第15話 Fico_04


 部屋に戻ってからの、完了すべき事柄の優先順位をあれこれ頭で象りつつ歩を進め、ステーションに着く。 田舎っぽさを脱しないこの街にしては、立派な駅舎である。

 急行も停るので、特急列車に乗れたならCENTRUMまでノンストップで往ける。 だが、今の時刻にその車両は無い。

 改札口の横の柱に『次が最終車両です』と貼ってあった。 これを乗り過ごすと又、来た道を戻る羽目になったろう。


 エスカレーターからホームを見下ろすと、その各停列車が発車待ちしていた。 ホームには誰も居ず、車内にぽつぽつと人の頭が見える。 発車までは幾分余裕がある。

「さて、一本吸ってから乗り込むか」 大きな独り言を吐き、私はホームの最後部に在る『喫煙スペース』に向かう。


 パブから大分離れた辺りで、何やら気配を感じた。 やや離れて後方に位置取るそれは、私が立ち止まると止まり、歩き出すと同じく進む様だ。


 就業ビザを持とうがこのエリアの一旅行者である私には一人二人、監視者(名目ではエリアからの身辺警護)が着いているのは了解している。 どんな人達が守ってくれているのか、守ってもらう立場の私は、失礼ながら全く存じ上げない。

 紹介されないのだから許して頂くが、これはドナーエリア内とはいえ全くもって安全、とは断言されないからの配慮であり、その生業の者達がでもない限り、私に気配を覚らせることは、先ず無い。


 それでだ。

 気配を感じさせる人物が、上記該当者、若しくはそれ等以外、何方にしてもその場合のそれは?

 That's Right、と言うこと。 不用意に振り返るのは憚られる。

(だが、付いてくるのが不審者なら放置するか? 未然に防ぐのが当然で、なら私の思い過ごし?……)


 ステーションまで一本道であるが、盛り場の外れはどの店も閉店していて、人影も途切れていた。 無花果イチジクという有機栽培ドームから出荷された、もやしっ子の私に武術の心得がある訳も無く、完全武装のAI種の類いでも無い、悲しいかな単に普通の生身の人間。

 用心するに越したことはないが、応戦するすべも無い訳で選択肢は『全速力で逃げる』オンリー。

 ダッシュするのは疲れるので、その場で確認するのは諦め、ここ迄付いて来させた。

 加えて言うが、ビビった訳じゃない。 考えた上での選択で、勇気ある撤退とも言えよう。 何故なら大きな独り言は、その正体を確かめる為だからだ。


 気配は足音と変わった。 徐々に速度を増している様な……。


「あのっ、ご一緒しても?多分、目的地は同じです!」


 背後から勢いよく声を掛けられ肝を冷やしたが、見れば十代の小娘? 否、有り得ない、十代の人間はこの世に存在しない。


「なっ」

「『なっ』?」

「何者だ?お前」

「そんなぁ。幽霊でも見た様な目で『何者だ』は無いでしょう?ご覧の通り人間です」

「そ、そんな十代の様相で人間?」


 表面上の若返り術は、古来から研究され進歩してきた。 〝中年を二十代の様に若々しく!〟は美顔業界では死語に近いキャッチコピー。 精悍な顔つきの何処ぞの団体党首が、骨形成美容術を施し曲がっていた腰をシャントさせた、実はご老体であった等よく目にゴシップだ。

 逆に私の様に“老けて見せる”のは、適用される対象が限られた比較的新しい技術。 強く要望されるが未だ確立され難いのが、“成人を若年層にする”確固とした方法論、確実な手段である。 細胞へのナノ単位の足し引きは神のみ許される所業なのだろう。

 今の時点で(精神面は別として)『子供化した大人』が存在するのはフィクション、夢物語の中だけだ。


「あっ、そこですか!暑っ苦しくて、さっきの店で化粧を落としてしまったの。童顔で歳の割に若く見られるけど、二十代よ。若く見られて喜ぶべき?でも良かったわ。バケモノに見間違える程ヒドイ顔、ってことじゃ無いのね」

Doomsday終末の Seeds種実 という事か……ん?と言ったか?」

「ええ、何て意味かしら『V.S.』。貴方も居たパブよ」

「“ Vindens Sang ”『風の歌』だ。もしかして店からあとをつけていたのか?」

 (店に居たと?見なかったぞ。店内は薄暗いが、私でなくても若い女が居たなら周りが気が付き騒ぎ立てた筈だが……)


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