バカンスオブザ第三王子

青い空。青い海。輝く太陽。そして白い漆喰壁の眩しい港町にやってきた、金髪碧眼美少年。

完璧な夏の思い出シチュエーションでこんにちは。最近10歳になった第三王子様だ。

今俺は自国屈指のリゾート地であるリカイオス領にやってきている。

どんな場所なのかというと、簡単に言うとあれだ。綺麗な海辺の斜面地に真っ白な家々が立ち並んでるタイプの南国だ。ギリシャのサントリーニ島とかミコノス島とか。

景色は申し分ない美しさで、周囲には初夏の爽やかな海風の匂いに混じって各家庭の庭に植えられたオレンジの香りが漂い、街行く人々の表情は晴れやか。旅行客をカモにしたり鬱陶しがるような猥雑な雰囲気はひとつもない。非の打ちどころのない海辺の観光地だな。

これで仮に俺が白いワンピースでも着て浜辺を歩いてみろよ。そこらの少年の初恋を軒並み刈り取って即散らす死神と化すぞ。しないけど。


それはさておき俺がどうしてこんな場所へ来ているのかといえば、まあ単純な話でお忍びの旅行に来ているのだ。

ちいちゃな頃から勤勉に王族としての責務を果たしている偉い偉いおこちゃまである俺のために、父上がひと月ほどの休暇を取らせてくれたのである。

勿論うちはホワイト国家なので、普段からお休みはあるんだけれど、長期休暇ってのは偉い人間ほど取りにくいもんだからな。

俺もこんなにまとまった休みを取って旅行へ来たのは初めてだ。しかも家族と一緒じゃなく俺一人。まあ護衛や従者は当然ぞろぞろ付いてくるわけだが。

10歳の我が子に一人で旅行させるってのは育児放棄なのでは? とのご意見もありそうだが、なんせこの世界は中世、いや近世? まあ細かいことはいいか。とにかく中世ファンタジーヨーロッパみたいな国と時代。そのへんの育児の感性は、現代日本とはやや異なっている。

普段は主に王都近辺で活動している第三王子を離れた土地へ向かわせ、社会勉強と休暇を兼ねた時間を過ごさせてあげようという気遣いなのだ。

俺としては当然否があるわけがない。

いつもと違った土地、違った環境の中で、きっとひとあじ変わった可哀想な人探しが出来ることだろう。


この辺りは国境に接しており、一応うちの国ではあるのだが、文化は王都のある中央地域より隣国のものに近く、異国情緒のある土地になっている。

そのおかげで隣国と関係良好で、治安が安定している地域だ。二国間の交易で儲かっているため、財政的にも王族の末子を客人として受け入れる余裕が十二分にある。

つまりほぼ海外旅行みたいなもんなのに母国語で過ごせる上、金持ち貴族に接待されて贅沢を楽しむことが出来るって寸法だ。最高だな。

勿論俺は皆に愛され褒めそやされる最高に賢く優しい第三王子様であるため、実家から離れた場所で調子に乗って羽を伸ばし過ぎるなんてことはしないが、それはさておき普段より若干開放感がある状況と言える。


あと今回は魔法での移動ではなく、地道に馬車で移動することになった。いい機会なので街道沿いの街の有力者やらなんやらに顔見せするためだ。

これ自体は毎回1時間もかけずに終わらせるので、大した手間じゃない。しかしながら本当に休息のためだけに町に立ち寄るという状況なので、ロクに可哀想な奴探しの時間も取れない。

そういう事情から、俺は旅路より長距離移動用の馬車自体にテンションが上がった。

通常の馬車より巨大で、中に小さめのソファベッドみたいな家具やらテーブルやらが備え付けられているんだけれど、これが寝台列車に乗ってるみたいで楽しいんだよな。

この世界は魔法が発達していて建材やらなんやらの加工も上手いため、スプリングもしっかり効いていて、長距離移動もたいして過酷なものではない。

とはいえまあそこそこの長旅なんで、それなりにうんざりはする。

それでもいつもの柔らかな表情を崩さない俺は、猫かぶりの名手を名乗って良いだろう。

海辺のすぐそばまで迫る山の端を切り崩して均した道を進み、畑と街を囲む二重の城壁をくぐっていくと、まず最初に広々とした港へ出る。

ここがこの町で一番広い平地らしい。斜面に沿うように作られた町だからスペースを確保することが難しいのだ。

街中を俺が乗ってきたデカ馬車で通行するのは無理なので、ここで一旦預かってもらうことになる。


さて、ここからは市街地用の、人力車みたいな小型馬車に乗り換えをする。

一番広い道を通って領主の館へ行く道中は、馬車の横をギルベルトさんをはじめとした護衛さん達が固めた。

うちの国は治安が良いので貴族が絡まれることなんてまずありえないんだが、流石に今日は超VIPである俺が来たため、メインストリートは人払いしているらしく、街の住人達は遠巻きにこちらを見ているだけで近付いては来ない。精々ちょっと離れた路地からこっちを見て、キャッキャとはしゃぐくらいだな。

こういうのにニコッと笑って軽く手を振ったりしてると、なんて言うんですかね、権力者感が凄いんですよね。胃腸が弱い人間ならこういったシチュエーションはごめんだろう。俺は楽しいけど。

建築様式自体は珍しいものの、街並みの規則性という意味ではここはそこそこスタンダードな場所だ。

こういう大通り沿いに店が立ち並び、その周囲には住宅街があり、進んでいくと時折道が曲がりくねったり塀があって、街の一番高い場所に領主の館がある。でもって広い庭に衛兵の詰め所やらなにやらもある。

一番変わっているのは、領主館の背後に切り立った断崖絶壁があり、その上にへばりつくようにして物見櫓が二つあるところかな。

この町は海沿いの山の斜面に沿って作られているから、あの物見櫓からは海も反対側の山の斜面も見渡せる。観光地として有名なわりには、けっこうガチで砦の役割を意識しているタイプの領主館らしい。


立地の問題上それほど広くはない庭を通り、車止めに馬車が停まる。

玄関前にはすでに領主であるルカ・リカイオス辺境伯が待っていた。

先に降りたヴォルフに先導され、俺も馬車を降りる。

これが公式なお仕事としての訪問になると、どちらがどの地点で出迎えるか、あるいはどちらが赴くか。みたいな部分で上下関係が出てきて面倒くさくなるんだが、今回はプライベートな旅行に来ているためそのあたりは緩くなっている。

俺は第三王子で、あちらは辺境伯。うちの国では辺境伯は侯爵相当の地位で、俺はいまはただの王家の三男坊だが、将来多分教会と王家を取り持つ要職に就く人間だ。

このへんの力関係は微妙なところなんだが、今回は王家側から王子の滞在中の世話を依頼し、遠方の有力貴族家での王子の社会勉強でもあり、かつ俺が若輩ということもあって、こちらが相手の家を訪ね、領主はそれを待って出迎えるということになった。一応俺が相手を立てた形だな。

なおこういうのはこっちの世界に来てから習った文化なので、地球での貴族と王族の力関係が具体的にどんなもんかはよく分からん。きっとあっちでも面倒臭い色々があるんだろうな。

身分差とかいう鬱展開の温床は、見てるぶんには好きですけどね。


リカイオス辺境伯は今年で22歳。地位の高さと領地の重要度のわりにはかなり若い領主だ。

そのぶんいろいろと苦労もあるだろうから仲良くなって話を聞きたいところだが、初対面なのでまずは距離を詰めるより、性格や周囲の人間関係の把握から始めよう。

外見はうちの家系よりは色の濃い金髪に碧眼の、爽やかな美形。肌の色は日焼けなのか地の色なのか濃く、そこそこの長身で、鍛えているのか体格もよい。このへんの貴族は狼の系統の獣人が多いらしいのでその影響もあるんだろう。

そう、獣人である。

例えば某孤児院出身歌姫美少女が人魚と人間のハーフだったように、この世界には人間だけれど人間じゃない特徴を持っている種族がちらほらと居る。

特徴の出方は人それぞれで、手足が獣だったりケモミミが生えていたり、髪の色が派手だったり、あるいは瞳孔の形が少しだけ違うなんて地味な特徴の場合もあるそうだ。

細かく見ていけばそういった身体的特徴を持つ人間はなかなかの数が居て、人魚だ獣人だ人間だと名称は分かれているものの、実際にはもっとふんわりした区別がされているらしい。

そのためうちの国だと、特徴的な違いを持つ人でも差別やらなんやらに遭うことはそうそう無く、あら個性的ね、という程度の話で済むのだという。このへんは相変わらず優しい世界である。

ということを踏まえて領主さんを見てみると、目立った特徴はないが、なんとなく瞳孔がキュッと縦長で狼っぽくはある。

ただ彼の場合、いかにも邪気の無さそうな笑顔でニコニコしているから、むしろ大型犬っぽいな。

ぱっと両手を広げ、全身でウェルカムなアピールをしているあたりなんかが特にそうだ。


「やあやあ、はじめまして、ライア殿下! お会いできて光栄だ!

領主のルカ・リカイオスだ。第三王子殿下を我が領地で持て成す機会を頂き、とても嬉しく思っている!」


見た目通り大きな声でハキハキと話す人だな。

そこそこ砕けた口調と大きな仕草のわりに、野暮ったさや乱暴そうな雰囲気は全くない。端々の仕草が洗練された、華のある人物だ。

育ちの良さもあるだろうが、こちらが遊びに来たということを踏まえて、ある程度は意識してとっつきやすい明るい雰囲気を出してくれているんだろう。いい人。

なので勿論俺もニコニコと穏やかに挨拶を返す。


「ライア・エル・ファルシールです。

こちらこそ、噂に聞く美しい港町に来れて嬉しく思います。

王都も海のそばの街ですが、こちらの海はより明るい色合いなのですね。宝石のようでとても綺麗だ」


俺の無難な誉め言葉を聞き、ルカさんはぱっと白い歯を見せて快活に笑った。本当に人懐っこい仕草が似合うなこの青年は。

俺は権力者なので話す相手の地位やらなんやらに合わせてある程度口調を変える必要があるわけだが、今回は相手からの気遣いに応える形で、こちらもあまり形式張らず素に近い口調にしている。

まあ俺の素というわけじゃなくて、10歳の第三王子ライア君の素という設定で使い分けている口調ってだけだから、演技してることは変わらないんすけどね。

玄関先で長話をするものでもないので、俺とルカさんは和やかに握手を交わし、館の中へと移動をした。

ひとんちに長期滞在する機会ってあまり無いから楽しみだなあ。

ぱっと見た感じ、トップもその下の家臣も教育の行き届いたお家っぽいんだけれど、どっかに争いの芽でも芽吹いてないかな。謀反フラグとか。あったら優しく見守るんだけれどな。

そんな淡い期待を胸に抱き、俺の常夏バカンスは始まったのである。

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