幸運な薬師と名探偵
フラグと石橋は叩いて確認しろ
やたらダイナミックな方向からやってきた事件の予感に、心躍りまくりの俺だ。
しかしこういう話題は思い過ごしであることも多いからな。
ぬか喜びするはめにならないよう、入念に確認を取るべきだろう。
というわけで俺はますます真面目な顔をし、慎重に考えを巡らせた。
「……まず確認したいのですが、女王候補というものは、一般的に知られている基準以外にも選出条件はあるのでしょうか?
例えばの話、それこそ神からの啓示があれば、人間が選ぶまでもないと思うのですが」
実際に某女神から加護を授かっている俺からすると、そのへんは気になるところである。
とはいえさすがに話題が話題なので、神殿や政治中枢のトップシークレットだ、と言われても不思議ではない。
のだが、俺の予想に反してルカさんは明確に首を横に振った。
「いや、女王として即位する以前に神から啓示を受ける例は、ないこともないが少数らしいのだ。
大抵は各有力貴族家や神殿内の派閥がそれぞれ女王候補を探し出し、集まった中から最も女王に相応しい素質を持った巫女を選び出す。さすがにその儀式に関する詳細な情報はないが、特に直観力に重きを置いたものらしい」
「それなら……、仮にカタリナさんが女王候補として選ばれたとしても、わざと手を抜けば問題無いのでは?」
そう思ってちらりとカタリナさんのほうを窺えば、彼女も同意を示すように小さく頷いていた。
いつもの無表情がちょっと不機嫌そうに見えるあたり、彼女も女王になるのは嫌らしい。
早くも楽勝ムードを漂わせる俺達二人に、ルカさんは少し考え込んだ後、軽く首を振る仕草ですぐ後ろに控えていた執事を呼び出した。
いや、執事って表現してたけれど、正確にはこの人は執事頭さんだか家令さんだか、そのへんの管理職の人だな。
ちなみに執事頭を家事使用人の纏め役、家令を財産管理人として分ける場合もあるのだけれど、この国だとそのあたりの区別はやや曖昧なので、彼の仕事はおそらく領主館全体の管理人あたりだろう。
彼を片手で指し示し、ルカさんが紹介をする。
「この辺りの問題は、私より彼のほうが詳しくてね。
殿下には初日に一度会ったきりだったかな。改めて紹介しよう。執事頭のアルキス・バスケスだ。
彼は祖父の代からリカイオス家に仕えているのだが、元々はリカイオス領とグラキエス国間で貿易をしていた商家の出身でね。どちらの国の文化にも詳しいんだ」
アルキスさんは理知的な印象の男性で、オールバックにしたロマンスグレーの髪と緑の目が涼やかな、このあたりの人らしい濃い色の肌をしたナイスミドルだ。
きっちりとした動作でお辞儀をした後、アルキスさんは口を開く。
声も渋い低音でいかにも執事感あふれてますね。
「お目通りの機会を頂き、誠に恐縮でございます。アルキス・バスケスと申します」
「ああ、楽にしてくれないか。今は話し合いを優先しよう」
「かしこまりました」
めちゃくちゃへりくだられた状態での会話がスタートしそうな気配に、俺は急いで首を横に振った。
第三王子という立場で恐縮ですが、いまは鬱展開に繋がる可能性のある情報を手早く吸収したいので、礼儀作法は適当でお願いします……。
アルキスさんもこっちの動機はともかく話の流れは心得たもので、スッとへりくだりレベルを軽減してくれた。ベテラン使用人さんはこういう臨機応変さがありがたいね。
ちなみに慣れてない人は必要以上に恐縮するので、楽にせよムーブを数回繰り返させられるぞ! 権力者ってめんどくさいね!
それはさておき、アルキスさんの説明はこうだ。
「女王選出の儀式についてはグラキエス国民も多くを知らされてはおりませんが、女王候補達の中から一人、女王の証のようなものを見つけ出した者がなるらしい、とは言われております」
「というと……。例えば一人ずつ問題を解いて点数を競うような形ではなく、くじ引きのような?」
「おそらくは。しかし元女王候補達のほとんどが、何を選ぶのかについては守秘義務を順守しておりますので……」
「なるほど。それではわざと候補を外れるという手は、使えるかどうかわからない、と」
それはまいったな。
なにかしらの推理で回避できるような要素があればいいけれど、マジでただのくじ引きで女王を選びますなんて儀式だった場合は、さすがにカタリナさんもお手上げだろう。
大変だね。どきどきしてきちゃった。同時にワクワクもしてきちゃった。
俺が難しい顔をしていると、アルキスさんは、そのうえ、と声を低くして話を続けた。
「それぞれの派閥が女王候補を連れてくる、という決まり事がまた、困った事態を起こしておりまして」
「まあそうでしょう。派閥争いですか」
「ええ。女王となる素養の高い女性を自派閥へ確保するために、お互い足の引っ張り合いをするのは勿論、他派閥の擁する候補が選出の儀式に出られぬよう危害を加えた例もございます」
「し、しかし女王は巫女でもあるのでしょう? そのような政争に巻き込んでは……」
「もちろん巫女は神聖で清廉である必要があります。ですのでこれらの工作活動はどれも、女王には関わらせず、各派閥の人間が勝手に行っているものですね。
そして女王の即位後には、後ろ暗いところのある人間は要職を退いたり、国を出たり、自決することで、自ら女王との関りを断つのです」
「そんな……!」
そういうことは早く教えてよ!
あるんじゃん!
そういうクソ行事が、ちゃんとあるんじゃん!! よその国には!!
なんで!? うちはこんなにクリーンで平和なのにずるくない!?
は!?
はぁ~~~~~~~~~あ。クソが。所詮この世は不平等だ。
まあいい。運よくその悪しき弊害モリモリの王位継承に絡めることを、いまは感謝しておこうじゃないか。
俺は動揺をしまいこみ、口から飛び出そうになる不満をぐっと堪えた。
黙りこくってしまった俺に、大人達およびヴォルフが気遣わしげな視線を向けてくる。
王族とはいえ10歳の子供に教えるにはショッキングな現実だよな。傷ついてないか気になっちゃうよね。
確かにショックは受けたよ。うちの国ではそういうドロドロが起きてくれないっていうことに対してなんですけど。
皆々様におかれましては、真面目で健気な第三王子様の心境を想像して、それぞれ胸を痛めてくださいますと嬉しゅうございますね。
「……わかりました。カタリナさんが女王候補とされた場合、大変危険なのですね。
しかし……、この選出基準は、かなり曖昧なものではありませんか?
オッドアイである、という点を除けば条件に当てはまる人は多いのではないかと思います。
逆を言えばカタリナさんがオッドアイではないと証言できれば、候補から外れるのでは」
俺は当然の疑問を口にした。
しかしそのへんはルカさんも考えていたのだろう。すぐに首を横に振られてしまう。
俺の疑問に答えてくれたのは、カタリナさん自身だった。
「私が怪我によって片目を失明したのは五歳の頃のことなのですが、幼少期には体が弱く、ほとんどを家の中で過ごしていたため、人と会う機会が少なかったのです。しかも我が家は役職持ちの貴族家とはいえ領地もなく、使用人も多くありません。
幼い私の世話をしていた乳母は高齢でもう亡くなっていますし、母は私の出産の際、産後の肥立ちが悪くこちらも亡くなっています。
父と執事頭はどちらも、先代領主様のご公務に随伴した際、移動中崖崩れに巻き込まれて亡くなりました。
昔からの使用人で残っているのは現在の執事頭と薬師ですが、執事頭は元々視力に問題があり、書類仕事の際だけは眼鏡を着用していますが、普段はあまり細かいものは見えていないのです。
そのうえ仕事に追われておりましたから、幼い私と至近距離で顔を合わせたことがありません。
薬師のほうは視力に問題があったわけではないのですけれど、顔を合わせるようになったのは、私が本格的に薬師としての勉強を始めたころからなので、同じく幼いころの私を知りません。
メイド達は、現在勤めているのは私が眼帯をつけた後にきた者達ばかりです。
それ以前に働いていた者は二名おり、どちらも現在は退職して田舎へ越しており、最近親族からそれぞれ、山で足を滑らせて滑落し亡くなった報告と、高齢ゆえの物忘れが非常に多くなったという相談を受けていますから、こちらも証言は難しいでしょう」
ということだそうです。
びっくりするほど運悪くない??
いや、魔法があって医学が地球の中世より発達しているとはいえ、平均寿命はこっちのほうがゴリゴリに低いからな。カタリナさんの目が無事だった頃から十数年経ってれば、そういうこともあるか。
しかも一回家出して町に出た際会った、食堂のおばあちゃんとおっちゃんまで亡くなっている。まあこっちは仮に生きていたとしても、そんな昔に会った女の子のことを覚えているかはわからないが。
そんなわけでカタリナさんは、オッドアイという条件に合わないという証明が不可能だと。なるほどねえ。
黙っていたルカさんはため息をつき、もごもごと口元を手で覆う。
「……実を言うと、彼女の目については私は証言が可能だ。
彼女の父と私の父は親友同士でね、よくお互いの家に行き来していたんだ。私もそれについていき、眼帯をしていない頃の彼女に会ったことがある。
その時見た瞳は、どちらも美しい緑だった。
しかしその、私が彼女を、あー、我が領から離れて欲しくないと思っていることは、おそらく調べればすぐにバレてしまうから……」
下を向いてもじもじしはじめるルカさん。
もうちょっとでけえ声ではっきり言え。
惚れてるから手放したくなくて嘘を言う可能性があるため、証言の信憑性が低いと言え。
ともかく、領主様は証言者として適格ではないと。それ言ったらカタリナさんちの使用人や家族が仮に生きていたとしても、信用度という点ではやや微妙な気もするけどな。
うーん。なんとも丈夫なフラグをお持ちのようだ。
それはいいとして、ルカさんとカタリナさんの間の空気が微妙だ。ルカさんのモジモジのせいで急激に甘酸っぱさが上昇している。こいつらこれで付き合ってないんですか?
どうしたもんかと俺が困っていると、ナイスミドルのアルキスさんがでっかい咳払いをして強制的に空気を変えてくれた。
ありがとう。さすがベテランだよ。うちのヴォルフなんてほら、赤くなっちゃって。
あの子はいま思春期なんだから、こういう友人以上恋人未満みたいな男女の距離感を見せつけるのをやめてあげてくれ。
ルカさんは慌ててきゅっと背筋を伸ばし、まだ若干赤い顔のまま、視線を逸らしつつ話を再開した。
「そ、そういうわけで、カタリナはいま危険な立場にいるのだ。理解してもらえただろうか」
「はい。この話を僕にしたのは、彼女の身の安全のために、僕の力を借りたいということですね」
「ああ。我が領にも直轄の騎士隊や諜報兵はいるが、特に潜入調査に関しては、グラキエス国のほうが優秀でね……。こうした場面ではいささか不安があるのだ。
しかし王家には、直属の優秀な隠密部隊があると聞く。
こんな頼みをするのは申し訳ないのだが、ライア殿下、どうか彼女を伴って、一度王都へ戻ってはいただけないだろうか」
そう言ってルカさんは深々と頭を下げた。
彼はカタリナさんへの思慕を全然隠せていない大型犬みたいなあんちゃんではあるが、貴族としては非常にまともな部類だ。
だというのに、王族とはいえ10歳のお子様である俺にこんな頼みごとをするというのは、かなり切羽詰った結果とみえる。
でもなあ。
よその国のドロドロした跡目争いに関わる機会なんてそうそうないから、できればしばらくこっちに滞在したいんだよな。
どうしたものかと悩み、とりあえず場を繋ごうと俺が口を開きかけたその時、凛とした声が部屋に響いた。
「お断りさせていただきます」
もちろんそう言ったのは俺ではない。
渦中の人であるカタリナさん自らが、領主の提案を拒絶したのである。
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