VS優しい秘密

プロローグ

招待状とかいう万能フラグアイテム

ハローエブリワン。俺だ。

いつもの如く熟睡してすっきり目覚め、めちゃくちゃ美味い朝食を食べ、順風満帆に第三王子人生を歩んでいる今日この頃。

国民の皆々様の納める税金で生きている俺は、10代半ばであるというのに仕事をせねばならぬ身であるため、本日は公務を行っている。

まだ成人を迎えていないのでそれほど本格的に政治に関わるわけではないものの、孤児院の慰問や寄付先の選定、各種パーティーだのお茶会だの式典だのへの出席等、やることは多岐にわたる。

大事なことなので二回言いますけどまだ10代半ばだぞ俺は。まあ兄である第一王子は、同じくらいの年齢の頃には更に大量の仕事をこなしてたんですけどね。

面倒くさいと思うことは多々あるものの、こうした日々の務めを真面目に真摯に行うことによって第三王子様の評判をそこそこに高め、ある程度の我儘を通すだけの好感度と信頼を周囲から稼いでおくことは重要なので仕方がない。俺は三男だが良い子なので頑張ることができる。


今日も今日とて俺の周囲はウルトラハピハピパーフェクトほのぼのワールドであり、目を皿のようにして探し回らねば鬱展開の芽を発見できないという荒涼たる有様だ。

執務のサポートをしてくれる文官も、甲斐甲斐しく働く侍女や女中たちも、当然全員完璧な仕事ぶり。全員性格が良い。職場内の軋轢なんてない。素晴らしいことですねほんと。輝かんばかりのホワイトな職場だ。

俺が今働いている第三王子用執務室も、重厚で上品なデザインの執務机や椅子がぴかぴかに手入れされ、絨毯の引かれた床はホコリ一つ落ちておらず、窓は美しく磨かれて温かい日差しが室内に降り注いでくる。

さすがは高貴な人間のための部屋。めちゃくちゃに環境が良い。

俺は将来はここではなく神殿で働くようになる可能性が高いのだけれど、そちらに用意されるだろう執務室も、こんなふうに完璧に整えられて俺という主をお出迎えしてくれることだろう。産まれるなら権力者の子供にかぎるなほんと。


あーあ。平和だな。どっかで殺伐イベントでも起きないかな。

たとえば王都の片隅で裕福ではないけれども真面目にコツコツ働いている商店経営家族が、急に近所に百貨店が出来て大ピンチになり、お互いの価値観の相違で大喧嘩をしたのち一家の大黒柱が急病に倒れ、後を継いだ一人娘が幼いころから学んできた技術と独創的なアイデアで大ヒット商品を生み出して人生に成功したりしないかな。

もしくは王都に急に隕石でも降ってきて、それを止めるための人柱に選ばれた地味清楚系美少女が、大親友のパーフェクト光属性系美少女に一服盛って眠らされ身代わりになって庇われた後、隕石が去って喜びに沸く周囲とは対照的に悲嘆に暮れながらも親友の遺志を継ぎ彼女の夢を叶えるべく再起したりしないかな。

そういうおもしれ~ことが起こってくれよ頼むでほんまにと俺が思っていると、控室に繋がる扉から、ヴォルフがお茶と茶菓子ののったワゴンを押してやってきた。

芳しい紅茶とバターたっぷりの焼き菓子の香りに、思わず表情がほころぶ。鬱展開を眺めに行けずささくれた心に染み入るようだ。

本日も仕える相手の性格の歪みようにさっぱり気付いていないヴォルフは、執務室の休憩用テーブルにお茶の用意を整えながら、完璧な執事スマイルを浮かべた。


「ライア様、そろそろ休憩にいたしましょう。本日のお茶は桃の香りを移した紅茶ですよ」

「ああ、ありがとう。今日もヴォルフの入れるお茶は最高の香りだな」

「勿体ないお言葉です。それから、お手紙がいくつか届いていたのでこちらもどうぞ」


そう言って渡されたのは、俺が毎日楽しみにしている、鬱展開からのハッピーエンドをお手伝いをした人々からの手紙だ。

送り主は貴族や役人から市井の一般の人々まで様々で、第三王子宛の公式な手紙も含まれるが、多くは俺への個人的なお礼や近況報告をするプライベートなものだ。

これは俺にとって非常に大切な栄養源である。読むと色々なものが回復したり漲ったりする。

できれば新たな難題にぶち当たって苦悩したりして欲しいのだが、俺が手助けした皆さんはその後それなりに順風満帆な人生を送っているようで、これはと思うような鬱展開の香りはしない。いいことですねほんと。残念だなんてそんなこと思ってませんよ。

お茶を飲みつつ手紙の宛名を確認していると、ひとつ特に気になるものがあった。

真っ白で分厚い紙質の封筒に花模様が型押しされ、領主の紋章が押された、鮮やかな青の封蝋で留められている。一目見て分かるほど上質で気合の入った手紙だ。

見覚えのある宛名に、俺は思わず笑顔を浮かべた。


「おや、懐かしい名だ」


そんな俺の横からヴォルフも封筒に視線をやり、俺と同じように穏やかな笑顔を浮かべる。

一応補足すると、彼は本当に善良な人間なので、俺のように愉快なにおいを感じ取りつつもニチャアとした笑顔にならないよう気を付けて浮かべた穏やかな笑顔ではなく、マジの穏やかな笑顔である。


「……ああ、本当ですね。その後元気にしていらっしゃるでしょうか」

「きっとよい便りだよ」


そう言って開けてみれば、これまた上質な紙で作られた便箋に花の香りが焚き染められている。

予想していたとおり、文面は祝い事の招待状だった。封筒がすでに華やかでお祝い事仕様だったからな。そりゃそうだろう。

本分や文末に連ねられた懐かしい名前がヴォルフにも見えるよう、紙面を向けてやれば、彼は嬉しそうにふわりと微笑んだ。こんな善良な美少年なのに俺に付き従わざるを得ないあたり、本当に不憫である。がんばれ。


「そういうわけで、ヴォルフ、旅行の準備を手配してくれるかい」

「これはこれは。ええ、さっそく張り切って準備をしなくてはなりませんね」

「うん。楽しみだ。

前回行ったのは4年前だったか。あそこは本当に美しい街だった。やっと再び訪れることが出来るのだと思うと、本当に嬉しいな。喜ばしいことだ」


感慨深げにそう言う俺に、ヴォルフも頷きを返す。

件の手紙の差出人の名は、ルカ・リカイオス。

ファルシール国の南端、リカイオス領の若き領主だ。

俺は昔彼の領地を訪れ、そこでなんやかんやの色々を解決したり楽しんだりしたうえで仲良くなった。そう、彼は素敵な鬱展開の関係者なのである。

10歳の夏、避暑兼視察兼個人的娯楽としての鬱展開探しのために、南国の鮮やかな青い海と白い街並みが広がるあの地を訪れた思い出は、俺の心の中でいまもなお美しく輝いている。

ウルトラ儚げ清純派美少年第三王子である俺が、まだ幼くちいちゃく可愛い美少年第三王子であった頃を回想しながら、俺は手紙片手にゆっくりと瞼を閉じた。

そんなわけで今回は過去編です。楽しんでいってくれ。

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