エピローグ

第50話 第三王子の戦いはこれからだ!

神殿から自室に帰って風呂入ってメシ食って就寝した俺だ。

たった今夢の中で女神に呼び出しを食らっている。

なんすか……。

もう朝まで起きない予定だったんですけど……?

これやられると翌日に疲れが残るから嫌なんだよな。

まあ表向き女神を崇拝している身なので、くそかったるいわという顔をして会うわけにもいかない。

普段は酷い目に遭っている人間との出会いを、女神のご加護によって恵んでもらっている身なのだ。この程度の接待はこなしてみせよう。

礼儀正しく微笑みながら頭を下げる俺に、きらきらとした後光を纏った女神は、めずらしく落ち着いた様子で言葉を掛けてきた。


「此度は邪神退治への力添え、見事な働きでした。この世界の平穏に対するあなたの功績は素晴らしいものです。本当に、なんとお礼を言えばよいものか」

「いいえ、そのような。僕は僕のするべきことをしたまでです。それに、今回は辛く苦しいことも耐えがたいこともありましたが、それでもあのように美しい心を持った子供達をそばで支えられたことは、僕にとって得難い体験であり、幸福でした」


嘘は言っちゃいないよ。

アリアのこととか、最後の仕打ちとか、いくつもの苦難に襲われ腹の底からキレた。

けれど誘拐監禁拷問もハッピー紐無しバンジ―も、いつか経験してみたいと思っていたシチュエーションだったから本当に楽しかったし、皆の鬱展開を経たハッピーエンドをそばで見守れて嬉しかった。

俺の心からの言葉に女神はにこりと微笑み、全てわかっていると言いたげな穏やかな瞳をした。いやわかってなかったから今回こんなに俺が苦労したんだからな。反省しろ。


「邪神と闘うという恐ろしい経験を、そのように捉えられること、まさしく勇者と呼ぶにふさわしい心です。

今日はそんなあなたにお礼をしようと思い、こうして呼んだのですよ」

「お礼……ですか?」

「ええ、そうです。なんでもというわけにはいきませんが、ひとつだけ、あなたの願いを叶えてあげましょう」


マジで?

えっ、ちょっと待ってね。それはどの程度まで叶うんだ?

普段ろくなことを言ってこない女神から、こんな提案が飛び出してくるなんて思っていなかったもので、咄嗟にいい案が出ないんですけれど。

別にチート能力とかはいらないんだけれどな。でもせっかくだから何か貰うか。

まず思いつくのはいま持っている、可哀想な人と出会いやすくなる加護の強化。

これは保留にしておくか。あまり大勢と会ったところで、一人一人に対応する時間が減ってしまう。

より強烈な鬱展開持ちと出会えるようにしてもらえる方向での強化ならアリだな。

俺が自由に振舞える時間は限られているんだ。可能な限り有効に使う必要がある。

あとは今回リッカくんの記憶を見る機会があったけれど、あれは本当に素晴らしかった。できることならまたああいう体験をしたい。

そこまで考えて思ったんですが、これ邪神の能力を貰えれば最高じゃない?

強い願いとトラウマを秘めた人間をかぎ分ける能力や、対象の記憶を読み取る能力。これは本当に便利だ。

でも邪神ちゃんのパワーをくださいなどと言っては女神の不興をかいかねない。

なんとか良い具合に動機をでっちあげる必要があるな。

俺は一度瞼を閉じ、深呼吸をし、誠意を込めて女神と視線を合わせた。


「今回僕はあの邪神の起こした事件に触れ、その渦中にある人々の心に触れ、ひとつ思ったことがあります。

願いを叶える方法は全くもって不適切ではありましたが、あの邪神によって救われた人もまた、歴史の中に少数ながら居たのかもしれない。願いを叶えようという心自体は、尊重すべきものなのかもしれない、と。

勿論人間は、神頼みだけに頼って願いを叶えようなどと堕落してはいけません。あの邪神も、人間の本当に望むところを理解せず願いを叶えようなどというのは、押し付けでしかありません。

しかし、どうしても叶わない望みを胸に抱き、それによって心が潰れかけている者がいるならば、その支えになる何かは必要なのではないでしょうか。

僕は女神様のお陰で、そうした人に出会いやすくなるという加護を得ております。

けれど、僕の体が一つである以上、どうしても対応出来る事柄というものは限定されてしまう。

ならば、僕はより深い悲しみを持ち、それでも生きてゆかねばならない、そんな人々の助けになりたいのです。

そのためにもあの邪神のように、何かに絶望した人間の心を察知する能力と、その記憶を理解する能力を……。

いえ、仮にも神と名のつく存在の力を一部とはいえ欲しがるなど、人間には過ぎた望みですね……」


神妙に瞼を伏せ、首を横に振って己の思い上がりを反省する俺に、女神はほろほろと涙を流した。

毎回思うんだかこいつに世界を管理させて本当に大丈夫なのか。人材不足にも程があるんじゃないか。


「いいえ、あなたの強い願い、たしかに感じ取りました。しかし、そうですね。あの邪神の力と同等のものを手に入れることは、人間には難しいでしょう。

より悲惨な運命を辿っている相手に会いやすくなるということは、現在の加護を強めることで叶えられます。

しかし人の記憶を読む能力というものは、高度なものです。なんらかの制限を掛けねば人の身では扱えません」

「そうですか……。では、僕に過去を知られても構わないと相手が了承した時のみ、許された一部の記憶を読める、という制約はどうでしょうか。いかに相手を救いたいという気持ちがあっても、勝手に人の心に踏み込むことは良くありませんし」

「ああ、それは丁度良い制約ですね。たしかに、一方的に記憶を覗き見るなどという行いは、人間は避けるべきですものね。

わかりました。ではそのようにして、あなたの願いを叶えましょう!」


フンスと胸を張って宣言する女神に、俺は内心のウキウキを抑えつつ、駄目押しとして申し訳なさそうな顔をしてみせる。


「しかし、良いのですか? 願いは一つだけということだったのに、これでは二つの力を授かってしまいます」

「いいえ、よいのです。あなたの願いは、ひとを救いたいということ。これ一つなのですから……」


ものわかりの良い粋な神様ムーブをする女神に、俺は感極まった顔で目を閉じ、胸の前で手を組んだ。

俺の体を光が包み込み、胸の中に小さく火が灯ったような温かさが生まれ、すぐに体へ馴染んでいく。

新しい力の使い方は自然と理解できた。

制約については全く問題ない。

俺はそもそも、いつもの事件解決後に鬱展開に遭っていた人からお話を聞くターンで、より臨場感を得るために、記憶を見る能力を使いたかっただけだからな。

はー嬉しい。これでさらに趣味に邁進できる……。片っ端から困っている人々を助けていきたい……。

俺は喜びの涙を浮かべ、女神に頭を下げた。


「なんと寛大なお心でしょう。この能力を役立て、必ずや、多くの人々へ手を差しのべていくと誓います!」

「ええ、励むのですよ。あなたの頑張りを、私はここから見守っていますからね……」


その言葉を最後に、女神が強い後光に包まれ、俺は真っ白空間から自室のベッドへと意識を戻された。

いやその見守り機能は本当にいらないんですわ。


かくして新能力をまんまと手に入れた俺は、翌日の神殿主催の邪神討伐おめでとうパーティーの後に、地球人組に女神からのご褒美があったことを伝えた。

彼等も同じように望みを叶えてもらったらしく、それぞれ丈夫な体やら今後の人生での幸運やらを貰ったらしい。

俺は彼らに、あちらの世界での生活の様子を見せてもらえませんか、と頼み、手に入れたばかりの力を使ってみた。

結果としては、相手が知られたくない部分はやはり見えないようで、本当にプライベートな部分に関しては一切読めなかったのだが、四人が楽しく遊んでいる時の記憶はしっかり観察することができた。リッカくんの家族との思い出も勿論見てきた。

俺にとってそういう何気ない日常エピソードの補完は非常に重要なことなので、この能力は本当に、趣味に生かせる使い勝手の良い力である。


地球人組の日本への帰還は、邪神退治の三日後だった。

女神からの神託で神殿に呼び出された四人は、俺を含む大勢の人間に見送られながら、彼らの日常へと戻って行ったのである。

ちゃんと時間を弄って、異世界へ来た直後のタイミングに戻すらしいので、失踪騒ぎになる心配はないそうだ。

この日までにたくさん語り合い、別れの挨拶も済ませていたので、この時は涙もろい彼らもさすがに大泣きはしなかった。

ただ、俺がせめてもの土産にと言って揃いの宝飾品を渡したときだけは、目に涙をいっぱいに溜めていたけれどな。

あまり価値あるものを渡すと、あちらとこちらの世界のバランスに影響するので控えめに。という女神からの神託があったので、それほど高価でもない宝石のついた飾り紐を持たせたものの、まあ売ればそれなりの額になるだろうから困った時に使ってくれ。

四人は俺達へ最後に、ありがとう、さようならと伝え、爽やかな笑顔を見せて去って行った。

最後まで本当に良い子達だったな。


俺は彼らを送り出した後、神殿と父上と側近団とで、今後の俺の神官就任までの流れを話し合ったり、いろいろと忙しく過ごした。

女神の使徒を務めた俺を王にと推す一派が現れないよう、俺の神殿入りについてスムーズに進める必要があるためだ。

信仰の場に俺のような立場の人間がいることは、女神にとっても信者側にとっても便利なことだろうな。

俺は時々、あの女神は間抜けなふりをしているだけで、本当は俺のことを泳がせ良いように使っているのではないかと不安になることがあるのだが、こういう泳がされ方なら全然かまわない。

邪神すら一撃で消しかねないあの存在に見逃されているんだから、俺の内面はまだバレていないか、あるいは問題視する必要もないと思われているのだろう。

それなら俺は、俺のしたいことをするまでだ。


久しぶりに暇のできた今日、俺は自室のお気に入りののソファでゆったりくつろいでいた。

ギルベルトさんはいつも通り護衛ポジションで待機し、ヴォルフは美味しいお茶を淹れ、アリアは見当たらないが確実にどこかに存在している。最後の奴だけどっか行ってくれないかな……。

一人でダラダラしているのも飽きたので、ヴォルフに俺が居ない間に王宮で起きていた事件やらなにやらの話をしてもらっていたのだが、ふと彼が俺を見て首を傾げた。


「そういえば、女神の使徒様たちに別れの挨拶をした際、ライア様はリッカ様にだけ、なにか耳元で伝えていらっしゃったでしょう? あれは一体何をおっしゃっていたのですか?」

「それは言えないな。彼と僕だけの秘密だ」

「おや、内緒話ですか」

「そうだとも」


微笑ましそうに笑っているヴォルフに訳知り顔で微笑み、俺は窓の外を眺めた。

意味深な話の内容は、べつにたいした事じゃない。ただの自己満足である。物語には余韻というものが必要だと俺が思っているだけだ。

明るい日差しに照らされた庭園は、今日も小鳥が歌い、季節の花が美しく咲き乱れている。

そろそろ秋の花が咲く時期だな。日本は今頃どんな季節を迎えているのだろう。

これから彼らや俺がどんな人生を辿っていくのかは分からないが、やりたいことだけは決まっている。

世に蔓延る悪人や理不尽な出来事に苦しめられている人々を、俺は新しく女神から授かった力を振るい、これまで以上に精力的に手助けしていこう。

まだまだ俺の手の届かない場所は多く、この目に映らぬ鬱展開もまた多い。

この世界には大勢の人々が、様々な事情を抱えて生きている。

多様な暮らしがあり、多様な不幸があることだろう。

俺にとってご褒美であるそれらを、俺はこれからも感謝の気持ちを忘れず、じっとりしっかり見守っていくつもりだ。

俺はまだ14歳。時間はたっぷりある。

これから先どんな苦難がおとずれようと、最後まで戦い抜くと誓おう。


さあ、新しい出会いに思いを馳せ、いまは英気を養うか。

この先の人生に何が待ち受けているのか、本当に楽しみで仕方ないな!



◇◆◇



高く澄んだ秋空の下、立夏たちは国立科学博物館へ来ていた。

小学生の頃以来、何度か足を運んだ思い出の場所だ。

遊びに行く際この場所を目的地に挙げるのはたいてい立夏で、好みの特別展などが開かれるたび、親友たちを誘って見学へ来て、帰りには買い食いをしたり皆の家へ行ったりと楽しく過ごしていた。

今日ここへ来たいと言い出したのも立夏だ。

最近は足が遠のいていたが、久しぶりに来る博物館は懐かしく、心が浮き立つような感覚がある。

数日前のあの騒動のこともあって、懐かしい思い出に浸れるこの場所は、四人にとって予想以上に居心地が良かった。

落ち着いた色の照明に照らされた展示品を眺めて歩きながら、勇人は隣を歩く立夏に声をかけた。


「そういや聞いてなかったけど、今日は何を見に来たんだ?」

「あ、私も聞いてない。でもシアターは絶対見るから寄って!」

「琉唯あれ好きだよなあ。俺はウンピョウ絶対見るから寄って」

「錬のそのウンピョウに対する情熱はまじでなんなの??」


すぐに好き放題喋り始めてしまう親友たちのいつもの姿に、立夏は大きく口を開けて笑う。


「久しぶりにこれが見たくなったんだよ。みんなでさ」


そう言って立夏が足を止めたのは、首長竜の化石の前だ。

自分達が出会った思い出の場所。

あの日びっくりするくらい大きく見えた化石は、いまは当時ほど新鮮な感動があるわけではないけれど、それでもずっと変わらず大好きな場所だ。

四人並んで見上げながら、自然にぽかんと口が開く。

小さなころと変わらない呑気な顔に、立夏はくすぐったいような、照れくさいような気持ちになった。

日本に帰る日、立夏はあの優しい王子に耳打ちされて、一人だけ内緒の話を聞いていた。


『じつは僕も、あの首長竜が大好きだったんです。みんなには秘密だけれどね』


そう言って笑った彼の表情は、王子という立場で大勢の前で浮かべるものよりずっと無防備で、どこにでもいる少年のように見えた。

あの時貰った綺麗な緑の宝石を、立夏たちはネックレスにして、服の中にこっそりといつも付けている。

彼があのエメラルドのような目に映すことはないだろうこの景色を、立夏はかわりに皆で見たかったのだ。

自己満足だけれど、それが彼に対していま自分ができる恩返しだと思ったから。

無意識に服の下のネックレスに触れながら、勇人が、あ、と声を上げた。


「なあ立夏! 妹が大きくなったらさ、こんどは五人で見に来ような!」


屈託のない笑顔でそう言う勇人に、親友たちは口々に同意する。

じゃあ私はあれを解説する、俺はあれを推す、いやあっちは絶対に外せない。と話し合い始めた彼等に、立夏は、皆と友達になれてよかったと、心の底から思った。


「じゃあ僕は抱っこしてシーラカンスの標本至近距離で見せる」

「それはちっちゃい子は泣くでしょ!?」


全員からブーイングを受け、立夏はますます愉快な気持ちになって笑った。

たくさん悲しいことがあった。

けれど、いま自分はこうして笑えている。

将来のことはわからない。いつか、今までの出来事を後悔したり、やっぱり幸せになんてなれないと、自分を責める日が来るかもしれない。

けれど自分には、未来があるのだ。

そして、死んでしまった父さんにもいつか、あの王子様のように、どこか遠い世界で人生を再び歩む日が訪れるのかもしれない。

どんな未来がきたとしても、彼らに、家族に、そして親友たちに誇れるような人生を歩もう。

それが自分にできる、精一杯のことなのだ。


順風満帆ばかりではない人生も、いまの立夏にとっては、恐れるほどのものではない。

今日の空は快晴で、雲は穏やかに流れている。

この日を忘れないようにしよう。

立夏は親友たちの笑顔を目に焼き付け、そう誓ったのだった。

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