第49話 鬱展開大好き主人公VS優しい魔王
今ね?
俺はね?
めちゃくちゃ良い感じに死ねるなって喜んでたところだったんですよ。
いや、いいんだよ。当初の予定では生きて帰るつもりだったからさ。作戦もその予定で立ててあるし、その通りに各人が行動して助かるなら、そりゃ仕方ないよ。
でもこの酸素供給地割れはさ、絶対女神が手出ししてるじゃん。
あいつ自分が地上に干渉すると天変地異が起きるって言ってたもんな。
確かにこんな深い場所まで任意の位置に地割れが起こせるくらいの攻撃力があったなら、魔王化して暴れてる人間から邪神を引きはがしてそっちだけ浄化する、なんて細かい作業は出来ないよな。殺しちゃうから。
そりゃ外注するしかないよ。そこは納得した。
それは置いておいて、女神がこっちの位置に気付いているのに回収班にその情報が行っていない、あるいは転移魔法に待ったがかかっているっぽいってことはですよ?
つまり女神は、リッカくん自身の手で俺の回収をさせたいんじゃないの?
俺をこのまま死なせるとトラウマ直撃だもんね。
鬱展開を盛り過ぎだっていうドクターストップがかかったわけだ。
ふ~~~~~~ん。
これだから優しい世界はよ!!
べつにいいじゃん!
全員生還エンドじゃなくても!
一人くらい死んでもさ、趣があるねって許してくれてもいいじゃん!
俺たち全員今回の件では頑張ったよ。リッカくんも報われたほうがいいとは思うよ。
でも神様からチャンスを与えられて鬱展開を回避するのはちょっと違うっていうか、いや場合によってはアリなんだけれど、でも解釈違いって言うかぁ!!
あのふえぇとか言い出す幼女女神に救済キャラとして良いように利用されるのがこう、なんていうか、……あれだ……あの……。
癪に触る!!
俺が個人的にむかつく!!
完全に私怨だ!!
悪いか!?
悪いね!! ごめんね!!
ハァ~~~~~~~ア!
まあ仕方ない。女神の差し金だと思うとクソほどむかつくが、リッカくんのためと思えば我慢できなくもない。
しかし実際問題上手く行くもんなんですかね。
試しに女神に、みんなは無事ですか!? と質問を念じてみたのだけれど、神器がある時と違って、やはり返答を受け取ることは出来ない。
だとすると、俺を救う手立てがあることを、地球人組は自力で気付かなければならないということになる。
事前に打ち合わせしておいた神殿への転移がない事には、多分誰かしら気付いているだろう。
それをリッカくんに伝えて、かつこの不自然にスパっと綺麗な亀裂が女神の御業によるものだと気付けたなら、女神が自分達に、まだここでやることがあると主張しているとわかるはずだ。
一応このへんでアリバイ作りのために叫んでおこうかな。
助けを呼ばないのも不自然だし。
「みんなー! 無事ですかー!」
はい義務は果たしましたよ。
周囲の土やら石やらに反響して煩いけれど、あまり外まで届いている気がしないな。ここから地上まではそこそこの高さがあるだろうし。
耳を澄ませてみたけれど、あちらから呼ばれているような様子はない。
ついでに足の怪我に回復魔法をかけておくか。元々適性が高くないから、神器の補助なしのうえ魔力も少ない状態だとあまりうまくいかないのだけれど、止血くらいは出来る。
さてここからどうするんだ?
まず俺を引っ張り出すなら手段はリッカくんの転移魔法だろう。
さっき五人一纏めにした転移も一回なら行けると言っていたから、四人で済んだぶんだけ魔力は余っているはずだ。
俺一人を呼び寄せるくらいなら可能かな。
でもリッカくんには俺の位置を正確に知る術がない。
彼の使う魔法は今現在王国で使用されている転移魔法より柔軟性があるようだが、さすがに知らない場所からピンポイントで人を運ぶのは無茶だろう。
この周囲にはマジでなにもないから、お助けアイテムや助っ人にも期待できない。
あ、待てよ。
この大空洞から階段の位置までは、100m以上距離があった。
となると地上部分にあったダミーの邪神の神殿は、崩落に巻き込まれていない可能性があるんじゃないか?
あの神殿はどの神の神殿としての特徴も備えていないが、最低限の神殿としての設備自体はある。経年劣化はしていたが、祭壇の意匠も保っていた。
あそこはどの神のものとも設定されていない、空白の神殿だ。
つまり女神の神殿としての使用も、一応可能なのでは?
そうだったら話は早い。
リッカくんは邪神によってこの世界へ連れ込まれたから加護も何も持っていないが、ほかの三人と同じく、異世界からこの世界へ来たという性質は持っている。
女神はこの世界の人間にはほぼ干渉できないらしいが、彼になら、後付けで加護を与えることも可能なのではないか。
そうなれば、神官の資格もない上に魔術の訓練を受けたわけでもないド素人の彼も、神殿内でなら女神とコンタクトを取れるはずだ。
リッカくんは神殿で女神から俺の位置情報を神託として受け取り、転移魔法を使えばいい。
といってもこの条件を彼等が持っている情報から導き出すのは、なかなか難しいんじゃないか?
だって俺は、あの神殿が使用可能かもしれないなんて彼らに教えてないぞ。
そこさえ察せば、魔術師さんにここまで送ってもらった件を例題にして、すぐ答えがわかる問題ではあるんだけれど。
しかし相手チームには、邪神という特大のハンデを背負いながら、見知らぬ世界でほぼ完璧に逃げおおせたリッカくんがいるからな。油断ならねえ。
一応神殿っぽいものがあるんだからダメもとでやってみよう! と考える可能性もあるかもしれない。あの子本来めちゃくちゃ前向きでアグレッシブな性格みたいだし。
まあいろいろ言いましたけど、俺の推理が当たってるとも限りませんし?
そうこうしている間にも、普通に魔術師さんに呼ばれて全員神殿に転移するかもしれませんし?
どうせいまから俺に出来ることは何もない。
俺のハッピー紐無しバンジー落下死への熱い情熱が勝つか、リッカくんの主人公補正じみた知能と諦めない心が勝つか、勝負だぜ!
とか思っていた俺の体が、直後、まばゆい光に包まれた。
はい。
はい。知ってた。
浮遊感と共に真っ暗な地下からさびれた神殿の中へと転移した俺は、色々なものを諦めた顔でぎゅっと目をつむった。
観念して顔を上げると、そこには大急ぎでここまで駆けてきたのだろう、四人の姿が。
思わず涙が流れた。
負けたよ……。
俺の夢はここで潰えたんだ……。
いっそ清々しい気持ちで敗北を認めた俺が微笑むと、四人が不明瞭な言葉で叫び散らかしながら抱き着いてきた。
ちょっと前にリッカくんがやられたやつである。
「ラ゛イ゛ア゛~~~!!!」
「いっじょにがえ゛れ゛る゛!!」
「よがっだあ゛!! い゛ぎでる゛!!」
「もう、もうだめがどおも゛って……!!」
きみらほんと仲良いな。そして発音がきたねぇな。
あーもう。よっしゃ任せろ。こうなったらきっちり生還を喜んでやるからな。
見てろよ第三王子様の役者っぷりをよ。
俺は大切な仲間たちを順番に抱きしめ返し、ぼろぼろ涙をこぼしながら、大輪の花のような満開の笑顔を浮かべた。
「よかった……! また、またみんなに会えて……!」
助かって嬉しい、ではなく再会を喜ぶのが重要である。
俺はあくまで、自分より他人を優先してしまう天使のような少年だからな。
感受性豊かな少年少女はこの辺のニュアンスを汲み取り、きちんと更に泣いてくれた。
「僕、あのとき、た、助けてもら゛っで……! ぎみ゛の、お陰で、そ、ぞれな゛の゛に゛……!」
リッカくんがめちゃくちゃべそべそ泣きながら反省している。
うーん。この顔を見れただけでも正直死ななかった甲斐はあった。
しかしここで星5ですとかコメントするわけにはいかないので、髪をきらきら輝かせつつ首を横に振り、柔らかい微笑を浮かべて真っ直ぐ彼を見つめる。
「いいや、良いんだ。あのときはああするしかないと思って、とっさに体が動いただけだから……。それにきみも僕のことを助けてくれたんだろう?
本当に、ありがとう」
ここでリッカくんをぎゅっと抱きしめ返す。
彼の大切な父親がそうしたように背中にしっかり腕を回してから、ぽんぽんと軽く叩く。
俺がここで「助けられた命」として父親の手の感触の上書きをするのは非常に不本意なのだが、彼のメンタル回復のためには必要なことだろう。
リッカくんは、下敷きになった父親の体がゆっくり冷たくなっていった時のことを覚えているので、ここでちゃんと暖かな体温を伝えるのは重要だ。
生きている、ということを実感してもらおう。
肩に涙の落ちてくる湿った感触は、俺を抱きしめて震えているリッカくんの心境を、言葉以上に雄弁に物語っていた。
ひとしきりべしゃべしゃになった後、俺はハヤトくん達にもそれぞれ視線を合わせて礼を言う。
「三人も、本当にありがとう。すまない、また心配をかけてしまって」
皆々様におかれましてはお気づきでしょうが、俺はタメ口を解禁することにした。
ここぞというところで親密感をアピールするために、と取っておいた演出だが、今を逃すともう使いどころが無いので出してしまおう。
おかげで三人組もほろほろ涙をこぼしながら、俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でたり背中を叩いたりと、今まで以上に近い距離感で接してくれる。
泣き止むころには四人は俺の足の傷に気付き、慌てて肩を貸しつつ信者席へ移動させてくれた。
めちゃくちゃ心配してくる四人に、俺はにっと口角を上げて、少し悪戯っぽい笑顔を作る。いままで彼等にはあまり見せたことがないパターンの表情だ。
「大丈夫だよ。予定よりタイミングが遅くなってはいるけれど、女神様はきちんとこちらを見てくださっているようだから、もう少しすれば神殿へ転移魔法で呼び出してもらえる。
そうすれば、本職の治癒魔術師が待機しているはずだ。こんな怪我一瞬で治してもらえるよ。
それより、その後が大変だ。なんたってきみたちは邪神を討伐した勇者なんだから、きっと物凄い歓迎を受ける」
「ええ、いや、でも俺達より王子様のライアのほうが目立つんじゃないか?」
「いいや、僕はあくまできみたちのサポートを仰せつかっただけだからね。一纏めに女神の使徒として扱われてはいるけれど、本来その呼称はきみたちだけのものなんだ」
「うへぇ……」
こういう持ち上げられかたに慣れていないレンくんは、顔をしわくちゃにしてげんなりしている。
ハヤトくんとルイちゃんも似たようなものだ。
リッカくんだけが、そんな親友たちを見てニコニコしていた。
「そんなに情けない顔をしないでくれ。僕はちゃんと皆がどれだけ頑張ったのか伝えるからね?
ただの学生だったきみたちが、勇気を振り絞って、友を助けるために邪神を討伐したんだ。その功績はきちんと讃えられるべきです」
「やだーっ!」
「恥ずかしい無理無理無理。書面で連絡するだけとかにして……」
「こちとら学校の朝礼で部活動の表彰されるだけで死にそうになるんですけど??」
感想は上から順に、ハヤトくん、ルイちゃん、レンくんだ。レンくんそういえば何部なんだろうな。体格も運動神経も良いから活躍してるだろうことだけはわかるけど。
相変わらず我関せずという調子で、三人の嫌がりっぷりに手を叩いて喜んでいるリッカくんへ、俺は視線を向けた。
「きみもですよ?」
「え、いや僕討伐された側だけど……」
「しかしきみは、邪神に憑りつかれながらたった一人で見知らぬ世界へ落とされ、それでも周囲を出来るだけ巻き込まないよう、戦い抜いたじゃないか。
今回邪神の影響を受けたのはたったの二人。多少の怪我人は出たけれど、死者は一人も出なかった。
これまでの邪神による被害から考えれば、これは偉業といってよいことだ。
リッカくん。この国の民は、きみのおかげで助けられたんだよ。
……本当に、ありがとう。僕はきみを尊敬する」
そう言って、俺は眩しいものを見るように目を細め、リッカくんへ笑顔を向けた。
責任感が強く自分を責めがちな彼のために、これはどうしても言っておかなければいけないことだと俺は思っている。頑張りは褒められるべきだからな。
予想外の評価に固まってしまったリッカくんを、親友たちがニヤニヤしながら雑に小突く。
「ヘイヘイヘイ! 立夏選手! 今回のMVPをとった感想をお聞かせください! 来年度の年俸契約の交渉が有利になりそうですねぇ!」
「ヒーローインタビューしよ! そこ立って! いや全然、これはチームの勝利であって俺はやるべきことをやっただけなんで……、みたいな顔して!」
「待ってこれ女子アナとの結婚発表するところまでシミュレーションするべきでしょ? オレが横でニコ……ッてするから立夏も一緒にポーズとって!」
ハヤトくんに付き合わされたリッカくんが、はにかみながらも幸せそうに微笑する完璧な演技をしつつ、左手を上げて結婚指輪を見せるポーズをとる。
その正面でリポーターとカメラマンの動きをしていたルイちゃんとレンくんが大爆笑した。
いやめちゃくちゃうるせえ。
この四人、深刻な話題から解放されるとこんなことになるのか。
まあ元気でよろしい。
普段こんなくだらない話で笑いあっている仲良したちが、今回の騒動に巻き込まれてあんなにしょんぼりしていたのかと思うと、俺も色々と込み上げてくるものがある。どんどんやってくれ。
やっぱり日常編を見ておいたほうが、記憶の中の彼等の絶望が一層映えるからな。
こうして生還と邪神退治成功を喜び語り合った後で、ようやく俺達の体を転移魔法のきらきらとした輝きが包み始めた。
完全に理解しているタイミングでの、神殿への呼び出しである。
やっぱりあの女神しゃらくせえな。
明るい日差しの降りそそぐ大神殿の祭壇前に、神々しい魔法のエフェクトとともに降り立った俺達は、帰還を待ちわびていた大勢の人間の大歓声に包まれた。
神官たちや俺の家族は勿論、訓練に付き合った兵士達、王城勤めで地球人組に関わったことのある人々、途中立ち寄った村の住人なんかもいくらか居るようだ。
いよいよ本陣に乗り込んでの邪神討伐が始まったことが知らされ、皆で俺達のために女神に祈りでも捧げてくれていたんだろう。
予想通り待機していた魔術師たちに回復魔法を掛けてもらい、万全の状態になった俺は、地球人組の様子をちらりと確認した。
事前に教えておいたとはいえ、みんな笑顔を引きつらせて緊張している。そりゃそうだろう。
さすがに体調やらなにやらに配慮して、今日のところはすぐ解放してくれるだろうから、そんなに構えなくて良いと思うぞ。
とはいえ女神の性格から考えて、お世話になった人々への挨拶ができるよう帰還のタイミングを多少遅らせそうなので、その間に四人は女神の使徒たちの勝利を讃えるパーティーにでも招待されるに違いない。
彼らに気の利いたスピーチをしろと無茶振りするのも悪いので、その際の演説は俺が任されよう。
第三王子様の本職だからな。
あー、しかし疲れた。
死に損なったしずっとアリアと女神に見られてたし、散々だったよ。
けれど得るものは大きかったな。
三人組はみんな青春感たっぷりの悩みを抱えつつ、逞しく成長する姿を見せてくれたし、リッカくんはマジでもう本当に存在自体がありがたかった。
きみのお陰で、俺は墓場まで持って行きたいくらいの良い思い出ができた。
いろいろあったが実りある旅だったと、いまなら心から言えるよ。
ありがとうみんな。ありがとう邪神。
俺はこの世界の女神以外の全てに感謝しつつ、大聖堂の窓から差し込む日差しを浴びて、天使のような笑顔を周囲へ振りまくのだった。
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