第10話 Fig_04


「キセは『奇跡の村』の出身なんだ」


 エイドリックは何度か私にそれを話して聞かせた。


「彼女はそこで子を産み、産んだ途端に家を追い出されてその赤ん坊も夫家族に取り上げられた。 その後この子はすぐに死んだ事を知り失意に落ちこの国に来たんだ。 偉業を果たしたというのに誰にも認められず、綺麗な心を汚されただけだった。 だから俺は彼女を抱く度に『君って綺麗だ』と言うのさ。 その時キセは決まってこう言う。『貴方しか言わない魔法の言葉ね』と」


 娼婦をしていたキセには良い印象を持ってはいなかったが『奇跡の村』については調べるのを手伝った。

 なのだが、記憶に残す意図が無かったからか、今となって紐解こうとしても肝心な部分は抜け落ち、残った手掛かりは゛一時期出産率が高かった場所゛と゛生殖不能者の溜まり場゛のただ二項のみだ。

 国営図書館についても、偽造した身分でも暮らし易い職場として派遣センターに提示され、そういえばと聞き覚えがあるな、と過ぎった程度だった。

 だがキセを愛して止まないエイドリックのことだ、彼はより詳しく調べていただろう。


 キセの髪の束を覆うように入れられていた彼の遺書と別に、この村の様子と彼女の生家の位置を記す地図と、その赤ん坊の名前が書かれたメモも入っていた。

 初めて目にした彼の丁寧過ぎる筆記体で、それは簡潔に書かれていた。


 ゛よろしく頼む ゛と最後にあった一行だけが揺れるように乱れていて、彼は本当に逝ってしまったと見る度に確信し私は泣いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る