海辺の野次馬根性クソ高王子

さっそく他人の家を満喫している俺だ。

ルカさんに館の中をさらっと案内してもらい、俺が泊まる部屋、というか区画へ通してもらった俺は、旅装を解いてリビングスペースで寛ぐことにした。

なにせ高貴で優雅なお子様だからな。荷解きだのなんだのは従者任せである。些細な仕事をしないことがお仕事なのだ。

しかも今回は休暇で来ているわけなので、グダグダダラダラすることを推奨されていると言ってもいい。

普段のキンキラしつつも上品な自室とは雰囲気が変わって、街並みや白い館の外観とマッチした白と青を基調とした内装が、南国感を醸し出していてとても素敵。口コミシステムがあったら星5を付けてるところだ。

高台に立つ領主館なので、客室のバルコニーから見る景色はまさしく絶景。

我が家である王宮から眺める景色も、美しい城下町とその向こうの平野や麦畑や海が一望できて最高なのだが、ここの白い街並みと明るい海のコントラストも最高だ。

長椅子に寝そべって果実水で喉を潤しながら、ただ穏やかな時間を過ごす。良いな……。普段は可哀想な人間探しに奔走している俺だが、こんな時間も悪くないや悪いわ。

一瞬雰囲気に流されそうになったが、俺の頑強な自我と欲望はバカンスで夢うつつになることを許してくれない。


ここしばらく移動続きで愉快なことが起きなかったから、精神が干からびそうなんだよマジで。

ギルベルトさんこと推しに魔獣退治の話をせがんだりして食い繋いだが、そろそろ限界だ。

早いところひとさまが酷い目に遭ったり悲しんだりしてそこから這い上がる様子を見ないと心がしんでしまう。

長旅で疲れている俺を気遣って、下手に持て成さずまずは部屋でゆっくりする時間を設けてくれたルカさんには悪いが、館の中や街中をウロウロしたくて仕方がなくなってきた。

いや、でもなあ。この後すぐ夕飯なんだよな。到着して一回目の食事なので当然のようにルカさんとの会食だから、遅れるのは失礼だ。

10歳の無邪気さを演出して出かけてもいいけれど、ここは手のかからない礼儀正しい第三王子様という印象を優先しよう。俺は目先の利益にとらわれずに頑張れるよい子だ。

それに確か、後でルカさんがこの辺りに詳しい人を付けてくれるって言っていたしな。そのへんの段取りを無視しては好感度を下げてしまう。

俺がそうして今後の方針をだらだら決めていると、今回も当然ついて来ているヴォルフがにこにことそばへやってきた。


「ライア様、お寛ぎのところ失礼いたします。そろそろ夕食の時間のようですから、準備をいたしましょう」

「ああ、わかった。こちらの地方の料理は美味だと聞いているから、楽しみだ」

「そうですねえ。ライア様ったら、ひょっとしてお腹が空いてぼうっとなさっていたのですか?」

「そうかもしれない! ふふ、旅先だから気が抜けているのかなあ」


アハハウフフと笑いあう見目と育ちのよい少年二人に、室内で作業をしていた従者の皆さんもにっこりしている。

なお近くに控えていたギルベルトさんは無の表情をしていた。大丈夫だよ。俺は今日はそこまでエグいことを考えていないよ。裏表の比較的無い第三王子様だよ。

俺が通された区画は来客用で、寝室やリビングルーム、風呂トイレはもちろん従者用の部屋まで、高貴な客人のための設備が一通り揃っている。

食事のためのスペースももちろんあるのだけれど、今夜はこっちではなくて領主用の主食堂で食事をする。あれだよ、いかにもお貴族様なでかいテーブルがあるタイプのリビング。

ゆったりした部屋着から会食用お上品王子様スタイルに着替え、早すぎも遅すぎもしない良いぐらいのタイミングで主食堂を訪れると、テーブルにはルカさんの他にもう一人の人物がついていた。

身なりからしておそらく下級貴族だろう、妙齢の女性だ。

金髪褐色のルカさんとは対照的に、色白の肌に黒に近い茶髪のボブカット。瞳の色だけはこの辺りの人間に多い緑色をしている。

一番印象的なのは、左目を覆う眼帯だ。白い革に金細工を施された装飾的なそれは、医療用ではなく普段から身に付けているものなのだろう。

立って俺を出迎えてくれた二人に軽く礼をし、三人揃ってテーブルにつく。ちなみに形は長方形タイプではなくて、円形タイプだ。多分誰を一番いい席に座らせるか、みたいなところで気を使わないようにしてくれたんだろう。

ルカさんは貴族らしい優雅な仕草で、隣の女性を指し示した。


「ライア殿下、事前に話していた案内人を紹介しよう。

彼女はカタリナ・トゥリーナ。我がリカイオス家付きの薬師でもあり、トゥリーナ男爵家当主でもある」


自慢の人材なのだろうということがよく分かる明るい表情で、ちょっと胸を張ってそう紹介するルカさん。彼女は彼にとって非常に信頼のおける人物なのだろう。

対してカタリナさんのほうはといえば、きりりとした顔でお手本のような家臣の礼をとっている。

めちゃくちゃクールじゃん。第三王子って地方の下級貴族からするとけっこうな雲の上の存在なんだが、見た目からは緊張している様子も権力者とのコネができることに対する喜びもうかがえない。


「カタリナ・トゥリーナと申します。本日はお目通りがかない大変恐縮です、殿下」


浮ついたところが一切無く落ち着いた様子のカタリナさんは、自己紹介も端的だ。こっちに気に入られようって下心が無さそうなところが逆に好感触ですね。

年齢はルカさんと同年代だろうか。見た目もだが性格も対照的な二人のようだ。

俺のほうは立場上あまり丁寧すぎる挨拶はできないので、さらっとした自己紹介をしておく。

後は飲み物やら料理やらがサクサク運び込まれ、スムーズに会食が始まった。

前菜のオレンジと生ハムのサラダを食べつつ、最初に口を開いたのはルカさんだ。


「カタリナは薬学については勿論、この辺りの歴史や文化、風習についても造詣が深くてね。そのためぜひライア殿下の案内役にと私が選んだのだが、どうだろう。彼女を伴って街を散策などしてみてはいかがかな」

「それはありがたい。僕もちょうど、せっかく来たのだから書物を読むだけでは分からない、市井で暮らす民のありのままの姿を見たいと思っていたのです。カタリナ男爵ならそういったことにぴったりということですね」


いいじゃん。お役所対応で失礼のないようそこそこ高貴でそこそこ知識のある人を付けられるより、そういう専門家を付けてくれるほうが有意義だ。

俺が上機嫌ににっこり笑うと、ルカさんはぱっと太陽のような笑顔を浮かべた。マジでこの青年はこの人懐っこささえあれば、後はある程度の賢さだけで領地を治めて行けそうだ。

愛嬌極振り大型犬タイプの彼は満足げにうんうんと頷き、俺とカタリナさんへ交互に視線を向けて語り始めた。


「ああ、私も領主として相応の教育は受けているが、カタリナの博識さには遠く及ばない。彼女とは幼いころからの付き合いで、何度も助けてもらったものだ。

それにカタリナは細かいことにもよく気が付く、気立てのよい女性で、しかもこんなに美しい!」


そう言ってニッコニコに笑っていたルカさんが、急にびくりと震えて言葉を止めた。

不自然な一瞬の沈黙の後ゴホンと咳払いをした彼は、何事も無かったかのように食事を再開する。

そしてその隣ではカタリナさんが、相変わらずの硬質な表情で一言、「それほどでも」とだけコメントをした。

ふーん。

なるほどね。

俺はこういうのは二次元でよく見てたんで知ってます。

カタリナさんがテーブルの下でルカさんの足でも踏んで、喋るのをやめさせたんだろ。

悪意なくべた褒めしちゃう陽キャ男とそれが照れくさいクール美女の、気の置けない幼馴染流コミュニケーションが、俺を置いてきぼりにして行われてたんでしょ。白状しろ。おれはくわしいんだ。

カタリナさんの頬がほんの少しだけ赤くなっていることを見逃すような節穴だと思われては困る。

しかも周囲で働いてる女中さん達が微笑ましげだから公認ですよこれは。


なるほど理解した。どんどんやってくれ。

俺はたとえくっ付いてるんだかいないんだか微妙な幼馴染男女によるイチャつきのダシにされたとしても、将来起こる可能性のある愛憎劇を思えば微笑むことが出来る。

いい思い出があればあるほど、後で恋路に障害が生まれた時に悲しみが深まったり、逆境から抜け出すための心の支えになることだろう。

できれば幼少期に、二人だけの秘密の場所で大事な約束とかしててくれると最高なんだが。

ひとまず俺は何もわかっていませんという風を装って微かに小首を傾げ、それから何事も無かったかのように、おあつらえ向きの身分差カップルとの会話を再開することにした。


「二人は幼馴染なのですね。こんなに美しい土地で親しい友人とともに育ったのなら、きっと楽しい思い出もたくさんあるのでしょう。もしよければ、後で聞かせてほしいな」


そう言って無邪気さ演出の笑顔を見せる俺に、ルカさんは照れくさそうにぎこちなく口角を上げ、カタリナさんはイエスともノーともとれる、曖昧なアルカイックスマイルを浮かべた。

この二人の関係が今後俺好みの展開になるかはまだ分からないが、まずはしっかり記憶に焼き付けておこう。

そしていざ鬱展開が起きた時には、それをやんわりと助長させつつ二人の仲をいい具合に取り持って恩を着せよう。

俺はそう心に決めたのであった。

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