妹同士だ」

「涼介がパッとしないのは認めるけど、涼介が従兄妹なのは本当のことよ。ちなみに私の父と涼介の母が兄妹なの。そうでしょ、涼介?」

「まぁな――ってか、パッとしないことを認めないでくれるか? 遥と比べたら確かに俺はパッとしないけど、従兄妹でもある俺をディスるのは止めてくれると助かるんだが」


 身内びいき抜きにしても美少女の遥と比べられたら勝ち目がねぇっての!


「私の約束を平気で破る従兄妹は貶されても文句は言えないと思うんだけど、そこのところはどう思っているのよ?」

「うぐっ……!?」


 い、痛いところを突かれた!

 けど遥の約束を達成するのは流石に難しいんだっての!! 特に赤点まみれの俺が達成するのはハードルが高すぎるわ!!


「や、約束を破ったのは悪かった。だけど例の件はちょっと……か、勘弁してくれませんかねぇ……」

「絶対に嫌よ。私と交わした約束は絶対に履行させてもらうわ。どんな手を使ってもね。と言うより、私の約束を果たす為にここに来たんじゃないの?」


 神崎は鋭い目付きで俺の顔を見ている。

 それは期待10%、生徒会長の仕事40%、怒り50%のような目付きのようである。


「遥には悪いんだけど、ここに来たのは約束を果たす為じゃない。ちゃんとした用事があってここに来たんだ」

「そう……。それでどんな用事なわけ?」


 やや悲しそうな目をする神崎。そんな神崎の様子に俺は気付かないフリをする。


「執行委員の御手洗先輩を知っているか? 男子剣道部の」

「ええ、もちろんよ。御手洗先輩は運動部の顔役の一人でもあるから……御手洗先輩に何かあったの?」

「いや、怪我とかしたわけじゃないから安心してくれ。ただ御手洗先輩の代わりに報告しに来たんだ」

「御手洗先輩の代わりにって、当の本人は何をしているの?」

「複数の男子と一緒に正門を守っている。それと御手洗先輩から伝言『正門の守りは俺が受け持つ』だとさ」

「正門の守り、ですか。それで涼介は何を報告しに――――いえ、時間があまりないから涼介も会議に参加しなさい。いいわね?」

「うぇぇっ……」


 神崎の要請に俺は心底嫌そうな顔で返事をした。


 面倒事はマジで嫌なんだけどなぁ……。

 特に会議とか堅苦しいのは苦手だから勘弁してほしいのだが。


「何よ、そのみっともない返事は。御手洗先輩の代わりに来たってことは、涼介は御手洗先輩の代理とも言えるんでしょ。だったら会議に参加する資格があるわ。そうですよね、柏木先輩?」

「そうですね~。みー君の代理であるならば~、参加する資格はありますー。ちなみに前例はありますから~、特に問題はないと思いますー。ジン君はどう思いますか~?」

「俺に振るな、柏木。せやけど緊急事態やし、それぐらいの融通は問題ないやろ。それより会議の準備をした方がええんやないか?」

「そう言えばそうでした~。なので私達は会議の準備をしますね~」

「ええ。よろしくお願いするわ。私と涼介達も直ぐにそちらに向かいますから」

「分かりました~。また直ぐにお会いしましょうね~。はるちゃんの従兄妹君も~」


 柏木は陣川達と一緒に生徒会室を出た。生徒会室の隣にある会議室に向かうつもりなのだろう。

 そして俺と神崎は改めて顔を見合わせる。


「会議、絶対に出なさいよ。少しだけでも私に負い目があるのなら、これからについての重要な会議に参加して」

「これからについての会議……って、そんな重要な会議に俺が参加していいのかよ? ここで遥に報告するだけじゃダメなのか?」


 不名誉なあだ名『赤点』を持つ俺が、異世界に漂流した今後についての極めて重要な会議に参加したらヤバくね? ついうっかり変な意見を出して迷走させてしまったら目も当てられないのだが……。


「また逃げる気なの?」

「逃げるつーか、俺の学力を知ってんだろ。腐ったみかんを紛れたら周りのみかんも腐るぞ」

「それでもいいから会議に出なさい――――いいえ、生徒会長の命令として会議に出席して」


 鋭い目付きで俺の顔を睨む神崎。断ったら酷い目に遭わせる、そんな雰囲気を出しているようだ。


「ちなみに拒否すると言ったら?」

「拒否? 涼介に拒否権なんてものはないわよ。何故なら一般生徒の涼介が、生徒会長の私の命令を逆らえるはずないでしょ」

「ひ、ひでぇ……」

「酷いのはどっちよ。それより高橋修二さん、だったかしら?」

「うん……? あ、ああ……オレのことを知っているのか?」


 俺と同じような理由で生徒会室に同行した高橋が、俺の前に立つ神崎に向かって返事をした。


「生徒会長の私が校内新聞を読まなくてはおかしいでしょう。それでどうして貴方がここにいるのですか? 執行委員の井上久瑠海さんや、竜胆七海さん。それと蔵元日菜子さんがここにいるのは理解できますが」

「あー、何つーかな……。オレも赤城と同じ理由、御手洗先輩の頼みごとを果たす為に来たんだ」

「そうですか。でしたら涼介と一緒に会議に参加してもらってもいいですか? 運動部の顔役の一人でもある御手洗先輩の頼み事でしたら、かなり重要な情報を持っていると見受けますので」

「いやいや。そんな大した情報ではない――っと、謙遜したいところなんだけど、割と重要な情報を持っているから会議に参加するのは問題ないぞ。赤城を強制的に連れて行けばいいんだな?」


 高橋は俺の顔を見ながらニヤリと不敵な笑みをこぼした。

 俺に何か悪戯をしようとしている、そんなあくどい顔である。そして次の瞬間、


「オラァッ!」


 掛け声を上げながら俺にタックルを放つ高橋の様子が目に飛び込んできた。そしてそれは回避不可の奇襲攻撃であり、


「ぐぶぇ!?」


 高橋のタックルの衝撃に負ける形で床にすっ転んでしまった。


「な、何をしやが「今だ、七海! 赤城の両足を持て!」」

「分かった!」


 竜胆は床に倒れた俺の両足を持ち上げる。


「おい! 何で俺の足を持ち上げ――ま、まさかッ!?」

「その『まさか』だ! お前を会議室に連行してやる!」


 高橋は俺を羽交い締めにする形で持ち上げた。


「ま、待て! 赤点まみれの俺が会議に参加してもしょうがないだろ!! だからこのまま解放しやがれ!!」

「断る! ってか、生徒会長の命令を受けたんだろ。だったら大人しく会議に参加しろや!!」

「ざけんな!!」


 俺は叫び声を上げながら手足を動かした。

 しかし、俺の両手両足を掴む高橋と竜胆の二人の手から逃れることはできなかった。

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