第44話 ゲームのラスダン謎解き多すぎ問題

案の定邪神ちゃんのおうちが見つかったよ~。

いやあ良かった良かった。これで予想が外れて進行方向になんにも無かったら、この後延々リッカくんを追いかけて山中を徒歩移動する旅を続けるはめになるところだったぞ。

神殿は山脈に囲まれた窪地にあった。

一般的な山越えルートからは外れているし、どこを通って来るのが正規ルートなんだかもわからない秘境だそうだ。見たのは女神だけなので俺は現地の様子は知らない。

しかし場所さえわかればこっちのもんである。

俺達は最寄りの町の神殿に移動し、そこである人物を待った。

とか勿体を付ける必要も無いのでまあ普通に言うと、転移魔法が使える魔術師さんを呼んだのだ。

行き当たりばったりな旅に同行してもらうには不安のある高齢の魔術師さんも、あらかじめ決まっている目的地に送ってもらうだけなら、問題なく協力してもらえるからな。


計画は簡単。

まずは女神の神殿で、女神直々に魔術師さんに神託で目的地の情報を伝えてもらう。

そこへ俺達女神の使徒一行を転移させてもらう。

邪神と直接会うので、精神を汚染される可能性を考えて他の人間は連れて行かない。万一のために伝令鳥だけを連れて行く予定だ。多分今回の旅でアリアの次に便利に酷使されているのがこの鳥である。通信手段の重要性がよく分かるね。

そして飛んだ先でリッカくんを待ち伏せ、邪神をボコボコに叩き、ジャミングが消えた後は女神様の誘導で転移魔術師さんに回収してもらい、王都まで全員で戻る。これだけ。

女神いわく、そろそろ邪神の気配で目的地が隠れてしまいそうなので、早く転移したほうがいいとのことだ。


リッカくんと邪神が真っ直ぐ向かってきてくれればそう何日も待機しなくて済むだろうけれど、一応多めに食料やらなんやらを持っているので、そこそこの大荷物になってしまった。

三人組と俺は女神の祭壇前で、集まってくれた神官や魔術師にお礼を言い、ギルベルトさんに別れを告げた。

彼は特に愛想がいいタイプというわけでもないのだけれど、まあ強いわ何でも出来るわ包容力があるわで、三人組からはめちゃくちゃ好かれている。頼り甲斐で言えば俺よりよっぽどあるからな。そうなるのも当然だろう。さすが元奴隷落ち騎士は違いますねぇ!

三人組が彼に出発の挨拶をした後、俺もギルベルトさんににっこり笑って別れの挨拶をすることにした。


「ではギルベルト、僕がもし戻らなかったときは、ヴォルフに既定の要項を守って行動するようしっかり言ってやってほしい。彼はわりと落ち込みやすいから」

「そこは嘘でも三人を見習って、必ず戻ってくると言っておいたほうが良いのではないか……?」

「それはそうだが、僕には立場というものがあるからな……。まあ、出来うる限りの努力はする。父上たちにも帰ると約束したからね」

「ぜひそうしてくれ。俺も恩を返すまでは帰ってくるなと家族から言われているからな。まだ死なれたくはない」


本当に律儀な人だなあ。

まあ流れで死んだほうが面白いと思ったら死にますけどね。

ギルベルトさんもそういう俺の思考は薄々察しているんだろう。今生の別れになるかもしれない場面だというのに微妙な顔をしている。

俺は彼の隣、誰も居ないのに足音だけが一度聞こえた場所へ視線を向け、周囲に気付かれないよう小さく頷くだけの挨拶をした。

そう、アリアもここに待機するのだ。

俺はついに奴の視線から解放され、ついでに邪神ジャミングのおかげで女神の視線からも解放されて、素晴らしき自由を手に入れることができるのである。

もっとも三人組の視線はあるため、天使のような第三王子様ムーブは継続する必要があるけれどな。


あ~~~楽しみ~~~~~。

上京して一人暮らし始めるときだってここまでの解放感はないぞ。

リッカくん、まだ元気にしてるかな。邪神にしたお願い次第ではもうボロボロになって精神を乗っ取られちゃってるかもしれないけれど、俺としてはまだ多少理性が残ってくれていたほうが嬉しい。

そうじゃないと、一人でどうにか邪神を封じようと頑張っていたのに、じつは親友三人が自分を追っていた、という驚きを受け取ってもらえないからな。

緊張と不安を押し殺して神器を手に待機する三人の横で、俺も興奮と期待に胸をふくらませつつ杖を握った。

王国最高峰の魔術師の節くれだった皺だらけの指が、空中に特徴的な印を描く。

転移魔法には大掛かりな魔法陣も長ったらしい呪文も必要ないが、かわりに抜群のセンスと魔力が要る。

王族の俺ですら、人生の中でそう何度も見たことがない魔法だ。こういうのはやっぱり思春期に体験するに限りますね。テンション上がるので。


印が完成した直後、魔法による光が一瞬視界を奪うほどに眩く輝く。足元が揺れるような感覚の後、自分の足がぼこぼことした地面を踏みしめたのを感じて目を開ければ、そこはもう鬱蒼と茂った草木に囲まれた、廃墟同然の邪神の神殿の前だった。

周囲を囲む山は切り立った岩肌や脆そうな砂利や土だらけのようで、ここに山を踏破して来ようとするなら、相当な覚悟と技能が必要だろう。

近くに小川が流れているから、昔はもっと神殿の周囲がひらけていて、多少なら作物なども育てて神殿内に蓄え、滞在できる環境だったのかもしれない。

いまはもう、蔦や枯草や土やよく分からない汚れと風雪に晒され、朽ち果てかけているだけの遺跡だな。

一応神殿としての基本的な様式はおさえているものの、何の神を祀っているのかを示すような文言やらレリーフやらも無く、空き家のような神殿だ。

他の神の神殿だと偽ることも出来ず、かといって邪神の神殿だと堂々と示すわけにもいかず、苦肉の策としてこういう扱いになったのだろう。

名前の無い邪神は、信者からすら名前を貰えなかったというわけだ。可哀想でエモいね。


邪神の気配はまだ遠い。今のうちに内部の様子も見ておいたほうが良いだろう。

俺達はいつものフォーメーションで廃墟の中へ入った。

外から見て分かっていたことだが、あまり大きな建物ではない。

床だけは大きな石畳を敷いて立派に作ってあったため、歩き回るのに支障はないが、屋根なんかはいまにも崩れ落ちてきそうだ。

入ってすぐの場所に十数人程度は並んで跪拝が出来そうな開けたスペースがあり、その奥に祭壇なのだろう場所がある。壇上に埃をかぶった燭台やら何やらがあるが、この辺りは他の普通の神殿に置いてあるものと大差無い。

あとは神官の生活スペースだろう部屋や、崩れたかまど、水場の残骸なんかがあるだけだ。

本当に狭いな。待ち伏せするにしても、隠れられる場所がほとんど無いレベルだぞ。

もし室内に急に現れられたりなんてしたら、ちょっとここで戦うのは想像したくないな。ハヤトくんがスキルを使って剣を振りまわしただけでも一発で倒壊しそうだ。

困ったねえなんて言い合いながら俺達がきょろきょろしていると、なんの前触れもなく、唐突に空気がすっと重くなった。

神器を通して邪神の気配がぴりぴりと伝わってくる。

転移をしたのか? だとしたら神殿に俺達が来たタイミングは、本当に間一髪だったな。


「……どこ、だろ。外?」


一番索敵に優れているルイちゃんが、冷や汗を垂らしながら気配を探る。

邪神の力がこれまでになく強くなっている。居場所はこの神殿近辺で間違いないはずだ。

けれど雑草まみれの外を歩く音のひとつもしない。

必ず近くにいるのに影も形もなく、気配だけが纏わりつくように周囲に停滞している。

俺はこの不快な空気の中で、ふとローチくんのことを思い出した。

見られたくないものを隠す場所。

わざわざこんなところに作ったにしては、殺風景で素っ気ない神殿。


「地下か」


俺の呟きに三人がはっと動きを止め、一番疑わしい祭壇周辺に集合した。

全員に感覚強化の魔法をかけて歩き回ると、案の定祭壇前の一部の石畳の上を通る時だけ足音が違う。

そこをハヤトくんが切り払えば、割れた石畳の下に隠し階段が登場した。


「これ、地下に本当の邪神の神殿があって、立夏と邪神がもうそこに着いてるってことだよな。それじゃあさ……」


言い淀むレンくんに、俺は険しい顔をして頷いた。


「……ええ、神殿はたいていの場合、そこに祀られる神が力を発揮しやすいよう、魔術的意図のある設計をします。邪神の力はこれまでになく強くなっているはずです。急ぎましょう」

「おう!」


俺の言葉にハヤトくんが威勢よく答えた。レンくんとルイちゃんも覚悟を決めた顔をしている。

ひとまず、待ち伏せするまでもなく邪神が来てしまったので、荷物は神殿の外へ置いて行こう。

伝令鳥も万一の時のことを考えて鳥かごを開けておいたのだけれど、魔法で厳重に守られている鳥かごの中が一番安全だと認識したのか、出ていく様子はない。しょうがないからこのまま荷物と一緒に置いておくか。

階段の先に居る邪神とリッカくんにはどうせ接近が足音でバレるだろうから、俺は魔法で光を作り出し、先頭を歩くレンくんの前に浮かべた。暗い地下で目立つことこの上ないが、視界の確保のほうが重要だから仕方ない。

カツカツと足音の響く階段を、緊張しながら降りていく。

ここがラストダンジョンだと思うと感慨深いですね。

なんて考えた次の瞬間、突如階段が消失した。


「あああああああ!?」


当然全員分の悲鳴が上がる。

俺はとっさに真下に魔法の照明を投げた。

光の球が落下予測地点に着弾する。遠い。というか高い

一番そばに居たルイちゃんが体を捻って俺の腕を掴んだ。

それとほぼ同時に、ハヤトくんはルイちゃんの腕を、レンくんはハヤトくんの腕を掴む。

一番下にいたレンくんが、真下に向かって片手で盾を構えた。

そこを起点として全員を包む繭のような光の膜が発生した次の瞬間、地面と盾が轟音を立てて激突する。

土埃が立ち込める中、俺達は魔法の盾の光がゆっくり弱まっていくのと同じ速度で、ふわりと地面に着地した。

ファインプレイだぞレンくん。でもさっきの光の繭はたしか、リキャストタイムが長い大技だ。この後即邪神にデカい魔法でも打ち込まれたら、さっきの技が再使用できないからけっこうキツい。

照明魔法をぽんぽん打ち上げてみたが、ぱっと見える範囲では、地形的にここがおそらく自然にできた地下渓谷のような場所で、自分達は上にぽつんと見える四角い穴から落ちてきたんだということがわかるだけだ。

まだここには邪神は居ないようである。


罠だったんだなあ。

おそらく正式な手順を踏んだり、あるいは特定のアイテムを持っている人間しか通れないとか、そういう魔法のかかった階段だったんだろう。

渓谷は左右に長く伸びていて、俺が出せる光が届く範疇では、その先の様子はわからない。どっちに進むのが正解だ?

どうしたもんかと悩んでいると、ルイちゃんが目を閉じて、弓で近くの岩をカンと叩いた。

周囲の岩壁に音が反響し、消えるまで、ルイちゃんはそれを黙って聞いていた。俺達も口を閉じて彼女を見守る。


「……こっちに行くと、もっと広い空間がある。多分……100mくらい先?」

「おし、さっすが琉唯!」


レンくんがぐっとガッツポーズをした。

索敵チートありがとう。良かったー、数キロ先とかじゃなくて。

地下のわりには開放感があるおかげで歩きやすい道を、一列になって進んでいくと、つきあたりの岩壁に2mほどの大きさの楕円形の、整った人工的な穴が開いていた。

この中が広い空洞になっているんだろうが、入口を囲むように何か文字が彫りこまれていて、そこから先に進もうとすると弾かれてしまう。

あーハイハイハイ。OKOK。呪文を彫り込んで常時魔法を発動させてるタイプね。任せてくれ。

俺は天才ウルトラパーフェクト第三王子様だからな。王族なら義務教育範囲だよそんなもんはよ。

いや兄達は習ってるか知らんけど、第三王子たる俺は皇太子と脳筋第二王子の補佐として、そっち系統の知識をそれなりに習得させられてるからな。

俺は文字に添わせるようにゆっくりと光の球を動かしながら解読し、右斜め上の一点を指さした。


「ハヤトくん。この文字と文字のつなぎ目に切れ込みを入れてくれますか。隣接する文字には触れないように」

「りょーかい。じゃあ下がっててくれな」


文字の間は1、2mm程度しかないうえに、石もかなり硬度の高い素材だが、ハヤトくんの返事に気負ったところはない。

一度狙いを定めて剣先を軽く当てた後、ふっと素早く引くだけの動作で指定の場所を切ってくれた。

ぱん、と大きな風船が割れたような衝撃と共に、入口の封印が解ける。

その瞬間、水中に沈められたのではないかと感じるほどの、強烈な圧迫感のある魔力が穴の向こうから噴き出してきた。

いいねいいね。

パーティメンバー一人一人が活躍して、最後にラスボスの元へたどり着く感じ。最終章やってんねえ。

やっぱりこういう時の号令はハヤトくんでしょう。

俺達が自然と彼に視線を向けると、凛とした瞳の剣士は真っ直ぐに前を見据えて頷いた。


「行くぞ!」


その声と共に、女神の使徒一行は、地下に隠された邪神の神殿へと足を踏み入れる。

入口の小ささとは対照的に、そこにはとんでもない広さの大空洞が広がっていた。

それこそ王城の大ホールなんかより縦も横も広大で、所々を柱のような鍾乳石が支えている。

複数の光の球を飛ばせば、奥にひときわ大きな鍾乳石を特徴的な形に切り崩して作られた、玉座にも見える物体があった。これが祭壇なのだろう。

そこに、黒髪の少年が座っている。

彼がリッカくんか。

話だけは何度も三人から聞いていたけれど、こうして会うのは初めてだな。

擦り切れて汚れた制服を着た、鴉の濡れ羽色の美しい黒髪の少年だ。禍々しい青黒い光を放つ邪神の魔力を纏い、白い玉座に座っている様子は、なるほど確かに神々しかった。

リッカくんは心ここにあらずという様子でぐったりと下を向き、虚ろな目をしている。俺達が落ちてきたときの轟音にも、入口で魔法を解いた時の空気の揺れにも気付いていないのだとしたら相当だな。既に邪神に完全に取り込まれたとみて良いんだろうか?

杖を握って思案する俺をよそに、三人組はやっと会えた親友の元へ駆け寄ろうとする。


「立夏!」


その声に反応したのか、それとも彼らが持つ女神の神器に反応したのか、邪神の魔力がぐねりと腕のように蠢き、三人に襲い掛かった。

咄嗟に後ろに飛んで避けたが、その動きで我に返ったのか、リッカくんがゆっくりと顔を上げる。

彼の眼に、ハヤトくん、ルイちゃん、レンくんの姿が映った。

その瞬間のリッカくんの表情を、俺は目に焼き付けた。

見知らぬ土地で一人、邪神を封じて朽ちていくつもりだった彼の前に現れた、大切な三人の親友。

はっと見開かれた瞳に、希望が宿る。

しかしその一瞬の輝きは、すぐに邪神のどろりと黒く濁った魔力の中に飲み込まれていった。

疲れ切って絶望した少年の口が、逃げろ、と声にならない言葉を紡ぐ。

彼の顔も体も何もかもが、瞬く間に夜の海のように濃密な黒い魔力で覆われていく。

5mはあろうかという巨大な卵の形になったそれは、ゆっくりと割れ、人と竜が歪に混ぜられたような化物を生み出した。

それが放つ悍ましい青い光を祓うかのように、俺達の持つ神器が明るい黄金色の光を放つ。

最終戦が、いま始まる。

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