Fico

第12話 Fico_01


「ラストオーダーです。」


 声がして引き戻され顔を上げると、バーテンダーがテーブル越しに私にそう訊いていた。

 閉店には早いのでは、ともくして首を傾かしげる。

「今夜は客層が無くてね。」


 バーテンダーは声を落とし店の片隅を目で指して、意味ありの息を付け足した。

 そちらに注意を向けると、パラパラいる常連客の中に、紺の制服の肩に銀ボタンを光らせた者が数名。 見るからに鷹揚おうような態度のそれ等に、店長が応対している。


 (ああそういうことか)


「んー、追加は要らないな。」 訳を察しそう応じる。


「悪いね。」

「いや、今日は長居し過ぎた様だ。ありがとう、また来るよ。」


 (ここは即刻辞じするとしよう)


 ジントニックの残りを飲み干し、足元から鞄を引き上げ、中へ手にする書類をたばにして突っ込み、背を丸める様にして出口まで歩く。 ドアが開くのに気付いて、店長がペコリと頭を下げ愛想をくれた。


 あの銀ボタン達は、この地を管轄するけいらでは無い。 此処を訪れて初めて見るが、情報収集担当機関の配下局員だ。

 こちらが気付く前から私の事は、判っていた筈 。 それが証拠に何等動きを見せなかった。


 (今もNo inspection and Passing by だ)


 あの店、否この地の誰より多くそして高精度のICチップを、至る所に埋め込まれている私が、懐の端末に反応しないことわりは無い。


 私のからだは、部位毎に異なる管轄者(権利所有エリア)がいる。

 血中酸素量やバイタルサインは無論のこと、(体細胞の)生死に関係する体内数値、ルーティン、日常の行動範囲(変り種は性的興奮指数が有るがこれは真の目的を如実にょじつあかす)それ等は、ID情報を伴いICチップから常時直通で、監督者である研究センター内(無花果イチジク)に報知されている。

 そこから各ドナーエリア所轄の機関に、該当部位関連の情報だけがインフォメーションされ、今この時も記録され解析され続けている事だろう。


 ドナーエリアとは……公式には対象者が損傷をきたす事由じゆに遭った場合、速やかに代替えの部位を保持し提供するエリア(前世界の国単位)……飽く迄も公式で。

 対象者を挟んでの係争を避ける為に、国連機関の示唆しさによりMATERIALマテリアル教が仲介する、研究センターが発起人となっている、書類上は。

 前述の通りと別にその役割りがあり、該当部位のケア及び医療研鑽いりょうけんさん、該当部位の保護と警護、そして第一義は年度毎の対象者への援助助成金授与。


 授与された資金が研究センター内某所(無花果イチジク)に毎年入金される。

 総額は極秘で対象者にさえ耳打ちされない。 余剰金は都度都度つどつど積み上げられるのだから、全対象者の総計は如何程いかほどであろうか。


 さて該当部位の持回りや線引きや配置等の詳細は、個人に聞かされないが、何処のエリアがそれなのかは凡そ知らされていて、そのエリアなら結構自由が効く。 加えてほぼVIP待遇で過ごせる。

 有り難いと捉えるかどうか?

 他者はどうであれ、私自身には迷惑この上ない事だ。


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