2 モンスター

 ハルモニア学園の正門の外は異世界が広がっていた。

 より正確に言えばハルモニア学園そのものが異世界に漂流したのだろう。

 何故なら東京都内にあるはずのここ――ハルモニア学園の正門の外には、東京都内では絶対に見ることは不可能な光景が広がっているからだ。

 腰より低い緑の雑草が100~200メートル先まで広がっており、その向こうには鬱蒼とした森林。それと溶岩がそのまま冷えて固まったような岩石が至るところに転がっており、その影から鳥類らしき小動物が飛び立つ。そんな大自然の風景は常識の範疇であった。少なくとも地球上のどこかに漂流した可能性を持っただろう。

 しかし、一点の曇りのない青空に浮かぶ二つの巨大な月がうっすらと見える景色は、ハルモニア学園が異世界に漂流したのだと把握するのに充分なインパクトであった。


「どこだよ、ここは……!?」

「異世界、なわけないよな……」

「夢だよね……? うん、これは夢を見ているのよ……!」

「私達、家に帰れるの……?」


 正門の外に集まった生徒達の言葉が耳に入ってきた。

 驚き、不安、困惑、恐怖。様々な感情が込められた声が、正門の外に立つ俺の耳に聞こえてきたのである。


「高橋、頼みがある」

「何だ?」

「俺をぶんなぐぶぼぉ!?」


 高橋のストレートパンチが俺の頬にめり込んだ。


「早いッ! 俺を殴れと言おうとしたけど、手を出すのが早すぎるわ!! それと本気のグーだったろ、今の!!」

「悪い悪い。手加減すんの忘れてた。それで夢じゃないと理解できたか?」

「お陰様でなッ! お礼に金属バットの一撃でもプレゼントしてやろうか!!」

「いや、ホントに悪かったって。異世界に漂流したことに気が動転してたんだよ、マジで……。つーか、バット持ったままだったのかよ」

「うるせ! ってか、お前の方もグローブを着けたまま来てんじゃねーかよ!」

「自前の道具だから当然だろ。オレは野球部の人間だぞ。それより、これからどうすりゃいいんだ?」


 心の底から困ったような表情をする高橋は、青空に浮かぶ二つの月を見上げた。

 そんな高橋の様子を見た俺も、剣と魔法のファンタジー系のゲームに出て来そうな二つの月を見上げる。


「赤城はどう思う? 異世界に漂流したとしか思えない光景について」

「異世界に漂流ねぇ……。異世界モノのラノベにありがちな光景なんだけどさ、マジでここは地球じゃねぇんだよな?」

「多分な。ってか、二つの月がある時点でほぼ確定だろ。それに東京都内にあるはずの学園の周りが、緑豊かな大自然の光景が広がっている理由を説明できんのかよ?」

「無理だな」


 国家プロジェクト並みの造成工事を数分で完成させる――なんてことは不可能である以上、ハルモニア学園が異世界に漂流したのは確実だろうな。


「だろ。だから異世界に漂流したことを前提として進めた方がいいんじゃねぇかとオレは思うんだが?」

「そうだな。ここが異世界なら…………って、何すりゃいいんだよ?」


 女神様から『世界を救って』など言われてないよな?

 異世界モノのラノベにありがちな展開だと、『神』を名乗る人物から最低限の説明とか、チートレベルのぶっ飛んだスキルを貰えるはずなのだが、そんな事実は一切なかった。

 せめて手紙でも何でもいいから知らせて欲しいものだ。

 あるいは立札でもいいから警告ぐらいは教えてくれると助かるのだが、いるかどうかも分からない存在に愚痴っても仕方がないか……。


「最初はやっぱり食料確保かな? それとも寝床の確保? どっちから進んだ方がいいと思う?」


 俺は隣に立つ高橋の顔を見ながら相談する。


「その二択なら食料確保だろ……いや、当面は心配しなくても大丈夫だと思うぞ」

「うん? どういうことだ?」

「不幸中の幸いかどうかは知らないけど、オレ達はハルモニア学園と一緒に漂流したわけだ。つまり寝床は問題ないだろうし、食料も少しぐらいはあるだろ」

「確かに……ってか、農業科の実習地も一緒に漂流したのかな? もしそうなら二週間以上は余裕で過ごせるよな? 実習地も漂流してればの話だけど」


 7月の日本から異世界に漂流したばかりであれば、トマトなどの夏野菜を育てているはずだ。それと米と小麦も育てていると聞いたことがある。

 オマケに豚や牛。成長が早いニワトリもいたはずだが、今はどうなっているのだろう?


「一緒に漂流してんじゃね? つーか、してなかったら『詰み』だぞ。今から確認しに行ってみるか?」

「ああ」

「じゃあ早速実習地に――っと、忘れるところだった。七海、お前はどうすんだ? オレと赤城は農業科の実習地に行ってみようかと思うんだけど」


 高橋は隣に立つ竜胆に声をかけた。


「誘ってくれるのはホントに嬉しいんだけど、行かなきゃいけない場所があるの。ちょっと生徒会に顔を出しておきたくてね」


 両手を合わせながら喋る竜胆は、申しわけなさそうな顔をしている。


「そう言えば七海は執行委員だったな」

「まぁねー。だから生徒会に顔を出しに「な、何だアレは……!?」」


 一年生らしき男子の困惑した声が、竜胆の言葉を遮る形で聞こえてきた。異世界に漂流したことを今知ったのだろう――そう思っていると、


「ば、化け物だ……!? 化け物がやって来るぞ!!」

「嘘だろ……!? アレが……アレが存在するなんて、有り得ないだろ!!」


 正門の外に広がる景色を見ている生徒達の声。それも動く『何か』を発見し、『何か』を恐れている声が耳に入ってきた。

 そんな不穏な空気を孕んだ状況下にいる俺達は、すぐさま正門の外にいる『何か』を探そうとする。

 すると地球上には存在しないはずの生物を発見した。

 小学生から中学生ぐらいの背丈と、醜悪といっても差し支えない顔立ちと、緑色の体色をもつ生物――ゴブリンを発見したのである。


「俺の目、おかしくなったか……? RPGに良く出てくるモンスターの姿に見えるんだけど、高橋の目はどんな感じだ?」

「ボロボロの布で腰を巻いたゴブリンが、棍棒を持ったままこっちに向かってきている。そんな感じだ」

「だよな……」

「ああ……」


 目測70メートル以上離れたところにいるゴブリン。そのゴブリンが俺達がいる場所、ハルモニア学園の正門をめがけて走っている。

 それは棍棒を持った五体のゴブリンが、雑草やゴツゴツとした岩石を避けながらここに――って、呆けてる場合じゃねぇ!?


「下がれ!! 後ろに下がるんだッ!!」


 俺は正門に集まった生徒達に向けて大声を発した。

 同時に両腕を広げながら生徒達を正門の内側、ハルモニア学園の敷地内に押し込めようとする。


「うわっ、何するんだ!?」

「ちょっと、押さないでよ!!」


 生徒達の苦情が耳に入ってきた。

 だけど俺は気にすることなく全力で押し込める。


「高橋、竜胆!! お前らも手伝えッ!!」

「分かってる!!」

「言われるまでもない!!」


 高橋と竜胆は俺の真似――両腕を広げながら生徒達を学園の敷地内に押し込もうとする。

 そして全ての生徒達が学園の敷地内に押し込んだのを確認した上で、


「竜胆、正門の閉め方って分かるか!!」

「アタシが知るわけないでしょ!! でも引き戸のタイプだから鍵をかけなくても大丈夫かも!!」

「なら早速閉めるぞ!! ゴブリンが侵入される前にッ!!」


 高さ3メートル、幅35メートルの門扉を俺達三人で動かそうとする。

 すると門扉はガリガリと金属音を立てながら動き出し、徐々に閉まるスピードが上がってゆく。


「うぐぉぉぉぉ……!! お、押せ!! 押すんだ!! 高橋ィィィィ!!」

「やかましいわ!! つーか、全力で押してるっての!! それより七海、もっとギアを上げろ!!」

「ギアも何も、最初っから全力を上げてる!!」


 俺達は大声を出しながら鋼鉄製の門扉を全力で動かし続ける。

 しかしゴブリンが侵入する前に門扉を閉じるのは無理だろう、そう思った直後。


「俺達も手伝うぞ!」

「ああ、分かってる!」


 数名の男子が加勢に入ってきた。

 そして門扉の閉めるスピードが一気に跳ね上がり、5秒もしない内に金属同士の衝突音が耳に入ってくる。鋼鉄製の門扉が完全に閉まった音だ。


「ふぅ、間に合ったぜ」

「危ないところだったな」

「ホントね。肝が冷えたんだけど」


 ゴブリンの浸入を防いだことに安堵しながら口に出す俺達は、門扉の隙間からゴブリンの動向を確認する。そんな時だった。


「ギシャァァァァ!!」

「ゲギャギャギャ!!」

「ゲビュビュビュ!!」


 身体中から嫌悪感を抱くようなゴブリンの叫び声と、木製らしき棍棒で門扉を叩く音が、正門の内側にいる生徒達全員の鼓膜を響かせる。


「ヒィッ……!?」

「キャア……!?」


 生徒達の短い悲鳴が聞こえてきた。

 同時に生徒達の誰かが腰を抜かしたり、その場から逃げ出す生徒達の様子が目に入ってくる。


「お、落ち着け……! ここで慌てたらゴブリンが調子に乗るぞ!!」


 俺は浮き足立つ生徒達に活を入れながらゴブリンを睨む。俺達人間がゴブリンより弱いと判断されないよう虚勢を張っているのだ。

 しかし、俺の周囲にいる生徒達の数は減っていく。異世界に漂流したショックからゴブリンに襲われると言った恐怖に、思わず逃げ出したのだろう。


 マズいな……!

 このままではゴブリンが乗り込んでくるのも時間の問題だ! 逃げるか? 戦うか? ゴブリンの力がどれ程のものかは知らないけど、一体のゴブリン相手に男子十人で戦えば勝てるかも知れない――が、


「うわぁぁぁぁぁぁ……!!」

「いやぁぁぁぁぁぁ……!!」


 悲鳴を上げながら逃げていく連中は当てにならない! それにゴブリンと戦えと強要することも無理だ! クソッ! どうすりゃいいんだよ!!


「ゲギャギャギャ!!」


 ゴブリン相手にどうすればいいのかと悩む俺は、門扉の隙間からゴブリンの嘲る顔が目に入ってきた。格下の雑魚だと判断されたかも知れない。

 そして次の瞬間、門扉をよじ登ろうとする三体のゴブリンの様子が確認できた。


「正門から離れろ! ゴブリンが乗り込んでくるぞ!!」


 周囲にいる生徒達に警告を発する俺は、門扉をよじ登る三体のゴブリンを注視しながら距離をとる。


 ゴブリンと戦うしかない! それ自体は仕方ないから別に構わないけど、問題はどうやって戦えばいいんだ! 刀剣類などの武器を持ってないんだぞ、俺達は!!


「せめて武器があれば……」


 俺は周囲を軽く見渡した。

 ゴブリンが正門の内側に侵入される前に武器を確保しなければならないからだ。

 しかし、良さそうな武器は見つからない。

 それどころか逃げ惑う男子達や、恐怖に足が震える女子達の姿が目に飛び込んできた。

『ここから逃げるしかないのか』そう思いながら両手を強く握る俺は、右手から金属のような固い物体を掴む感触を覚えてくる。


「何だ、この感触は――――ッッ!?」


 右手からの違和感に疑問を抱いていた俺は、野球をやるのに必要な道具の一つ『金属バット』を掴んでいることに、驚きの表情を隠せないでいた。


 俺は馬鹿か!?

 体育の授業の時からずっと金属バットを持っていたのに武器を探すって、マヌケ過ぎんだろ……!!


「キャアアアアアア!!」

「ゲギャギャギャ!!」


 既に得物たりえるモノを持っていたことに驚いている最中、女子らしきの悲鳴とゴブリンの気持ち悪い声が、衣類を引き裂いたような音と一緒に聞こえてくる。


「ッ!?」


 俺は息を呑んだ。そして直ぐに視線を動かすと、竜胆の友人らしき女子を襲うゴブリンの凶行を目撃した。


「た、助けて……」


 ゴブリンに襲われている女子の助けを求める声が聞こえてくる。同時に涙を流す女子の目が合う。

 そんな光景を目にした俺は、直ぐに女子の元に駆けつける。

 それは困っている人を助けるためと言った義侠心に駆られてではない。女子からの見返りを期待してのスケベ心でもない。

 ただ約束を破ったことに大粒の涙を浮かべる『従妹』の顔と、


『酷いよ、リョースケ……』


 約束を破った俺に失望する従妹の言葉が、俺の頭をよぎったからである。

 それと赤点まみれの俺がこの学園に通う動機、理由、決意、切っ掛けでもある従妹に、これ以上嫌われたくなかったからでもあった。


「ウチの――。ウチの学園の女子生徒に――」


 女子に馬乗りするゴブリンを排除しようとする俺は、金属バットを両手で構えながら全力疾走し、


「何してやがんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ゴブリンの顔を狙う形で金属バットをフルスイングをした。


「ゲギャッ!?」


 金属バットの一撃を食らったゴブリンの悲鳴が耳に入ってくる。それと同時に金属バットから骨を砕いたような感触が伝わってきた。

 そして後ろ向きに倒れようとするゴブリンの姿を確認し、そのまま後頭部を地面に打ち付ける形で倒れるゴブリンの姿を目にする。


 倒せた――んだよな……?

 もしそうならゴブリンの力はそれほどでもないのだろうか?

 いや、油断は禁物だ! 正門の内側に侵入したゴブリンがまだいる以上、余計なことを考えている場合じゃねぇ!!


「足、動けるか? 動けるならさっさと離れろ!」


 俺はゴブリンに襲われていた女子に声をかけた。


「えっ……!? あ、ありがと……」

「礼はいいから早く――って、あ~っと……竜胆!!」


 感謝の言葉を言う女子を目にした俺は、ワイシャツがはだけた姿に気まずさを覚えてくるが、直ぐに女子の竜胆を呼ぶことにした。

 すると俺の意図を気付いてくれたのか、竜胆は慌てて女子の元に駆けつけてくる。


「コイツを安全な場所に連れて行ってやってくれ!!」

「分かったわ! でもアンタ一人で残りのゴブリンと戦うつもりなの!」

「そのつもりだ! つーか、武器を持っているのが俺だけだろ!! いいからサッサと行け!! 無理しない範囲で――いや、結構無理するけど、簡単にやられるつもりはねぇよ!!」


 竜胆と女子を背後に隠す様に言いながら周囲の状況を確かめる。

 すると二体のゴブリンが俺の元にやってくるのが見えた。それも棍棒を振り回しながら叫び声を上げる二体のゴブリンである。


「行くよ、久瑠海ちゃん!!」

「は、はい!! でもあの人は……」

「心配するのは分かるけど、ここにいても邪魔なだけよ!! それと赤城!!」

「何だよ!!」

「絶対に生きて帰って来なさいよ!! もし死んだら全力で殴るからね!!」

「言われるまでもない!!」


 俺は二体のゴブリンを見ながら背後にいる竜胆に言った。

 すると二人分の足音が後ろから聞こえ、その足音が徐々に小さくなっていくのを把握する。どうやら竜胆が女子を安全な場所に連れて行ったのだろう。


 これで心置きなく戦える――が、一対二はちょっとピンチだな。

 もっとも逃げるといった選択肢はないので、この場で迎え撃つつもりだ!!


「ギャギャギャー!!」

「キシャァァァァ!!」


 前衛と後衛。一列に並んだ二体のゴブリンが、棍棒を振り上げながらこちらにやってくる。

 そんな二体のゴブリンを相手にする俺は、一番近いゴブリンの動向から目を離さないようにすると、


「ゲギャ―!!」


 棍棒で攻撃してくる様子が目に入った。


「やらせるかよ!!」


 俺はゴブリンが放った攻撃を金属バットで受け止め、その姿勢のまま強引に前に出る。


「ゲッ、ギャ……!?」


 驚きの表情を浮かべながら後方に転ぶゴブリン。どうやらゴブリンの腕力は見た目通り、中学生になったばかりの膂力しか持たないようである。

 そしてそれは絶好の好機でもあった。


「あの世で後悔しやがれ!!」


 俺はスイカ割りに見立てる形で金属バットを振り下ろす。

 そんな凶悪過ぎる攻撃はゴブリンの頭頂部に命中し、断末魔のような小さな悲鳴が聞こえてきた。

 残りは一体だけだ、そう思いながら最後のゴブリンの姿を視界に入れると。


「シャアアア!!」


 既に攻撃モーションに入ったゴブリンの様子が目に飛び込んできた。それも回避不可能のタイミングである。金属バットで棍棒を防ぐには難しいタイミングでもあった。


「や、ヤバい――!?」


 棍棒の一撃がやってくるといった恐怖に身を硬直させてしまう。そんな時だった。


「ゲギャッ……!?」 


 うめき声を発しながらバランスを大きく崩すゴブリンの様子と、そのゴブリンの近くに転がる野球のボールが目に入ってきた。

 誰かがゴブリンの攻撃を妨害したようだ。そしてその誰かとは、


「今だ、赤城!」


 野球部のエース、高橋修二であった。


「ナイスタイミングだ、高橋!!」


 高橋の絶妙なアシストに声を出す俺は、ゴブリンの体勢が整える前に剣道の上段の構えを取る。


「アディオス、ゴブリン!!」

「ぎ、ギィィィィィ!?」


 ゴブリンの怯えた顔を見定めながら金属バットを降り降ろした。

 すると金属バットを強く握り締める両手から確かな手応えを感じてくると共に、ゴブリンの頭から青い血を流しながら全身を痙攣する姿が目に入ってくる。

 そんなゴブリンの様子は何処からどう見ても絶命寸前であり、正門の内側に侵入した三体のゴブリンを殲滅した瞬間であった。


「意外と何とかなった――けど、油断は禁物だ!」


 俺は油断のない目付きで正門の外側にいるゴブリンの様子を確認すると、仲間を殺されたことに激しく狼狽えるゴブリンが目に入ってくる。それも一体だけではなく正門の外側にいる全てのゴブリンが、怯えた表情で俺の顔を見ているようだ。


「俺とやり合う気か? 仲間の仇を討つ気なら受けてた立つぞ、糞ゴブリン!!」


 戦意喪失のゴブリンに挑発するように口を出す俺は、金属バットで地面を強く叩き付けた。

 ここから大人しく去って欲しい俺ではあるけど、弱気を見せては不味いと判断したからだ。

 そんな俺の様子を目にしたゴブリンは、慌てるように正門から森に向かって走り去っていく。どうやら俺に恐れをなしたのだろう。


「やったな、赤城」

「まぁな。ってか、お前のお陰でもあるんだけどさ」


 自然な流れで高橋とハイタッチを交わした。


「それでどうだった? 人類初のモンスター退治は?」

「どうもこうもあるかよ……。ちょうど武器らしきモノ、金属バットを持っていたから戦っただけだ」


 武器の代わりになるモノを持っていなかったり、他の奴がゴブリンと戦っていれば、俺は大人しく逃げてたかもしれないしな。


「それでも赤城はゴブリンに立ち向かったんだろ。だったら凄いことだと思うぞ」

「よせよ。たまたまだっての。それよりこれから……どうすりゃいいんだ?」

「……さぁ?」


 俺と高橋は怪訝な表情で顔を合わせた。

 ハルモニア学園が俺と高橋を含む3000人近くの生徒達と一緒に異世界に漂流する。そんな驚愕に値する大事件に遭遇した俺達は、今後の行動をどうすればいいのか分からなかったからだ。


「普通なら消防とか警察に通報するんだろうけど、通報しても学園に来れないよな?」


 頭部から青い血を流す三体のゴブリンを見ながら俺は口に出した。


 外部からの助けは期待しない方がいいんじゃね? 異次元の壁を越えられる方法があるとは思えないし……。


「そう言えば守衛さんはどうしたんだ? 学園の警備を担当しているのだからここにいてもおかしくはないのだが……」


 境界線でもある正門の近くに守衛さんがいないことに、俺は疑問を浮かべた。


「そう言えばそうだな……。ひょっとして異世界に漂流した事実から逃げ出した――とか?」

「俺達学生より年上の大人。それも守衛さんが我が身可愛さに逃げ出したなんて、流石にないだろ……ないよな?」


 たまたま見回りに出てたとか、あるいはトイレで持ち場を離れていたとかだよな? 重要な場所でもある正門の近くに一人もいないのはおかしいけどさ。


 そんなどうでも良さそうなことを考えていると、剣道の防具やアメフトの防具などを着用した複数の男子が、正門の前に急いでやって来るのが見えてきた。


「「「待たせたな、お前達!! それで化け物はどこだ!!」」」


 武装をした複数の男子が、俺達の前で木刀などの武器を構えながら叫んだ。


「威勢良く現れたところに悪いんだけどよ。学園内に入り込んだ三体の化け物は赤城が全て始末したぞ」

「「「なん……だと……!?」」」


 高橋の言葉を聞き取った男子達は、驚きの表情を浮かべながら俺の顔を見ている。

 それと男子達の中から180センチ以上の俺より大きい体と身長を持つリーダー格らしき男子、制服の上に剣道の防具『面』のみを着用している男子が一歩前に出てきた。


「お前一人でやったのか?」

「ああ。もっとも最期のゴブリンは高橋のフォローがあったけどな」

「そうか……。それでどうだった? 化け物――ゴブリンの強さはどんな感じだ?」

「見た目通りだな。特段強いわけでもないし、頑丈でもない。だから一体当たり二人で攻めれば余裕で勝てる、そんな感じだな」

「なるほど。ちなみに聞くけどさ、お前は何か武道の心得でもあるのか?」

「いや、特にないぞ。運動神経は自信があるけどさ」

「ふむ……」


 リーダー格らしき男子は考えごとをしながら地面に横たわるゴブリンの死骸を見ているようだ。


「武道の心得がない。ただ運動神経があるだけの人間がゴブリンを倒せるのであれば、ゴブリンの脅威度は少ないのかもしれないな」

「油断は禁物だけどな――っと、えーと……」


 コイツのことを何て呼べばいいんだろう、そんな表情を浮かべた。

 それと同時に『何で面だけ装備してるのだろう?』そんな余計なことを考える俺でもあった。


 慌ててここにやって来たのだろうか? にしても顔が全く見えないんだけど……。もっとも野郎の顔なんて覚えたくはないんだけどよ。


「おっと、名乗るの遅れたな。俺は男子剣道部の部長兼主将を務める御手洗健次みたらいけんじだ。ちなみに芸術科の3ーAに所属している。そっちは?」

「普通科の2ーBに所属している赤城涼介だ」

「アカギリョウスケ、か……。なら赤城と呼んでもいいか?」

「問題ない。こっちは敬意を持って御手洗先輩と呼ぶけど、言葉遣いがどうのこうのは勘弁してくれよ。敬語は苦手なんで」


 つーか、敬語の使い方がイマイチ分かんねぇっての! 尊敬語だの、謙譲語だの、丁寧語の使い分けなんて、赤点まみれの俺に分かるわけないだろ!! ぶっちゃけ『~です』と『~ます』ぐらいで充分じゃね!!


「敬語は苦手か、赤城?」

「ああ。気に障ったら謝るけどよ」

「構わん。俺も敬語で話すのは苦手なタイプだ。男子剣道部の部長兼主将でもある俺が、『敬語は苦手です』なんてことは言っちゃいけないけどな。それよりゴブリンを倒したのは赤城で間違いないんだよな?」


 御手洗は真剣そうな雰囲気を出しながら俺と高橋の顔を見ている。


「間違いない。高橋のフォローがあったけど」

「フォローと言うほどの活躍はしてないつもりだけど、目撃者のオレが保証するぜ」

「そうか。だったら悪いんだけどさ、俺の代わりに生徒会室に行ってくれないか? 赤城と……高橋、だったかな? 野球のエースの」

「そうだけど、オレのことを知っているのか?」

「甲子園初出場の立役者の顔ぐらい、流石の俺でも知ってる。それで赤城と一緒に生徒会室に行ってもらいたいんだが、いいか?」

「面倒だから断る――って言う空気じゃねぇよな。いいぜ。赤城と一緒に生徒会室に行けばいいんだな?」

「そうだ。ゴブリンと戦った赤城と一緒に生徒会室に行き、生徒会長にゴブリンのことを報告してくれ。それと見掛けたらでいいんだが、教師や守衛さんにも伝えてくれると助かる。生徒会室の場所は分かるか?」

「中央にある第一校舎の三階にあると聞いたことはあるが……。普通科の赤城なら知っているよな?」

「そりゃまぁ、知っているけどよ」


 生徒会室にだけは行きたくないんだよなぁ。アイツに遭遇したくないから。

 より正確に言うと、生徒会室の中でアイツと顔を合わせたくないのだが……拒否しちゃダメだよな?


「どうしたんだ、赤城? 顔色が優れないように見えるんだが……ゴブリンとの戦いで怪我でもしたか?」


 憂鬱といった表情を浮かべていると、高橋の心配する声が聞こえてきた。


「いや、怪我はしてない。ただ生徒会室に行くのが億劫なだけだ」

「生徒会室に行くのが億劫って、生徒会とトラブルでも起こし……あっ、そう言えば生徒会長と付き合ってると噂があったな」

「「「な、何だとォォォォォォォォ……!?」」」


 御手洗の後ろにいる男子達。様々な防具と武器を装備した一部の男子達が、射殺さんばかりの目付きで俺を見ながら叫んだ。


「ちょ、おま……このタイミングでそれを言うか、普通ッ! ってか、ただの誤解だっての!! たまたま漫画を買いに行ったらTSUKAYAの出入り口で鉢合わせしただけだ!! 生徒会長と付き合ってるなんて噂は根も葉もないただの戯言だよ、戯言!!」


 突然の爆弾発言をした高橋と、今にも掴みかかって来そうな男子達に、俺は必死の弁解を言い放った。

 しかし男子達は俺の元にゆっくりと近づいて来る。ちなみに高橋は『スマン。ちょっと口が滑った』そんな表情をしているようだ。


「「「鉢合わせしただけか? 一文字以上言葉を交わしていない、そう誓えるか?」」」


 一言一句ピタリと合唱する男子達。そんな男子達の背後からドス黒いオーラが見えた気がした。対応を間違えたら確実に殺される、そんなヤバいオーラである。


「も、もちろんだ……ぜ。つーかよ。学園一、二を争うほどの美少女が俺と付き合うなんて有り得ないだろ」


 挨拶以上の会話をしたと思うけど、馬鹿正直に話すつもりはない。17才の若さで死にたくないからな。


「「「本当だな……? それと学園一、二を争うレベルじゃない。日本一……いや、世界一の美少女だ。そこのところを間違えるんじゃねぇ」」」

「わ、分かった。生徒会長様は全人類一の美少女だ。赤点まみれの俺なんかと釣り合うどころか、触れてもいい存在ではない。うん、理解したからこれ以上近づかないでくれると助かるんだが」


 コイツら生徒会長(Student President)のファンクラブ(Fan Club)でもあるSPFC団体(非公認)に所属しているのか……いや、確実に所属しているな。

 ハルモニア学園一の危険団体に睨まれる日が来るなんて、今日は最低最悪な厄日なのだろうか?


 DQNな奴らどころかヤクザよりも厄介な団体に絡まれた、そんな絶体絶命の危機に陥った俺は、この場から逃げる算段を立てようとする。

 そんな時だった。


『ハルモニア学園内にいる全ての人に伝えます。繰り返します。ハルモニア学園内にいる全ての人に伝えます』


 屋外スピーカーから女子らしき声が聞こえてきた。

 それはどこまでも澄み渡るような綺麗な声であり、落ち着いた雰囲気が入り混じったような声であり、一言一句聞き逃したくないような声でもある。


「今の声って、生徒会長だよな……?」

「た、たぶんな……」

「おい! 静かにしろ! SPFC団体の生徒なら黙って耳を傾けるんだ!」


 突然のアナウンスに一瞬だけ浮足を立つ男子達だったが、直ぐに外部スピーカーの続きを注視しているようだ。

 それと同時に俺と高橋。それと御手洗も外部スピーカーからの声に耳を傾けようとしている。


『学園内にいる全ての生徒は自分のクラスに戻ってください。また、生徒会役員と執行委員は速やかに生徒会室に集まるようお願いします。それと学園関係者以外の方がいれば、中央にある第一校舎の中に避難してください。繰り返します。学園内にいる全ての生徒は……』


 学園の至るところに設置されている外部スピーカーからの声が、学園内にいる全ての人の耳に入ってくる。当然ゴブリンの青い血が付いた金属バットを持つ俺の耳にも。


「緊急放送を聞いている途中に済まないんだけど、そろそろ生徒会室に向かってくれないか?」


 外部スピーカーからのアナウンスが辺りを響き渡らせる中、御手洗の申し訳なさそうな声が聞こえてきた。


「あ、ああ……。ってか、御手洗先輩はどうすんだ?」


 生徒は自分の教室クラスに戻れとのことだが……。


「俺達は正門の警備をするつもりだ。緊急放送の指示に逆らうことになるけど、ゴブリンが学園の中に入り込んだら不味いからな。だから俺の代わりに――ってか、俺の代理を務めてほしいんだ」

「御手洗先輩の代理って、御手洗先輩は生徒会のメンバーだったりするのか?」

「いや、生徒会のメンバーではなく執行委員の方だ。それで俺の頼みを聞いてくれるか? 正門の警備をしなければならない俺の代わりにゴブリンを初めて倒した赤城が、ゴブリンについて説明する為に生徒会室に行ってほしいんだ」


 目の前に立つ御手洗は後輩でもある俺に向かって軽く頭を下げた。


「仕方ねぇな。御手洗先輩の代わりに生徒会室に行ってやるよ」

「助かる。それと高橋もよろしく頼むな」

「分かった。赤城が途中で逃げないよう、オレが責任を持つから安心してくれ」

「流石に逃げたりしないから。つーか、この状況で逃げるなんて選択肢はねぇっての!」


 俺は空気を読める常識人だぞ。

 それも受けた依頼を途中で投げ出すような根性なしではない。

 そりゃあ、アイツと生徒会室で顔を合わしたくない俺だけど、私情を挟めるような状況じゃないのは充分理解している……はぁ。ぼちぼち行くとしますか。


「それじゃあ、俺と高橋は生徒会室に行くから」

「ああ。会長によろしくな。それとついでに『正門の守りは俺が受け持つ』と伝言を頼む」

「OKだ、御手洗先輩」


 俺は高橋と一緒に男子剣道部の部長兼主将でもある御手洗の頼みごとを果たす為、ハルモニア学園の中央にある第一校舎に向かうのであった。

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