第14話 Fico_03

 ――しかるに逃れられない、変え難いのが、この実情である――



 ところで有り得ないことであるがあの銀ボタンが、最悪無能な下っ端で、何も解さず私を見咎め、上に照会したとして何等、私は苦にならないのだが(この地は例の該当エリアに属している)、それを知ってか知らずか店長は気を回し、早々に私を退座させた。


 (銀ボタンに接触される私を周りにいる者達がどう見るか。私にプラスには働かない、そして自分も何気に困る、と云うことだな)


 何にせよあの人物はあれ等に関係していると云うこと。 その位置が呼応するものか背反なのか、定かで無いが私には他事である。


 今持つ身分証に合わせ、顔はそれなりに(十歳ほど老けて)造ってはいても手や首元、して言えば声が、年齢に合わないのだとあの店長は言った。

 何故年齢を偽るか? 実年齢を公に出来ないからだ。

 逆算すれば Doomsday Seeds終末の種実 の一人と知られ、身に危険が及びかねない。 だから当然のこと実年齢は極秘事項である。

 事情を明かす気は更々無いが、まあそこは魚心あれば何とやら。 看板に無い素性を抱える者同士と知れれば、ニーズに合うインフォメーションを取り交す、他は探らない、が暗黙の了解と云うもの。

 見知ったという表立った関係の外、懇意も軋轢あつれきも無い。 互いに互いは他事であるべきだ。


 パブを出て裏手にある焼却炉付き処理機に、鞄から抜き出したコピー数枚を投げ入れる。 燃えるさまが見える側面の小窓のあかりが、記憶の中のネガを透し、かの時のエイドリックを照らし映す。

 そして死を全うする直中ただなかの、彼の痛みが想起され、それと重なる様にぬた打つ胸が『何故?』と彼に問う。


 (数日前まで幸せだと。祝ってくれと言葉を弾ませていた君が、何故……) それは何度となく問い続ける疑問。


 ほんの一瞬盛って火がもう燃え尽きる。 彼が命の芽に歓喜した表情も、苦悶の末に炭化した姿も、黙したまま、消失し、待っていたかの様に闇が競って埋める。

 最早、一刻の猶予なく。 些かの迷いも生じる事許さず、この粘つく何かを洗い流さんと私は、デザイナーズホテルのある CENTRUM 行きの列車に乗るべく、ステーションへと歩を運ぶのだ。



 派遣センターが、職場と共に指定した居所がそこだが行き来が煩わしく、日頃は此処 |Solnedgang i Darjeeling《ダージリンの夕日》 の簡易宿泊所で寝起きしている。

 だが今夜は現住所としてある部屋に帰る必要があった。


 一つ、私宛の書簡を受取り確認する為。 真の身分に宛てた物は現住所(実際はホテルの保管金庫)留まりで転送も持出しも不可。

 あの正式証書、且つ偽造品の類類るいるい。 偽と露見した場合、私自身も同様だが用意した各所各機関が不味い事になる、そうだ。


 一つ、各手続きをする為。 無花果イチジクを通して支給される国連機構?いなドナーエリア積金からの慰労金受領の手続き。 キセの生家近くに宿泊予約、と往復の移動方法の手配。 移動許可申請。 これは取り敢えず来々週の週末と週明けの計三日間ほどとしよう。 職場への休暇届けは戻ってからで良い。


 更に一つ、さてコレだ。 衛生的検体採取と送付迄の保存。

 一時帰所を今少し待たせるにはご機嫌伺いが必須。 該当検体を経緯含め少しでもクリーンな状態を保たせねば為らない。


 (外形洗浄も簡易宿泊所の大衆浴場では駄目、と云うことだからな……)


 実際ホスピタリティが双方では天と地であり、冷凍保存施設があるのは同レベルの施設の中であのホテル位だろうか。 かったるいが仕方あるまい。


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