ひとの不幸とハッピーエンドでメシがうまい

いい話を見ると心が洗われるね。

移動期間中にフラストレーションを溜め込んでいたせいもあって、久々の鬱展開を経たハッピーエンドが五臓六腑に染みわたるよ。

どんなごちそうも、毎日食べるより多少飢えてから食べたほうが美味しく感じるもんだしな。

食べ物ネタってのは王道だけれど、思い返せばあまり遭遇したことはなかったのでちょっと新鮮な気持ちだ。

小物として強いんだよね、食べ物。思い出の味とか日常要素として。

よく一緒に食べたあの味が、お前が死んだからもう二度と食べられないとか、好物を食べている時間だけが心の支えだったけれど、味覚を失ってしまったからあの温かさは二度と手に入らない、とかね。

そういうの好きだよ俺。勿論美味しいもの自体も純粋に好きだよ。本当だよ。


今回のシチュエーションも趣深くて良いものだった。

町の人々から愛されている親子三代続く下町の食堂。けれどいつでも順風満帆というわけではなく、日々の暮らしの中に、悲しみや苦労も当然のこととして存在している。

避けられない別離や、商売をやるうえでの難しさ。

そういったものを家族愛と努力で乗り越え、お客さんの笑顔を心の支えに、大好きな料理を作って暮らしていく、飾り気のない生活。

そして善良で健気な一家を襲う、理不尽な悪意。いいよな。

ことさら派手でドラマチックな悲劇があるわけではないけれど、堅実で朴訥としていて滋味深い。まさしくエレナさんが作るスープのようなお味だ。

あ、ちなみにあの後はさすがに即昼食再開というわけにはいかず、念のため食材や調理道具等をチェックし、後日改めて食べに行かせてもらった。

エレナさんがわざわざ貝入りじゃないスープを作ってくれて、俺も同席したみんなと同じものを食べることができたのが嬉しかったな。さすが気遣いのできる看板娘さんだ。


実のところ、最初俺はてっきりこの店の人気に嫉妬した他店の人間とか、可愛い看板娘への愛を拗らせたストーカーとか、そういう奴が毒を混ぜたんじゃないかと疑っていた。

なんでかというと、そっちのほうが後々面倒臭かったりギスギスして、鬱展開要素が増すからです。

今回みたいな組織的な嫌がらせってのは正直、徹底的な捜査がされるし町の人たちにも周知されて警戒されるから、後腐れが無くある意味平和なんだよな。

いや、平和なのは良いことなんですよ。べつに。多段式の鬱展開とそれを乗り越えるための努力をシリーズ物として見たいとか思ってませんよ。下町食堂繁忙記を毎シーズン見たいとかそんなね。1クール3カ月くらいのドラマじゃないんだから。

まあそういうわけで、エレナさんとこのお店は今後、今回捕まえた犯人が所属する犯罪組織から報復で嫌がらせを受けるとかそういうこともなく、そこそこ平和にやっていけるはずだ。

今回のことで町の人たちとの絆も深まっただろうし、新しい問題が起きても、きっと彼女とお母さんは周囲の助けも借りつつ解決していくのだろう。


それから今回はカタリナさんも見どころだったね。

聡明な人だってのは当然知ってたけれど、まさかほんの十数分程度の捜査であっさり毒の混入方法を言い当てるとは、俺も思っていなかった。

推理小説等では探偵が即座にトリックの痕跡だの、犯人の遺留品だのを見つけ出すが、ちょっと考えてもみてくれ。

はじめて入る部屋の中から、不審な点を必要なぶんだけ、不必要な要素には引っかからず抽出するなんていうことは、言うまでもないがかなり難しいことだ。

地球で起きる犯罪の現場検証で鑑識官やら刑事やらが、どれだけ時間と労力をかけて仕事をしてると思ってんだって話ですよ。

ああもぽんぽん物証を見つけて淀みなく推理を組み立てていくさまを目の前で見ると、なんかそういう魔法使ってる? チートスキルある? という気分にもなる。

俺だけじゃなくて一緒に見ていたエレナさんもそう思っていたらしく、まるで魔法みたいでした、とカタリナさんを称賛していて可愛らしかったな。


ただ、カタリナさんは証拠集めと推理は得意だけれど、犯人の動機やらなんやらについて考えるのはそこまで得意じゃなさそうだったため、今回は俺がお節介を焼かせてもらった。

本当は、カタリナさんが話していたとおり地道に聞き込みをすれば、怪しい男の情報は集まったのだろうけれど、解決は早いほうが良いからな。

被害者であるエレナさんやご家族の心の安寧のために、ということもあるけれど、同一あるいは似た手口で他に被害が出る可能性もあったし。

いや、べつに俺はクソヤクザと対面することになったエレナさんの曇り顔が最高だななんて、そんなことはね。べつにね。それだけが動機だったわけではね。

まあめちゃくちゃ見てえ~~~~~~~と思って作戦を出したことは否定しないが、善良清廉第三王子様ロールプレイをしている身としては、思いついた解決策を言わないでおくのも不自然なので仕方がなかったんですよ。誤解しないでいただきたい。

あとあれだよ。名探偵が犯人と対峙して追い詰めるやつとかさ、人生の中であんまり遭遇する機会がないから見ておきたいじゃん。

ああいう形で犯行を白日の下に晒したほうが、インパクトがあって注意喚起にもなりますし。


そういうわけで解決パートでは俺は店内の窓辺にこっそり待機し、犯人制圧役にはギルベルトさん、俺の護衛兼客達が万一体調不良を訴えた時の対応係にヴォルフ、犯人おびき出し役にエレナさん、そして名探偵としてカタリナさんがそれぞれ配置についた。

実行犯がチョロかったお陰で、あとはとんとん拍子に話が進んだってなわけである。

俺は立場上目立つつもりはないが、いざという時は王子の権力をかさに着ていいということは、事前にカタリナさんに伝えてあった。

けれどあの人って性根が善良なんだよな。悪党相手とはいえ、幼い王子をネタに脅すのはちょっと気が引けたらしい。後で謝られたんだけれど、その程度全然気にすることないのに。

俺としては、意外とエレナさんに対して思い入れのあったらしいカタリナさんの幼少期エピソードとか、二人の会話の様子とか、そういうのが最高だったのでむしろありがとうを100万回言いたいくらいだよ。

ああいう登場人物同士の意外な関係とか因縁とかは、狙って探せるもんじゃないから、出会うと得した気持ちになる。

後日昼食を食べに行った際も、エレナさんがすっかりカタリナさんに懐いて嬉しそうに話しかけていて、めちゃくちゃほっこりしながら眺めさせてもらった。あくまで見守りに徹したので、どうか俺を百合の間に挟まる畜生と誹らないでくれ。


それから数日経ち、鬱展開からのハッピーエンドの余韻を味がしなくなるまで大事に噛みしめていたある日のことだ。

庭の見える素敵なお部屋で、俺がカタリナさんからこのへんの歴史についてお勉強を教えてもらい、それをヴォルフが給仕をしつつニコニコ見守り、ギルベルトさんが椅子から尻を1cm浮かせて密かに筋トレをしていると、突然領主のルカさんが執事を伴って部屋へとやってきた。

普段大型犬丸出しで見えないしっぽをブンブン振りながらニコニコしている彼にしては珍しく硬い表情で、俺もカタリナさんも、何事かと本のページをめくる手を止める。

そこへヴォルフが毎度のことながらいつ用意したんだかわからん手際の良さで紅茶を出し、ルカさんはよほど急いできたのか、それを一気に飲み干した。


「まずいことになった」


礼儀正しい彼が開口一番こうくるあたり、これはガチのやつである。

俺はお育ちのよい生粋の王子様らしく表情を引き締め、こくりと重々しく頷いた。


「聞きましょう」

「うむ、折角の休暇中だというのに申し訳ない。先程報告が来たのだが、隣国のダリア・グラキエス女王が崩御なさった」

「それは……」


なんともコメントしにくい事態に、俺は小さく眉を顰める。

まあ一大事なんだけど、国葬には父上と、あとは付いて行っても第一王子までだろうから、俺は別に何もすることがないし。ご愁傷さまですとしか言いようがない。

あ、もしかしてお隣のグラキエス国に一番近いこの領土からは、領主さんが国葬にお呼ばれしてたりするんだろうか。

いいよ別に全然。俺のことは気にしないでお出掛けしなよ。

というようなことを言いたくもあるのだけれど、それにしてはルカさんの表情が険しい。

何か別の問題があるのだろうと、俺は口を挟まず話を聞く姿勢を維持した。


「それ自体は、こう言ってはなんだが何かあるわけではないのだ。ダリア女王は元々お体の丈夫な方ではないし、特に不審な点のない病死だと聞いている。問題は……。

ときにライア殿下。グラキエス国の女王がどういった基準で選ばれるのかについてはご存じだろうか」


そう言われて、俺はようやく彼の表情の理由を薄々察した。


「……グラキエス国は宗教国家。崇めている神と最も相性が良く、天啓を受け取れる巫女を女王とします。

巫女として見出される女性には特徴があり、黒かそれに近い濃い髪色で、特にオッドアイを有していることが多く、非常に直感が鋭い優れた人格者だと……」


言いながら、俺はついちらりと、向かいに座るカタリナさんを見てしまった。

黒に近い濃い茶髪で、オッドアイかは知らないものの、知識の豊富さゆえだろうが直感にもおそらく優れていて、ほんの幼少期に受けた恩も忘れない義理堅い人格者の彼女を。

完璧に条件を満たしているかといったら違うだろうけど、あの……。その……。

微妙な気持ちになっている俺と同じく、ルカさんの視線も、俺に話しかけつつもカタリナさんへちらちら向いている。


「やはり殿下はよく勉強しておられる。

……女王陛下の崩御の知らせを我々が受け取ったのはつい先ほどのことだが、実際に女王が亡くなられたのは、もっと前のことだろう」

「そうでしょうね。国内外に報せるまでには、ある程度時間があったことでしょう」

「ああ、そしてその間に、いや、あるいは女王の体調不良が始まった頃には、既に次の女王を探し始めていたに違いない」

「それが自然ですね」


次代の国を治める人間を見つけるのだ。準備期間は取れるだけ取ったほうがいいからな。

俺の返事にルカさんは頷き、ぎゅっと眉根を寄せた。


「……おそらく次期女王を探すための人材は、暫く前から各地へ派遣されていた。これはグラキエス国内だけではなく、かの国と同じ神を奉じている土地全てのはず。実際過去には他国民を女王とした例がある。

我が領は当然のこととしてファルシール国領の領土であり、グラウディオ陛下を王と崇めてはいるが、文化としてはグラキエス国に近い。

女神スフィアを信仰する者もいれば、グラキエスと同じ神を信仰する者もいるのだ。

勿論それ自体は普段であれば問題にならないのだが……。つまり我が領にも、女王探しのための人材は派遣されている可能性が高い。

……そして、先日の毒物混入事件についても、ほぼ間違いなく彼らの耳に入っていることだろう」


苦々しく話すルカさんの言葉に、俺はちょっと視線が遠くなってしまった。

俺が目立つのはちょっとなと思ってカタリナさんに探偵役をやってもらった結果、彼女の有能捜査能力は事件の手口や顛末と合わせて、しっかりがっつり町中に噂として広まってしまっている。

似たような事件が今後起きにくいようにという注意喚起目的だったのは前述のとおりだが、それとは別に、単に物語として面白かったというのが大きい。

だって健気で可愛い町娘が、クールビューティー頭脳派美女に救われる話だよ? しかもその美女が昔食堂のおっちゃんとおばちゃんに助けられていて、その恩返しとして解決に尽力したっていうおいしいネタもあるんだよ?

飲み屋だの井戸端だので話すのに丁度良い話題過ぎたのだ。

看板娘のエレナさんと薬師のカタリナさんが、それぞれ元々町である程度知名度と好感度があったことも影響して、すーぐ噂になっちゃったんだよこれが。

そりゃ勿論次期女王候補捜査関係者にも知られてるだろうね。カタリナさんが女王の条件に合致するかもしれない事も含めて。


万一カタリナさんが女王にと推されたら、これはもう出世どころの話じゃない。栄達しまくりである。

ただ、別の点からみると、これは慕い合うカタリナさんとルカさんにとっては大問題なのだ。

二人の恋愛はただの領主と男爵家当主としてなら問題無かったけれども、隣国の女王と、国境を接している土地の辺境伯となれば話は別だ。

辺境伯の娘と隣国の王様の結婚とかならまだ政略結婚として良かったんだけれど、かなりの地位にいる辺境伯自身が隣国へ婿に行く、というのは国防上の観点から、ちょっとまずい。

領主家公認の仲だった二人に、ここにきて結ばれない可能性が浮上したというわけである。

なんだよ。俺好みの話になってきたな!

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