看板娘と名探偵

旅行に来たらまずはメシ

世間の皆さんは休暇を満喫してる?

俺はしてる。

一夜明けてバカンス二日目だ。

セレブの優雅な旅先モーニングルーティンについては省略し、さっそく楽しみにしていた観光をしよう。

昨日の会食の時点でこちらの希望は伝えておいたので、カタリナさんは早速朝一で準備をしてくれていた。

見た目のイメージ通り早起きで朝からランニングをしているタイプのルカさんに見送られ、俺とカタリナさん、常時付き従っているヴォルフ、そして護衛役のギルベルトさんの4人は町へと繰り出した。

ひょっとすると王家直属の某ステルス護衛だか諜報員だかが旅に同行している可能性もあるが、俺はその点については聞かされていないのでわからない。

いかにも西洋ファンタジー風ゲームに出てきそうな荘厳な建物が多い王都とは違い、この地方のギリシャあたりに似ている街並みは新鮮味がある。

街行く人たちが身に着けている服も、ギリシャの民族衣装にちょっと似てるな。男性用のスカートっぽい下衣は無いんだけれど、シャツがだぼっとした感じなところとか。

それと王都より日差しが強い。帽子無しでは辛いくらいだ。

今は初夏なのでまだマシだが、真夏になったらこの白くて眩しい町を出歩くのはさぞかし大変だろう。そのぶん建物の中は暑くなりにくくて良いらしいんだけれどな。


今日の俺は一応変装として、うちの王族のトレードマークである白っぽい金髪を帽子の中に隠したり、服装のグレードを下げて小金持ちの商家の人間がしそうな格好をしている。カタリナさんは地元民なのでいつもと変わらない格好だけれど、ヴォルフは俺同様にちょっとお金持ちな坊ちゃん風だ。

その集団の中に筋骨隆々でいかにも用心棒らしいギルベルトさんがいるため、下手な小悪党は近寄ってこない。

お陰でお忍び観光はぼったくりもスリも発生せず、非常にスムーズに進行している。

王族の護衛が一人で良い時点でお察しだろうが、聞いていたとおり治安のよい町だ。

少なくとも俺が出歩いている大通り近辺には、薄汚れた浮浪者や周囲に目を光らせているスリや獲物を探している連続殺人鬼サイコ野郎なんかは居ないようである。


クソッ、この町にも善人しかいねえのか?

そんなわけないだろう。探せばどこかにゲロみたいな奴がいるはずだ。きっとまだ見つかっていないだけなんだ。

さすがに犯罪のひとつも起きないなんてことは無いらしいから、まだ通っていない裏通りや、比較的治安の悪い場所へ行けば悪人だっているだろう。

あるいは一見平和に見えるだけで、住民を夜な夜な洗脳し出稼ぎと称して他国に売っぱらってる謎の犯罪組織が身を潜めているかもしれないし。

希望を捨ててはいけない。

悪人を、そしてそれに虐げられている人間を探し出すのだ。

可哀想な人間が勇気を振り絞って明るい未来をつかみ取る努力を見守るのだ。

あー。なんかないかな。ここのところあまり大きな鬱展開イベントが無かったせいで、ちょっと落ち込んじゃいそうだな。

親の借金のカタにされて、突然違法会員制地下闘技場で働かされることになった青少年とかどっかにいないかな。

視界に入る元奴隷落ち騎士さんの姿から連想してそんなことを考えるうち、俺はカタリナさんの案内でレストランに到着した。

できれば食事もこの地域の食文化がよく分かる、地元の人が通うような場所でとリクエストしたため、普段俺が全く来る機会のない庶民的なレストランだ。食堂といったほうが雰囲気が伝わるだろうか。


「では、ライさん。行きましょうか」


お忍び用の偽名で俺を呼ぶカタリナさんは、本日もクールな表情をしている。

ルカさんとカタリナさんの間に何かしらの問題でも発生していないか観測するためにも、この二人には心を開いてもらいたいのだけれど、今のところとっかかりが掴めないな。

いいタイミングでなにかハプニングでも起きて距離を縮められれば儲けものなのだが、あまり様子を窺い過ぎるのもいけない。

こういうタイプの人は顔に出ないだけで、結構相手のことをきっちり観察している場合があるので、俺の被った猫がバレないよう注意を払う必要がある。

あと不審な行動をすると、俺の内面をちょっと知ってるギルベルトさんからの好感度が下がるし。

彼くらい多方面に対応できる騎士はなかなか見つかるもんじゃない。経歴云々を横に置いたとしても手放しがたい人材だから、俺も結構気を付けてるんだよ。

例えば俺の護衛ばっかりやって平和な環境で腕が鈍らないよう、うちの国の魔獣討伐部隊のお手伝いを頼んだりもしてるんだが、これはギルベルトさんも楽しそうだし土産話も聞けるので一石二鳥なのである。


という話はさておき、いまは旅先の美味しいものを楽しもう。

今日は俺の意向で店を貸し切りにしていないので、店内ではいかにも近隣住民らしい飾り気の少ない服装の人々が和やかに食事をしていた。

白に青を基調とした内装はこの町共通のものだが、窓枠などに塗られている青い塗料は領主館で使われているものよりランクが数段落ちるのか、あるいは職人の腕がいまいちだったのか、所々にムラがある。けれどきれいに掃除が行き届いており、禿げた塗料や埃はどこにも落ちていない。

木製の椅子やテーブルも装飾の少ない古びたもので、しかし木材の艶がでるようしっかり磨き上げられていた。

古びてはいるがよく手入れされ、店主からも常連客からも大切にされていそうな、俺が来たかった通りの店だ。カタリナさんはリクエストにきちんと応えてくれたらしい。


今日の観光ルートでもそうだったのだけれど、彼女は本当にそのへんの主婦が集まる井戸端だの、下町の人が行く市場だの、港湾労働者の仕事風景が見られる港の一画だのへ連れて行ってくれる。

これが大変ありがたいのだ。

なにせこうして地方に来た際に下手な人間に案内を頼むと、俺の身分に忖度して小奇麗なところへばかり行かせようとするからな。

所詮この国は優しい世界なので、ちょっと路地裏に行ったら酔っ払いがボコボコにされて財布抜かれて倒れてるとか、乞食が干からびて死んでるとかそういうことはほぼ無いと考えて良い。

だから皆こうやって遠慮なく連れ歩いてくれて良いんですよ。カタリナさんはそのへんわかってるね。好感度がもりもり上がるぞ。感謝の気持ちはさっそく伝えることにしよう。

店の一番奥まったテーブル席に通された俺達は、まず壁際に俺、入り口や客との間を遮るようにギルベルトさんが通路側へ座り、ヴォルフとカタリナさんが残った席へ座る。

窓にかけられた洗いざらしの日除け布の下を通って吹きこんでくるそよ風を浴びながら、俺はにっこりと可愛らしく微笑んだ。


「カタリナさん、今日は本当にありがとうございます。こういった案内を頼んだことは何度かあるのだけれど、いくつか問題があって僕の要望通りには進まないこともあって……。

だからこうして民の暮らしを間近で見られることは、本当に嬉しいんです」


店内では他の客が各々好きなように話しているので、お上品な声量で話している俺の声が全て漏れ聞こえるということはないだろうが、一応小声で話しておこう。お忍びだからな。

俺達はこの店の客層を考えると少々浮く格好をしているのだけれど、客達はカタリナさんを見ると少し頭を下げたあとは、こちらを不躾に見てくるようなことはなかった。

まあチラチラと時折視線を向けてはくるのだけれど、見かけない人間への嫌悪ではなく好奇心なのだろうということは見て取れる。

こういう視線は今日観光した他の場所でも度々あったものだ。

多分だけれど、カタリナさんはこの店含め、庶民の生活スペースに度々足を運んでるんだろうな。学んでいる分野から考えて、フィールドワークはよくするだろうし。

彼女は軽く頭を下げ、いつもの静かな視線を俺に向けてきた。


「ありがとうございます。……以前からライさんのお人柄は伺っていましたが、あなたは本当に分け隔てなく民の姿を見て回られるのですね」


そういう彼女の声は、初対面の時よりは柔らかく感じられる。

俺は当然のこととして彼女の人柄を観察していたが、彼女だって当然こっちを観察していたことだろう。

この国に流れてる俺の噂なんてもんはまあ大抵一貫しており、第三王子様は清く優しく美しく、どんな貧乏人にもはみ出し者にも金持ちにも平等に接し、幼いながらも慈善活動を精力的に行う人格者だって話ばかりだ。

そうなるように頑張っているし、成果も出してるんだから当然だな。

この国はどこもかしこも平和だから、そんな俺に嫉妬したり好奇の目を向けたりして変な噂を流すような奴はそうそう居ない。居ろよ。もっと醜い人間の配合を増やせよ。話が弾まないだろうが。

まあそういうわけで、本日その噂通りに清廉潔白で平等に人々の暮らしを見つめる第三王子様をやっていた俺は、ある程度彼女から好感度と信頼を稼げたらしい。良いことだ。

俺が観光をして楽しいと思っていることも、人々の暮らしに興味を持っていることも嘘ではない。

だから俺は演技無しでカタリナさんににっこり笑顔を向けることが出来る。


「目の届かぬ場所というのはどうあっても多くあるものですが、せめてこうして時間のある時に見分を広げたくて。

なんと言えばいいのか……。いつも自分がしている仕事が、どういう人々のためにあるものなのか……、その手触りを感じたいのです」

「……あなたのお立場からでは、人が遠く感じることがありますか」

「そうですね。僕はいつも守られているから」


こういう時はちょっと儚げに微笑むにかぎる。

幼いと言っていい年齢である俺の意味深思慮深発言に、カタリナさんは目元をほんの少し緩ませて微笑んだ。あとヴォルフが会話の流れ弾を食らって感慨深そうにしている。お前は本当にチョロい子だな。

10ちゃいの俺が健気に頑張っている姿に、カタリナさんはじわじわと絆されてくれているようである。

でもこういうのは一気にやり過ぎてもいけない。ちょっとずつ自然に距離が縮んでいる演出が必要なのだ。

俺は空気を変えるようにぱっと明るい笑顔を浮かべ、ヴォルフに目配せしてテーブルの傍らにあるメニュー表を開いてもらった。


「さて! 何を食べましょうか。できれば領主館で出るものとは違ったタイプのものが良いな。家庭料理の定番のような。

皆はなにか食べたいものは?」


うきうきしている俺に合わせるように、他三人もメニュー表を覗き込む。

と言ってもこのへんの料理にはヴォルフもギルベルトさんも詳しくは無いので、カタリナさんのおすすめを聞くのが一番確実だ。

カタリナさんもそれは察しているのでさっさと話を進めてくれる。


「みなさまは、食べられないものは?」

「僕個人としては無いけれど、食べてはいけないと規定されているものはいくつか。ヴォルフ、なんだったかな」

「この辺りでは貝ですね。あとはセリも」

「ああ、セリはいまの時期はもう採られていません。では貝類を含むものを避けましょう。スープもライさんは飲まないほうがいいかと。大抵魚介類とトマトのスープですから」

「……そういえばここまでの旅程でも貝料理は出されていなかったな」


ヴォルフとカタリナさんが頼むものを絞り込んでいると、ギルベルトさんが首を傾げてぽつりと呟いた。

彼は貴族階級で生国は海辺の国だが、生まれ故郷であるダーミッシュ領が海岸に接していなかったので、こういう風習に馴染みが無いのだろう。


「貝は育った環境によって毒を持ちますから。見た目から判断できないうえに火を通しても毒が弱くならないので、万一のことを考えて王族は食べない決まりがあるんですよ」


俺の返事に、ギルベルトさんはなるほどと頷いた。

例えば江戸時代の日本に武士はフグを食べてはいけないという決まりがあったように、うちの王家も食べてはいけないものがいくつか決まっている。

大抵は食中毒の不安があるものとか、毒のある植物と見た目がよく似ていて紛らわしいものなんかだな。

ちなみに貝は特定の港で生育環境を記録して育てた、王族御用達のものなら食べられるぞ。

昨夜の会食でも魚介のスープは出たのだけれど、このあたりのことを考慮して貝は入っていなかった。

とはいえこっちの地方の名物料理らしいので、俺はともかくほかの皆は食べるのも思い出になって良いだろう。

そういうわけで俺は食べられる範囲で注文をし、後の人は自由に気になるものを頼むスタイルに決定した。

常連さん達の席に出来立てのスープを配膳しにきた店員さんへ注文を伝え、後は食事が届くのをまったり待つだけというその時。

事件は唐突に起きた。


「うっ……!?」


苦しげな声と、カラン、と食器がぶつかる音が店内に響く。

食事をしていた客達が次々とスプーンを取り落とし、口元を押さえて苦しみはじめたのだ。何事かと店員さんも厨房から飛び出してくる。

そんな中でヴォルフが短く呪文を唱え、店内へ探知魔法を使った。


「魔法が使われた痕跡はありません。毒かと」

「わかった。カタリナさん、様子を見てくれるか」

「御意」


短く答えたカタリナさんは、すぐさま苦しむ客達の症状を見て回る。冷静極まりない表情は相変わらずで、頼もしいかぎりだ。

苦しんでいるのは客の一部のようで、無事だった客達はおろおろと困惑し、先生、と不安げにカタリナさんへ声をかけている。

領主付きの薬師と聞いていたけれど、カタリナさんは町でも薬師として活動しているのかな。

手首に触れたり口を開けさせたり目を覗き込んだり、と忙しく動き回っていたカタリナさんは、持ってきていた小さな鞄からいくつかの丸薬やら薬草やらを取り出し、店員さんへ声をかけた。


「麻痺性の貝毒のようですね。原因はおそらくスープでしょう。舌や唇に痺れが出ていますが、症状は軽微です。中和剤を飲ませます。

お湯を沸かせてこの葉を熱湯で5分煮出してください。湯冷ましはありますか」

「は、はい!」

「すぐに持ってきていただけますか。カップも患者と同じ数。陶器製のスプーンがあればそちらも熱湯消毒を、……いえ、私が行きます。手伝ってください」

「わかりました!」


料理店ということで幸いお湯や清潔な食器は十分あり、カタリナさんはすぐに薬湯を用意して客に飲ませて回った。

その後を念のため、ヴォルフが回復魔法をかけて回る。彼は俺の側近に抜擢されるだけあって魔法が上手いのだ。

ちなみに以前の闇落ち女優さん事件の際、魔法を使った爆弾を俺のいる部屋の中に持ち込まれたのに気付けなかったという苦い経験があるため、猛特訓をして腕前はかなり上がっている。

異変を感じた客達がすぐに食事を中断したおかげか、それとも毒が弱かったのか、幸い軽症の人間ばかりだったようだ。

様子を見たいので店内でしばらく休むように、というカタリナさんの指示に従い、客達は大人しくちびちびお茶を飲んでいる。

店員さんがしきりに頭を下げてスープを下げているが、客は皆責めるどころか、お互い運がなかったねと励ましていて、まったくもって優しい世界というよりほかにない。カキに当たった時と同じような感覚でいるのかもしれないな。

ただ、客は怒っていなくとも事件が起きたことは事実だ。あとでこの店は何かお叱りを受けることになるだろう。


いや、ちょっと待てよ。

貝毒なんて港町なら常識として皆知っている。

たしか漁業組合での検査も義務付けられているはずだ。

この店で出されていた魚介のスープはこの地方の定番料理なのだから、もちろん他の店や家庭でもよく食べられているものだろう。

そのわりに、貝毒が出たという話はここ以外では聞いていない。

つまりこの店は単に毒のある食品を客に提供してしまっただけでなく、正規の検査をした組合を通さず違法販売をしている人間との繋がりがある、という疑惑がかかるわけだ。

しかしながら、クソ真面目なカタリナさんが王子の食事先として選んだ店が、そんな杜撰な行為をしているものだろうか。

そう思ってカタリナさんの様子を窺えば、案の定先程までより少々険しい顔をしている。

いいじゃない。

事件の香りがしてきましたよ。

俺は真剣な表情を作り、声を潜めてカタリナさんへ話しかけた。


「カタリナさん。短い付き合いではありますが、僕は貴方の人格に一定の信頼をおいています」

「……ありがとうございます」

「そのうえで聞きたいのですが、……この件は少々不思議な点がありますね?」

「はい。まず食事をとってから症状が出るまでの時間が貝毒にしては早すぎます。それに今日貝毒が出たという話を私は港で聞いておりません。

それにこの店は何度か来ており、店主とも見知った仲ですが、わざわざ不安定なルートから仕入れをするような愚か者でもない」

「……となると、そうなりますね」

「ええ」


俺達はお互いが同じ結論に至ったことを確信し、頷き合う。


「誰かがスープに、毒を入れた」

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